第119話
妃里が考え事に集中したためか、話相手がいなくなった健輔は手元の魔力に集中していた。
魔力を加工可能な状態にすると言っても、この物体が魔力そのものというわけではない。
1番近いことを言うのならイメージなどで形が変わる粘土を創造した、というのが正しいだろう。
創造系は本来こういうことで活躍することを求められているため、ある意味で正しい使い方をしていると言えた。
創造系の基礎となるカリキュラムにも似たようなものがあるため、この出し物は実用レベルに近いものである。
そこそこの近接戦対応魔導師である健輔が扱いに苦慮するのだから、如何に創造系という系統が奥深いのか教えてくれていた。
「難しい……」
イメージを投射する。
言葉にするのは簡単だがそもそもイメージしたものを簡単に形に出来るのなら世のデザイナーなどは直ぐに失業してしまうだろう。
そうなっていないのは頭の中のものを現実に捻り出すというのが如何に難しいのかということを示している。
健輔は万能系の魔導師だ。
当然、扱える系統の中には創造系がある。
しかし、振り返ってみると健輔はあまりうまく創造系を使っていたとは言えないだろう。
やったことと言えばゴーレムを作ったり、他には魔導機の補助として剣を作ったぐらいしかない。
これは使えているレベルではあるが、とてもじゃないが使いこなすレベルとは言い難いだろう。
「……妃里さん」
「え、あ、はいはい、何?」
「創造系ってどんな使い方してるんですか?」
「へ?」
突然の健輔の質問に妃里はあからさまに驚いた様子を見せた。
健輔は腐ってもあの九条桜香に善戦した魔導師である。
今更、そんな初歩的な質問がくるとは露とも思ってなかったに違いない。
健輔も誤解されるだろうと思って質問したのだが、他に良い言い方が思いつかなかったのだ。
いや、あえて言うならば創造系とはどうすれば使いこなせるのか、そのように尋ねるべきだったのだろう。
もっとも、その仮定には意味はなく悲しいことに健輔はよくわからない言葉は口から飛び出していた。
「えーと、なんていうのかな……。そ、そのー」
「あーはいはい、それを見て思ったのね。創造系とはなんぞや、って。ふふ、なんだ可愛らしいところもあるじゃない」
「……すいませんね、普段は可愛くなくて」
「そんな拗ねた言い方しないの。ふふっ、はいはい、ちゃんと説明するわよ」
見たことがないほどに優しい妃里の瞳。
駄々をこねる子どもを見るようなその瞳に気恥ずかしくなってしまう。
いっそこの場を去ってしまおうかとも思ったが気になっているのは事実のため、大人しく言葉の続きを待つことにした。
またじゃ開き直ったとも言える。
「創造系についてね。簡単なことはもう知ってるだろうから、使用者が知っていることを説明していくわよ。よく言われるのは1番出鱈目な系統。他にはもっとも難しい系統。大体、この2つかしら」
「難しい……」
「正面上は簡単に見えるのが曲者でね。その実、習得がすごく難しいの。大抵何かしらに特化させて習得するのよ」
特化させる。
思い浮かべるイメージを限定することで精度を上げて発揮するパフォーマンスを上昇させるのだ。
そのように創造系を『使いこなす』魔導師を健輔は何人か知っている。
1人はアメリカのサラ・ジョーンズ。
障壁に特化したそのあり方は初めて会った時に衝撃を覚えたのをよく覚えている。
それ以外にもいろいろとお世話になった人でもあった。
チームの中で役割を果たすということ、そして得意分野を絞るということ。
今の健輔の魔導師としての在り方に大きな影響を与えてくれた人物である。
「誰を思い浮かべても構わないわ。創造系を特化させる。あんまり違和感ないだろうけど、よく考えてみると変なところない?」
「創造系を特化させる……。あっ、特化させる方法がわからない」
「そういうこと。サラも、後は和哉や立夏も創造系で特化してるけど他の事も出来ないわけじゃないでしょう? じゃあ、何を特化させたのか。簡単よ、イメージを特化させたの」
「イメージを特化させる……。そっか、そういうことだったのか」
おそらく1番わかりやすいのは立夏だろう。
通常時は剣を、切り札には術式を刻んだ状態の剣を。
どちらも剣を創造するという行為では一緒だが、後者の方が難易度が高い。
あの時は莉理子が何かをしているのかと思ったが、おそらく効率こそ落ちるが同じことは立夏単体でも出来るはずである。
「より具体的なイメージを脳内に描いて、正確に魔導機に送る。これを出来るのが特化した創造系の上位、つまりは使いこなす領域にいる魔導師ね」
