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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第117話

「少しは楽しめた? これに懲りたらあんまり戦闘で脳内を占拠するのをやめなさいよ? 狂戦士みたいになっちゃうからね」

「……葵さんが言います? 後、焼き鳥食べながらだと威厳も何もないです」


 最新の魔導や今後の魔導などについて、懇切丁寧に解説された結果、時刻は既に昼を回っておりその場で里奈たちとは別れることになった。

 葵はともかくとして彩夏と里奈の教師陣は文化祭中はそこそこ忙しいのだ。

 そんな中わざわざ健輔のために貴重な時間を割いてもらったことに胸が痛む。

 他はともかくして里奈の授業だけは今後は全て真面目に聞こうと決めていた。


「さてと。ご飯も食べ終わったし、続きよ、続き」

「焼き鳥しか食べてないじゃないですか。きちんとご飯食べましょうよ」

「せっかく文化祭なんだから、そこら辺のやつ食べたらいいじゃない」

「綿菓子とポップコーン、後はチョコバナナとか全部おやつじゃないですか!?」

「食べれば一緒よ」


 葵の女子にあるまじきワイルドさに健輔もたじたじである。

 先輩軍団の中でも意思を押し通すということに関して葵を超える人物はいない。

 少なくとも健輔はそんな人物は知らなかった。

 真由美はああ見えて周囲への配慮を欠かさないが葵は無理矢理でも周囲を飲み込む。

 リーダーとしてはどちらもありなのだろうが、葵の方は彼女をサポートする人物いないと上手くは回らないだろう。

 ついていく人員が疲れることこの上ない。


「ほらほら、何呆然としてるのよ? 早く行きましょうよ」

「う、うす」

「あんまり何かを考え込んでるようならぶん殴るからね。ちゃんと文化祭を楽しみなさいよ」

「葵さん、それ脅迫です」

「何か言った?」

「いいえ! 何も言ってません」


 ドスの利いた声に、直ぐに背筋を正して発言を撤回する。

 基本的に善意の人であるが、葵には葵独自のルールがありそれに沿って物事を判断することがほとんどだ。

 別に悪いことではないが、葵の評価が綺麗に2つに分かれるのはこの辺りが原因である。

 葵は問題を見つけたら放置することが出来ないのだ。

 見ず知らずの他人に押し付けるほどの常識外れではないが、親しい友人にはバシバシと普通は言いづらいことでも指摘してくる。


「いい人なんだけどな……。それはわかってるんだけどさ」

「健輔! 行くわよー」

「はいはい! わかってますよー」

「遅れないように!」


 いい人なんだけどな。

 健輔のその言葉には藤田葵という人物に対する思いが全て籠っていた。

 彼女は面倒見がよくそして懐も広い。

 大人数を指揮するのには向いていないが2ケタに入らない人数ならば完璧に制御可能な優秀なリーダーになれる可能性があった。

 健輔にはない上にたつ魅力、カリスマがあるのだ。

 もっとも、評価は完全に2分されるだろう。

 奥ゆかしい日本人にとって、アメリカ人のように率直に突っ込んでくるタイプは苦手な部類に入ると思われるからだ。

 当の健輔本人がその辺りは普通の日本人だったため、説得力がある。


「よーし、次はあっちね」

「……すげえ、食欲」


 もっとも健輔がいろいろ考えたところで回りから見れば2人の関係は一目瞭然だろう。

 姉に振り回される弟、これ以上に適切な表現は存在しない。

 文化祭を上機嫌に闊歩する葵に振り回され、辟易とした顔となるも口元に浮かんだ僅かな角度は隠しきれないのだった。






 魔導をアピールするための文化祭と言っても、学生が出すものはそこまで常識から外れたものではない。

 リアルダンジョンを作ったり、空を飛ばせたりと希少な体験をすることが出来るものを出すところもあるが大半は普通に食事などを提供している。

 これは高等部レベルの魔導習熟度では出来ることに限界が存在しているためだ。

