第126話
文化祭、最終日。
多くの観光客や学生の姿は前日までと変わらないが街では体育祭の準備が少しずつ進められていた。
文化祭と同時に行われるこの体育祭は体育祭とは名ばかりの大規模戦闘イベントだ。
毎年イベントの内容は変わっており、素直に戦う場合もあるし、逆に少し捻ったりと大きく変化するのが常だった。
基本的に戦闘カリキュラムに沿った内容であることは魔導大会と変わらないがレクリエーションとして側面も持っているため、ルールなどがガチガチに固められていることはない。
去年のは高等部だけでなく中等部、大学部も含んだ大規模なサバイバルゲームだったが今年のそれも規模ならば負けていなかった。
学園全体を舞台とした鬼ごっこ、それも全生徒を男女に分けての対決である。
高等部の総合魔導コースの生徒は全員参加、バックス系の生徒も参加はするがサポートとしての役割がメインであり、戦闘には参加しない。
文化祭の出店は高等部のものは午前中を持って終了となり、大学部、中等部はそのまま終了時刻まで開かれている。
見世物としての鬼ごっこ、というわけであった。
そう、昨日の夜まではほとんどの女生徒がその程度の認識だったのだ。
少なくとも、チームの垣根を越えてこうして会議を開くことなど考えもしなかった。
それが念話利用した形とはいえ、主要チームを揃えてこうして話し合いを行っているのだから、未来というのはわからないものである。
「さて、今も仕事中の子もいると思うから、手短に済まさせてもらうね。『クォークオブフェイト』の近藤真由美です。一応発起人って形になるのかな。よろしく」
『よろしくお願いしますね。真由美さん』
桜香が誰よりも先に真由美を認める発言を行う。
集まったメンツは親しい、まではいかなくてもそこそこ顔を知っているメンバーだが、やはり国内最強のネームバリューは大きい。
権威に弱い日本人らしく特に不満も出ずに全員真由美の声に耳を傾けていた。
もっとも、男子側に比べれば初めから大した人数を集めれなかったのは仕方ないだろう。
気付かれないように隆志や仁が人脈を駆使して完璧な準備を行って組織的な戦闘が行える状態にしたのだ。
はっきり言って気合が入りすぎであった。
昨夜、健輔から意図的なリークを受けた優香がその場でやばさを直感するほどに対策が練られていたのである。
優香が真由美に相談して、事の次第を理解した彼女が素早く動いたのが今回の集まりの顛末であった。
「早速、本題から行くね。昨日、優香ちゃんが掴んだ話。っていうか、もうぶっちゃけると健ちゃん、うちの子からリークがあってね。男子はどうやらこのイベントに本気のようです」
メイド服を着たままかつてないほど真剣な表情で真由美は空間投影された表示枠に話し続ける。
『ん、細かいことは?』
「流石にそこまでは言ってくれなかったみたい。ま、私たちの方が個々の戦力は上だし、仕方ないよね」
『男子にやる気があるのはいい事だと私は思うけどね。やっぱり、男の子にはかっこよくあって欲しいもの』
「別に私もどうしても負けたくないってわけじゃないよ。でも、せっかく男の子が本気で来てくれているのに片手落ちで終わるものどうかと思ってね」
立夏の主張には真由美も同意するところだった。
男女平等の社会であり、彼女たちは並みの魔導師を超えるエースたちだ。
別に性別で強さが決まっているわけではないので特に含むところはないが、守られるお姫様にも興味があった。
何より自分の後ろでビクビク震えているか、守られて喜ぶ男よりも立ち向かってくる方が好みというの本音である。
結局のところは好きか、嫌いかに集約されるが真由美としては今回の事態は嫌な事ではなかった。
男子には立ち向かう気概があったのだからそれ自体は喜ぶべきことだと思っている。
『ま、片手間にやられるほど弱くはないでしょう』
「正直、脅威を共有するぐらいしか出来ることもないから、会議なんてかっこいいことを言って、実質もう話は終わってるんだけどね」
『……健輔くんが優香に取られたとなると厳しいですね。倒したい相手がいない……』
「私も健ちゃんとは戦いたかったんだけどなー。うーん、向こうの出方が全然わからないからなー」
彼女たちは男子たちを弱いとは思っていないし、実際男子にも強い魔導師はいる。
しかし、今回の戦いではその辺りの事情がよくわからないのだ。
いや、女子ではわからないと言うべきだろうか。
