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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第1章 春 ~始まりの季節~
12/341

第11話

「3対3で模擬戦をやるから、1週間で連携覚えろですか?」


 資料を読んでいた健輔に戻って来た真由美がそんなことを言い出した。


「そうだよー。連携を覚えろっていうか、前衛・後衛・バックスが入る場合の試合の雰囲気を掴んでもらうのがメインの目的かな。とりあえず、今後の予定というか基礎はそれで一先ず終了になるからさ」

「まあ、お前のようなタイプの人間はやってみればわかるさ。九条が着き次第、真由美を仮想敵にして練習開始だ」


 早奈恵に何やらバッサリと言い切られる。

 反論したいが反論できる要素がなかった。

 健輔は自分が理論派ではなく、肉体派であることなど大分前に理解させられていた。

 他ならぬ真由美とのもう1人の教育係が肉体派の教育法だったのだが、それが馴染んでしまったのだ。

 実は密かに知的キャラを目指していた健輔は儚かった高校デビューに少し遠い目をする。

 

「何、そう落ち込むな。真由美の話を聞く限りお前には天性のものがあるぞ」

「はぁ? 天性のものですか?」

「ああ、心配しなくてもお前は強くなれる。だからこそまずは私たちを信じてしっかりと基礎をこなせ。大丈夫だな?」

「最初から信じてないとこのチームに入りませんよ。いきなり世界目指すつもりのあるやつ以外は帰れとか言われたんですから」


 たった3ヶ月前のことなのに凄く昔に感じるのはそれだけ入学してからの日々が濃かったのだろう。

 爆風に乗って生身で空を舞うことになるとは1年前の健輔は夢にも思っていなかった。

 

「根性は既に1人前だな。ふむ、予想よりもずっと楽しいことになりそうだ。喜べよ、多少気合を入れてやってやろう」

「ぐっ、なんかあんまり嬉しくないです。先輩」

「むむ、なんか2人共仲がいいなー。私も混ぜてー! さなえん!」

「こら、抱きつくな! 頭を撫で回すな!」


 ぱっと見、幼女と美女が絡み合っているという微妙にエロい感じの光景が唐突に生まれた。

 健輔は生温かい目でその光景を見つめる。

 早奈恵が困っている様子が新鮮だ、などとは露にも思っていない。

 気付かれないようにゆっくりと後ろに下がっていく。

 目指すは入口、巻き込まれないようにきちんと対処するのはごく普通のことだった。

 しかし、残念ながら3人しかいない部室でひっそりと抜け出す事など出来るはずもなく。


「おい! 微笑ましいものを見る目で見つめて消えようとするな! 助けろ!」

「平部員で後輩である俺に部長に逆らえとか無茶言わないでください」

「そうだよー、部長命令は絶対なのだー!!」


 そこから優香が来るまでの10分間程早奈恵は真由美のおもちゃになるのだった。

 

 

 

 


 重苦しい空気が周囲を包む。

 発生源は見なくてもわかる。

 正面にいるし殺気が健輔に向かって放たれているからだ。


「おい、佐藤。私に対して何か言うことがあるよな? うん?」


 下手なことを言ったらやばいな、と無駄に鍛えられた健輔の直感が唸る。

 しかし、黙っていても悲惨な未来になるのが確定している。

 どっちみちダメなら好きなことをした方が良い、と俗に開き直りと呼ばれるも心境に達して、笑顔で早奈恵に告げるのであった。


「さっきも言ったじゃないですか、無理ですって部長に逆らうとか」

「ほう? よく言ったな」


 健輔としてはこれ以上ないぐらいに完璧に覚悟を決めていたのだが、天は彼を見捨てておらず、救いの手を差し伸べた。


「先輩、そろそろ佐藤さんをからかうのもやめてあげてください。それに、いい加減しつこいと思います」

「九条、お前も大分ズバズバと言うようになったな」

「佐藤さん、こう見えて真面目な方なんですから。それに先輩言う程怒ってないでしょう?」


 ふん、と返事代わりに早奈恵は鼻を鳴らす。

 図星だったのか少し顔が赤かった。

 2人のやり取りを見て、健輔は思う。

 真由美や隆志が相手をからかう時はわかりやすいから良いのだが、早奈恵は真面目なせいかわかりにくいのだ。

 からかわれる事よりも遥かに心臓に悪い。

 

