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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第124話

「ヒーローショー、面白かったですね!」

「ああ、うん」


 子どもが多かったが流石は魔導の学び舎と言うべきか、大きなお友達も結構な数がいた。

 魔導を使ったヒーローショーはここでしか見れない。

 役者ではなく中身が『魔導戦隊』の面々であるだけで、それ以外は普通のヒーローショーとなんら変わらなかった。

 強いて違いがあるというならば、魔導でガチ戦闘を見せていたぐらいだろう。

 子どもは歓声を上げるよりも呆然とヒーローの姿を見守り、大人は素直に歓声を上げていた。


「魔導競技はああいう使い方もあるんだな」

「戦闘という非生産的な行動を実りあるものにする。素晴らしいことだと思います」


 優香はヒーロー関係はさっぱりわからなかったようだが、子どもが楽しんでいるのは良いことだとニコニコと笑顔で見守っていた。

 あのヒーローショーは文化祭における役割をきちんを果たしていたということだろう。

 戦闘でも使いようによっては文化的な活動が可能なのだ。

 今回はおそらく敵役の中身だった龍輝に思いを馳せる。

 ライバルはどんな気持ちであのチームを選び、そして魔導を収めてきたのか。

 出来ることならばまた話を聞いてみたい、健輔はそう思うのだった。


「お次はどうしますか?」

「……お誘いが来てるからいかないといけないところがあってな」

「はぁ、それは?」

「立夏さんたちのところ」


 『明星のかけら』もチームで出ているらしく師匠命令で集合が掛かっていた。

 お世話になったのは間違いないのだが、慶子を筆頭に健輔とあまり相性がよくない人物が揃っている。

 対戦でも碌に活躍出来ずに沈んだのがあそこだけ、というのが彼我の相性を暗示しているようでいやだった。

 とはいえ、約束を破るのも気が引ける以上行くという選択肢しか選べない。

 空気が肌に合わない、そんな生理的な事情だけでお断り出来るような間柄ではなかった。


「とりあえず、行きますか」

「はい!」


 優香の元気な笑顔に励まされつつ、微妙に鬱な空気を背負って健輔は歩き出すだのだった。


「へっくちっ!!」

「急にくしゃみなんかしてどうしたんだ、立夏」

「うーん、誰かが噂でもしたのかな」


 『明星のかけら』がやっている出店は普通の焼き鳥屋である。

 比類なき魔導の実力を持ち、2つ名持ちが多数在籍しているにも関わらず魔導関係をやっていないのは単純にメンバーが面白くないからであった。

 文化祭の本質は魔導を知らない人たちに魔導を楽しんでもらうこと、となっている。

 つまりは学生たちは2の次なのだ。

 立夏としても学園の事情はわかるし、魔導のイメージがあまりよくないこともわかっているが自分たちがそれに付き合う義理はないと思っていた。

 魔導の専門校、仕方のないこととはいえ、魔導ばかりと接していたら嫌気の1つや2つは湧いてくる。

 何しろ彼女は3年生。

 未だに見るもの、触れるものが光り輝いているだろう健輔たち1年生とは前提条件が違う。

 また、彼女は真由美程要領が良くない。

 一挙両得出来そうなものを思いつけなかったのだ。

 魔導を使いつつも普通の出店も楽しめる、そんないいとこ取りも狙った真由美の喫茶店はとても良い出し物だった。

 こういったストレス、とでも言う物は大なり小なり学園生なら感じることがある。

 あの真由美も何でも魔導に関連づけることを若干倦んではいるのだから、結構根の深い問題だった。

 そういったストレスを解消するため面もある文化祭なのだ。

 立夏たちの楽しみ方も1つの正解だった。

 魔導に囲まれると逆に魔導以外が新鮮に見える。

 肉が焼ける様子を見るのが好き、という理由で彼女たちが選んだ焼き鳥だったのだが思ったよりも商売としてよかったらしく無難に売り上げを重ねていた。

 売り子として色気を振りまいていた慶子の尽力も大きいだろうが、普段出来ない体験に全員がリラックスした雰囲気を漂わせている。


「風邪とかじゃないよな?」

「朝のシステムスキャンは何にもなかったけど……。一応、帰ったら申告しておくね」

「頼むぞ。『アマテラス』戦でお前がダウンとかだったら笑い話にもならないからな」

「魔導があるから大丈夫だと思うけど、気を付けます」


 立夏は元信に安心するように言い含めると周囲を見渡す。

 人で溢れかえる様は学校の文化祭というよりも、どこぞの行楽地といった具合だ。

 学園に合わせて作られた人工島群はこういう時に最大の力を発揮する。

 より魔導を親しみすく、それを標語に企業から何まで全力投入しているのだ。

 立夏は正直なところ、商業利用の気が強すぎてあまり好きではなかった。

 彼女が魔導を志した理由は空を飛ぶためである。

 文句を付けることではないがもう少し慎ましやかにして欲しかった。


「誰もがまっすぐってわけじゃないから……」


