第128話
健輔が真由美と香奈子をいとも容易く撃破出来たのにはきちんと理由がある。
あの2人は能力の違いはあれど後衛としてはほぼ魔導師の頂点にいる人物たちだ。
身体に染み付いた砲撃に移行する処々の行動は最適化されている。
ベストな動きを自然とやってしまうのだ。
近づかない限りあの2人を打倒することは難しいだろう。
仮に近づけたとしても今度は強固な障壁があり、簡単に潰すことは困難だ。
健輔がそんな難業を容易くやれたのは彼の万能性故にである。
2人をあっさりと撃破出来たのは彼女らが特化して強かったからなのだ。
健輔にとっては圧倒的な強者としての特化型よりもある程度強い万能型の方がやり辛い。
能力が大幅に強化された今の健輔だからこそ、その根幹は変わらなかった。
「妙な感じだな。自分が強いってのは」
「……俺は悔しくて堪らないがな。なんだ、その強さは」
龍輝の言い分は言いがかりの部類だが甘んじて健輔は受け入れた。
彼からすれば面白くないことは理解出来る。
己のチームの能力をまったく関係ないやつが自分以上に使いこなせば腹が立つのは当然だろう。
立場が逆ならば健輔とて同じことを思ったはずだった。
「悪いな。ま、最初で最後の機会なんだ。多少は大目に見てくれないか?」
「……ふん。……愚痴の類だ。許せ」
「ああ、わかってるよ」
2人とも方向性は違うが能力が極まった万能系とここにいるのだ。
彼らが最初で最後になるかもしれない協力関係を結ぶことは大きな意味がある。
この戦場で彼ら以上の手数を持つものは存在しないのだから。
「いくぞ」
「存分に行け。俺は援護に徹する」
視界に収めるのはこちらに向かってくる桜香と立夏、2つの星である。
双方共に体は十分に温まっていた。
戦闘行動に一切の支障はなく、戦意は漲っている。
「先制する!」
『シルエットモードY』
展開されたバレルが桜香たちに狙いを定めて、魔力砲撃が放たれる。
男子と女子の本格的な激突がついに始まった。
「桜香!」
「前に出ます」
放たれた砲撃を桜香が固有能力で吸収する。
普段ならばその立ち振る舞いを考えないといけない立場の桜香が1人の魔導師として指揮者に操られていた。
それが及ぼす効果は言うまでもない。
最強が戦闘のみに注力するのだ。
絶大な攻撃力となるだろう、しかし、立夏はそれを見て表情が曇る。
想定を遥かに超える健輔の能力は立夏が考えていた予定を大きく崩すだけの力を持っていた。
「今のは……っ。ここまで伸びると私じゃ……」
「立夏さん?」
「桜香ちゃん、連携を崩さないように注意して。……あなたでも単騎だと食われるかもしれない」
「……わかりました。立夏さんも注意してください」
「ええ、ありがとう」
立夏の言葉に桜香は複雑な表情を浮かべる。
国内最強、極力それを感じさせないようにしているだろうがその看板を背負うのは重く辛いはずだ。
桜香は少なくとも表面上平然と背負っているように見せている。
そこにどれだけの努力と涙があるのかすらも立夏にはわからないのだ。
不敗、不滅、無敵。
言い方は何でもいいがそれらの言葉が桜香に懸けるプレッシャーを思えば立夏は胸が張り裂けそうだった。
そんな思いを背負っている桜香に1人だと負けるかもしれないということを告げるのは残酷極まりないことなのはわかっている。
「……ごめんね。悪い先輩で」
桜香には告げずに、僅かに感じる罪悪感を押し殺す。
健輔を師事したこともある立夏にすれば、彼の能力値が上位クラスに押し上げられることの意味を正確に推察出来ていた。
「……同格だと危ない。ううん、むしろ中途半端な格上の方が危ない」
何かしらに特化している魔導師だと瞬殺、万能型でも健輔よりも余程レベルが高くないとやられる。
立夏でもおそらく単体だと負ける。
莉理子の支援込みで五分まで戻し、誰かと2人で掛かってようやく8割優勢と言ったところだろうか。
