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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第127話

 この『鬼ごっこ』に男子の中でも有力な生徒が幾人も力を入れているのには大なり小なり理由がある。

 純粋に力試しと考えている者、健輔のようにある種の約束ために戦う者。

 各々に意味があって個々にやりたいことがある。

 仁はリーダー、発起者ではあるが実際のところはその辺りの利害調整などを行っただけだった。

 細かい作戦など急造のチームでは望むべくもない。

 連携の訓練などを行えない以上、最低限やれる範囲で意思を疎通しておくことこそが大事だった。

 そうやって男子側はある程度チームとしての纏まりを得たわけだが、その過程で全員に共通する思いがあることが判明する。

 女子に負けたくないと言った男子に共通している思いとは、


 ――どこまでやれるのか、知りたい


 健輔も持つそれこそが男子の共通の思いだった。

 今代に限らず、魔導の世界では女子の有力選手が数としては多い。

 これは初期魔導の適合率が女性の方がよかった名残とも言うべきものだが、そこに理由を求めるのは甘えだろう。

 戦闘カリキュラムにおいて男子よりも女子の方が力を入れているという不思議な事が起こっているのだ。

 男女平等なのは結構だが、男としてそこに安住するのは流石に嫌だ。

 そんな奴らの集まりなのだ。

 相手が優れているから仕方ないと己を納得させることは簡単だが、それでは自体は何も進展しないし、変わらない。

 女子との戦いを決意した男子は男女の実力差が原因が何なのかを確かめるために全力を賭すことのかもしれなかった。


『時間となりましたので、そろそろ文化祭最終日イベント、『鬼ごっこ』をスタートします!』


 実況の声が街へ響き渡り、歓声が上がる。

 参加者たちも大半は最後の締めに大暴れをしたいと思う者ばかりでそこにある彼我の戦力差を考慮するものはほとんどいない。

 気持ち良く暴れれるとは限らないことに思い至らないのだ。

 そんな両陣営で温度差を感じているものたちを放って、イベントは恙なく進行していく。


『それでは皆さん、ご一緒に! 5!』


 実況がカウントダウンを開始して、空中に数字が投影される。

 健輔を含めた『対女性魔導師部隊』の面々は試合がどのように推移するのかを幾度も念入りにシミュレーションした。

 最初は制限されたエリアもなく、それこそ森林エリアなどならば地上に身を隠す場所もある。

 その上で男子首脳陣はある程度の希望を募って戦闘チームを分けて配置を行った。

 健輔は希望したフィールドである海と陸の境界部分にあるエリアに身を潜めて、開始の時を待っている。

 シミュレーションの結果、男子はイベントの初戦がほぼ確実にある形で推移すると確信していた。

 そのために、戦力を分散し女子の攻撃起点に浸透する戦法を取ったのだ。

 市街地エリア、建物が用意されて中に立てこもれるようになっているエリアもあるのだが狭い室内にいると逆に危険なため候補からは外していた。

 これもそれも全てある2人の魔導師対策である。


『1!』


 カウントダウンは大詰め、空に浮かんでいる魔導師も多数見える。

 もっとも――


『0!』


 彼らの大半はスタートと同時に敢え無く鬼の犠牲となる哀れな生贄にしか過ぎないのだが。

 放たれた光は2つ。

 真紅の魔力光に包まれた圧倒的な砲撃が空を飛ぶ集団へと放たれる。

 数として50人は居ただろうか、無思慮に己の居場所を敵に晒した彼らの末路は言うまでもないだろう。

 そして、蹂躙はそれだけに留まらない。

 屋内施設などはどこからか土地ごと持ってきた廃墟か、もしくはプレハブ的に作られた壊しても良い施設が対象となっている。

 これらの拠点にも立ち入り禁止エリアのほどではないが倒壊などに備えて強化術式などが展開されていてそこに籠れるようになっていた。