 立夏の3年間に意味は何かあったのか。

 彼女は最近よくそんなことを考えるようになっていた。

 まだ大学部はあるし、そこはこの高等部の直ぐ傍だ。

 距離的、環境的にそこまで激変するわけではない。

 しかし、それでも卒業は卒業である。


「ねえ、元信」

「あー? なんだ」


 お金の整理をしていた元信に立夏が声を掛ける。


「卒業ってなんだろうね?」

「……なんだ? また、急に哲学的な話だな」


 意味のわからぬ質問に怪訝な表情を見せるも直ぐに元へと戻る。

 立夏はナーバスになった時にいろいろなことを考えて深みに入ることが間々あった。

 今回もその類だろうと判断したからである。

 文化祭が終わって4戦ほどで『アマテラス』だ。

 立夏が思い悩むのもよくわかっていた。

 彼は健輔と優香がそうであるように3年間、立夏と共に戦ってきたのである。

 

「まあ、俺からすると大した意味はないが……。そうだな、『区切り』だろうよ」

「区切り?」

「ここからは違う、と明確に示さないと人間はアホだから気付かんのさ。一種の暗示と同じだろうよ。今までうまくいっていた、もしくは問題がなかった。だから、これからもこのままで大丈夫、よくあるだろう?」

「……そっか、うん、なるほどね。同じに見えて違うのか……」


 学園生活と一言で区切ってしまえば、そこには大筋変化はない。

 友と遊び、語らい、いづれは出て行く。

 行われることはルーチンワークのごとく一定している。

 しかし、それはミクロの視点で見ているからだ。

 何から何まで同じはずがなかった。

 結果と過程が如何に似ていようとも完全に同一であることなどありえない。

 同じ努力を行って等量の結果が得られないように、完全に一致する出来事などこの世には存在しないのだから。


「当たり前だろ。何より、去年の文化祭にあいつらはいなかっただろう?」

「あいつら?」


 立夏は元信が指し示した方向へと視線を移す。

 そこには何やら雑談しながらこちらにやってくる健輔と優香の姿があった。

 こちらに気付いたのか頭を下げてくる。


「――ああ、なるほどね。確かに同じじゃないや」

「だろう? あんな文面でもちゃんと来るんだからあいつは律儀なやつだよ」


 ナーバスな気持ちはどこへやら。

 元信の言いたいことに理解を示して、立夏は勢い良く笑顔で敵でもある弟子たちに手を振るのだった。


「立夏さん、どうも」

「焼き鳥くださーい」


 『明星のかけら』の出店はこの魔導の匂い全開の文化祭では逆に珍しいほどに魔導の気配を感じない。

 悪い意味ではなく良い意味で普通の出店だった。

 チーム全員でオリジナルTシャツを着ているあたりもどこにでもある文化祭の光景と相違ないだろう。


「黒のシャツにでかく明星ってセンスが凄いですね」

「書いたのは貴之だ」

「……達筆ですね」


 やたら達筆な文字に関心する。

 健輔は自身の文字があまり綺麗ではないため、綺麗に書ける人を尊敬していた。

 文字の練習はめんどくさいが綺麗には書いてみたいという優柔不断の鏡のような心境である。


「それで何しにきたんだよ?」


 元信の疑問の声。

 この問いには逆に健輔が問い返したい気分であった。


「いや、別に用事とかないですけど」

「はあ? じゃあ、なんで」

「焼き鳥を買いにきたんでしょう? 固いわねー元信。健ちゃん、ごめんねー、こいつ案外と真面目君だから、気が利かないのよ」


 横から割って入ってきた慶子が笑顔で健輔に焼き鳥を渡してくる。

 慶子は基本的に良い先輩なのだが、健輔は個人的に苦手だった。

 色気が過多なのだ。

 はっきり言って青少年には存在そのものが毒である。

 女性を感じさせてくる人物は須らく苦手な健輔だが堂々の第1位は藤原慶子だった。


「あ、ありがとうございます……」

「どういたしましてー。……うちの甲斐性なしどももこれぐらい可愛げあればいいのにね……」

「おい、聞こえてるぞ、おい」

「あらあら、ごめんなさいねー。おほほー」


 白々しい笑い声を上げて慶子はその場を去っていく。

 残ったのは微妙に居心地の悪い男性2人であった。


「……た、大変ですね」

「……うちもお前のところに負けず劣らずで女が強いからな……」


 今までよりも少しだけ距離が近くなった2人は今更ながらの連絡先交換を行う。

 サービスだ、と言って1本おまけをしてくれた元信に感謝しつつ、立夏と話し込む優香に声を掛けて彼らはその場を後にするのだった。




 知り合いのところに顔を出したり、他にもかつて戦ったチームと出会ったりなどを繰り返しているうちに時間がかなり経っていた。


「優香は大丈夫か? 結構歩き通しだけど」

「あ、はい。大丈夫ですよ。魔導でインチキしてますけど」

「でも、精神的に疲れたりはあるだろう? こんだけ人ごみの中にいたりするとさ」

「そう、ですね。で、でも……そ、その、実は膜のように障壁を張ったりしてるのでそちらも大丈夫だったりします」

「へ?」

 