「確かに、遊びに時間を使いすぎだな。真由美の方の準備も終わったらしいからそろそろ本題に入るか」


 早奈恵は仕切り直しだと言わんばかりに手をかざすと魔導陣を展開する。

 バックス――前衛、後衛とは違い系統よりも技能が重視されるポジション。

 優香も一切関わり合いがないポジションのため、詳しい事は知らないらしい。

 健輔は当たり前の話だが、知っているわけがないのでバックスの説明は結構楽しみにしていたのだ。

 

「さて、順番に説明しておこう」

「よろしくお願いします」

「お願いします!」

「返事は元気だな。まあ、いい」


 早奈恵は展開した魔導陣を指さしながら、説明を始める。


「バックスに分類されるのは、基本的に非戦闘系のカリキュラムを専攻しているものたちになる。もうわかってると思うが、私もその1員というわけだ」


 1年時にはそこまで厳密に分けられているわけではないため、健輔たちには馴染みが薄いが2年辺りになるとポジションごとの授業の違いなどは明確に表れてくる。

 知識としてはなんとなく知っている事に頷き、健輔は続きを待った。


「では、その専攻とは何なのか? そこから説明していこう、では九条」

「はい」

「非戦闘系にメインで分類されている系統はなんだ?」

「固定、流動、創造の3系統になります。創造系は戦闘でも使われますが元々は非戦闘系のものでした」


 早奈恵は優香の模範的な解答に笑みを浮かべる。

 先生のような物言いだったが、真似事ではなく堂に入ったように見えるのは、早奈恵が教職課程を収めたいと思っているからだろうか。

 健輔はチームに入ったばかりの頃、夢は持っておけと早奈恵に言われて問い返した際にそんな事を教えてもらったことがあった。

 そう思うと、少しだけ嬉しそうに話しているようにも見える。

 元々、誰かに教える、というのは嫌いなシチュエーションではないのだろう。

 健輔たちにもわかりやすい話し方だった。


「九条の言葉を幾らか補足すると、メインにそれら3系統のどれかを選びサブに戦闘系のものを持ってくるものいる。要は使い方ということだな。あくまでも、分類上の基準は基準に過ぎないということだ」


 言い終わると早奈恵は足元の魔導陣に魔力を通して物を呼び出す。

 マーキングしたものを呼び出せる召喚魔導である。

 呼び出した魔導機を――かなり大きく早奈恵の背丈の倍ほど存在する杖型のもの――を手に持ち健輔たちへと向けると、彼女は再度説明を始めた。


「わかりやすくいくためにも私を例に取る。私の場合はメインが創造系、サブが固定系、専攻は魔導陣となる。これを基準に覚えていくといい。さて佐藤、創造はいいが固定と流動とはどのような系統だ?」

「あー、えーと」

 

 間違えたら時の事はあまり考えたくないため、魔力を流して脳から知識を引っ張り出す。

 微妙に情けない使い方だが、正しい使い方でもあった。

 以前は特定記憶の検出などは出来なかったのだから、格段に進歩はしている。

 

「固定系は、確か魔力を固定することで変化しなくなるようにできる系統です。メリットは文字通り魔力で描いた陣などを固定して、誰でも使えるようにできること。デメリットはこの系統単体だとさほど意味がないことです」

「流石にここら辺はしっかりと覚えているか。よし、流動系は免除してやろう。ここからは私がやろう」


 早奈恵が魔力陣に手を触れると、陣が解除され消えていく。


「これが流動系だ。固定したものを解除するものと言うわけだ。私は自分で固定したもの解除しただけだが現象自体は同じだ。流動は特殊な使い方の系統でな、完全に固定と対になっている。詳しい事は今は関係ないからとばすぞ」


