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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第116話

「はいはーい、今日は私とデートよ! 嬉しいでしょ?」

「ワー、ウレシイイナー」

「どうして片言なのかな? お姉さんは悲しいわ。……いいわよねー、昨日は金髪美少女と文化祭回れたんだもんねー」

「その話題は勘弁してください」

「最初からそうしてればいいのよ。私に勝とうなんて100年早い」


 文化祭2日目。

 昨日の羞恥プレイが既に周囲に知れ渡っていたことを知って絶望していた健輔だが、そこはまだ底ではなかった。

 用意周到に健輔を嵌めるべく地獄は口を開けていたのだ。

 事の経緯は複雑ではない5日間、別のパートナーと共に過ごせという部長命令が発端である。

 2日目は葵、3日目は美咲、4日目は優香。

 正確には葵は命令で残りの2人は普通に誘われただけなのだが、そこに託けて真由美が葵を押し込んできたのだ。

 残りの2人を警戒する理由はない。

 何だかんだで慣れている2人にはそこまで健輔も恐れはないからだ。

 問題は目の前の女傑である。


「もう、真由美さんからの心配りなのよ? ちょっと、魔導にのめり込み過ぎだから他のところにもきちんと視野を広げなさいというありがたいお言葉に感謝しなさい!」

「言い分はわかるんですけど、葵さんに言われるのが正直物凄い違和感を……」

「あん?」

「なんでもありません!」


 本気で殺す目をしていた。

 20にいってない女性のしてよい視線ではないことだけは間違いない。

 健輔としても葵に説教されるほど向こう見ずに見えたのだとしたら、それは危険だということはわかっている。

 魔導競技はあくまでも魔導を習うための手段。

 それ自体を目的にするなと真由美たちは言いたいのだろう。

 大きなお世話なのは間違いないが後輩の将来にきちんと気を配ってくれている辺り、葵も真由美も良き先輩であるのは疑いようもなかった。


「戦闘以外の魔導の側面もきちんと見ておきなさいな。クラウディアとは見に行かなかったみたいだけど、『魔導戦隊』の活動も魔導の未来の1つよ」

「文化的な魔導にも目を向けろってことですか?」

「そういうこと。ただ戦わせて、狂戦士みたいなのばっかり排出したら、どう考えても文化的な学校じゃないでしょ。メインとサブをはき違えないようにしないとね」

「わ、わかりましたよ。別に戦闘だけが生き甲斐じゃないですしー」

「1日の大半をそれに費やしてたら十分よ。そういう意味でも健輔は選択肢が多いんだから、きちんと悩みなさいよ」


 葵にしては少しだけ羨ましそうな響きが混じっていた。

 選択肢、という部分でのらしくない響きを深く聞こうとは思わなかった。

 健輔にとって葵は真っ直ぐで強いというのが印象的な頼れる先輩である。

 そんな先輩が何も言わないのだから聞く必要はないと思ったのだ。

 

「ご厚意に甘えさせていただきますよ」

「そうしなさい。ま、こんな美女と回れるんだから嬉しいでしょう?」

「ノーコメントでお願いします」

「……あんた、今度私と3時間耐久試合ね。負けた方が今後下僕になること」

「そんな見え透いた処刑執行書にはサインしません」


 快活な姉とそれに翻弄される弟といった具合だろうか。

 今日に限って色合いが似ている私服だったことも合わさって余計にその空気が強くなっている。

 男女というよりも家族という体の2人は文化祭へと意気揚々と漕ぎ出す。

 何だかんだでやりやすいのは健輔と葵の性格的な相性がかなり良いことを示しているのだろう。

 健輔からすれば、クラウディアのように中途半端な距離であることの方が余程気を使うのだ。


「それで? 説教じみたことまで言ったんですから、文化的な魔導ってやつを俺にきちんと教えてくれるんですよね?」

「勿論! 私たちが体験するのは学園のやつじゃないけどね」

「へ? 文化祭なのに」

「あんた、里奈先生の説明ちゃんと聞いてたの? この5日間はこの島、全体が魔導で染まるんだから。在校生向けのやつのもあるのよ」

「へ、へぇー」

 

 まったく聞いていなかった。

 文化祭の意義などはきっちりと覚えていたが、細かいことは完全スルーである。

 真由美が心配するのも無理からぬことだろう。

 何だかんだと言っても、健輔以外の3人は文化祭に参加して戦闘以外の魔導にも触れ合おうとしている。

 そんな中、健輔だけは5日間を寝て過ごすつもりだったのだ。

 実際、優香がおらずチームが『クォークオブフェイト』でなかったら確実にそうなっていただろう。

 後輩が完全に戦闘狂になるのを座して見過ごすわけにはいかないと奮起した真由美は正しかった。

 