 桜香、真由美、葵、香奈子、優香、健輔が知っているだけでもこれだけの規格外魔導師がいるが逆に言うと1000名を軽く超える高等部の総数から見てもこれだけしかいない。

 そんな彼女たちも桜香を除けば1人で出来ることはたかが知れていた。


「こういうのは質より量ってことよ」

「なるほど……」


 思ったよりも普通の文化祭に疑問を感じた健輔の問いにスラスラと葵は答える。

 この頭脳は普段どこに眠っているのだろうか、疑問に思うもツッコむことはなかった。

 藪蛇になるのが目に見えている。


「結局、大規模に魔導を活用したいなら術式関係になるしね。魔導競技のトップクラスって私も含めてどうしても戦闘寄りになるのもあるから」

「やっぱり問題あるんですか?」

「問題っていうか、あれね。やれることの話かしら」


 魔素の関係上行動範囲が制約されている魔導師。

 無効化技術なども豊富に存在しているため、軍事利用は相当低迷している。

 研究は続いているがそんなことに予算を使うなら他に研究すべきことが腐るほどあった。

 戦闘という分野で最大手の軍が使えない以上、必然として道は狭まる。


「警察とか、後はレンジャーとか。ま、そんなところよね」

「狭いですね」

「教師とかもあるわよ? でもねー。魔導でご飯を食べるのは結構難しいのだよ」


 戦闘以外でも潰しが利く能力でないと需要過多の魔導師市場でも買い手が付かない。

 勿論、魔導競技で上にいくことには意味がある。

 高い錬度の証明になるし、やる気も見せれ、さらには度胸があることも証明できるのだからメリットだらけだ。


「だからといって、あんたみたいに考えなしに戦闘特化するとねー」

「ぐっ、もう反省してるんで許してくださいよ……」

「拗ねちゃった? ま、『魔導戦隊』みたいなチームも出来てきたのはいい傾向なんじゃないかしら、そっち方向にも魔導が拓けてきたしね」

「意外とあそこってすごいんですね」

「すごいわよ? 子どもの心をつかむのって大事だからねー」


 子どもが好きなものを全力で否定する親は少数派であろう。

 野蛮なイメージも最近は大分身を潜めているのだ。

 卒業した先輩たちの必死の努力のおかげでもあるが在校生の努力にも意味はある。

 文化的なイメージはともかく役に立つ技術だというのは周知されるようになってきているのだ。

 実際、魔導師が世に出るようになってから災害救助などで助けられる人数は大きく増加した。

 自然災害を防ぐことはまだ出来ないがそれまでならば諦めるしかなかった状況でもなんとか出来るようになったからだ。


「真由美さんとかひっぱりだこだと思うわよ」

「なんでですか?」

「大規模砲撃はいろいろ使い道があるってこと」


 真由美クラスの魔導師は年に何人も出てくるものではない。

 10年に1人、そんなレベルだ。

 固有能力と合わせて3年生の中では最大級の期待を集めている生徒だろう。


「固有能力も関係あるんですか?」

「そりゃね。私も研究協力でかなりお金とかもらってるし」


 等級の高い固有能力はそれだけで評価される。

 葵や真由美のように魔導全体に影響を与えるものは高い評価受ける傾向が強い。

 逆に強力だが、香奈子のように特定用途に特化しすぎていると、微妙な評価になったりする。

 破壊系を同時併用可能にする能力は魔導の無効化に属するため、あまり評価が高くないのだ。

 ここでもぶっちぎりなのが桜香である。

 戦闘、研究どちらの評価も高く、そして有用な能力を数多く備えているため、大学ではひっぱりだこになるだろう。

 実際、先に卒業した先代の『太陽』はそんな感じになっている。


「本当にあの人、チートですね」

「100年に1人の天才とか言われてるからねー。戦闘ならともかく研究では私は太刀打出来ないかな」

「ここは素直に引くんですか?」

「何? 私ってそんなに頑固なイメージある? 認めるところはきちんと認めますよーだ」


 少し拗ねたように葵は言い放つ。

 人の流れを横目に雑談をしていたのだが、健輔の言い方がどこかお気に召さなかったらしい。

 

