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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第125話

 演武、より正確に言うと魔導のエキシビジョンは全校共同で行われているものだ。

 この時期に全姉妹校では文化祭と体育祭に類似する何かが必ず行われている。

 文化、国の違いなどはあるが魔導大会を同時進行している関係上、行事関連は揃えておかないと大変なことになるため、そのようになっている。

 実際、初期のバラバラにやっていた時はスケジュールの微調整で運営本部が死んでいた。

 今でこそ、笑い話だが当時は本気でやばかったらしく、その時から教師だったものにこの話題を振ると死んだ目になるため禁句になっている程である。

 

「やっぱり人が集まってるな」

「エキシビジョンに選ばれるのはその年代で最高の魔導師です。やれることも違いますし、何より華があります」


 魔導師には美男美女が多いという都市伝説染みたものがある。

 健輔も魔導師の端くれだが、特別美形というわけではない。

 確かに周りのイケメンならびに美女率は高いため、まったく根拠がないわけではないが実際のところは根も葉もない噂に過ぎないものであった。

 しかし、桜香や『女神』、後は『皇帝』もそうだが大きく活躍するような魔導師に美男美女が多いのも事実としてある。

 魔導的には一切関わりがないが印象がそうなっているのだ。

 実際のところ、魔導は肉体活性などを行えるため実年齢に対して若々しいものが多い。

 40代でも20代に見える女性が居たりするのだ。

 無論、そこまでの活性は魔導師としても1流域にいるものでないと行えないが。

 そこら辺の噂話も広がってこのような都市伝説が誕生したのではと健輔は思っていた。

 また、余談になるが魔導師が戦闘カリキュラムという女性向きでないものを備えているのに妙にトップランカーに女性が多かったりするのにも一役買っているのが上のような魔導の利点があったりするためだ。


「桜香さんか……」

「どうかしました?」

「いや、あの唐突に朝に奇襲を仕掛けてきた人はそこまでの大物だったんだな、と改めて実感したというか、なんというか」


 高等部の魔導師の中では文字通り別格のスーパースターである。

 そんな人物に敗北を叩き付けてその上、朝練までつけてもらったと考えると微妙に現実感がなかった。

 あれで妹大好きなお姉さんであり、割と猪突猛進なところもあるとはファンの大多数は知らないのだろうからうまいこと猫を被っているものである。


「女ってのは、その怖いな」

「そ、その同意を求められても困ります。わ、私も女性ですから……」

「す、すまん」


 優香は恥ずかしそうに否定する。

 健輔としては自身の迂闊な発言に平謝りするしかなかった。

 観戦席でそんなやり取りをしながら2人はエキシビジョン開始までの時間を潰す。

 時刻は16時を回ろうとしたところ、アナウンスが掛かり観客たちは視線を空へ向ける。


 ――秋空に七色の魔導師が今、舞い降りた。


 エキシビジョンは魔導に興味を持ってもらうため、最上位の魔導師にその凄さを見せてもらうのが目的となっている。

 最上位と言っても高校生なのだ。

 世間一般からみればまだまだ子どもと言ってよいだろう。

 それがどれだけのものを見せてくれるのか、と魔導をよくは知らないが見に来た者たちは思うのだ。

 逆に少しでも知っている者は違う。

 各魔導校の頂点に立つことの意味を多少なりとも知っている故に彼らはこう思うのだ。

 ――どんなにすごいものが見えるのか、と。

 そして、桜香はそれを裏切らない。


「姉さん、綺麗ですね」

「……ああ」


 魔力光を複数所持する。

 それだけで彼女が選ばれた人種であることがわかってしまう。

 彼女の系統はまるで1つずつが独立しているかの如く存在している。

 魔導の歴史でも極めて稀有であり、研究者を驚喜させた素質であった。

 そこに複数の番外能力、固有能力を加えて九条桜香は完成する。

 2つ名を持ってから初めての敗北を経験したが未だに『不滅の太陽』は国内最強の地位を揺るがせない。


「……クソっ」


 桜香に勝利したが彼女程の華が健輔にはない。

 今も軽やかに空を舞って魔力を四方に飛ばす幻想的な光景を生み出している。

 あれは健輔には出来ない芸当であり、手が届かない技法だった。

 呼吸をするかのようにそれを行う彼女に嫉妬してしまうのは仕方ないだろう。

 

