第123話
中に入ってみるとまさにゲームなどで出てくる迷宮が健輔たちを出迎える。
壁から何までリアルに出来ていて雰囲気があった。
松明の光などもあり臨場感も抜群である。
「へーほー、よく出来てる」
「……これは……なるほど、真由美さんの砲撃がダメなわけです」
「ん? ああ、解析したのか?」
「あっ、はい。すいません、つい癖で」
恐ろしく高難易度の技法だが使用されている魔導を解析する術式がある。
魔導機に登録されている術式を用いて用いられている術式を判別するもので戦闘ではあまり用いられない。
集中力と高度な術式構成力が必要なため、戦闘には使えないのだ。
基本的にはバックスの技能である。
優香は桁外れの習熟度に加えて才能があったのか自然と式を読み取ることが出来るが、それは美咲が羨ましがるほどのものだった。
健輔も使えないことはないのだが、どちらかというと適性が解体に偏っていることがわかったため今はそちらに注力している。
見るのに優れた優香と解析に優れた健輔、偶然だがパートナーとしてお互いを補完し合っていた。
「それでどんな感じの術式なんだ?」
「防護式、後は上から幻覚を仕掛けてます。恐らく――」
優香が答えを口にしようとした時、正面の閉じられていた扉が開く。
「ふーん、いや、答え合わせは後でいい」
「そう、ですね。些か無粋でした」
優香の態度、後は文化祭に懸けれる労力から考えれば自ずと答えは見えてくる。
既にここは敵地なのだ。
健輔の頭は高速回転を始めている。
才能に振り回されたのは反省したが才能そのものはこれからもバシバシと使っていくつもりだった。
使える道具を使わない人間など存在しないだろう。
合理的に考えてもそうなるのが自然である。
「これは思ったよりも面白そうだな」
「『雪風』セイバーモード」
『了解』
扉の向こうから濃密な気配が漂ってきている。
ルール上モンスターに直接攻撃は禁止されていて、反撃は基本的に出来ない。
「ま、ほいほいやられたら桜香さんにも申し訳ない」
多少、数が多かろうと授業のみの魔導師に負けるわけにいかない。
『陽炎』を戦闘状態に移行し、2人はアイコンタクトを行うと次の部屋へと突入するのだった。
「流石だな、聡い」
クラスメイトのバックスの力で迷宮内の様子は常にモニターされている。
実際のところ、この迷宮は借りたグラウンドで板を組み合わせて作ったものだ。
ほとんどがハリボテであり、実際のところそこまで凄いものが出来ているわけではない。
優香がダンジョンに侵入して直ぐに見破ったのは視覚系に作用する術式を感知したからだ。
すんなりと気付くことが出来たのは彼女の目が良いというのが主な理由だが他にある。
優香はフェイクモードを初めとした幻覚系の術式には深い知識を持っていた。
念入りに準備され、多くの設備の補助を受けているものを軽く見破ったのは彼女が同じく幻術系の『フェイク』モードを持っているからである。
「優香ちゃんは誤魔化せないと思ったけど、健輔も無理とは。思った以上に成長してるね」
「夏とは違うな。もはや俺もお前も1対1だとかなり危ないだろうよ」
和哉たちのクラスの出し物は簡単である。
視覚に作用する術式で臨場感たっぷりの出し物を、ということだ。
いろいろと手間がかかるのが難点だったが、ここ数日の繁盛ぶりから考えれば大当たりだったと言えるだろう。
学園生と外部客の違いはモンスター役の生徒が襲ってくるか、脅かしてくるかの部分だけだ。
チームに登録していないものもいるが2年生は相応の錬度を持っている。
勿論、和哉と真希を超えるようなものはいないが。
「始まるね。私たちも準備、準備っと」
「すまん、モンスターのリーダーは誰だ?」
「えーと……本間さんです」
中継を担当しているバックス系のクラスメイトに和哉が確認を取る。
舐めて掛かると痛い目を見ると警告をしておく必要があった。
あまりにもあっさりと自分たちの担当であるボスの間に来られるのはまずい。
「じゃあ、伝言を頼む。――舐めるな、とな」
「は、はい。和哉さんも頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
和哉にも細やかなプライドはある。