「妃里さんは何か特化していることは?」
「あれ、知らなかったの? 私は特化してないことを選んだ創造系よ」
「へ?」
「ま、健輔と似てる器用貧乏ってところかしら」
妃里はイメージを限定しないことで多種多様なものを創造できるようにしている。
現段階では特化型には遠く及ばないが明確な弱点のない彼女は実は健輔もっともが苦手とするタイプの魔導師だった。
特化させたものほど精密なイメージは無理だが、普通に使うものよりは精密なものが生み出せる。
まさしく器用貧乏というべき能力だったが、妃里にはきちんとその道を選択した理由があった。
「……そうね、この間は葵から将来の夢を聞いたんだっけ?」
「は、はい。それが何か?」
「私が能力を特化させてないのはそこが理由だからよ」
「あ……」
「特化させないって言い方はあれね、ちょっと間違ってるかも。正確にはどんなものでも精密に創造出来るようにしたって感じかしら」
多くの物をより精密に生み出すことを目指したのが妃里である。
そこに至るための目標、つまりは夢があった。
葵が医者を目指しているように、当然妃里にもあったのだ。
昨日から驚き続きと言って良い。
健輔はそんな当たり前のことを今日まで強く意識していなかった。
「そんな期待したような顔してわかりやすいわね」
「そこまで顔に出ますか?」
「ええ、嬉しそうに口元が緩んでるわよ。……そうね、期待されるのは嬉しいけど……答えはまた今度かしら」
「え、ちょ、気になる」
「乙女の夢をそんな簡単に聞き出せると思われるのもあれだしね。葵は例外よ」
普段は大人びた姿勢を見せる妃里だが突然、年相応に子どもらしいことを言い出す。
健輔は気になって仕方ないが本人がそっちに乗り気な以上どうしようもなかった。
「次に機会が来るまでしっかりと考えてなさい。きちんと卒業するまでには教えてあげるわ」
「わ、わかりました……」
「……もう、落ち込んだ顔をしないの。きちんと創造系のコツは教えるわよ。ほら、しっかりとしなさい」
穏やかで温かい妃里の言葉。
圭吾や美咲が強く慕う一端をなんとなくだが健輔は掴めた気がした。
気付いたところで状況が変わるわけではないので、ここではそこまでの意味を持たなかったが、心の中にあったハードルを下げるのに十分な効果はあった
それまでよりも少し親切になった妃里が優しく解説を始める。
「今の健輔じゃあ、魔導機の補助に使ったりとかそこら辺しかできないでしょう?」
「は、はい」
「それってイメージの問題なのよ。だから、いろいろなものを正確に描けるように練習しなさい。そうすると真に迫ったものが作れるようになるから」
そう言って手を伸ばして適当な魔力体を握って、魔力を注ぎ込むとそこには見事な鶴の形をした物が出来あがっていた。
健輔が四苦八苦していた加工をあっさりとやれてしまうところは創造系のベテラン術者に恥じぬ実力である。
「ま、これも良い練習になると思うわ。創造系のことなら私か和哉、後は優香ちゃんに聞いてみなさい。多少はアドバイスできると思うわよ」
「……優香も?」
「優香ちゃんも今の状態が完成ってわけじゃないってことよ。うかうかしてると直ぐに置いて行かれるわよ」
「の、のんびりなんてしてないですよ。でも、そっか……」
意外な収穫があった。
創造系の本当の使い道、その上達方法。
文化祭で引き籠っていたら知れなかった情報である。
戦闘以外にも目を向けろ、昨日と今日で散々言われたことではあったがやはり健輔は競技のことを考えている時が1番輝いていた。
「こら、もう脇に逸れてる」
「あ、すいません」
「まあ、結局、男の子だもんね。戦闘とかが好きなのは仕方のないことかな?」
妃里は少しだけ面白そうに健輔を見つめる。
真由美の言うことにも一理あった。
何事も準備は早い方が良い。
真由美としては些か競技に思考が偏りすぎていて心配になったのだろう。
妃里の親友は自由奔放で手綱を手放しているように見えて、肝心な部分はしっかりと握っているタイプの人間だ。
表面上の情報だけで判断すると痛い目を見る典型的なタイプだと言える。
「なんか似てるわね」
「へ、何がですか?」
聞かせるつもりはなかったが妃里の口からはつい言葉がこぼれてしまっていた。
「健輔、あなた真由美にも葵にも。後は隆志にも似てるわね」
「え……ま、マジすか?」
「まあ、似てるって言っても何から何までってわけじゃないわよ? ところどころ、どこかで見たことあるような感じがするってだけ」
「自分じゃ、よくわからないです」
