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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第129話

「貴様はほんに厄介な女子(おなご)よな!?」


 霧島武雄が毒吐くがそんなことをしたところで状況は変わらない。

 彼は役割で言うならば軍師、参謀であり頭を使うのが仕事の人間だ。

 断じてエース相手に戦闘を行う駒ではない。

 『盤上の指揮者』――数少ない非戦闘系の2つ名持ちだ。

 この名前の由来は自身をも駒と見立てて、盤の上から指揮を行い見事に相手を嵌めたからこそものだった。

 彼が落とした相手は先代の『サムライ』たる人物。

 国内大会で先代の『太陽』に匹敵するほどの人材だった相手を完封したことがその由来となっている。

 頭脳による勝利、とはいえそこには種を仕掛けも存在していた。

 相手を徹底的に調べ上げてうまく誘導した、言うならばやったことはそれだけだ。

 そこに特出したものはない。

 誰でも出来ることを必死に積み上げた。

 飄々としたその風貌に見合わず彼はただの努力家と言えるだろう。

 無論、本人はそんなところを僅かで合っても見せることなどないが。


「少しは油断してくれても構わんぞ!」

「はん! そんなものは私の辞書にないわね!!」


 一撃当たれば文字通り必殺の葵の通常攻撃。

 特別な動作は何もない。

 彼女が鍛え上げた基礎動作、それこそが唯一にして最大の技である。

 数多の魔導師を屠る攻撃を前にして武雄も流石に汗を隠せない。

 傍から見ている分には優勢なのは葵であり、劣勢なのは武雄だった。

 しかし――


「ッ、手癖の悪い!」


 突如として葵が武雄から距離を取る。

 まるでそうしないとまずいと言わんばかりの行動。

 そして、彼女の行動の意味は直ぐに衆目へと晒された。

 葵と武雄の間にあった空間でまるで爆弾が連続爆発するような音が響く。

 いや、それは『爆弾』と言ってよいだろう。

 見えないように偽装された魔力爆弾が武雄を巻き込む形で連続起爆しているのだ。

 葵が急に離脱したのは巻き込まれないためだった。

 つまり、これで武雄は自爆損ということになり葵は勝者という形になる。

 