「すげーーー」

「綺麗ーー」


 嫉妬を抑えようと心を押さえつけていた時だった。

 健輔と優香の傍にいた小学生らしき男女が歓声を上げて桜香を見上げている。

 自然と、そう何故か気になった健輔はそちらに視線を向けた。


「……」


 無言で空を見上げる小学生たちを見つめていると、つい笑いが零れる。


「健輔さん?」

「――ああ、なんでもないよ」

「そう、ですか。でも、少し嬉しそうですよ?」

「そ、そうか?」

「はい」


 優香はそういうと手を伸ばして健輔の頬に手を当てて、


「緩んでますから」

「ッッ!! す、すまん」


 笑顔でそんなことを言ってきた。

 不思議そうな顔をして手を放してくれるが健輔はそれどころではない。

 あまりにも笑顔が綺麗だったから一気に体温が上がったのだ。

 いろんな意味で心臓に悪い。


「は、反則だ……」


 桜香と戦った時よりも動揺しているかもしれない。

 収まらない心臓の動悸に熱いものを感じながら再度空を見上げる。


「そう、だったよな」

 

 駆け巡る思考を追い出して、先ほどの浮かんだ思いを振り返る。

 健輔の始まりもあのように空を飛ぶ魔導師への憧れからスタートした。

 あの子どもたちのようにアホみたいに口を開けて、すげーと隣に座る圭吾と言い合ったのだ。

 ――そんな簡単な思いを最近はあまり思い出していなかった。

 おかしな話である、

 それが目的でそのために魔導を教わりに来たのにやれることが増える程に初志を忘れていったのだから。


「文化祭か……」


 この時期に文化祭が用意されている理由の1つに戦闘カリキュラムにのめり込むのを防ぐという名目がある。

 試合数の増大、ならびに試合での達成感などで本来の目的を忘却するものたちが増えるのだ。

 健輔もある意味でこの範囲に引っ掛かったと言えるだろう。

 文化祭でリフレッシュしなさいという学校の意図もあり、全校統一でこの時期での開催にしているのだ。


「……頑張ろう」

「健輔さん?」

「綺麗な空中機動だな」

「は、はい」


 空を舞う桜香を見ながら健輔は新しい目標を立てる。

 今までは我武者羅に前を向いて、己のためにひたすら積み上げてきた。

 これからも根本の部分、基礎はそれでいいだろう。

 しかし、そろそろ次に進むべきだ。

 答えは先輩たちが普段から見せてくれている。

 今も最大の敵がその在り様を教えてくれていた。


「俺を見た人たちが――」


 ――魔導を好きになってくれるようなそんな戦いがしたい。

 いや、そんな魔導師になりたい。

 ただただ魔導師として上達することを考えてきた男の新しい目標。

 誰に語るでもなく、かつて自分が空を舞う彼らに憧れたように今度は自分が誰かを魅了出来るような魔導師になりたい、と健輔は強く思うのだった。




「いいエキシビジョンだったな」

「はい、流石は姉さんです」


 もやもやとしたものが晴れて健輔は軽くなった心と体で優香に笑いかける。

 そんなウキウキ気分の健輔を優香が不思議そうに見ていた。

 優香からすれば桜香の演武を見てから機嫌が良くなったように見えるのだから、なおさらである。


「……そんなに姉さんの演武がよかったんですか?」

「へ?」


 急に温度が下がったように感じた。

 隣にいる人物がジト目でこっちを見ながら拗ねたように言い放った言葉は健輔にとっては予想もしていないものだったからだ。

 ここでどうして桜香なのか、と健輔の思考が一瞬停止する。


「……今、一緒にいるのは私なんですけど」

「え……あ……ほ?」


 急変した状況に浮かれた思考をしていた健輔は対応できない。

 そんなダメダメな状態になっている頭脳でもこの状態を放置するのが危険極まりないことぐらいは容易に判別できた。

 何かを言わないといけない。

 しかし、新しい目標を見つけてウキウキだったんですとは言いづらかった。

 これを言ってしまえば新しい目標について語らないといけなくなる。

 真顔で優香に向かって言ってしまえば彼女は素直に信じてくれるだろう。

 それは構わないが健輔とて男である、

 こういう事は胸に秘めておきたいという思いもあった。


「……」

「……」


 天秤にいろんな思いを乗せて最終的にどれが良いのかを必死に考える。

 羞恥を取るか、機嫌を取るのか。

 優香と無言で見つめ合いながら、時間にしては1分。

 健輔としては1日を終えたかのような気分だったが絞り出すように、


「……お、桜香さんは関係なくてだな……。そ、その、なんというか……あ、新しい、目標を立てたんだよ」

「新しい目標、ですか?」


 優香の顔には疑問符が張り付いている。

 当然であった。

 これだけ言われて納得するやつなどそれほど多くないだろう。

 