真由美も、立夏も、そして桜香なども例外なく負けず嫌いだ。
それは間違いないのだが、彼女たちは勝つの好きだから勝ちたいと思っている。
対して今回の男子は負けるとカッコ悪いと思っているから全力投球なのだ。
負けないように文字通り全力で戦いを挑みに来ている。
しかも、戦う理由は感情に根ざしたものだ。
どのように出てくるのか真由美でもさっぱりわからない。
「集めておいてあれだけど。注意だけはしておいてね。向こうは何やら必死だよ」
『ん、了解』
『真由美と赤木さんは気をつけてね? 真っ先に狙われるわよ』
「わかってるから大丈夫よ」
『ん、同じく』
優香やクラウディアにも伝えておく必要はあるが少ない時間で出来ることはこのぐらいだろう。
相手がどれほどかはわからないが素の実力から考えればあっさりと終わることもないはずだった。
「じゃあ、午後にまた会いましょう」
真由美だけでなく例外なく多くの女性がそう思っていた。
彼女たちは男子たちがガチだということは掴んだが、その本気具合を感覚として理解していなかったのだ。
この齟齬が鬼ごっこの決戦においてどのように影響するのか。
午後にも明確な結果として示されるだろう。
「すいませんでした!」
「そうか……。いや、よくやった自然な流れでこちらの意図を漏らせたのはベストだ」
「へ?」
健輔は隆志に向かって謝罪を行う。
何が何でも秘密にしろという誓いを破って優香に情報を流したのだ。
叱責程度ではすまないことも覚悟していた健輔だったが隆志は真逆の反応を見せるのだった。
予想外の事態に疑問符を顔に張り付けていると答えを教えることが間に入る。
『僕から説明しよう』
「仁さん?」
『アマテラス』のリーダー北原仁からの念話だった。
鬼ごっこ回りの話し合いで実は桜香よりも接触が多く、健輔はこの冷静沈着な男を隆志と同程度には尊敬している。
その性癖だけは若干理解出来なかったが。
『こちらとしても奇襲に近い形で勝利しても、という意見もあったんだ』
「まあ、勝ち方も拘りたい、というやつだよ。お前ならわかるだろう?」
「……まあ、俺もそういうやつですから」
「女子に勝ちたいというやつばかりを集めた結果、勝ち方にも注文が付いたからな」
『どうするか、と思っていたが今回の事は良い切欠になる。これで騙まし討ちとは言われないだろうしね』
素の実力差を勘案すればこの程度はどちらも受け入れられる範囲だと仁は言う。
健輔の情報で今から警戒しても出来ることは左程多くないのだ。
むしろ、正面から戦い勝利したと言い張るよい根拠になるだろう。
「俺たちでは漏らす理由がなくてな」
『噂でも立てようかと思っていたけど……。いや、発想の転換だね。正面から言えば何も考えずによかったんだ』
「勢いなんで、そ、そのー、感心されても困ります……」
『君は謙虚だね。それに見たところ焦った様子ももこの短い期間で消化出来たようで何よりだ。羨ましい限りだね、隆志。君のところの後輩は皆、素晴らしい』
「国内最強は贅沢だな」
『最強、という看板は休業中だよ。――君たちを倒すまでは、ね』
仲良くアホみたいな事に全力で取り組んでいてもいつかはぶつかる相手なのだ。
1度負けたくらいで諦めるような潔い人物ではないことぐらい健輔もわかっていた。
敵に回せばめんどくさいのは間違いないだろう。
今度はこの北原仁も全力で向かってくる。
それを撃破した上で桜香にも勝利しないといけないのだから、勝利の女神が求める供物は大層なものだった。
「受けて立つさ。何より、そううまくことが運ぶとは限らないだろう?」
『強敵は多いからね。今しばらくはお互いの健闘を讃え合う関係かな』
「仁さんのテンションのアップダウンの幅についていけないんですけど……」
敵と味方をこうまでスパスパ切り替えて対応できるのは間違いない仁の個性だろう。
これできちんと筋は通してくれるから嫌いになれないのだ。
今回のこれで仁は男子たちの能力をある程度把握した。
試合に転用でもすればかなり優位に進めれるようになるだろう。
しかし、彼は間違いなく使わない。
断言してもよい。
何故なら、そのような勝ち方を好んでいないからだ。
魔導競技に勝利することで得られるものは少ない。
プロスポーツとしての整備もまだであるし、何より学校の授業の一環としての体を成しているため、賞金などもない。