「……逃げた。あいつが全体の統括なら早めに落としたかったんだけどね……」


 だが、苦い表情がそうでないことを示す。

 ダメージは与えられたはずだが撃墜まではいっていない。

 武雄の系統は流動系と創造系。

 攻撃は創造系による爆弾創造がメインだが、彼の面倒臭いところは流動系にあった。

 本来、戦闘向きではないあの系統を彼は防御用として用いている。

 流動――すなわち、魔力を受け流すのだ。

 これによって先ほどの爆発も無傷か、軽傷で切り抜けた可能性が高い。

 もしかすると、葵に押されていたように見えたもの計算の内かもしれなかった。

 『盤上の指揮者』は己すらも俯瞰して戦場を作り出す。

 葵は体よく誘い出されたとも言える。


「なんて、なんてむかつく戦い方ッ!」


 このような大規模戦闘は武雄の得意分野に入っている。

 次の対戦相手であることを考えてもあっさりと敗退するわけにはいかなかった。

 既に真由美を沈黙させられているのだ。

 実行者は健輔でも配置したのが武雄ならば意図は透けて見える。


「あー、もう! これだから、あいつと戦うのはいやなのよ!!」


 無理やりにでも思考を強要する敵手に葵の苛立ちは募る。

 私に気持ち良く戦闘をさせろ、ととても乙女とは思えないような叫びは誰に聞かれるでもなく空へと融けていく。

 エース対エースの第1対決は肩透かしの結果に終わる。

 しかし、まだまだ戦場は熱いまま。

 次の対決へと移っていくのだった。




 雷が空を走り、それを迎撃する。

 行われていることは至極、単純なものであり特別なことは何1つとして存在しない。

 あのクラウディアが押されている、という状況さえなければであるが。


「『トール』!!」

『受諾』

「我にそんなものは利かんよ。舞え、死出の旅だ」


 『暗黒の盟約』に所属する宮島宗則は『滅殺者(スレイヤー)』の2つ名を持つエース魔導師だ。

 『魔導戦隊』とは別のベクトルで厄介な特性を持つ『暗黒の盟約』だが、所属するメンバーの実力は本物である。

 その中でも際立つ能力を持つのがエースたるものであり、彼は決して飾りではない確かな実力を持っている。

 2つ名持ちの中でも珍しい自称、つまりは自分で名付けた2つ名を公式にしているという部分でも有名だがその実力もよく知られていた。

 『滅殺者』というのは彼の願望、もしくは希望であり彼という魔導師を現した言葉ではないのだ。

 戦っているクラウディアはそれをいやという程感じていた。


「やああ!」


 気迫と共に放った雷光を謎の攻撃が迎撃する。

 いや、クラウディアには正体がわかっていた。


「風の防壁……変換系でもないのに、こうまで自在に操りますかッ!?」

「ふっ、俺の技を見破ったところで貴様の末路は変わらんぞ」


 クラウディアの雷が何かに散らされて直進出来ない。

 彼女の最大の特徴、火力が有効に使えない状態で決死の防御を行う。

 耐えるよりも攻勢に出るのが彼女の持ち味だったがこの状況でそれは死ににいくようなものだった。

 打開策どころか、現状を凌ぐ方法すらも思いつかない。


「っ……、耐えて! 『トール』!」

『受諾』


 姿の見えない暗殺者。

 死角から創造された風の刃を障壁で必死に凌ぎ続ける。

 追い詰められるクラウディア、こうまで一方的なのには理由があった。

 風という属性と雷という属性の相性が悪い。

 より言うならば宗則の戦い方とクラウディアの戦い方が致命的な程に噛み合ってしまっていた。

 クラウディアのは雷の攻撃力を前面に押し出したパワー型。

 対する宗則は風の変幻自在さを活用したテクニック型。

 中途半端な技量ならばパワーで押し切れるが同格である以上有利なのは宗則だった。

 この時点でもクラウディアが圧倒的に不利だがさらには風という属性が壁として立ち塞がる。

 攻撃も防御もその行動の一切が見えない。

 名前に反して滅殺という戦い方ではない、強いていうならば嬲り殺しが1番適切だろう。

 一般公募の彼の2つ名、本来ならば正規のもの『風撃の暗殺者』はまさしくそれを象徴していた。 


「こんな事が!?」

「ふははははっは! 雷光、お前では俺の風には勝てん!」


 桜香の予言がクラウディアの脳裏に過る。

 ――早晩、陳腐化する。

 あの時は激昂した言葉だったが今にして思えば本質を突いていた。

 変換系の『雷』、クラウディアを象徴する属性であり能力だ。

 彼女以外に適性を示したものはおらず、それを持って彼女を特別だと認識するのに不足は何もない強力な能力だった。

 ある事柄に目を瞑れば、と注釈が付くのを無視すればだが。

 

「ライトニングモード!」

『発動』

「ほお、よかろう! 俺の手札も見せてやろう。荒れ狂え、風よ! 『ウンターガング』、最大稼働!」


 宗則は浸透系をメインとした創造系でありながら変換系に劣らない自然操作能力を見せつける。

 クラウディアは目前の魔導師に関する情報を何も持っていない自分を呪った。

 自分ならば、なんとかなる。

 根拠もない確信を持っていたため、無意識にでも日本の魔導師を見下していたのだ。

 健輔に叩き壊された性根は本人が思っていた以上に深かった。

 