 そんなものだけではなく籠城を前提とした施設もある。

 城のような外観の施設はその典型だった。

 そこにもう1つの光、黒い絶望が降りかかる。


『な、なんということでしょうか! 2発、たった2発で100名近い男子生徒が撃墜判定です!』


 真由美の真紅砲撃に飲まれたものはまだ良いだろう。

 空を飛び、無防備な姿を晒す。

 言い方は悪いがこの体育祭を舐め過ぎていたのだから仕方がない。

 理不尽な目にあったのは香奈子の黒い砲撃を放たれた側だった。

 施設に強化術式を展開して、部屋に籠る。

 選択肢としては左程悪くない、むしろの上出来の類だろう。

 そんな常識を完全に無視したのが香奈子の砲撃だ。

 如何な障壁をだろうが魔力で編まれたものは無力。

 扉を消し飛ばされて、内部に横溢した魔力によりダウンするという悲惨な結果が待っていた。

 建物自体は学園側の結界があるが、扉は学生側は展開するようになっている。

 その穴を突かれた結果とはいえ、叫び声の1つぐらいなら上げるのも許されるだろう。


「滅茶苦茶だな……」


 圭吾と別れて森に潜伏する健輔だったが、客観的に見る自分のリーダーとその好敵手のあまりの火力に頭を抱える。

 わかっているし、理解もしていたがいざ目前にすると理不尽以外の評価が見当たらない。

 見つかればアウトという、魔導においてでも最高クラスの酷さである。

 さらには男子を襲う理不尽はこれで終わるわけではないというのが極めつけの酷さであった。


『残りの男子生徒はおよそ700名! 固まっていた集団は撃破された模様ですがまだまだ――、ああ、いえ、追加で4名撃墜です! 潜伏していたところを襲撃された模様! しかし、4対1を歯牙にもかけない!』

「この速さってことは……」

『『不滅の太陽』、ここにあり! 1度は敗れても未だに学園トップの名声は譲りません!』

「ですよねー」

 

 桜香が単体での遊撃を開始したのだろう。

 他にも立夏、優香、クラウディアと各地で交戦の報が続々と届く。

 そしてその全てが男子側の不利を伝えていた。

 男の努力を嘲笑うかの如く、女の暴力は吹き荒れる。

 全校生徒の内参加出来ないもの、しないものを除いた人数での数の戦力比は互角。

 しかし、撃墜込みで既に150人近い差が生まれようとしていた。


「まあ、ここまでは予想通りか」


 女子側が強いことなど織り込み済みである。

 どうやろうが個人戦力で男子が勝ることはほとんどない。

 

「分不相応だが、行きますか」


 真由美と香奈子を落とさないとそもそも戦いが始められない。

 健輔は静かに魔導陣を描きながら、作戦のスタートを伝達をするのだった。




「手応えがない」

「ん、おかしい」


 1番目立つ戦闘フィールドのスタジアムに陣取る女性陣、その中心たる2人はあまりにも簡単に駆逐される男子に違和感を感じていた。

 健輔のタレコミから考えればここまであっさり撃退されることには警戒感しか浮かばない。

 とんでもない地雷を見落としている。

 2人はその感覚を共有していた。


「少し、目立たないところに行きましょう」

「ん、わかっ――」

「下ッ!」


 香奈子が応答しようしたタイミングで真下から攻撃がくる。

 真由美の叫びに咄嗟に防御態勢に入った香奈子だったが、相手の狙いは彼女ではなく。


「真由美っ!」

「しまっ――」


 突如として出現した転送陣からの砲撃が真由美を貫く。

 そう、女性陣はあることがすっかり抜け落ちていた。

 男子陣は戦闘経験値やセンスでは別に負けていない。

 しかし、ステータス、つまりは能力値で幾分劣る部分が存在しているのだ。

 これはセンスや経験値で拮抗しているからこそより大きな問題となっていた。

 特に類稀なるセンスを持っているにも関わらず万能系の制約によりその全能力を発揮出来ていない人物にとっては大きなものである。

 