健輔のことは個人的に気に入っているし、良い後輩だ。
「負けてやるつもりはないな」
戦闘ルールではないが、易々と譲ってやるのも面白くない。
和哉は獰猛な笑みを浮かべて後輩たちを歓迎する準備を始めるのだった。
「グオオオオオオ!」
「良く出来てるな!」
「はいッ! すごいです!」
次の部屋に突入して起こった出来事は簡単だ。
突入した瞬間に後ろの扉が閉まり、部屋から抜け出せなくなる。
そこに突然、ゴブリンが現れたのだ。
「はん! 俺に攻撃を当てたいなら最低でも雷速超えてから来い!」
このゴブリンたちが何者なのか。
答えに察しはついていたが健輔は無粋な答え合わせなど望まない。
折角のアトラクション、楽しまなければ損だろう。
「グオオオッッ!」
斧らしきものを振るうゴブリン合計6体。
学校の教室程の大きさはある部屋だが、8人も居れば逃げる場所は必然狭くなる。
空も飛べないこともあり、難易度は相応に高いだろう。
魔導スーツには試合の時と同じくライフが表示されている。
これが0になってしまった場合はゲームオーバーだった。
ここにやって来た多くの生徒はかなりの緊張感を漂わせていたものだ。
「ふふっ、朝の練習みたいですね」
「納得だわ。どこかでやったことがあるような気がしてたんだよ」
四方からやってくる攻撃を軽やかに避けながらの会話。
そこに焦りの色はなく、危機感もなかった。
先ほどからゴブリンの攻撃はほぼ全てが健輔に集中している。
実質的な6対1、普通に考えれば健輔に勝ち目はない。
逃げ場もないため、無様とまではいかなくても恋人にカッコ悪い姿を見せるには十分だろう。
しかし、そのような普通さなどこのペアは持ち合わせていなかった。
「グオオンン!!」
モンスター役の生徒はクラスの男子、女子を問わずに有志の立候補で選ばれている。
一般客には脅かす程度、そして学園生には割と本気で殴りに行く。
女子には加減して男子はドンドンやってよしという規則の名のもと、割と彼らも楽しんでいた。
学園生のみという条件が付いていても基本的に数が多い彼らは余程の企画外でなければ勝利をもぎ取っている。
そんな風に順風満帆であった彼らの前に極上の餌が今朝は投げ込まれた。
かなりの美人を連れたさえない男がやってきたのだ。
ノリノリで仕掛けることを決めた彼らだが今回はかなり力を入れている。
和哉から齎された相手の情報がかなりの脅威とあったからだ。
片や、あの九条桜香の妹にして、本人も天才である『蒼い閃光』九条優香。
そして、男子の方も1年生だからと言って舐めて良いようなレベルでなかった。
国内最強、九条桜香を地に落とした魔導師、佐藤健輔なのだから。
『くそ、こいつ位置取りがうまいぞ!』
『おい、右だ。右!』
カップル死すべしと冗談めかして言っているが本気ではない。
しかし、流石に優香ほどの美人と共にやってきたどこから見てもモテるようには見えない後輩だったのだ。
精々、痛い目を見せてやろうとは思っていた。
その結果がこれである。
「グオオオオ!」
「ほい、ほいっと!」
『こいつはスパイダーマンかよ!』
健輔は魔力糸を天井部分飛ばして捕まり、モンスター役の生徒を上を飛び越える。
簡単な動作だが1年生が手早くやれるようなものでもない。
2年生の中でも普通に授業を受けているだけの学生では出来ないものが多いだろう。
『和哉の言ってた通りだな』
『弱かったら『不滅の太陽』は落とせないだろう』
『クソ、あんな美人とイチャイチャしやがって!』
『それがやれるだけの実力はあるんだろうさ……』
念話で連携を取りながら追い詰めているが、決定的な場面でスルッと抜けられてしまう。
後はそれの繰り返しだった。
攻める、あと一歩まで追い込む。
飛び越えられる、もしくはすり抜けられる。
そして、無常にも時が過ぎ去り、
「お、扉が開いたな」
「じゃあ、行きましょうか」
と2人は何事もなかったかのように部屋から出ていくのだった。
2人の姿が広間から見えなくなのに合わせて、モンスター役をやっていた生徒は脱力したかのように地面に座り込む。
『これが……チーム入りしてるやつらなのか……』
魔導競技――マギノ・ゲーム。
戦闘授業などお遊びに見える激しい戦闘行為を乗り越えた魔導師たちの強さ。