「頑固っていうか……。うーん、なんて言ったらいいのかわからないんですけど」

「ありゃ、結構真面目な感じ?」

「そうっすね。まあ、葵さんはよくわからない人って感じです。俺には」

「――へぇ、ほー。健輔にしては言うね」


 先ほどまで機嫌が悪かったのに今度はニヤニヤと悪戯を思いついたような顔になる。

 この機嫌の急激な上下が健輔にはわからないのだ。

 健輔は葵が独自のルールで生きていることをなんとなく感じている。

 ルールの中身が何なのかはわからないが、1つだけ確信しているものがあった。

 人生は楽しめ、とかそんなものが確実に入っていることだ。


「よくわからないってどこら辺が?」

「普段は脳筋なのに偶に確信を突くようなことを言うことですよ。もっと、ぽややんとしてくれたらやりやすいのに」

「先輩をうまく使おうだなんて100年早いわね」

「1年とかじゃないんですか……」

「私があなたの先輩なのはこれから死ぬまで変わらないことだからね。悔しかったら、過去に念話でも送って親に早めに仕込んでもらいなさい」

「ちょ、そういうシモ系を振るのやめて下さい! 反応が難しいんですよ」


 葵は外見だけならば十分に美女の部類に入る。

 高校生とは思えない肉体美を誇っていることを夏に大体確認していた。

 そんな相手、しかも先輩に下ネタを振られることはあらゆる意味で勘弁して欲しい。

 しかし、発言元たる美女は対して気にした様子もなく。


「いいじゃないー。一人前に顔赤くしちゃってさ。可愛いねー、うりうり、よかったら触ってみる?」


 と胸を押し付けてくる始末である。

 逆ギレでも出来ればよいのだが、残念ながら葵相手にそんな勇気ある行動を取れる自信はなかった。

 キレてもさらに、逆ギレされるのが落ちである。

 そんな見え透いた展開に嵌るつもりはなかった。

 しかし、逆に突っ込んでいく勇気も健輔にはない。

 結果として、されるがまま、成すがままになってしまい、耐えるという選択肢以外が消滅する。

 悪魔の誘惑に苦しむ聖職者の如き、巌の表情で懸命に葵のスキンシップを受け流す。

 葵はそんな健輔を見て、さらに面白がるという悪循環に陥っていることを健輔はまだ気付いていなかった。






「と、ところで! 葵さんは将来の夢とかあるんですか!?」


 健輔からすれば永遠にも等しい肉体接触だったが、耐久限界を超えそうな辺りで無理矢理話題を転換する。

 周囲の目が痛いのもそうだが、これ以上はいろんな意味で限界が近かったからだ。

 声が裏返ってしまったのは仕方ないことだろう。

 健輔も男子高校生、人並みには興味がある。


「んー、言ってなかったっけ?」

「知ってたら聞かないです」

「えー、前の健輔はわからなくても今ならわかるでしょう? エロい気分から覚醒して賢者に」

「そろそろ殴りますよ?」

「ぶー、私、これでも結構人気あるんだけどなー」

「お願いだから話題を変えさして下さい。本気で、お願い」


 健輔は目尻に涙を浮かべて懇願する。

 流石の葵もまずいと思ったのか、微妙に頬を引き攣らせて懇願を受け入れた。

 祭りの気分に飲まれてエスカレートした自覚はあるのか、真面目な雰囲気で質問に答えてくれるのだった。


「あちゃあー、ま、いいよ。私の第一志望は……そうだな、何だと思う?」

「え、……警官とかですか?」


 葵はガチガチの対人魔導師だ。

 系統も収束・身体系と研究にも向いていなければ、後方系でもない。


「なるほどね。和哉も私はそっち系だと思っていたみたいだし、やっぱりイメージってあるのかな」

「あれ、てことは違うんですか?」

「うん、私の第一志望は医者だよ」


 健輔が一瞬硬直し、


「はああああああ!? え、ま、マジっすか?」

「マジもマジですよ。一切の誇張なくね。いやー、和哉には負けることいい驚きっぷりだよ」

 