 次に早奈恵は宙に何かを描く動作を行う。


「最後に触れるのは専攻についてだ。現在、非戦闘系のものがメインで習うものは全部で3つ。魔導陣・魔導紋・魔導式以上の3つになる。もっとも、これらの分類は簡単だ、魔導陣が最も大型のもの、魔導紋が中型、魔導式が小型となっている。これらの分類分けの意味についてだが……」


 どんどん熱が入っていく早奈恵の解説に反対側で1人ぼっちになっていた真由美から抗議の声が届く。

 

『さなえんー、説明長いよ! 細かいのは終わってからでいいじゃないー』

「む……。ああ、わかったわかった、私の悪いところだな説明が長くなってしまうのはな」

『じゃあ、待ってるよー。早くしてねー』

「という事だ、バックスについて説明する」

 

 早奈恵に見えないように健輔がホッと一息吐く。

 話したがりというべきか早奈恵は話が長いのだ。

 簡潔に話せないわけではないので実は誰かに知識を披露するのが好きなのだろう。

 今も残念そうに説明を進めようとしている。


「バックスは戦場にいるが、戦闘を行う事はできない。あらゆる意味で戦闘チームを支援するのが我々の仕事になっている」


 早奈恵が魔導陣を展開する。

 先程の奴とはまた違う種類ものだった。


「回復用の魔導陣だ、この上でのみ回復が許可されている。大体想像できてきたか? 魔導陣や魔導紋、後は魔導式のいずれかを用いてお前たちの戦闘を支援するのがバックスの役割になる」


 支援係、後方支援、言い方はいろいろあるが裏方ということである。

 この回復陣も実際に回復するわけではなく回復が許可される場所という意味であった。

 医療魔導も進んできているがゲームのように魔力を消費してお手軽回復などというものではない。


「通常戦、つまり正面戦闘ではそこまで出番はないんだがな。防衛戦やスコア戦など、様々なルールの中でより重要になる時もある。今は、自分たちだけで戦っているわけではないことを理解しておけばいい」

「はい」

「勿論です!」

「では、1戦してみるか。実際に戦うことでわかることもあるしな。何か質問はあるか?」

「相手は部長だけですか?」

「今回はな、そのうち増えてくるだろうが、それに私は向こうの支援も行うから実質2対2みたいなものだ」


 戦力バランスを極端に崩さないための処置である。

 それと健輔たちに本職のバックスの力を体感してもらうためだろう。

 健輔は美咲の支援を受けたことがあるがあの時はまだ大したことができていなかった。

 そのためバックスの力をよく知らないのだ。


「楽しみだな」


 段々と本格的になってきた魔導競技にワクワクしながら健輔はフィールドへと赴くのだった。


「楽しそうに走っていく。本当に佐藤は真由美や葵にそっくりだな」


 後輩たちがフィールドに出たのを確認した早奈恵は準備を行う。

 真由美には1部を意図的に欠落させたものを健輔たちには正規のものを用意する。


『2人とも聞こえてるか?』

『はい』

『聞こえてますよ』

 

 まずは念話が通じていることを確認する。

 実際の戦闘ではこの念話に対する妨害の阻止などがメインの仕事の1つだった。

 他にもバックスの仕事は多岐に渡っていて、現在の主流だけでも索敵、後はトラップの展開、解除、後は選手への情報フィードバックなどと仮にバックスが抜けると戦闘力が低下するなどというレベルではない程の重要なポジションとなっている。

 後衛と前衛のどちらかがなくても戦闘は出来るが、バックスが欠けると試合にならない。

 そう言われるほどに重要な役割なのだ。

 優秀なチームとはバックスの能力に長けているチームと言い換える事も出来るぐらいである。

 

『私からの支援がある以外はいつも通りの模擬戦だ。一応、伝達しておくが、今回はそちらからの要請はなしだ。私の判断で支援を行う、わかったな?』

『了解しました、よろしくお願いします早奈恵先輩』

『うーす、わかりました!』

 