「そこを今回は補える。頼んだぞ、健輔」


 真由美、香奈子に転送陣で一気に肉薄、撃墜した後輩に隆志は次の指示を飛ばす。

 そう多くの女性が致命的にまでに抜けていた情報、それは――


「星野勝ね」


 真由美が撃墜されたため、代わりの指揮官として莉理子が立夏へと念話を繋ぐ。

 あまりにもあっさりと真由美と香奈子が落とされたため、立夏は混乱した女性側の立て直しを図っていた。


『そうか、固有能力っ!』

「正解。いや、油断してたみたいだね。星野さんの能力に認識は行っても魔導ロボにしか考えがいってなかったよ」

『健輔さんが、全系統をベテランクラスの習熟度で扱えるようになる……』

『……本気の本気ですね、それもここでしか見れません。腕がなりますよ』

「優香ちゃんとクラウちゃんはそうかもしれないけど、これは困ったね」


 よくよく考えると同じことを出来る万能系が2人も向こうにいる。

 立夏もどちらかと言えば万能型の戦闘スタイルのため、抵抗は出来るが真由美や香奈子のような特化型は厳しかっただろう。

 他にも厳しい人物は多い。


「葵ちゃん、何とかできそう?」

『……近づいてこない男子の集団がいますね。たぶん、半分くらいが作戦で動いてるんじゃないですかね、これ』

『補足すると指揮官と切り込み役でペアを作っている感じがします』

「……ガチガチじゃない。うわぁ……」


 立夏ですら思わず鳥肌が立つレベルで本気である。

 まったく負ける気が見えない。

 となるとこちらの生命線もはっきりとしてくる。

 真由美と香奈子が落ちてしまったことで火力が大幅に低下。

 時間は向こうの味方なため、籠城という選択肢は取れない。


「攻めるしか、ないけど……」

『立夏さん?』

「誘導されてる感じがするの。ここで桜香ちゃんを使うのを待っているような……」


 立夏は何者かに桜香を使いたいだろうと誘われている感じがしていた。

 彼女の首筋が未知なる敵の意図を察してチリチリしている

 この誘いに乗るのは危険だと経験と勘が囁いく。


「……ダメね。うん、ここは若い子に頑張って貰いましょう」


 相手の手に素直に乗るのはまずい。

 立夏は男子たちを正しく評価している。

 何人かは状況を整えれば格上でも喰らえるメンツが普通に揃っているのだ。

 特にエースキラーと言っても良い健輔が大幅にパワーアップしている上に姿を隠しているのがかなりいやな匂いを醸し出していた。


「クラウちゃんと優香ちゃん、後はそうだね。慶子、引率をお願い。桜香ちゃんは私と合流、一緒にやろうか」

『了解しました』

『任せてください』

『オッケーよ。じゃあ、行きましょうか』

『久しぶりに勉強させていただきますね』

「そんな大層なものじゃないけど、まあ、気を抜かずに行きましょう。どっちにしろ、向こうにやれることも限られてるんだしさ」


 立夏は3年生であり、努力でエースに至ったものだ。

 桜香と違い彼女に圧倒的な才能など存在しない。

 代わりに数多の敗北の経験を手に入れ、出来ない部分を分割するだけの心の余裕がある。

 確かに立夏はエースとしては桜香どころか、優香にも劣る部分があるだろう。

 しかし、


「作戦を立てたのは……仁かな? ううん、もしかしたら『賢者連合』の霧島君辺りかも」


 リーダー、統率者としては桜香の比ではない。

 選手としての優秀さと統率者としてのスキルが高いレベルで調和しているのが橘立夏の特徴である。

 その視点は男子側の狙いを見抜くために研ぎ澄まされる。


「健輔は見せ札……。じゃあ、本命はどこ? 狙いは?」


 彼女は戦闘に向かいつつも思考をやめない。

 考えるのをやめた時に本当の敗北が待っているのだから。




「いやはや、この秩序だった行動は『曙光の剣』かい」


 着崩された魔導スーツはこの男が軽い性格であることを示している。

 真面目ではないが、かと言って破天荒でもない。

 彼を表現するならばその言葉が適当だろうか。