「へー、じゃないわよ。私でもそこまで魔導漬けじゃないわよー」

「下手な物真似やめてください。今の誰ですか」

「健輔」

「ぐっ、ああ、もう、わかったから早く行きましょうよ」

「あー、怒った。いやー、いつもは和哉に煽られてるからあれだけど、いいねー。こういう知的な感じのやつもー」


 ご機嫌な葵に逆らうような勇気は健輔にはなく。

 終始に葵にからかわれることになるのだった。

 せめてもの抵抗として、健輔はズンズンと先に進んでいく。

 目指すは研究エリア、そこでは先進魔導が健輔たちを待っている。

 実は中身を知らない葵を含めて、『クォークオブフェイト』魔導バカコンビは旅立つのであった。

 そして、そんな2人を見守る影が2つ。


「ありゃりゃ、健輔も大変だね。あんなにご機嫌な葵のお相手だなんて」

「俺としては楽でいいよ。葵の相手は体力だけでなく、精神まで削ってくるからな」

「ひっどいなー。新手のモンスターみたいな扱いやめてあげてよねー。一応、私の親友なんだぞー」

「じゃあ、そのニヤニヤしている顔を隠すように努力すべきだな」


 『クォークオブフェイト』2年組の頼れる知性派の2人、伊藤真希と杉崎和哉が後を追う。

 変則的な4人の『健輔矯正ツアー』たる2日目の文化祭はこのように幕を開けたのだった。




 健輔たちが今いるこの場所は『天祥学園』。

 魔導技術の普及を担うための施設であり、将来の優秀な魔導師を排出するための教育機関でもある。

 魔導には制約も多く、現時点では生活の基盤となるほどの技術ではない。

 では、何故多くの国費を投じた上に国際協力まで強力に進められているのか。

 理由は簡単である、その将来性が名に恥じぬだけの万能性を誇っていたからだ。

 新技術というのものはよくも悪くも大きく世界を変えることがある。

 インターネット然り、原子力然り、便利なものとは危険性と利便性の2つを備えて世を変革させるのだ。

 その点は魔導も同じである、

 同じだが、魔導は幸いにもその制約の多さにより、管理が簡単だった。

 魔導師は魔素がない場所では魔力を生み出せず、その力を発揮できない。

 自然界で魔素が存在しているのは、古来よりの霊地やパワースポットと呼ばれるところしかなく、地球上のほとんどの場所で活用出来ないのだ。


「ここまでは~佐藤君も知ってますよね~」


 にこやかに魔導の歴史を話してくれる里奈に健輔は苦笑しながら頷いた。

 流石に魔導師の端くれとして、その辺りは熟知している。


「さて、ご存じの通り、この天祥学園では魔素は普通に大気中に散布してあり、かつ散らばらないように結界で閉じ込められています」

「定期的な補充もしてるんですよ~。宇宙から~」


 魔導の発達でもっとも利益を得たのは宇宙開発だと言われている。

 原因はわからないがとにかく宇宙空間は魔素の塊で出来ているのだ。

 魔導の結界を応用した環境操作技術などを筆頭に宇宙開拓を促進する術は腐るほど存在している。


「アメリカで月面基地どうたらって言ってたのはその辺りですか?」

「はい~、宇宙から供給できるようになって~天祥学園などの~人工魔導空間は一気に確立しましたからね~」


 健輔が知っている限り、産学共同開発など多くの試みが進められているこの学園だが、他にも目的があるのだ。

 例えば、都市機能を維持するために多くの非魔導師もここには在住しているが、濃い魔素が彼らに及ぼす影響。

 他にも乳幼児から魔素を浴びるとどうなるのかといった、幾分人体実験染みたところもある。

 無論、これらのことは公開されているし、少なくとも研究室レベルで問題はなかったからこそ、次のステップに進んでいるのは間違いない。


「こういうのも~授業でお話ししたんですけどね~」

「健輔、寝過ぎ」

「し、知ってますから。大丈夫ですって、マジで」

「日頃の行いですよ。佐藤君」


 里奈と彩夏、そして葵も目が笑っていた。

 からかわれているとわかっているが反応せずにはおれなかった。

 健輔はボケとツッコみ、両方の素質を持っているため、自分以上のボケがいる場合ツッコみに回ってしまうのだ。

 健輔以上のボケに該当する2名は健輔がそんなことを思っているとは知らないだろうが。


「今日はせっかくですから、魔導戦闘に関係ない技術でも見てもらおうかなと思っています」


 彩夏がメガネをくいっっと持ち上げてドヤ顔を決める。

 先進魔導技術は彩夏の本分らしく気合が入っていた。