 前準備はこれで完了となる。

 早奈恵は後輩の元気の良い返事に笑みを零し、試合の始まりを待つのだった。






『試合を開始しますので、双方開始地点への移動をお願いします』


 健輔たちは管制AIからの通告に従い、開始地点へと移動する。

 管制AIのアナウンス内容が試合用のものになっていた。

 かなり本番環境に近づけて行うということだろう。


「九条、作戦はどうする?」

「……この内容だと手加減がない可能性が高いです。防御は危険かもしれません。砲撃をお願いしてもよろしいですか? 私の突破を支援していただく形でお願いしたいです」

「なるほどね、了解! 後ろは任せてくださいな」

「はい、お任せします」


 健輔では数と威力で真由美には勝てない。

 正確には勝てるポイントなど存在しない、というべきだろう。

 学園でも上位の魔導師、それも後衛のエースに健輔が後衛としてぶつかって勝てる部分があったら、逆に驚きである。

 しかし、不利な勝負などもはや慣れていた。

 やれることをしっかりとこなせばよい。

 健輔は獰猛な笑みを浮かべそんなことを思うのだった。


『5・4・3・2・1・0、試合を開始してください』


 管制AIから試合開始の合図が上がる。

 優香が空に飛び出すのとほぼ同時に健輔は大きな魔力の集まりを感知した。

 遠すぎて場所はわからないが、何やら馬鹿でかい魔力が発生している。


「うわ、これはヤバイな」

「っ、急ぎますッ!!」

「って、おい!」

『おい、九条』

「せ、先輩?」


 優香にしては珍しいことに焦ったような声だった。

 拙速に逸るというべきか、高速戦闘と言ってもただ突撃するだけでは芸がない。

 焦った優香は自分の機動に自信があるからこそ、急ごうとしていたのだ。

 そこを早奈恵に見抜かれていた。

 戦闘行為はどうしても興奮を高めるため、人から冷静さを失わせてしまう。

 バックスはそんな戦闘陣を諌めるのも大事な役割である。


『あまり熱くなるな』

「あっ、す、すいません先輩」

『いつものお前ならもう少し落ち着けばきちんと奴の狙いがわかる。あれは挑発だ』

「あ……。す、すいません」

『構わんさ。お前はどこぞの誰かと違って、優秀すぎたせいで碌に先輩らしいことが出来なかったからな』

「い、いえ……」

『とりあえず、お前さんには魔力効率を上げる効果を付与するぞ。速度が上がるから舌を噛むなよ。この補助を受けてから挑め。これが試合でのスタンダードだ』


 早奈恵が言い終わると優香の周囲に魔導陣が現れる。

 魔力の流れを補佐するもの、他にも知覚情報を共有するものなど、戦闘に必須のものがいくつも展開されていた。

 これらバックスの魔導陣などは各チームの財産となっている。

 歴史あるチームが強い理由の1つに、これらの支援術式の蓄積があるのだ。


『よし、展開完了だ。追跡できるように魔導機で魔導陣に触れてくれ』

「はい」


 優香が早奈恵の指示に従い、魔導機を陣へと接触させる。


『よし、これで支援を継続できる。私は遠距離系を持たんから、再度の補助には視界に収まる範囲に来て貰う必要がある。いいな』

「わかりました」

『佐藤も同様の補助をしてある。普段よりは良い感じに戦えるだろうさ。ただし、あまり過信するなよ? 身の丈を大きく超えるような強化はルールで禁止になっている』

「大丈夫です。ありがとうございました!」


 早奈恵に礼を言うと、優香は真由美の元へと向かう。

 いつもより軽快な動きを見て、早奈恵は苦笑した。


『あれだけの補助で一気に跳ね上がるのだから、才能というのは恐ろしいな』