それを後輩からまざまざと見せつけられた。
少なくともモンスターをやっていた生徒の何人かはそう思っている。
彼らの勘違いを訂正するなら、先ほど戦った2人は1年生内でも間違いなく5本の指に入る実力者であるこということだった。
チームに所属している1年生が皆、あんな領域にいる化け物ではない。
類は友を呼ぶとういうべきなのか。
何故かはわからないが健輔の周りにはそんなクラスの魔導師が集まってはいたが、それは極めて稀な例である。
普通はあそこまで強くない、
『あれだな……俺も大学部ではやってみようかな……』
『バカ、大学部は修羅の国とか言われてんだぞ! ド素人が勝てるわけないだろうが』
それでもあのように格好よく魔導を使えるならば良い。
そんな風に誰かの闘志に火が付いたのかもしれなかった。
もっとも先を行く健輔たちは後方の様子など露も知らずに真っ直ぐにボスの間目指していたのだった。
「ああいう練習もありかもしれない」
「ふふ、でもやっぱり1対1の方がいいと思いますよ? 姉さんとかじゃないと複数対1人なんて基本起こりませんし、勝てません」
「ぐっ、やっぱりか……。殺陣っていうのか? かっこいいからまたやりたかったんだけどなー」
ダンジョンと銘打っているように謎解きなども用意されている。
簡単な定番ナゾナゾや、クイズといったものばかりだが十分に雰囲気は出ていた。
「こういうのは楽しいよな。下手な遊園地よりもよく出来てるしさ」
「視覚に作用する魔導は難しいですからね。この難度を維持出来てる時点で和哉さんたちのクラスメイトの方たちはかなりの魔導師だとわかります」
実際は機械の補助と数の暴力ありきでもあるが、そういった事は優香にはわからないし実力があるというのも嘘ではなかった。
何よりそんな会話を聞いているだろう和哉のクラスメイトたちも美少女に褒められて悪い気はしないだろう。
「……」
「健輔さん、どうかしましたか?」
そんな風に雑談に興じながら和気藹々とここまで進んできたのだが、健輔が唐突に黙って正面の扉を睨み始める。
優香はその変化に不思議そうな顔をした後、納得したように頷いた。
「この感じ……」
健輔は別に達人ではないので殺気などを感じたりは出来ない。
そこそこの戦いを乗り越えて最近ようやくそういった感覚を理解できるようにはなっていた。
それでも気配を感じるぐらい出来ず、それもいるかいないかを判別できる程度のものであり、具体的に誰がいるということはわからないもののため大して役になっていない。
しかし、唯一と言っていいだろうか。
健輔でも簡単に相手を判別できるものもあった。
健輔は世界でも数少ない万能系であり、彼は全ての系統の魔力を肌で知っている。
つまりはなんとなくだが彼は系統がわかるのだ。
相手がどんな魔力を持っていて、どれぐらいの実力なのかを感じることが出来る。
優香も似たようなことが出来るが精度でいうならば健輔の方が圧倒的に上だろう。
そして、彼が意識を引き締めるような相手はそうはいない。
「わかりやすいな。ボス戦ってわけか」
「戦えないというのは結構新鮮ですね。それに夏を思い出します」
今から戦うであろう相手には夏にお世話になったものだ。
ならば、成長の証を見せる意味も込めて全力を見せてやろう。
お互いにそんな意見をアイコンタクトで送る。
「行こう」
「はい!」
魔力で体を満たし、次の部屋に疾走する。
足元に転送陣が輝くの目に入った時、健輔はこれからどこに向かうのかを察した。
「外か!」
「健輔さんッ!」
優香の叫び声に合わせて、視線を向けると青空の中を飛び回る生き物が見える。
つまりはあれがボスユニットというわけである。
「グオオオオオオ!」
雄たけびを上げる大型爬虫類――いや、ドラゴンというべきだろう。
赤い皮膚を持つ幻想の生き物が恰も現実に存在するかのように健輔たちへ襲い掛かる。
視界に入るのはその巨大な体躯で肉弾戦を仕掛けるドラゴン。
普通に考えればこのまま突っ立ていると致命傷になってしまう。
「ちぃ」
魔力を目に集中すれば、相手の攻撃を見切ることはわけがない。
しかし、それは諸事情により使用不可能だった。
