第115話
2人は龍輝たちと別れて、再び文化祭回りに戻る。
重石が1つ取れたような爽快な気分で健輔が文化祭を過ごせるようになったのは間違いなく彼との再会のおかげだろう。
ここでも無駄に発揮された超技術により快晴となった空を澄んだ顔で見つめるのだった。
そして、そんな晴れやかな気分はクラウディアの一言でいとも容易く霧散することになる。
「健輔さん、次はどこに行きます? 結局、ショーも見ないみたいですし、時間はまだまだありますよ?」
自然な提案である。
クラウディア側すれば当然の疑問であり、逆に妙にやり切った感を出していた健輔からすると想定外も良いところの質問だった。
「え……」
「もしかして、何もないんですか? でしたらチームのところに行きますか? 私は構わないですけど」
笑顔のクラウディアが遠回しに健輔に対して死刑宣告をしているように感じられるのは自意識過剰なのだろうか。
戦闘時は無駄に良い性能を発揮する健輔の頭脳も日常では所詮この程度である。
打開策を打ち出そうにも情報がない。
情報がないから策も作れないと完全に詰み、という状況になっている。
「……、そ、そうだな……。どの先輩が良いか考えるから待ってくれ……」
「はい。お待ちしますね」
普段はあまり感じさせない女性らしさを全力でアピールしているクラウディアを意識しないように努力しながら最善のルートを考える。
真由美はどうだろうか。
前半の3日間、クラスの出し物に出ずっぱりとのことなので行けば必ず会えるだろう。
早奈恵がセットで存在しているため、暴走もそこまで考えなくて良い有料物件である。
「いや、真由美さんは後日、絶対にベラベラと喋る。絶対にだ」
こういう面白そうなことは黙っていられないのが真由美の特徴でもある。
行った最後、確実にチームのメンバー全員に共有されるだろう。
こういう時には情報化社会の無駄な情報共有速度の速さが死ぬほど邪魔になる。
「ダメだ……面白がりそうな先輩か、怒りそうな先輩しかいない……」
隆志は安牌なのだが妃里がセットであることが問題だった。
優香はどうしたのか、と理不尽な理由でキレるのが目に見えている。
健輔としてもどうしてこうなった状態なのだから、何か言われても困るのだ。
「となると……」
あそこに行くしか選択肢はないだろう。
文化祭中ほとんど、そこにいるらしいしなんとかなると信じたいところであった。
「それで俺のところか。まあ、正しい判断だろう。何より、別に九条とは付き合ってもいないのだろう? 無意味に騒ぎ立てられるのは誰にとっても良いことではないからな」
「ありがとうございます! いや、本当に助かりました」
空中遊泳と書かれたエリアで頼もしい事を言ってくれる先輩、佐竹剛志の雄姿がそこにはあった。
真面な先輩のほとんどが同性であることに嬉しいような悲しいような複雑な思いを感じるが目の前の危機が払拭されたことは喜ぶべきであろう。
「まあ、ゆっくりしていくといい。カップルも多いから良い目晦ましにはなるだろう。ほら、あんまり待たせてやるな。男として、腹を括っていけ」
「うす、ありがとうございました!」
何だかんだ言って頼りになる先輩であった。
こういった部分はやはり同性が頼りになる。
異性の先輩、真由美や葵はお祭り好きなのもあるが、こういう男女間のものを面白がる傾向があるのだ。
だから彼女たちに健輔は決して相談しない。
役に立たないことがわかっているからである。
「と、悪いな。少し話し込んだ」
「いえ、こちらも香奈子さんとはそんな感じでしたから」
当たりの柔らかいクラウディアに未だに禁じ得ない違和感。
どうしてそこまで違和感を感じるのか、冷静に考えると1つの仮説が浮かび上がる。
もしかしたら――
「まだ、こいつは敵なのか……」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、軽く遊んでいこうかと思ってな」
「ああ、確かにいいですね。いつもは戦闘で行くのがほとんどですから」
「だろう? ま、息抜きだよ」
「ふふ、お供さしていただきますね」
敵、そう考えるとしっくりと来た。
未だに健輔の中であのクラウディアとの戦いは終わっていないのだ。
理由は簡単である。
健輔は彼女に勝ち切れていない。
子どものようで笑えてしまうが、意地のようなものを張っているようである。