健輔の最大のネックである系統の上限値がこの試合では解除されているのだ。
慎重に行くぐらいでないと危険だった。
「彼だけを警戒すれば良いわけじゃないし……」
警戒対象は他にもいるのだ。
星野勝の固有能力を計算から弾いていたのは完全なミスであった。
使い方が限られているからと自然と除外してしまっていたのだ。
慣れの弊害、無意識に潜む危険だった。
「でも、そっちがドリームタッグならばこっちもそうだよ」
ライバル同士が手を組んで最強の汎用性を持つ健輔と龍輝。
油断など微塵も出来ない強敵であるのは間違いない。
状況も大凡向こうの筋書き通りだろう。
しかし、こちらも負けてはいない。
当初の予想通り地力で勝る女子チームというのは誤りでもなんでもないのだから。
「2つの曙光の力、見せて上げる!」
向かってくる男子2名に仕掛ける。
「剣群よ!」
立夏の言葉に従い大量の剣が創造される。
これこそが彼女の奥義にして基本技、圧倒的な物量を誇る剣の群れだった。
「行きなさい!!」
いつものように慣れた動作、体に染み付くまで繰り返し練習した彼女の誇り。
それを見て健輔は口元を釣り上げて笑みを作る。
まるで待っていたと言わんばかりの笑みに立夏の背筋に悪寒が走った。
程なくそれは現実の脅威として具現する。
「剣群よ!! お返ししろ!」
「え――、なッ!?」
立夏が自信と誇りを持って放った技を相手は同じ技で迎撃する。
今までの健輔にはあり得ない選択だった。
万能系は地力に劣る系統なのだ。
相手の戦闘スタイルを解析し、あらゆる手札をコピーして適宜穴を突くようにしないと勝てない。
ましてやオリジナルにそっくりそのまコピーをぶつけるなど正気の沙汰ではなかった。
しかし――
「そ、そんな、ありえない……ッ!」
剣と剣がぶつかり合い互いに砕け散る。
創造系の能力ではならば立夏は今の健輔をも上回っているのは疑いようがない。
正確性、精密度、全てにおいて劣る部分などなく格下の剣を容易く粉砕出来ただろう。
ただ創造された剣をぶつけ合うのならば、と注釈が付くが。
あの健輔がそんな簡単な手法を取るはずがない。
「『陽炎』」
『剣群の粉砕を確認、次のステップに進みます』
ならば、違いは何なのか。
簡単である。速度が違う、誘導性が違う。
つまるところ、作品としては立夏の方が上だが兵器としては健輔の方が上だった。
浸透系を用いて空中で軌道を変える魔剣の群れ。
立夏も剣に術式を刻み同じことをしたことがあるが、それをよりローコストで健輔は行っている、いや行えている。
「ッ!」
頭が沸騰しそうになるのを懸命に抑える。
オリジナルを上回るコピーを見せつけることで立夏の冷静さを失わせようとしているのだ。
そのまま挑発に乗ってしまえば本当に負けてしまう。
立夏のプライドから言ってもそれだけはあり得なかった。
「猿真似よ! 舐めないで!!」
「どうですかね?」
鼻で笑うような酷薄な笑み。
意図してやっているならば大した悪党だろう。
堂に入りすぎであった。
いくら立夏が大人しいとはいえカチンと来るものはある。
「こ、こいつ……っ。あーもう!! 怒るわよ!!」
「ご自由に」
怒りをぶちまけるように剣を飛ばす。
それに対して健輔も無言で同じように剣を飛ばしてくる。
再現される同じ光景、立夏からすれば不愉快極まりないことだが、完全に手詰まりであった。
コピーに足止めどころか粉砕されるなど、腹立たしくてしょうがないがそれをなんとか飲み込み考察を続ける。
「狙いは何?」
本気でこちらを落とすつもりが窺えない。
今の健輔は立夏の相手をしながら桜香と戦う龍輝を援護するだけの余裕がある。
それを全て攻勢に回せば非常に悔しいが立夏では勝てないだろう。
手札が強力になった健輔はそのままシンプルにレベルアップしている。
立夏も万能型の戦闘スタイルではあるが、あくまでもあらゆる戦局で無難に力を発揮できるという程度のものだ。