「ああ……、ま、魔導を好きになってくれる奴が増えるように……そ、そのかっこいい戦いが出来たらいいなーって。その、小さい子とかが憧れてくれるような……」

「……す、」

「す?」

「――素敵ですね! 良い目標だと思います!」


 先ほどまでの不機嫌を消し飛ばして優香は喜色は表す。

 何処が優香の琴線にヒットしたのかはわからないが大喜びであった。

 恥ずかしかったがこれだけ喜んでくれたなら話しただけの意味はあっただろう。

 仮にあそこで話さなくても優香との仲が壊れるなどということはなかったが後退ぐらいしたかもしれない。

 己の羞恥などというどうでも良いものと比べられるものではなかった。


「でも、やっぱり姉さんの演武が切欠なんですか?」

「ん? まあ、直接そのものとは言えないけどそうかな……」

「やっぱり、そうなんですか……。少し、羨ましいです」

「優香?」


 一気に上昇したはずのテンションが今度は別の方向に下がる。

 拗ねるとかではない、今度は純粋に何かを寂しがっていた。


「健輔さん、答えは出たって言ってましたけど、まだ暗い顔してたんですよ。お気づきではないみたいでしたけど」

「……やっぱり、まだ顔に出てる?」

「はい、バッチリと!」


 力説されてがっくりと肩を落とす。

 感情を表に出さないことには大分自信が付いていたのだが、まだまだのようだった。

 元より、付き合いも長くなり、健輔のことを良く見ている優香に対して隠しきれると思っていたのが間違いだ。

 感情回りについては優香も苦い思いをしてきたからか、かなり鋭い。

 少なくとも健輔よりは感情の機微に聡かった。


「でも、さっきの姉さんの演武からはすごく機嫌が良くて……」

「あーうん。初心って大事だな。すっかり忘れてたわ」

「いいえ、思い出せたなら忘れてないですよ。結局、健輔さんは自分のことはなんだかんでわかってたんですから」

「……そっか。そう言ってくれるなら嬉しいかな」


 優香の言葉の裏については何も言わない。

 健輔は自分のことはなんとなくだが把握している。

 これはこれですごいことだろう。

 しかし、翻って言えばそこまで底が深くないとも取れる。

 己の事を単純と評するのは些か以上に気分が良くないが優香と比べれば浅いのは仕方ないことだった。

 才能、環境、あらゆるものが優香と健輔では異なる。

 必然求められるハードルも変わってきてしまう。

 不良は少し良いことをしただけで印象が大分良くなるだろう。

 それと現象としては似たようなものだった。

 優香がやること成すこと全てが比較対象は桜香となる。

 そんな環境は健輔でも御免こうむりたい、耐えきって真っ直ぐと育っただけでも並みの精神力ではない。


「……なあ、優香」

「はい?」

「前、賭けをしただろう?」

「はい。……もしかして、内容を変えたいとかですか?」


 桜香を打倒した後、お互いに誓い合った目標。

 優香も、そして健輔も片時も忘れずに胸に抱えている。


「いや、違う違う。新しく何か賭け事をしたいと思ってな」

「新しく?」

「ああ。――お遊びにあそこまでガチなのもどうかと思ったが気が変わった。よく考えたら優香と敵なのは初めてだからな」

「……まさか」


 優香は健輔の言いたい事に思い至る。

 そう、どんな形であれ公式の場で初めて優香は健輔と明日、敵対することになっていた。

 優香の瞳に火が灯る。

 健輔が言わんとしていることを悟ったのだ。

 それは彼女も心のどこかで望んでいたことだったのかもしれない。


「明日の鬼ごっこ、男子が勝てばそうだな。1つ言う事を聞いてもらおう」

「女子が勝っても1つお願いしますね」


 健輔の胸にも闘志が灯る。

 みんなに散々諭されて、結局最後はここに戻ってしまった。

 もっとも、依存するようなことはない。

 あくまでも本命は優香であり、戦うことは手段に過ぎないのだ。


「真由美さんたちに伝えておいてくれ。男子サイドの何人かが実は対策会議を作ってガチで勝ちを狙っている」

「え……」

「戦力差があるからな。ただ、このままだと下手をすると無難に勝ってしまうからな。お前のとの貴重な戦いをそんな風に終わらせたくはない」

「――わかりました。こちらもそれを念頭にやらせていただきます」


 優香の凛々しい表情に不敵に笑い返す。

 健輔はかつてないほどの興奮を感じていた。

 彼がこの学園に入学して初めて目を奪われたのは『終わりなき凶星』でもましてや『不滅の太陽』でもない。

 『蒼い閃光』こそが目に焼き付いて離れない輝きなのだから。

 決意を新たに2人は明日、初めて敵対する。

 だが、その前に、


「……あ、その。……ムードが無くてごめんな」

「ふ、ふふふふ。い、いえ、気にしてくれただけでも嬉しいです」


 デートの締めに宣戦布告をするのは流石にどうだろうとは思った。

 しかし、漲る思いが口から飛び出してしまったのだから、仕方がない。

 それでもデリカシーに欠ける行いだったのは事実である。

 謝罪は必要だろう。

 4日目は笑いに堪えながら健輔の思いに感謝を述べる優香という珍しい光景で終わりを告げるのであった。


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