 自信満々の表情はかっこよく、綺麗なのだが今日はツッコみモードになっている健輔はツッコみを入れたくて仕方なかった。

 どうしてドヤ顔なんだ、と。

 自分のクラスの担任でないとはいえ、教師に、つまりは目上の人物にそんなこと出来るわけがなく心の中に留めているが。


「まずはこれですかね」


 健輔たちが今いるのは『陽炎』や『雪風』が誕生した叢雲のラボである。

 立ち入ったことがあるのとはまた別の研究を行っているラボであり、今日初めてやってきた場所であった。

 展示室、というべきなのか開発した技術や製品などを紹介している場所で彩夏が指をさす。

 わざわざ宇宙服と並べてある辺り、そっち関係だとは思うがこれがなんだと言うのだろう。


「簡単に言うとそのうち宇宙ではこの恰好で作業するようになるんですよ。魔導師がね」

「え、あの私服ですけど」


 健輔が映画などで見たことのある宇宙服の隣には普通に私服が飾られているだけである。

 健輔の『陽炎』と似た腰に装着されている魔導機らしきもの以外に注意すべき点はなにもなかった。


「この魔導機っぽいのが宇宙服ってことですか?」

「ふふ、正解です!」

「魔導機の技術を~応用して作ったのよ~。正式には環境保全機構っていうのだけどね~」


 結界技術の応用で人間が生息できる環境を引き連れて移動するのがイメージらしい。

 まだまだ技術的な制約は多く、課題も大量に残っているらしいが今後10年間を目途に開発が進行しているとのことだった。


「これはほかにも深海探査とかに応用できますからね。魔導師の超人的特質を維持出来れば大抵の困難は乗り越えれます」

「夢が広がるでしょう~?」


 魔導師を目指すものの多くはこういう事がしたいからと系統を選ぶのだ。

 そして、より高みに昇るために戦闘をこなす。

 健輔は選択の余地なく万能系になってしまった。

 その辺りのプロセスがすっぽりと抜けてしまっているため、戦闘に偏っているのではないかと、里奈などは心配してくれていたようである。

 実際、こんなことをやっているとは魔導の都市に住んでいてまったく知らなかったし、戦闘以外にあまり気を向けていないのも事実のため何も言えなかった。


「ああ、そんな難しい顔しなくて良いですよ。魔導競技を真剣に取り組むのは何も問題ないことです」

「でもね~。それだけを~力入れてやるのも~また違うのよ~」

「日頃、私のこと脳筋、脳筋っていうけど、健輔も似たようなことになってるわよ。ここは学校なんだから、別に終生の住処ってわけじゃないでしょう?」


 魔導競技のプロ化というのも検討されているため、一概に戦闘に傾倒することを悪だとは言えないし、そもそも悪いことではない。

 しかし、何事も度を過ぎてしまえば毒となる。

 健輔がそうなるというわけではないが芽が出る前に潰しおこうと今回の運びになったとのことだった。


「そんなに心配かけてたんですね……」

「そうよ。特に優香にね」

「え……」

「当たり前でしょう? 桜香に勝って、その後の試合ではよくわからない様子を見せてって。1番近くにいたあの子が気付かないわけないじゃない」

「……」

「昔の自分みたいにいつか自分で自分を追い込まないようにって相談に来てたのよ」


 健輔が優香の変化に気付いたように、優香も健輔が悩んでいることに気が付いていたのだ。

 妙にむず痒い気分になる。

 子ども扱いしていた相手がいつの間にかしっかりと大人になっていて、その子に諭されたような感じだ。


「うわ、顔、真っ赤」

「ちょ、え、うわ……」


 慌てて鏡を探すと茹蛸のように真っ赤になった顔が映る。

 これではまるでいつぞやの優香のようだ。


「あらあら~」

「本当にお似合いのコンビですね」

「いやー、後輩がいい子ばっかりでお姉さん嬉しいですわ」


 三者三様の言い方に体温が上昇する。

 恥ずかしい、かなり久しぶりに本気で恥ずかしかった。

 優香の前では精いっぱい取り繕っていたつもりが完璧に見破られるばかりか、健輔ですら思ってもみなかった方向でも心配されていたらしい。

 カッコ悪いことこの上なかった。


「つ、次にいきましょう! さあ、早く!」

「はいはい、心配しなくてもきちんと全員に広めたから安心してよ」

「最悪だな!!」

「可愛い優香ちゃんを心配させた罰よー。うりうりー」


 葵に頬をつつかれて、肩を落とす。

 身から出た錆、己の不甲斐なさの罰と思い甘んじて受け止める健輔であった。


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