真実万能である万能系にその分野で勝てる道理はなかった。
普段の健輔ならば力押しでイーブンに出来たが勝の固有能力による後押しを受けている状態では望むべくもない。
「……ここが本命じゃない……? ま、まさか!?」
立夏の予想は次の瞬間に莉理子から入った念話により確定することになる。
『立夏さん、まずいです! 敵の主力がこちらに来てます! 『スサノオ』の『サムライ』を筆頭に2つ名持ちが!』
「そっち!? 桜香ちゃ――」
主力軍団の攻撃と狙いを悟り、彼女は指揮官として指示を出そうとした。
それはリーダーとして正しい姿であり、必要な役目でもあったが同時に戦場にあるものとしては致命的なまでの隙だったと言えるだろう。
敵手の前で無防備な姿を晒すなど襲ってくれて言っているようなものである。
「貰ったァ!!」
「しまっ――」
最後まで言わせることなく肉薄した健輔は全力の拳を立夏に叩き付ける。
能力が上昇しようとも基本的なやり方を変える必要はない。
適切なタイミングで適切な攻撃を。
基本でありながら同時に奥義でもある戦場の理だがこの瞬間、健輔はそれを正しく行使出来ていた。
それこそが勝敗を分けたのだ。
『男性側は鬼ごっこなのに逃げずに鬼へと逆襲しています!! 少なくない脱落者が出ました!! そして、脱落者の中に大物も混じっています! 『明星のかけら』橘立夏が落とされたぞ!!』
その知らせは少なくない動揺を女性陣に誘う。
鬼ごっこはまだまだ続く。
逃げるはずの男が追いかけるはずの女性に立ち向かっていく。
事の是非はともかくとして、構図としては正しいのかもしれなかった。
「うおおおおおオオオオオオッ!」
「っ、早いッ!」
健輔たちがいるのとは別のエリアでこのイベントの中で最大規模の戦いが起きていた。
人数も男子は残りの3分の1相当の200人を投入、女子もおよそ300人と普段の魔導競技では絶対に見れない数のぶつかり合いとなっている。
もはや、お互いに統制など取れない全力の殴り合い中にはエース対エースの戦いもそこかしこで怒っていた。
「てりゃあああああああ!!」
「っ、はああ!!」
優香もこの混乱の中では無事ではいられなかった。
健輔と戦うまでは極力、消耗を避ける方針だったのだが、相手がそれを許さない。
彼女が対峙する相手は『スサノオ』のチームリーダーにしてエース――望月健二である。
アマテラスのように代々受け継ぐ2つ名『サムライ』を持つ男は少数精鋭を標榜するスサノオらしく高い近接戦技能で優香を追い詰めてくる。
「貰ったぞ、閃光!」
「『雪風』!」
『ブースト!』
「甘い! その程度に対策がないと思ったか!」
「っ!?」
魔力放出による防御を何事もなかったかのように切り裂く。
魔導師というよりも剣士や戦士、それこそ侍と言った方がよいのかもしれない。
1撃に全てを賭す。
双剣による手数を重視する優香とは噛みあわせが悪い。
「まずい」
健輔と戦う前に落ちるのだけは避けたい。
かと言って用意している切り札もこの段階で切るには早すぎる代物だった。
優香の弱点がこれである。
激しい斬り合いの最中、集中しながらもどこか他人事のように彼女は思い返す。
優香は格上を相手にした時の勝率が極端に下がる。
それは技量で上回られていると彼女の持ち味が発揮出来ないという弱点のためだが、それ以上に重要な示唆が含まれていた。
つまるところは優香は自身より上の相手に通用する札がないのである。
「……やはり」
「余所見などする暇があるのか!!」
健輔との最大の違いはそこだろう。
どれほど小さくとも相手を貫く槍を持つ健輔と無手の優香、それは対エースでの戦績に響いている。
優香によるエースの撃破は立夏ぐらいだが、それにしろ健輔のアシストがあった。
彼女は単独でエースを倒したことがないのだ。
優香は格下に強いが同格、もしくは格上に弱い。