今日、クラウディアが殊更明るい調子なのも、それを察しているからかもしれない。
だとすれば、カッコ悪い話であった。
「切り替えが案外出来てないのか……」
自分が妙にカッコ悪く見えてあまり良い気分ではなかった。
そう考えると肩の力が抜けていく。
健輔は必要以上に身構えているのはそれが原因だろうと気軽に当たりを付けて誤魔化してしまうのだった。
「案外、悪くないな」
「ええ、そうですね」
空に寝そべるような形で飛ぶ2人。
クラウディアも健輔も戦闘魔導師である。
空を飛ぶのはお家芸のようなものであったが、ここまで穏やかな調子で飛ぶのは珍しい。
移動手段としての飛行は速度を重視するものだ。
戦闘時は当然景色を楽しむ余裕などない。
ゆったりと時間を楽しむように飛んだのは初めてのことだった。
「その体に張ってある防壁みたいなのはなんなんだ? 空を飛んでからわかったけどさ」
「ああ、これですか? 多分、男性の方は馴染みないと思いますから、知らなくて当然だと思いますよ」
「男性?」
「はい、正式な分類はないんですが私たちの間では装飾魔導って呼んでますね」
「装飾魔導……」
空中遊泳を開始して直ぐに健輔はクラウディアの周辺に薄い膜のようなものを発見した。
障壁に近いがどこか違う、見たことのない術式に彼は興味を引かれる。
好奇心で目を輝かせている健輔にクラウディアは軽い雰囲気で詳細について教えてくれた。
「日常系の魔導の1つですね。女性限定ではないですけど、一言でいうならば身嗜み関係と言いますか」
「はーん、なるほどなー。いや、そういうところにも応用されてるんだな」
「化粧をずっと維持する術式もあったりしますよ?」
「すげえな……」
男性には遠い話であった。
美容魔導とも呼ばれる女性が中心となって進めている魔導研究らしい。
クラウディアならば髪のセットを1日中維持して、自身のコンディションを朝の段階と同じように保っているらしい。
香水の匂いが振りかけた様子もないのにずっと漂ってきていた絡繰りなども美容魔導の作用によるものとのことである。
どこか美に賭ける女性の執念を見た。
身体系の応用で肌年齢を引き下げる研究なども進んでいるらしい。
戦闘カリキュラムという難儀なものがありながら、世界に受け入れられている一旦にこの辺のメリットを享受している女性たちの猛烈なプッシュがあったのだ。
女性の魔導師が多いのにも関係しているらしく、健輔は男にはわからない領域の話だがなんとなく納得は出来た。
実際、40歳を超えているのに20代に見える女性魔導師はざらにいる。
「男性が力を求めるように、女性は美を求める。健輔さんはこの辺りをどう思われますか?」
「いや、すごい努力だと思うよ。なるほどな、万能系の研究機関の中に化粧品メーカーとかがあったのはそのためか」
「戦闘で使えるレベルの万能系はむしろ、大学部とかでは引っ張りだこだと思いますよ?」
「戦闘面以外は対して気にしてなかったな」
「あら、勿体ないことですね」
くすくすと品よく笑みをこぼすクラウディア、今日はこのような笑みが多い。
健輔の心臓が悲鳴を上げそうになるため、自重して欲しいがそんなことを言えるわけもなく。
別の話題を提供し続けることで乗り切ろうとするのだった。
そんな2人は傍から見れば仲の良い男女にしか見えないだろう。
必死に話し続ける健輔に楽しそうに相槌を打つクラウディア、空での対話はあっという間に時間を奪い去っていくのだった。
「なんだ、案外仲良くやれているのだな」
少し気になって後輩を見守っていたのだが、盛り上がっているようなので助け舟を出す必要はないようである。
健輔はいろいろ言っていたが、実は今日の事は既にチーム全員に広まっていた。
クラウディアが前もって話を通していたのだ。
「あの年で男を手玉に取るとは、将来有望だな」
剛志は遠目にだがクラウディアに視線を移す。
そのような根回しをやったようには見えない完璧な淑女ぶりである。
このように抜け目のない部分は戦闘時の健輔を思い起こさせた。
そもそも、クラウディアは優香の友人でもあるのだ。
妙な誤解を起こさないように話を通すのは当然だろう。
彼女が文化祭を通してやりたいことは剛志たちには健輔の警戒感をなんとかしたいという話だった。