「間抜け、ですね……」


 桜香が忠告したのはこれを知っていたからだろうか。

 『雷』を創造系で生み出すのはその汎用性が枷になり極めて難しい。

 変換系は自然現象やエネルギーなどに魔力を特化させることで簡易的に再現出来ることを目指した系統だ。

 その中でもクラウディアの『雷』は彼女以外では適合者がいないほどの希少技能だった。


「……私の愚かさは認めましょう。しかし、私の戦友は舐めないでほしい!」

「意気や良し! だが、その様ではな!」


 そこに甘えた結末がこれであった。

 クラウディアは健輔から教わった冷めた熱さで冷静にそれを受け止める。

 欧州にいたころのクラウディアならばそのまま絶望でもしたかもしれない。

 自慢の『雷光』は意味をなさず、彼我の戦力差は明確。

 足掻いたところで勝率はそこまで変わらないだろう。

 所詮、イベントの1つだと割り切ってしまえばよかった。

 しかし――


「面白い!」

「……何?」


 クラウディアは喜色を表してますます攻撃へと姿勢を傾けていく。

 怪訝な様子で窺ってくる宗則を無視してクラウディアは自己の再確認を開始した。

 僅かな勝機を掴むために費やせるものを全て余すことなく活用しないとこの戦いには絶対に勝利出来ない。

 それ以上に健輔から教わったもっとも大事なことは最後まで決して諦めないことだ。

 たとえ、無様であっても背を見せることだけはしない、と覚悟を決めて宗則に挑む。

 相手は格上、それを打倒するために全力を賭した男を彼女は知っている。

 その人物に負けた1人として無様な姿だけは見せない。

 あれほどの人物に勝ったのだ、そう思ってもらいたいから――


「不利を覆してこそのエースです!」

「……ふ、ふはっはは! 澄ました顔の女だと思ったが熱いものを秘めていたか! いいだろう、作戦など知らん! ここからは俺も全力だ!!」

「――ありがたく。私はあなたを倒して更なる高みへと行かせてもらいます!」

「やれるものならやってみろ!!」


 両雄、激突を加速させる。

 様子見などもはや意味をなさない。

 後先を考えない全力勝負の幕が下ろされた。




「まさか、これほど早く再戦することになるとは私も思いませんでした」

「そうっすか? 俺は案外こうなるような気がしてましたよ」


 立夏が落ちた後は桜香と健輔、龍輝の2人が睨み合っていた。

 因縁の組み合わせ、太陽を落とした道化師が真実の万能として彼女の前に立ち塞がる。


「……良い差配です。誰の策ですか?」

「俺のこれは志願です。後押ししてくれたのは隆志さんと仁さんですけど」


 健輔はこの状態でどうしても桜香と戦いたかった。

 己の限界以上の力が出せる今でしか実感出来ないからだ。

 世界最強、そのように呼ばれる領域にいるものの強さが見る風景を。

 明確な目標としてそれがわかるのとわからないのでは今後のモチベーションが違う。

 そんな思いがこの、無謀とも思える2度目の直接対決へと健輔を誘ったのである。


「負けるつもりはないです。――それに今回、あなたは前座ですから。用済みの役者にはご退場願いたいですね」


 健輔の安い挑発、桜香は僅かに目を細めるがそれ以上のリアクションは見せない。

 矛を交えあうだけが戦いではない、心と心、言葉と言葉、これらも立派な武器であり彼らを守る鎧でもあった。

 