 悪戯がばれたように少し恥ずかしげに優香は告白をする。

 膜のような障壁、つまりは身体保護を応用して人ごみでも他人と接触しないようにしていたのだ。

 流石の健輔もそんな微細なコントロールは不可能だった。

 やはり、地力という意味で桁が違う女性である。


「そ、そっか。なら、いいんだけど……」


 精神的にも肉体的にも元気いっぱいな優香、それに対して実は結構疲れている健輔。

 人ごみが好きな人物の方が稀ではあろうが、男として微妙に情けなくなる。


「どうすっかな……」

 

 問題は休息を選択できないならば如何にして時間を潰すのかということだった。

 真由美のところへ行く。

 選択肢としてはありだが、からかわれるのが目に見えている。

 気合を入れておしゃれをしている優香を見て真由美が何も思わないはずがない。

 同様に妃里や隆志もダメだ。

 となると残りは葵ぐらいなのだが、葵もほぼ同じ理由で却下となる。


「ん? ……これは」


 『陽炎』で集めた情報を見ていたのだが気になる記述を見つけた。


「欧州の『女神』……」


 中央広場の特設スクリーンで他の姉妹校で行われる演武を上映するらしい。

 日本は桜香、アメリカは『皇帝』、そして欧州は『女神』。

 クラウディアが尊敬する魔導師、そして辛くも桜香に敗れ去った相手でもある。

 世界最強の『皇帝』にも興味があるがどれかを見に行ってみるかと、優香に声を掛けようとした。


「優香?」

「……」


 同じようにデータを見ていた優香は真剣に桜香を見ている。

 演武はただの魔導技術のお披露目だ。

 トップクラスはこれほどの事が出来るということを示すのが目的であり、実力を測れるようなことはない。

 健輔も『女神』や『皇帝』を少しでも見れたら御の字だと思っていた。


「おーい、優香さんや」

「ひゃい!」


 近づいて声を掛けてみると思いのほか驚かれてしまう。


「す、すまん」

「い、いえ! こ、こちらこそすいませんでした! にゃ、にゃんでしょうか!」


 果てしなく気まずかった。

 噛んでいる優香が可愛いなど余計な感想も浮かんだが頭から追い出す。


「い、いや、次はどうしようかと思って。気になるなら桜香さんの演武見にいくか?」

「え、そ、そのいいんですか?」

「ん? 何かダメな理由あるか?」


 妙に優香が遠慮しているように見える。

 いや、実際遠慮しているのだろう。

 しかし、健輔には原因が思い至らない。

 仮に優香と健輔の間柄のものなら朝から気まずかったはずだから、そこを除外して考えると自ずと答えは見えてきた。


「ああ、桜香さんとのことなら気にしないでいいぞ。もう、咀嚼は終わってるから」

「は、はい。じゃあ、その姉さんのを見に行きたいです。やっぱり、私の目標は姉さんですから」

「はいはい、じゃあ、行きますか」


 何故だろうか、この時健輔は自然と手を優香に差し出していた。

 そして、優香も特に何も疑問を感じずに握り返す。

 手を繋いだ2人はそこでようやく自分たちの行動に気が付く。

 正面から見つめ合って手を繋いだ状態で固まる2人はまさに初々しいカップルそのものだった。

 

「……い、行くか」

「……は、はいぃ」


 消え入りそうな優香の声に健輔も火を噴くのではないかというぐらい顔が赤くなる。

 ハプニングなのか、それとも別の何かなのか。

 ともかく2人はデートの最中にも関わらず、初めて手を繋いで人の流れに消えていく。

 桜香の演武を優香が殊更強くみたがった理由を健輔は聞きそびれてしまっていた。

 優香が強くみたがったのには目標の再確認以外にもきちんと理由があったのだ。

 それは桜香から送られたメッセージ。


 ――明日は本気を出してみたいと思う。


 本気とは何なのか。

 優香はそれが知りたかったのだ。

 場所は戦闘フィールドで行われる特設会場、4日目の目玉たる各国最強の姿を見られるが演武が行われる。

 『女神』と『皇帝』は気になるが今は改めて身近な最強を遠くから見つめ直してみよう。

 2人は自然とそう思うのであった。


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