健輔が先ほど自覚したようにどこかにクラウディアが敵という認識が残っているため対応が固いのだ。
大分仲良くなってきたがどうしても最後の壁が超えられないため、文化祭の力を借りたというのがクラウディアの本音だった。
言っていないこともあるのだが、別に嘘ついているわけではないのでその辺りは気にしなくても構わないだろう。
細かい部分はともかく、大筋クラウディアの計画はうまくいったと言って良いだろう。
少なくともようやく健輔は警戒を解いたのだから。
「健輔は妙に頭が固いこともある。これで多少は解れるだろう」
健輔をよく知らない人間ならば首を傾げるだろうが、親しい者たちならば納得するだろう。
魔導に対する姿勢からもはっきりと出ているが健輔は案外、真面目で努力家なのだ。
自分の好きな分野には一直線で全てを投入する。
当たり前だと思う人もいるかもしれないが好きであろうと情熱は持続させるのは困難なものだ。
好きであっても楽しいことばかりとは限らない。
うまくいかなければ投げ出したくなることは間々あったりする。
「まあ、うまくやると良い、後輩」
青春を全て魔導に捧げる必要もない。
ましてや、男子高校生なのだ。
美少女の対応に一喜一憂するのもらしい、と言えるだろう。
後輩たちに頼られるのもわかる背中を魅せつけながら剛志は仕事に戻るのだった。
「……謀ったな、クラウディア……」
「一本、取れましたかね?」
唇に指を当てて可愛らしく問いかけてくる外国人美少女。
余波で周囲の男性が打ち取られていたが本命には左程効果を示さなかった。
むしろ、怒りを煽ったのか額に青筋が浮かぶ。
「言い残すのはそれだけか?」
「もう、別に笑いものにしたわけじゃないですよ? いい加減、私と接する時を制限するのはやめて欲しいなって思っただけです」
「ぐっ……。わ、悪かった」
クラウディアが見せてくれたメールのおかげで今日のデートの目的がわかった。
健輔が思った通り、妙に固い彼の態度を緩めるためのものだったのだ。
本人としても本日しっかりと理解したことのため反論しにくかった。
公私をきっちり別けるといえば聞こえいいが日常生活にまで魔導が潜入しているのはまずいだろう。
クラウディアがいる時に妙に健輔の察しがよくなったりしていたのは体が戦闘モードに移行しているからである。
いくらなんでも友人にその態度はないだろうというクラウディアの意見は至極もっともなものだった。
「まあ、健輔さんは異性との接触でも体が強張るみたいなのである程度は大目に見てあげましょう」
「お、お前……」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、でしたっけ? 私も健輔さんを打倒するために準備は進めているってことです」
「絶対に負けてやらん」
「あら、ふふっ、拗ねてるんですか?」
健輔はクラウディアが優香と似ていると思っていたが勘違いであったようだ。
クラウディアは桜香に似ているのである。
この微妙に余裕のある感じは間違いない。
つらつらとドッキリを仕掛けられた男は必死に考えを巡らせる。
戦場でならばともかく、日常における健輔はどちらかと言えば素直すぎる男なのだ。
その様子は彼女からもはっきりとわかるようになっていた。
「またいろいろ考えてる」
「うぐ……」
「もう、私も女なんですから最後まできちんとエスコートしてくださいよ? 気合を入れてきたのは間違いないんですから」
「わかった。わかったよ、では、お嬢様、最後に夕食にでも参りましょうか?」
「減点です」
「我儘だな!」
思えばプライベート、つまりは魔導と関わらないことで1日を過ごすのは初めてかもしれなかった。
いつもはどこかしらに戦闘があって、そこからというのがメインであったのだ。
避けていたわけではないがクラウディアがそろそろ関係を深めたいと思ったのも道理であろう。
流石に酷い、と己が所業を反省する。
「ま、まあ、これからもよろしく頼む」
一応、デートなのだ。
これくらいはやっておくべきだろう。
差し出された手を見て、クラウディアが驚いた顔を見せる。
今日は1日猛攻を仕掛けられてたじたじだったが、最後に1撃入れることはできたようだった。
「――はい、よろしくお願いします」
文化祭の1日目はそうして終わりに向かっていく。
以前よりも少しだけ近づいた距離はきっと気のせいではないだろう。