これはデータからも明確になっている事実だった。
通用する札がない。
安定して格上に使えるものがないというのが正しい表現だろうか。
『蒼い閃光』などの術式もそうだが、基本的に博打が過ぎるものが多い。
健輔が自身の更なる強化を行わないといけないのを痛感しているように優香は手札を充実させることが必要なのだ。
だから――
「こんなところで負けられない!!」
「ッお!?」
健二の猛攻を逸らして、今度は優香が一転して攻勢に出る。
かつての優香が目指していたのは圧倒的な手数と火力で相手を押し切るスタイルだ。
これはほぼ完成している。
問題はここからであった。
次の新しい、自分独自のスタイルが必要になるのだ。
「はあああ!!」
「先ほどまでとは……違うか!」
新しいスタイルは考えている。
しかし、まだ実戦に投入できるレベルではなかった。
そうなると足りないなりに今の実力で相手を倒さなければいけない。
相手は強いがそれでも葵や立夏などのレベルには届いていないのだ。
言うならば平均より僅かに上、その程度に苦戦しているのでは姉には永劫届かない。
「ここで負けるわけにいかないんです!!」
「く、クソッ! 太陽の妹如きに!」
「私の名前は九条優香だ! 姉さんじゃないッ!!」
『フェイク起動!』
健二の周囲を囲むように優香の分身が現れる。
「そんなものがァ!」
「それだけじゃないッ!!」
幻による攪乱戦法。
決して弱くない技なのだが、やはりこれも格上に効果的だとは言い難い部分が多かった。
仕方のないことだろう。
なんだかんだ言っても優香も1年生である。
戦闘スタイルには未だにブレがあるし、メンタル面でも大きなハンデを抱えているのだ。
周囲から見えている姿程、優香は盤石ではない。
そんな事は本人が1番よくわかっていた。
彼女は2つ名を持っているがそれは人気先行のものであり、実力によるものではない。
『あの』九条桜香の妹ならば、そんな優香を小馬鹿にしたような理由で付いたものだ。
幸いにも優香は気に入っているが普通に考えれば傷口に熱湯をかけるような行為である。
決定的な部分では折れないメンタルだからよかったものの、普通ならば圧し折れていてもおかしくはなかった。
「俺とてスサノオを背負う男だぞ! 妹如きが勝てるかよ」
「ッ……あ、あなたという人はッ!!」
激突は加速し、両者一歩も引かない。
優香もまた己の矜持に懸けて引くことが出来ず、健二もエースとしてのプライドがあった。
「落ちろ! 閃光!」
「そちらこそッ!」
そしてエース同士の激突はここだけではない。
「ふむ、雷の乙女よ。俺が敵であることに絶望しろ。――お前では勝てない」
「ふざけたことを言いますね。寝言はご自宅でどうぞ」
『天空の焔』――2つ名『雷光の乙女』クラウディア・ブルーム。
『暗黒の盟約』――2つ名『滅殺者』宮島宗則。
「くは! 俺に狙いを付けて突っ込んできたんか! お前さんは本能で生きてるの!」
「私、あんたみたいに高みの見物するやつは嫌いなのよね。試合前にとりあえず、ボコボコにしておくわ。泣いて謝るなら許してあげても良いわよ?」
『賢者連合』――2つ名『盤上の指揮者』霧島武雄。
『クォークオブフェイト』――2つ名『掃滅の破星』藤田葵。
「まさか、これほど早く再戦することになるとは思いませんでした。……どうしたんですか? こう、微妙な顔をなさってますけど」
「……もの凄くプライベートな事なんで気にしないで下さい」
「……こちらも全力で『不滅の太陽』のお相手をさしていただく」
『アマテラス』――2つ名『不滅の太陽』九条桜香。
対するは国内に存在する2人の万能系――佐藤健輔と正秀院龍輝。
未だに姿を見せない隆志や仁などの有力選手を残して鬼ごっこ中最大クラスの激突が起こる。
どこが勝つのか、そして最後にどちらが勝つのか。
息抜きの企画とは思えない程に全体がヒートアップしていくのだった。