 バックスの役割は基本補助である。

 味方が展開する術の補助や陣地の強化、ルールによって変わる場面もあるが基本はその役割から外れることはない。

 しかし、補助だからこそ、その重要さを魔導師たちは試合で実感するのだった。


「すげーな、魔力の集まりもいいし、九条がどこにいるのかもわかる」


 健輔は脇に投影されたマップと目を閉じると浮かぶイメージに感動していた。

 戦闘系のものたちでは相手の探索と味方の位置把握は目視でしか行えない

 後衛という役割を今体感しているからこそ、バックスの重要性をしっかりと感じていた。

 早奈恵が言っていたようにバックスがいないと戦えない。


「1ヶ月前の丸山さんでも結構感動したのにな」


 あの頃の美咲は魔力譲渡しか出来なかったが、それでも感動したのだ。

 美咲レベルでも十分にありがたかった支援だったがが、早奈恵はレベルが違う。

 初めて体感する公式戦のレベルに武者震いを押さえて、真由美がいる方向を睨みつける。


「そろそろ部長も痺れを切らしそうだし、いきますか」


 砲塔を展開して魔力の収束を行う。

 いつもと違うのは、収束の仕方である。


「あえていうなら、スナイパーモードって感じかな」


 真由美の舞台は砲撃という分野だ。

 そこで器用貧乏が真面に対峙して勝てるわけがない。

 だからこそ、少しだけポイントをずらす。

 精度――大味な砲撃が持ち味のはずの真由美はこの分野はそこまで得意ではないと計算していた。


「練習の成果を部長にお披露目しないとな」

 

 逸る気持ちを押さえて真由美の攻撃を待つ。

 健輔の秘策、正確性と早奈恵の支援があることでようやく実用レベルになった狙撃が真由美を狙っていた。

 



 一方、やる気満々の後輩たちに対して相手である真由美は少し困っていた。

 迎撃の準備はとっくに終わっていているためそこは問題ない。

 彼女が困っているのは今回の試合内容をどういったものにするかということだった。

 今回の練習の目的はバックスを体感してもらうことだ。

 現時点で7割方目的は達成出来ているため、後は少しだけ戦闘するばよかった。

 真由美としてはいろいろ考えて挑戦してくれる後輩たちは大好きだったが、今回は良い勝負をすることが目的ではない。


「ごめんよー。今度はばっちり受けて立つから許してね」


 砲塔を相手に向けて展開する。

 集まった魔力は全てを蹂躙する真紅の光へと生まれ変わっていく。

 砲撃魔導、火力の代名詞たる技が唸りを上げる。


「さぁ、いくよー!!」

 

 真紅の光が放たれて、優香たちに襲い掛かるのだった。


「――来る」


 優香は砲撃の発射される事を、僅かな空気の変化から感じ取った。

 いくつかの選択肢が脳裏に浮かぶ。

 避ける、逃げる、防ぐ、悩む時間はあまりない。

 優香は素早く決断する。


「先輩、前に出ます。援護などはそれを前提に行ってください」

『お前は本当にイイ性格になってきたな、九条』

「先輩方の薫陶の賜物です」

『抜かせ』


 至近を駆け抜ける真紅の光、1撃の威力に冷や汗を流す。

 優香は首を振って、気持ちを切り替える。


「いきます!!」

 

 真由美が最初に感じた違和感は手応えがないことだ。

 スカッと砲撃が当たった感じがしない。

 障壁で受け止められるのとも違う。

 1番近いのは切り払われたときの感じだろうか。


「優香ちゃんが私の砲撃を落としている? ううん、それはあり得ないか」

 

 優香にそこまでのパワーはない。

 1番あり得るのは回避だが、バックスの支援が不十分でもこの距離でなら外さない自信があった。

 