視覚に作用するものはデリケートな部分が多い、魔力を集中させてしまえばおそらく術が解けてしまう。
それはよくないだろう。
「素の動体視力が頼りか……。いつぶりだよ、そんなのはさ」
かなりの制約が掛かっているため健輔でも普段通りの動きは難しかった。
そのため頭を使った立ち回りが重要となる。
結局、いつも通りの展開に苦笑しながら健輔は考察を続けた。
相手が和哉と真希だと仮定すればその戦法は自ずと想像出来る。
あまり捉われすぎるのもよくないが参考にするのは構わないだろう。
「優香!」
「『雪風』、いきますよ」
『フェイクを展開します』
健輔の合図に従い、数を重視した分身が周囲を埋め尽くす。
敵の今までの攻撃は爪によるものだけだった。
実際には魔力弾だと想定すれば次にくるものが何かはわかる。
ドラゴンが口の中に炎を溜めこむのを見て、それは確信に変わった。
「術式展開『流動転換』!」
『了解しました。敵、弾幕の中に本命があります』
桜香戦での実験から正式に組み上げた流動系の術式解除。
この出し物のおかげで思わぬ弱点も見つかり、まだまだ改良が必要なことを痛感したが今はそんなことはどうでもよかった。
ドラゴンがブレスを吐き出すタイミングに合わせて、正面に術式をぶつける。
「よっしゃ!!」
掻き消えていく炎を見てガッツポーズを取るも、警戒は解かない。
和哉ならばたとえ遊びだったとしても何かを仕込んでいるはずだ。
健輔は先輩の抜け目なさをよく知っている。
侮ることなどあり得なかった。
『少しは油断しろよ』
『うわー、最悪だね』
だからこそ、彼らに打つ手はない。
本気でどんな手段を取ってもよいのなら落とせることは落とせるがそれはしたくない。
いや、出来ないことだった。
そもそもアトラクションとしてやってきたのにガチで撃墜の狙うのは一種の契約違反に相違ないだろう。
そこまでして勝ちを拾いたいわけでもない。
『タイミング知られてるとダメだね』
『……来年はあれだな高難易度とかを作って真由美さんクラスでも凹れるようにしよう』
後輩たちの成長を喜べば良いのか、それとも危機感でも感じれば良いのか。
答えは出ないまま、時間は過ぎていき――
『制限時間に達しました! 九条優香さん、佐藤健輔さん、クリアおめでとうございます!』
――あっけなくクリアされてしまうのであった。
「お疲れ」
「お疲れ様ー」
魔導が解かれたことで転送された場所がいつものグラウンドであることがわかる。
ボスはやはり和哉と真希だったらしく、苦笑いの2人が健輔たちを労ってくれた。
「お疲れ様です。楽しかったですよ」
「お疲れ様です。よい出し物でした」
中々良い運動になった。
微細な身体状況のコントロールへ意識を回す余裕もあったので、汗もほとんど掻いていない。
健輔はそれでも少し体温が上がり、首筋に汗が浮かんでいるが優香は完全にアトラクションに入る前と変わっていなかった。
細かいことだが、随所に実力の違いが見て取れる。
昨日までならもう少し憂鬱になったかもしれないが吹っ切ってしまった健輔には何も問題はなかった。
――僅か悔しさを感じてはいたが。
「ま、楽しんで貰えたなら嬉しいよ。っと、すまんな。もう次の客が来る」
「今日は1日こっちだから、無理だけど。よかったら明日とかは少しでも一緒に回ろうね?」
「はい、是非!」
時計を見てみるとまだ10時を回った程度である。
まだまだ今日は始まったばかりなのだ。
和哉たちと別れて健輔と優香は次の場所へと向かう。
ようやく素直な気持ちで文化祭を楽しめるようになってきた健輔は期待に胸を膨らませて次に行く場所を優香に告げるのだった。
「優香」
「はい? 次の場所ですか?」
「おう、次はあれだな。座るやつだわ」
「座る?」
自分でも抽象的すぎる説明に噴出してしまいそうになる。
「す、すまん。結局、見れなかったんで見に行こうかなと」
「あ、わかりました」
ヒーローショーを見に行きたい。
あまり優香は興味がないであろうが健輔の我儘を笑顔で受け入れてくれた。
自分の将来、未だに姿が定まらないそれを1年生で見つけてる者たちを直視するのが1日目はいやだったのだ。
今なら見れるはず、と心持ち新たに健輔は優香と共にライバルの元へと再度赴くのであった。