 どこか独特のイントネーションと口調でしゃべる男子側の軍師――霧島(きりしま)武雄(たけお)は面白そうに戦場を俯瞰していた。


「こりゃあ、ちょっと困ったのう。どうすれば良いかね……」


 彼は健輔たちの次の対戦相手『賢者連合』のチームリーダーだ。

 『賢者連合』は男子のみで構成されたチームで今回の鬼ごっこでは主力として任務に当たっている。

 チームがそのまま全員所属しているということは戦闘能力が低下していないということなのだから、女子側も警戒はしていた。

 それを健輔というジョーカーで持って切り崩したのだ。

 真由美や香奈子の撃墜作戦だけでなく今回の作戦全体に関しても基本案を考えたのは彼である。

 仁からフリーハンドを与えられた彼は期待に応えた。

 いくら能力が上昇した健輔でも1人では速やかな撃墜など不可能だっただろう。

 その不足分を『賢者連合』のバックアップで補ったのだ。

 真由美と香奈子の行動予測、攻撃地点などを完璧に読んだ武雄の力は大きかった

 様々な要因を考慮に入れて動かした作戦は完璧に嵌まり、流れをもぎ取る。

 そのような筋書きを描いたのだ。

 武雄の美学として、作戦はシンプルなものを好む。

 今回狙ったこともそこまで難易度が高くはなかったため、あっさり成功したという側面もあった。

 敵の頭の可能性も高い真由美を早期に殺いで、後は各個撃破。

 理想がそこであり、どこまで寄せれるのかが彼の力の見せどころだったのだが、


「そううまくはいかんか……。強いだけならうちのやつを10人でも自爆させれば潰せるんだがの……」


 立夏により、彼の狙いは阻まれてしまう。

 桜香を押し立てるならば、10人ほど連続で自爆させるつもりだった。

 元々時間まで1人残れば良いのだ。

 その1人は事前に決めてある。

 はっきり言えばそれ以外は全滅しても何も問題ないのだから。


「ふむ……。はてさて、どうするか……」


 今回の『鬼ごっこ』は良く出来たルールである。

 よく調べてみればそこまで女子が有利でもないことは直ぐにわかるのだ。

 武雄からすれば大体5分になる程度には調整が利いていた。

 数が多いということは使い捨ても出来るということだ。

 規格外の大規模火力さえなければ、どうとでも出来る。


「『不滅』は強いがそれは魔導競技に限る。この人数ならば自爆させれば済む話だからの……。しかし、うーむ、困ったの」

『リーダー、どうすんだよ?』

「おう? 小林か?」

『相手がペアで動いてるぞ。こっちの指示を聞かない連中に押し付けてるけどこのままだと1時間いかないうちに半分になっちまうぞ』

「あー、そりゃあ、まずいな……」


 策はあるが博打になるのが武雄としては好みではない。

 彼は相手を嵌めた上で抵抗してくるのを見るのが好きなのであり、拮抗した勝負はあまり好みではない。

 相手は無理矢理にでも正攻法へと状況を変化させようとしているのだ。

 正面からならば負けないという自負が窺える。


「……よっしゃ! 乗ってやるか! 小林!」

『はいはい、お任せあれ』

「不滅のところには万能を2人送れや、ええ勝負になる」

『残りは?』

「あのかっこつけと侍を送ればええ」

『了解了解、それじゃあ伝達するわ』

「頼んだ。……さて、状況が動く。どうくるよ、剣」


 2度目があるかわからない最高の盤で最高の駒を使って競る。

 これのなんと甘美なことか、『盤上の指揮者』――霧島武雄は戦場を見ながら笑う。


「ま、何をしようともこっちの勝ちだけどの」


 絶対の自信を持って武雄は宣言する。

 ちょうどその時、2人の万能系は2人の曙光相手とぶつかり合おうとしていた。

 戦いは序盤だが、少しずつ熱量を高めていく。

 加速していく戦場で多くの魔導師が己の誇りを賭けて戦っているのだった。


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