「あっ、そうか。ここにはもう1人いたもんねー」


 優香の速度が落ちないのは後ろを信じているからだろう。

 連携を取るにおいて、1番大事な事を既に実践出来ている。

 真由美は口元に笑みを作り、


「やるね、健ちゃん。うーーん、全力でやるか、それともどうしようか……」


 万能系は個々の手札で相手の得意な場面で戦えば必ず負けるだろう。

 ならば、正面から戦わなければいい。

 まさしくその通りだろう。

 健輔は正しい道を行っている、だが今は困るのだ。

 邪道に行くのは正道を極めた後であって欲しい。

 こんなところで下手な自信をつけられるとかなり困る。


「これは、負けられない理由が増えちゃったなー、この2人の練習は毎回本当に大変だよ」


 やれやれと口調とは裏腹に笑顔を浮かべながら真由美は宣言する。


「小細工に負けるのも力押しだけど、その逆もまた正だよね」


 連射の速度と威力を上げて対応すればいい。

 真由美が選んだ答えは完全にただの力押しであった。




「よし! うまくいってる!」


 優香もうまく健輔の意図を読んで良い感じのルートを取ってくれていた。

 このままいけば近接戦に持ち込め、優香が真由美のリズムを乱せば勝てるかもしれない。

 早奈恵から警告が入ったのは徐々に気持ちが浮ついてきていたそんな時だった。


『真由美の奴め、よりにもよってそれを選択するのか……。佐藤、九条。あの馬鹿が本当の意味で気合を入れ出してきたぞ。こちら側からも支援するが正直持たんだろう、覚悟だけはしておけ』

「へ? 一体何のことですか?」

『来るぞ』


 早奈恵の警告の意味は直ぐに理解出来た。

 視界を埋め尽くす閃光、その光景が再現されていたからである。

 いや、それよりもひどいかもしれない。

 10や20では聞かない数の光の束が雨あられと降り注いでいる。

 しかも、先程よりも威力が上がった状態だった。

 

「ちょ、これはどういうこと……」

『固有能力を使ったな。佐藤、障壁の補助と機動計算は私がやる。お前は真由美に対して攻撃を敢行しろ』


 いろいろと言いたい言葉を飲み込み健輔は速やかなに行動を開始する。

 問答するような時間はない。


「了解です、任せました!」

『ああ、任されよう』


 早奈恵から指示される機動に従いながら魔力のチャージを行う。

 余分な思考を頭から追い出し真由美に攻撃を当てることだけ考える。

 ここは威力その他もろもろは全部無視してもいい。

 必要なのは必中、それならば誘導砲撃しかない。


「そんな簡単に落とされてたまるか!!」


 健輔は声を上げて気合を入れるのだった。




「落とされてたまるか! とか言ってそうだよねー健ちゃんはさー」


 優香がかなりうまい回避機動でこちらに迫ってきている。

 健輔もうまく砲撃群を避けて行動しているようだった。

 状況から考えて早奈恵の支援があるのだろう。


「困ったなー、流石に今の優香ちゃんと近接戦しながら、健ちゃんの攻撃を避けるのは無理だよねー」


 真由美は困った、困ったと繰り返しながら打開策について考えていた。

 早奈恵の全面バックアップは流石の真由美もちょっとばかり厳しい。


「健ちゃんはいろいろと指導し甲斐があるね」


 何かを考えている事が距離があってもわかってしまう。

 気質が表に出過ぎなのだ。

 健輔は些か攻め気が強すぎるため行動がわかりやすい、。

 何かをしようとしているを企んでいるのだろうが、乗る必要性は皆無だった。

 大体の狙いも読める。

 健輔が隙を作り、優香はその隙をついてくる、というところだろうか。


「う~ん、切り札その1も使ったんだしそろそろ終わらせたいんだけどなー」


 早奈恵は終わらすにはまだ早いと判断している。

 真由美はもう十分だと判断した。

 見解の相違だろう、ならばどうするべきか。

 

「まあ、ここまでやっちゃったし予定は変えられないよね」


 そろそろ健輔のチャージが終わるころだろう。

 それに乗じて仕掛けていく。

 あっさりとした感じで真由美は決断した。


「近接機動の準備はしておこうか、多分、必要になるだろうし」


 いつもより鋭い目つきで空を睨む。

 今回の健輔はよくも悪くも想定を超えてはこないだろう。

 ならば、こちらを追い詰める役割を持たされるのは、


『お前ということになる、九条』


 砲撃の雨を回避しながら優香は先輩から作戦を聞く。


『佐藤は、後衛として良く纏まってきている。だからこそ、現時点でその裏を掻くようなことはできん』


 健輔はよく練習に付いてきていた。

 見違えるほどに戦闘機動もうまくなっている。


『しかし、まだ自分のスタイルは模索中だ。お前のように目標すらまだ決まっていない。その差はそのまま戦闘力に跳ね返る。わかるな? ここで一皮剥ける必要があるのは、お前だ。どんな理由であれ、姉を超えたいのなら真由美くらいは超えろ』