「前座、ですか。――よく言いました。泣いて謝るのならば、無様な姿を世間に晒させるのはやめてあげますが如何ですか?」

「愚問です。臍で茶が湧かせますね。『不滅』とか言って調子に乗っていた人の言葉なんて怖くないです。出直してきてください」

「ふふ、舌禍という言葉の意味を教えてあげましょう」


 静かに桜香は魔導機を両手で構える。

 必要以上の問答には意味がない。

 これ以上は剣で語れ、という明確な桜香からのメッセージであった。

 熱烈な告白を受けて健輔も素早く双剣を構成する。

 彼の意思を受けてあらゆるものへと姿を変える『陽炎』。

 名は体を表すとはよく言ったものである。

 幻のごとく掴み所のないのが彼の『陽炎』の特徴であり、最大の押しだった。


「行きますよ、桜香さん!」

「来なさい!」


 直近で見た光景の焼き直し。

 違うのはお互いの背負う背景とこの戦いでの目的だった。

 攻撃を待ち構えるのは変わらず、王者――九条桜香。

 攻撃を仕掛けるのは挑戦者――佐藤健輔。

 1度は決着の付いた組み合わせではあるがその構図は変わらない。

 真実の意味で玉座が入れ替わるには1対1での勝利が必要不可欠であった。

 ある意味でのこの戦いはあの時、消化しきれなかったものをぶつけ合うものなのかもしれない。

 その証拠と言わんばかりに龍輝は静かに2人の攻防を見守っていた。


「はああああ!」

「……っ、重い、ここまで伸びますか!」


 健輔にしては珍しい、そう言うべきだろう。

 策も何もない正面攻撃、地力で劣る健輔が今まで1度たりとも取ることが出来なかった選択肢。

 初撃でそれが選択されている。

 この戦いが常とは違うものだと印象付けるのにこれ以上のものがあるだろうか。

 左、右斜め、突き、息もつかせぬ連続攻撃。

 その速度域はベテランの領域を超えて、優香のレベルに手を掛けようとしている。

 普段の己を遥かに超えた領域の力。

 健輔が思い描き、実力不足で現実に捻り出せなかった技たちが踊るように次々と放たれる。


「見事です!」

「全部、捌いて言うセリフじゃないだろうがッ!」


 単純に評価して今の健輔は十分にエース級の力がある。

 それも優香のような天才クラスのエースのだ。

 しかし、それでも桜香には届かない。

 才能という値で勝負した時、彼女に優るものはいないからだ。

 今の健輔ですら、そこは例外ではない。


「化け物め!」


 罵ったところで脅威は消えない。

 桜香という驚異の現実を打倒するにはまず彼女を認めるところから始めないといけない。

 この作業があるために多くのエースが彼女の前に屍を晒したのだ。

 理由は単純である。

 才能に愛された彼女に自分の矮小さを自覚させられてしまうからだ。

 自身の才覚に自負があるもの程、これに囚われやすい。

 事実、『女神』が桜香に敗北したのもこれが原因だった。

 打倒するには彼女を理解する必要があって、しかし、理解すると絶望する。

 必ず踏んでしまう地雷のようなものだ。

 だからこそ、彼女と戦うのに必要なのは才覚ではない。

 それ以上に重要なもの、それは――


「根性、か」


 龍輝は2人の戦いを見守りながら独白する。

 渾身の攻撃全てをまるで赤子の手を捻るように簡単に受け流されながら健輔の顔には喜色が浮かんでいた。

 嬉しいのだ、己の全力、いやそれを超えた力ですら手も足も出ない状況をこの上なく楽しんでいる。

 龍輝にはない感性、それが2人の魔導師の道を明確に分けた。


「……俺にあれは無理だ。……認めよう、今の俺では永遠に勝てない。だが――」


 勝てないのなら勝てるまで続ければ良い。

 魔導競技は戦闘という行為を行うが死ぬわけではないのだ。

 何度でも、たった1度でも勝てるまでやり続ければよかった。

 勝てる己を模索して、高みに昇り続けれる。


「俺は幸運だろう。……ライバルに出会いたくても出会えない者の方が世には多い」

 

 互いに高め合う関係。

 友人ともまた違う、そのような関係を持てるのならそれは素晴らしいことだった。

 この年代でたまたま万能系の人間が2人、共に戦うことを目指している。

 幸運と言う他ない。


「それに甘えたままで終わらぬように俺も精進せねばな」


 静かに決意する龍輝、そこに隆志からの念話が入る。

 健輔の我儘はタイムアップとなり、男子側が次の作戦へと移る合図だった。

 体育祭企画『鬼ごっこ』が新たな局面へ突入する。

 鬼に立ち向かった勇敢な戦士たちが勝利するのか、それとも地力で勝る鬼たちが勝利するのか。

 戦士たちの乾坤一擲の作戦が勝負の明暗を分ける。


『総員に通達、戦じゃ! ちょいと派手にいこうや!!』

『了解!』


 隠れていたバックスたちが一斉に術式を起動する。

 総力を掛けた決戦の火蓋が今、切って落とされた。


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