第122話
文化祭、4日目。
時刻は午前7時を指している。
1時間前から待機していた健輔は間の暇な時間でここまでの3日間を振り返ってみていた。
優香とのデートプランのために構築のためでもあったのだが、その過程であることに気付いてしまったのだ。
実はあんまり文化祭を楽しめていない、と。
初日のクラウディアは完全な奇襲だったため。余裕がなく。
2日目の葵は楽しむことは出来たが、彼女が全ての印象を持っていっている。
そして、昨日は妃里としっかり話すなど貴重な体験は多かったが、文化祭固有のものを楽しんだとは言い難かった。
健輔は特に変わったとは思っていなかったがいざスランプを抜けてみると如何に自分がいっぱいいっぱいだったことがよくわかる。
今は心の余裕もあり、己を客観視も出来ているため尚更文化祭期間ついて思うところがあった。
「流石に勿体ないな……」
桜香の一喝でいろいろと悩みが晴れた今はそのことに勿体なさを感じている。
繰り返し言われた魔導競技に傾倒しすぎるなと言うアドバイスもあった。
これを良い機会だと思い、文化祭を楽しんでみるのも良いだろう。
幸いにも相方が優香である。
葵のようなことにはならないと断言出来るだけで安心だった。
「ふむ、早く来すぎたかな……」
待ち合わせ時間までの暇つぶしとしてそんなことを思っていたが、待ち合わせは10時だと言うことを考えれば早く来すぎていた。
健輔にも言い分はある。
忘れてはならない1学期にあった優香とのデートもどき。
あのデートもどきで優香は待ち合わせの約2時間前に来たのだ。
今回もそれがないとは言い切れない。
最悪前よりも早くなる可能性すらも考慮して待ち合わせの4時間前に来るという完璧な防御態勢を敷いているのだ。
「……魔導がなかったらやばかった。『陽炎』、今は何かやってるのか?」
『初日のオープニングセレモニー以外にはこの時間のイベントは想定されていません』
「そっか……」
幸いにも話相手はいるため、退屈とは無縁だったが流石に早く来すぎたかと溜息を吐いた時にその人物はやってきた。
『マスター』
「あん? な、にか――」
キョロキョロしながらやってくる人影。
早い時間帯のため一般客などの姿は疎らだが学園生などは準備のためにそこそこの人数がいる。
そんな彼らのどよめきが聞こえたような気がした。
そう、健輔にとっては果てしなくデジャブを感じる光景である。
誰がやってきたのか言うまでもない。
決意を込めて相手に念話を送る。
校則では有事以外での念話は原則禁止だが文化祭中くらいは問題ないだろう。
『優香、こっちだ。こっち』
『え、あ……、す、すいません!』
優香に居場所を伝えてから健輔は精神統一行う。
初日のクラウディアで耐性は出来ているはずだ、と自己暗示を行うように必死に言い聞かせる。
希望的観測が多分に入っている思いを胸に――気合を入れて九条優香の姿を視界に入れるのだった。
「すいません! もう来てるなんて思わなくてっ、お待たせしたなら――」
「……ああ、いや、大丈夫。い、今来たところ。本当に」
「そ、そうなんですか? 良かったです。待ち合わせよりも少し早いから、どこで時間を潰すかと思っていたんですが」
「そ、そうか。ああ、後、なんだ。に、似合ってるよ?」
「ありがとうございます! お気に入りなんでとても嬉しいです!」
優香は輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
相方の心情も知らずに楽しみで仕方ないという感じである。
微笑みを浮かべている男の方は無意味に追い詰められていたのだが、そんな内心は当然優香が知っているはずがない。
「そ、そうだな。少し早いし、軽く軽食でも食うか? 早いところはやっているだろう?」
「あ、はい。朝ごはんは食べましたけどそういうのもいいですね」
過去に類を見ないほどにテンションが高い。
そして、健輔は心臓音が大変なことになる。
葵は健輔を追い詰めようとして肉体接触を多用してきたが優香は無自覚に健輔を追い詰めていた。
むしろ、優香の方がダメージが大きいのだ。
言葉が僅かに詰まっているのもそのためである。
「俺は今日、1日無事で過ごせるのだろうか……」
『マスター、お気を確かに』
「健輔さん? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
女性らしく、清楚なその姿に目を奪われる。
何よりも彼女には蒼と白、空の色合いが似合っていた。
今日、自分の心臓は最後まで持つのだろうか。
悲壮な覚悟を決めて文化祭に臨む健輔だった。