勿論、通常の高校スポーツも賞金などはないが、スカウトなどはあるために魔導競技に比べれば将来の選択肢としての意味は大きくなっている。
つまるところ魔導競技はその存在の大半を名誉に全振りしているのだ。
不正がないというか、魔導に賭けるものが多いのはこの辺りも影響しているかもしれない。
「問題がないんだったら良いですけど……」
「問題はないな。もっとも、健輔が無罪かと言われるとそれも微妙だがな」
「へ?」
『契約を破ったけど結果的には良かったですよね、では社会は動かないと言うことだよ。今回はよかったが普通は敵に作戦を漏らすなど銃殺ものさ』
「じゅ、銃殺?」
「責任を持って、真由美と優香、桜香といった辺りはお前が応対しろよ? おそらくあのクラウディアという子も来るぞ」
「え……」
『頑張ってくれたまえ。ああ、『賢者連合』に伝えて後方支援はばっちりしておくよ』
「正面はお前が頑張ることになるがな」
健輔に与えられる罰は簡単なものだった。
責任を持ってマジになった女性陣を相手にしろ、というだけのものである。
有情であると言って良いだろう。
1人で特攻しろなどと言うことも出来たが優香との経緯を考慮して最初からぶつかれる様に配慮してくれているのだから。
「た、大変だなー……」
優香と戦うことを心配する前に真由美に叩き落されることを心配しないといけなくなっている。
健輔は如何にして他者に厄介な相手を押し付けて本命たる優香と全力で戦えるようになるかを全力で考えるのだった。
『ご来場の皆様にお伝えします。まもなく、時刻は15時を回ろうとしています。天祥学園体育祭企画『鬼ごっこ』が始まりますので参加者の――』
会場にアナウンスが響き観光に来た人間だけでなく、学園の人間も移動を開始する。
かなり大がかりなイベントのため、それ相応の準備が必要なのだ。
大会において、観客を保護するための防護フィールドなどを含めて来場している人間に万が一でも被害が出ないように全力で防御が行われる。
『ルール説明を行います。ルールは至って簡単です。女子は男子全てを捕らえれば勝利。逆に男子は制限時間内を逃げ切れば勝利となります』
最終的にタイムリミットは通常の魔導競技2倍の時間たる2時間になった。
各エリアなどに身を隠す場所などを用意したため、流石に1時間では男子に有利すぎると考えられたためである。
参加人数は男女合わせて大体2000名程、通常の魔導競技にはない恐ろしい人数での戦闘が行われるため、多くの見物客が中継ステージなどに集まっていた。
魔導の普及を担う都市のため実験的なインフラも多数採用しているため迅速に対応が可能だったが普通の都市だとあっという間に処理能力を超えていただろう。
「ついに始まるな……」
「最初の攻撃をどうやって凌ぐか……」
熱気に湧く周囲の中を女子打倒チームの1員たる圭吾と健輔は冷静に戦術を組み立てていた。
初恋の女性が見守っているため、珍しくやる気に満ち溢れている圭吾は体からオーラが見える程この試合に全力を投入することを決意している。
「あんまり力むなよ? 相手のメンツを考えたらいろいろ厳しいんだからな」
「わかってるよ! 葵さんに真希さん、真由美さんに九条さんと。挙げれるだけでもこれだけいるんだからね」
「わかってるなら良いけどさ」
健輔とて親友の恋は成就させてやりたかった。
しかし、悲しいくらいに上手くいく気配がない。
良いところを見せようと奮起するのはいいが、逆に己の分を超えた部分に手を出して破滅する感じしかしないのは何故だろう。
圭吾の長所を自分で潰す結果しか見えていないのは流石に止めてたいと思うが熱くなっているところに水を掛けるのも気が引けた。
「……はぁ、無理だけはするなよ?」
「わかってる。そっちも気をつけて」
今回の戦いで健輔は些か無理をすることを決めている。
未だに完成どころか、先すらも見えていない彼だけの必殺技を投入するつもりだからだ。
「この戦いには俺の名誉しか掛かってない」
優香とのもしかしたら最初で最後かもしれない公式対決だ。
ただ全力でやるだけでなくそれ以上のものを見せたいという見栄もあった。
「カッコ悪いのだけは勘弁だな」
出来れば勝利した上でカッコ良く決めたい。
この見栄だけを張る男の集団の中で同じように健輔も誇りだけで戦いを挑む。
鬼ごっこ開幕まであと少し。
健輔たちは鬼の魔の手から生還することが出来るのだろうか。