「当たり前よ。人間は自分のことが1番理解出来るけど、制御は1番下手くそだもの」
「制御?」
「自由にならないってこと」
妃里の持論である。
理解は出来ても実行できないことが往々にして人間にはあるものだ。
癖や性格といったものは理解できても制御できないものだと彼女は思っている。
簡単に矯正出来るのならば今少し、世界は平和だっただろう。
「お互いにままならないわね」
「……なんか、今日は変ですね?」
「私はいつも通りのつもりなんだけどね。それに変って言う程私のこと知らないでしょう?」
「うげ、いや、それは……」
「別に怒ってるわけじゃないわよ?」
改めて理解することは難しいと妃里は思っただけだ。
きっと、この後輩とは卒業するまでこのような微妙な距離感を保つのだろう。
だが、それでも――
「――なんかいろいろ納得出来たかな。うん、健輔」
「な、なんすか?」
「仮に優香ちゃん泣かせたら、大学からでも殴り行くからちゃんとしなさいよ」
「え、なんで優香?」
「そこが、ダメなのよ」
――この子も後輩なのか、とすんなり納得は出来たのだ。
デリカシーに欠けて妙に子どもっぽいこの後輩に皆が親切にする義理はない。
1人ぐらいやり辛い相手がいるぐらいの方が将来のためになるだろう。
妃里はそう勝手に納得して、健輔を弄繰り回す。
健輔が彼女の気遣いに気付ける程成長するのは、いつの事になるのだろうか。
それを思うと少しだけ楽しみな妃里であった。
「なんかえらく疲れてるけど大丈夫?」
「妃里さんが……」
「ああ、健輔には当たりキツイもんね。でも、いい人だから嫌わないであげて欲しいな」
「嫌ってないよ。……ただ、やり辛いだけ」
健輔は別に妃里の事が嫌いなわけではない。
実直で熱いものを胸に秘めている尊敬できる先輩だ。
しかし、何故か苦手意識が湧くのである。
もしかしたら、妃里の外見、パッと見は派手な感じがダメなのかもしれないと思ってはいるのだが口には出さなかった。
田舎から出てきた純情少年じゃあるまいし、そんな理由だとは思いたくないのである。
「それよりも次は喫茶店だっけ? また」
「一応、私たちのクラスのだから。それと優香のメイド服にケチを付けたら殺されるわよ」
「なんでケチをつける前提で話が進んでるんだよ……」
いくら健輔でも女性の服装を貶すようなことはない。
その程度の良識は持ち合わせている。
「どうせ俺はデリカシーに欠けてますよーだ」
「うわ、拗ねた」
「ここ数日、俺の心を寄って集ってボコボコにしたのはそっちだろうが」
めんどくさそうな美咲の顔に悪戯心が沸き立つ。
恐ろしく子どものような抗議のやり方だと健輔も思ったが、やってしまったものは仕方なかった。
もはや完全に開き直った状態である。
「はいはい、ごめんなさい。もう少し普段もしっかりしてくれたらこんなに言わないわよ」
「心を込めろよ」
「あーもう、ちゃんと術式も『アマテラス』に間に合わせたでしょう? 健輔の努力はすごいと思うけど自分だけの力じゃないんだし、そろそろシャキッとしなさい!」
「ぐ、それを持ち出すか……」
気分転換を行うはずの文化祭でフルボッコにされている根本の原因を持ち出される。
目標を達成してしまってふらふらしているのが問題なのだ。
真由美も心配したのはそこである。
今回に限ってはまるでスランプに突入したかのごとく、方向が定まらない。
そんな不安定な健輔の様を見ている回りはもっと不安になるだろう。
こいつ、大丈夫なのか。
一言でいえばそんな感じである。
「これは優香に活を入れてもらわないとダメね」
「なんでみんな、そこで優香なんだよ」
「気付いてないから重症なのよ。その状態であの子の前に出るの?」
美咲の本気か、と言いただけな声に体は反応する。
なんだかんだ言って、優香のもとに顔出しすることを避けていることを完璧に悟られていた。
「戦闘時はともかく、日常では能力を発揮しれきれないでしょう? 無駄な足掻きよ」
「わかった、わかったから。こう、心の準備を――」
「はい、さっさと行きましょう。優香に心配をかけないようにしようってところだけは素直に感心してあげるから」
「ちょ、待って、お願い。後生だから」
「戦闘してる時はあんなに果断なのに、どうしてこうなるのかな? 2重人格とかじゃないよね?」
美咲の呆れた声をバックに健輔は優香のもとへと引き摺り出される。
つまるところはカッコ悪いところを見せたくないだけなのだ。
お互いに意識し合っている不器用な友人2人に激しい頭痛を感じる美咲であった。