健輔の心臓に多大な負荷を強いた以外は大した問題もなく、恙なく文化祭デートは進行していく。
2人が軽く食事を摂った後、最初に足を向けたのは和哉と真希がやっているダンジョンもどきであった。
この期間中、かなり人気のある出店となっているらしく時間いよっては長蛇の列が出来てしまうらしい。
魔導を体感を体感出来るアトラクションのようなものは学園ではここしかないらしく、その辺りが需要がここに集中した原因だった。
和哉と真希も相当忙しいらしく、ここ数日は部室でも見ていない。
「ここは人気らしいから早めにここに行っておこうと思ってな。服とか後は汗も俺たちなら大丈夫だろう?」
「はい、『雪風』に保護してもらっているので大丈夫ですよ」
魔導で1日中、朝の状態を保つ。
言葉にするのは簡単だが結構上級の技である。
早い話、空間を固定するなどの関連技術のため許可が出るのは高錬度の魔導師ぐらいなのだ。
優香は使えるが健輔と美咲、圭吾も使えない。
初日にクラウディアが使っている時にも思ったが地味に差を見せつけられているようで心にくるものがあった。
「どうかしましたか?」
「え、いや、その……便利な魔導だなって」
「はい?」
「い、いや、なんでもないよ……」
優香にそのような意図など欠片もないことは承知している。
しかし、妙に悔しいのは何故だろう。
別に必要ともしていないのに密かに健輔は練習することを考えるのだった。
健輔が新しい目標に心を燃え上がらせていると2人を出迎える人影が見える。
朝1で訪問することを予め伝えておいたのだ。
「おはよう。よく来たな。2人とも」
「おー、優香ちゃんおめかししてるね。似合ってるよー」
「あ、ありがとうございます」
「あれ、忙しいから出迎えるの無理って言ってませんでしたか?」
「ああ、あっちを見てくれ」
「あっち?」
和哉が指し示す方向へと視線を向ける。
するとそこには受付対応の生徒、ではなくAI対応の受付機器が設置されていた。
「うわぁ、マジっすか……」
「結局行列の原因は時間管理というか、その辺りでな。まさかあそこまで集中するとは思ってなかったが来てもらっている以上気持ち良く帰って貰わないといけない」
「だったら、AIを使えばいいじゃないってね。来場人数も多かったし、割とあっさりと申請が通って私たちもびっくりしたよ」
これで生徒はほぼ全ての能力をダンジョンに注ぎ込めるようになったらしい。
和哉たちではなく視界に入る他の2年生が嬉しそうに準備をしているのはそのためなのだろう。
学園生でカップルでやって来た相手には容赦ない攻撃が加えられたとネットには出ていたがどうやらガチそうである。
「お、流石だな。周りの連中のやる気に気付いたか?」
「……やっぱり、ということは」
「喜べ、今日の1発目はお前たちだ。きちんとクラスの了解も取っている」
チラッと見えた男子生徒が優香を一瞥して、赤い顔をした後に健輔を物凄い表情で見ていた辺りから察してはいた。
この先輩、後輩を売ったのである。
「よろしいんですか? そんな特別待遇、他の方に悪い思うんですが」
「優香ちゃんは優しいね。名は体を表すだよ。でも、安心してねー。みんな、すごいやる気だから気にしなくていいよ」
真希の一瞬だけ浮かんだあのニヤリとした表情、こいつも共犯だと健輔は悟る。
平和で文化的な祭りを今日は楽しもうと思っていたのだが、完全に選択肢を間違った。
和哉も真希も文化祭の、祭りの空気に飲まれてしまってノリノリである。
恐らく昨日までの接客対応でストレスを溜めこんだのだ。
それの発散も兼ねているに違いない。
「……いいっすよ。俺を倒したいなら最低でも優香クラスじゃないと話にならないって教えてあげます」
「ふっ、いいな。から回っている自信じゃなくなっているぞ。葵とかも少しは役に立ったのか?」
「……ノーコメントで」
「ぷ、ははははは。健輔は素直だねー。そっちが勝ったら葵には黙っておいてあげよう。こういうのがあったの方がやる気出るでしょう?」
「それプラスになってないです。景品を付けたように見せて、ただのマイナスにする行為はやめましょうよ」
「おお、これも乗ってくれないかー。健輔は用心深くなったね。お姉さん、嬉しいな」
嘘泣きをする真希を放置して、和哉に視線を投げる。
「では、ルールの説明だ。ま、そんなに難しくはない。魔導師の方には魔導スーツの着用を願う。その上でこっちの作ったダンジョンを攻略をしてもらう」
「禁止事項は3つだよ。1つは飛行禁止。2つ目はこちらへの攻撃禁止。そして、最後に1番重要なのがダンジョンの破壊禁止ね」
「は?」