 周囲の様子を顧みず大声を上げる。

 聞けば誰でも驚くだろう。

 葵が医者志望とは天地がひっくり帰っても思わない。

 健輔も失礼なレベルの驚きだったが、和哉はこれの上を言っていた。

 世間話ついでに聞いた彼はあまりの予想外ぶりに整備していた魔導機をうっかり全損させてしまったのだから驚き具合がよくわかる。


「あんまり言ってないから驚くのは当たり前だと思うけどねー。いや、みんな似た感じだとちょっと飽きがくるかな」


 快活に笑っているが唐突な爆弾発言に健輔の思考は追い付いていなかった。

 試合中でもここまで混乱したことはないだろう。

 確かに葵は頭は悪くない。

 以前、真希に聞いた話だと学年でも結構上位と聞いていたが、まさか医者を狙っているとは思ってもみなかった。


「魔導医療ってことですか?」

「うん、だって元々私の系統はそのためだしね」

「あ……」


 収束系・身体系。

 このうち収束系は魔力を高める効果を持っているが高密度の魔力を生み出せるものはいろいろと重宝されるのだ。

 医療だけでなく、高濃度魔力はあって損ではない能力である。

 そして、身体系。

 魔導による肉体活性など、基本を全般的に高めるこの系統を習熟している理由がよくわかった。

 戦闘用に組まれたように見えて、夢ありきで組まれた系統だったのだ。


「よくあるお話だよ、体が弱い女の子がいて、魔導ってやつのおかげで元気になりましたってね。最後は夢に向かって生きてます。めでたし、めでたし、かな?」


 冗談めかして言っているが顔をは真剣だった。

 体が弱いとは欠片も信じられないがそんなことがあったのなら、納得は出来る。

 そんな風に受け取っていると、


「ぷ、ぷははっははは。ダメだよー、そんな簡単に信じたら」

「ちょ……」

「医者を目指してるのは本当だけど、それは嘘。昔から健康体です!」


 そう言って力をコブを作るようなポーズをとる。

 重くなった空気を晴らすように軽く言ってきた。

 健輔の中からガクッと力が抜けていきそうになる。

 葵はそれをタイミングと捉えたのだろう、何でもないことのようにぽつりと、


「体が弱かったのは真希だよ。私じゃないの」


 と本当のことを教えてくれるのだった。


「……真希さんが」

「今はそこまでのものじゃないけどね。だから、私は今度は自分でなんとかしてあげれるようにってね。――無力なのは子どもでも辛いもの」

「……」

「あんまり参考にはならないでしょう? 焦ることはないからね。ただ、せっかく授かったなんでも出来る才能を戦いにだけ使うのは勿体ないと思うよ」

「……はい」


 万能系は戦闘においては微妙な系統である。

 しかし、視点を日常に移した場合、その価値は計り知れないものになるだろう。

 それこそが葵たちが頻りに語る健輔の可能性であった。

 魔導競技はゴールではなく、ましてやスタートですらない。

 言外に彼女たちはそう言っているのだ。

 全力でやることを否定はしないがそれだけを見定めるのは似ているようで違うことだった。

 

「ま、参考までにね。文化祭が終わっても話してあげるから。今は自分のことに集中しなさいな」

「は、はい」


 健輔の知らないところで葵も夢に向かって努力していたのだ。

 真由美は教師、葵は医者。

 きっと、他の先輩たちにも夢がある。

 自分はどうなのか、改めて問いかける健輔であった。


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