 早奈恵の核心をつく物言い。

 優香はそれを否定も肯定もせずに静かに続きを待つ。


『佐藤の攻撃をきっかけに状況は動くぞ、おそらく真由美は誘導攻撃を潰してくる。そのまま佐藤もな』

「そこが同時に、接近の最後のチャンスということですね。そして、部長も想定して待ち受けている」

『いけるな』

「いきます」


 後輩の力強い言葉に早奈恵は笑う。


『今年も、去年に劣らず我が強いメンツが集まったものだな』

 

 真由美は面白いメンツを集めたと心の中で感嘆する。

 早奈恵の後輩たちは誰もが負けず嫌いで、やる気に満ち溢れていた。

 先輩の1人としてとても誇らしい気持ちを抱く。

 

『真由美は必ずこちらの意図に気付くだろう。信頼しているぞ』


 早奈恵は長い付き合いの親友を信じて、罠を張っておくのだった。


 


「これは、くるね」


 戦意の高まりを感じた真由美は防御態勢に入る。

 早奈恵が向こう側に完全についてしまったため、真由美は自分の知覚のみで攻撃を実行しなければならない。

 普通ならば、大きく精度が下がるはずの行為を平然とこなしているのだから、真由美のレベルの高さがわかる。


『……聞こえるか? 真由美?』

「ん? さなえん?」


 このタイミングで念話を繋ぐ意味がわからず怪訝な表情となる。


『何、宣戦布告さ。練習なんだ、これぐらいは構わんだろう?』

「ん、まあ、いいけど」


 早奈恵の意図を読もうとも思ったが、真由美はすっぱりと思考を断ち切る。

 どちらかと言えば、真由美は感覚派なのだ。

 細かく考えて戦うのはあまり性にあっていない。

 あれこれと先輩として考えていたが、早奈恵がわざわざ宣戦布告する程の自信がある策なのだ。

 本気で当たらないと失礼だろう。

 

『いくか』

「うん、まずは優香ちゃんだね。――シュート、オールバレット!」


 一瞬で生成された魔力球が高速で移動する優香に放たれる。

 全弾直撃すれば、動きを止めるには十分な威力。

 どう出るのか。

 後輩たちの対応を楽しみに待つ。

 すると、


「あれは……狙撃?」


 威力よりも精度を求めた砲撃、つまりは魔力弾に対する狙撃が行われる。

 それも全てを撃ち落とすような攻撃ではない。

 優香の邪魔になるようなものだけを的確に落としている。


「ふふ、ふふうふっ。ははははっ! これが作戦? ただの正面突破じゃない」

『言葉の割には嬉しそうだぞ? 正道こそが、1番の近道だ。私は邪道でお前に勝つなど言ってないだろう?』

「ひどいなー。何をするのかと思ってた私がバカみたいじゃん」


 そんな会話をしてる間にも優香は近づいている。

 いや、健輔の見事な援護に対する真由美の返礼がそれだったのだ。


「じゃあ、ここまでかな」

『ああ、後は九条の頑張りだな』


 真由美は片手で魔導機をかざして、遥か先にいる人物へと狙いを付ける。

 

「健ちゃん? 聞こえてるなら、1つだけアドバイスをしておくね。基本的にバックス抜きでも後衛だったら、射線から射手の居場所くらいは予想出来るから、直ぐに移動すること」