「悲しいことに我らが部長がやって来てぶっ壊しかけた。あの人の火力を舐めていたな。一応、障壁などで保護はしているがぶっちゃけ、上位魔導師クラスが大丈夫かは怪しいからダンジョンへの直接攻撃はご遠慮願いたい」
「真由美さんみたいにショートカットだー、とか言ってぶち抜こうとしなければ基本的には大丈夫だからそこまで気にしないでいいよ」
ダンジョン攻略と言われてダンジョンをぶっ壊そうとするやつがいるとは和哉たちも想定外だったに違いない。
更にはそれが自分たちのチームリーダーだったとは思ってもみなかっただろう。
そして、真由美を引き合いに出したがわざわざ1人のためにルールは追加することはないはずだ。
わざわざ全体事項にこの事を追加していることからある事柄が読み取れる。
「……真由美さん以外にも結構いたってことですか?」
「砲撃魔導師たちは正直、インテリの仮面を外すべきだな」
「パンを食べればいいじゃないならぬ、ぶっ壊せばいいじゃない、だもんねー。同じ後衛として忸怩たる思いですよ」
「そ、そっすか」
砲撃魔導師の業の深さを再確認する。
いくら何でも酷い発想だった。
「ま、あんまり話込んでいるのもあれだ。ほれ」
「参加証ねー。そのブレスレット巻いておいてよ」
そう言って真希が優香と健輔に腕に巻きつけれるようになっている参加証を手渡してくる。
それに妙な違和感を感じながら健輔は無言で受け取った。
疑問があるのなら後で優香に相談すべきである。
正面にいる2人はチームでも数少ない頭脳派なのだ。
何かを仕掛けている可能性は十二分にあった。
「よし、じゃあ戦闘準備をしたら入ってくれ」
「わかりました、『雪風』」
『魔装展開します』
「『陽炎』」
『展開します』
優香と健輔は既に見慣れたチームのユニフォームを展開する。
魔導機の扱いも半年前とは比較にならないものとなっていた。
いちいち自己暗示をせずとも術式を起動出来るようになっているし、何より魔力回路の隆起に掛かる時間も大幅に短くなっている。
「では、行ってきますね」
「和哉さん、また後で」
「ああ、楽しんでくれ」
「優香ちゃんもまた後でー」
和哉と真希は笑顔で中に消えていく2人を見送る。
そして、2人の姿が完全に見えなくなった辺りでどちらともなく溜息を吐くのだった。
「……ふむ、やっぱり全力だな」
「だねー。いや、我らが後輩ながら並みの2年は相手にならないかな、これは」
出し物に何を本気になっていると思うかもしれないが彼らは大真面目である。
学園生の特にカップルに対しては容赦ない攻撃を加えていくのが方針なのだ。
そうやった方が面白いということだが、1部の男子生徒はガチだった。
カップルを撲滅しようとする勢いでやっている。
当然、優香のような美少女と2人で来た健輔は制裁の対象になるだろう。
「うちのやつらで何とかできるかな?」
「無理くさいねー。立夏さんには突破されたんでしょう?」
「ああ、元信とのコンビにな」
数の力と地の利はあるとはいえ、流石に超1流の魔導師には手も足も出なかった。
難攻不落を謳ったダンジョンはそうして初日には突破されている。
「優香ちゃんと健輔コンビも普通にそのペアに負けてないからねー」
「うちでもナンバー1に近いペアだからな」
祭りの空気と嫉妬魂で頑張る同輩たちには畏敬の念を抱くがそれでも彼我の戦力差は如何ともしがたい。
クォークオブフェイト内でもっとも連携が取れているペアはあの1年生たちなのだ。
和哉と真希も負けていないが優秀な前衛と後衛もやれるあちらとどちらも後衛の2人ではバランスで負けていた。
また、同輩の心配をする前に自分を心配をしないいけない。
「俺とお前もあいつらに勝てるか、どうか」
「どっちか片方ならなんとかなるけど両方じゃあねー。健輔には特化型はかもかと言って万能型も余程バグってないとカモ。うわぁ、めんどくさい」
「……こうして敵に回して初めてわかるな。あいつのめんどくささというものはな」
和哉の万能性、小器用さは有用だがあちらには和哉を遥かに上回るインチキくさい万能性を持つ男がいる。
しかも和哉と違って決定力まであるおまけ付きだ。
真希はその狙撃で健輔はなんとか出来るかもしれないが、優香は無理である。
高機動型前衛である優香と狙撃型後衛の真希は相性が悪い。
健輔に関しても勝てはするが撃墜されるまではゴキブリのようにしぶといのが持ち味だ。
易々とやられてはくれないだろう。
「ま、簡単には負けてやらんよ」
「同じくね」
どんなことでも負けず嫌いな魔導師たち。
和哉も真希も筋金入りである。
楽しいデートのはずが試合と変わらない戦闘の空気が健輔たちに襲い掛かる。
朝1番からデートは波乱の幕開けとなりそうであった。