『――ちょ』

「発射」


 速度を優先した真紅の光が空中を駆け抜け、


『佐藤選手、撃墜』


 と管制AI周囲に知らせるのだった。




「真由美さんッ!」

「うん、来なさい」


 健輔撃墜の報を聞いて、僅かに体に力が入る。

 しかし、直ぐに落ち着きを取り戻したのは天才の名に相応しい学習能力だろう。

 迷いない瞳で真由美を見据え、攻撃を始める。

 上段から完璧に入った優香の斬撃、魔力で強化された筋力と相まって威力は人を容易く両断出来るものがあった。

 しかし、


「硬いっ……、こ、こんな……」

「まあ、今の優香ちゃんじゃね」


 前衛対後衛、直前に攻撃していた事もあり、隙を晒していたのは真由美である。

 優香にとっては最高のチャンスだった。

 それが、構えすら取らない真由美の障壁を突破出来ない。


「こんな、こんな事って!!」


 一旦、距離を取って再度の攻撃を行うが結果は同じだった。

 原因は単純である。

 力不足、より言うならば火力不足だった。

 高機動型の弱点、火力不足をこれ以上ない程の形で見せつけられている。

 現時点での優香では、真由美に近接戦を持ち込んでも意味がない。

 むしろ、傷つけれる可能性の話をするのならば、健輔の方が遥かに高かった。


『固有能力も相まって、こいつの障壁は文字通り鉄壁だぞ? 今の九条では突破は無理だな』

「対応策は!?」

『ない。原理が単純すぎて策でどうこうできるものではない。何よりできる支援はもうしている。火力アップも試しているからな、後は展開する暇も与えないぐらいしかないが』

「くっ、ありがとうございました」


 優香は手数を増やすために防御分のリソースを攻撃に回す。

 攻撃の回数を増やして、後は機動戦を繰り替えすしか彼女には選択肢がなかった。

 しかし、そのような覚悟は敵である真由美からすればあまり意味がない。

 既に練習試合の目的は果たしているのだ。

 後は、早奈恵との意見調整だけだった。

 

「さなえん的にはこのあたりが限界かな?」

『……ああ、ただのバックスとしてはここらが限界だ。固有能力を使いある程度の支援を受けたお前とここまでやれる時点でかなりのものだろうよ』

「うん、そうだね。でも、ちょっと悪趣味じゃないかな? この展開だと優香ちゃんに厳しいと思うよ」

「な、何を言ってるんですか!? 試合はまだ終わってませんよ!」


 優香は叫びながら斬りかかる。

 先ほどと同じ展開、違う事は障壁に掠り傷すらも与えられないことだった。


「っ、さっきまではダメージがあったのに、どうして……」

「……もうちょっと後で良かったのに。さなえんはドSだよ」

『物事は早い方がいい。初戦はともかく夏あたりからは九条が1番やばくなる。過保護は可能性を潰すぞ。何、そいつも負けず嫌いだ』


 真由美は溜息を吐いてから、砲口を優香に向けた。


「ここで1回止めておこうか。でも、1つだけ言っておくよ。……あなたが勝ちたい桜香ちゃんは私よりも強いってことだよ。それをちゃんと理解してる?」

「あっ――」

「力っていうのは、ちゃんと制御して意味があるんだよ? いつまでも逃げてはられないからね」

「――ち、違う!」


 優香の反論を最後まで聞く事なく真由美は砲撃を叩き込む。

 斬りかかった態勢で固まっていた優香に逃れようのない砲撃が直撃し、そのまま下に落ちていった。


『九条選手、撃墜。近藤選手の勝利です』


 落ちながら優香は上を見上げながら先程の会話とその後の真由美の言葉について考える。

 

「姉さんは、真由美さんよりも強い」


 口に出すとより強く実感する。

 目標の高さを知れ、早奈恵はきっとそう言いたいのだろう。

 勝つためにはもう自身の努力だけでは足りないのだ。

 健輔がボコボコにされながらも、強く立ちがったように彼女ももっと頑張らないといけない。

 こんな自分を目標に頑張ってくれているパートナーのためにももっと高みに行きたいと優香はこの時初めて心の底から強くなりたいと思った。


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