第114話
クラウディアの用事はあっさりと終わったため、香奈子と別れることになった。
おっとりとはまた違う雰囲気を持つ女性は最後まで不思議な色合いの笑みで健輔を見送る。
獲物を狙うというか、明らかにこちらをロックオンしている様子に半分恐怖ともう半分は興奮を覚えるが表には出さなかった。
そんな対面を終えて、順番的には次は健輔が行きたいところに行く番がくる。
「さて、どうするか」
あまり乗り気でなかったためか下調べが不十分なためチームメイトの出し物以外はよく知らないのだ。
頼みの綱の『陽炎』も今日は暇を出したため、思考領域を洗浄している。
よって連絡は不可能。
そして、知っている場所にはチームメイトが高確率で居ることになる。
いくら健輔が異性との付き合いが苦手であり、機微を読むのに長けていなくてもそれはまずいということがわかる。
特に優香や美咲辺りは最悪だとわかっていた。
「……クラウ、1つ聞きたいんだが大丈夫か?」
「はい? なんでしょうか」
「『魔導戦隊』って確か何か出し物やってるんだよな? ちょっと、場所を知りたいんだけど」
「はぁ。……あ、なるほど、そういうことですか!」
「え、うん」
「ヒーローショーというものをやっているみたいなので行ってみましょう!」
「……なんかテンション高いね」
妙にテンションが高くなったクラウディアはともかくとして、咄嗟に出た相手としては悪くないだろう。
『魔導戦隊』、もう1人の万能系がいるチーム。
あの試合に関しては碌に振り返ることも出来ていなかった。
次の日には意識を『アマテラス』戦に切り替えなければいけなかったとはいえ、鏡写しの己とも言える存在に対して失礼としか言いようがない。
向こうは顔も見たくないかもしれないが、健輔としては出来れば普通に話してみたいというのは嘘ではなかった。
「もうちょい、かっこよくいけたら良かったんだけどな……」
女難を回避するという目的さえなければもう少しは前向きにいけたのだろうかと、ニコニコしているクラウディアを見て、意味のないことを考えるのだった。
「あ、あそこですね」
見るからに舞台といったものが用意された開けた場所、そこにステージが鎮座していた。
今回、『クォークオブフェイト』は参加していないが文化祭にはチーム単位での申し込みも出来る。
もっとも、優勝を狙うようなチームの大半はそちらに回すリソースがないため、大抵不参加となっているが。
どちらかと言えば、『魔導戦隊』のようなチームの方が少数派なのだ。
他にも理由はある。
出し物はヒーローショーだが実質的には普段の活動をそのまま見せているだけに等しい。
そんなことを知らない来場客は現実にやってきたヒーローに大喜びであるので問題はないだろう。
特に子ども受けは抜群に良かった。
「第3回の開演は14時から、か。少し時間に空きがあるな」
「先にお昼を済ませますか? それだと待ち時間にもちょうど良いと思いますけど」
「あー、そうするか。悪いな、せっかく連れてきてもらったのに」
「ふふ、気にしないでください。ライバルを気にする気持ちはわかりますから。私も優香にはかなり気を使ってますよ」
「あ、うん」
純粋な善意の笑顔のクラウディアに心が痛む。
そもそもこの子はこんなに天然だったかと出会ってからのクラウディアについて思い返してみる。
試合での激闘、その後の突然の訪問と脳裏に過る短いながらも濃い日々を思い出した健輔は澄んだ瞳で、
「こいつは何も変わってないな」
と結論を出すのだった。
そもそも出会った時からよく考えてみると肉食系天然だったのだ。
今更天然の部分が見えたところで狼狽えるほどのことではないと自己暗示をかける。
「いつも通り、いつも通りなんだ」
ちょっと服装が違うだけだと必死に誤魔化す。
健輔も男子高校生だ、わざわざ自分と回る文化祭で気合を入れた格好をしてくれるのは素直に嬉しい。
嬉しいのだが、傍にいる美少女の格が高すぎて気が引けるのも事実だった。
魔導と違いこういった部分は一朝一夕では成長しないものである。
「健輔さん? どうかしたんですか?」
「え、いや、うん、何もないぞ。と、とりあえず、どこで食事を摂る? 街の方へ行くか?」
「食堂で構わないかと。出店もいいですけど、落ち着いて食べたいですからね」
「お、おう」
いつもより口調も様子も明るいクラウディアに圧倒されながらもなんとか主導権は維持しようと頑張る健輔であった。
時間的には少し早い昼ご飯、食堂が込み合う前にやってきた2人はそこで意外な人物と出会うことになる。
咄嗟に口から出た訪問だったが、神様は悪戯好きなのか健輔が望む人物とピンポイントでの再会を演出するのだった。
「あ、正秀院龍輝」
「ぬ、佐藤健輔」
片やカレーを持ち、もう一方は定食を持っている間抜けな状態で万能系を操る魔導師たちは再会することになった。
「えーと、初めまして『魔導戦隊』の方ですか?」
「あ、はい。桃園舞と申します」
女性陣はぎこちないながらも友好的に挨拶を交わす。
その隣で向かい合っている男性陣も目が笑っていない笑顔で相対していた。
笑顔が張り付いているかのように双方、何も語らない。
先に喋ったら負けると言わんばかりの無言での対峙であった。
「たっちゃん? 挨拶しないの?」
「健輔さんもどうかしたんですか?」
女性陣の心配そうな声。
しかし、男性陣は答えることなく見つめ合う。
そして、無言で見つめ合う空間は唐突に響いた笑い声で破壊されることになる。
「くっ、くはははは……ひ、ひ――た、たっちゃん、たっちゃんってお前随分可愛らしい呼び名だな!」
「き、貴様! そこに触れたら戦争だろうが!」
自分の負けで良いと健輔は腹を抱えて笑い出す。
ここに真由美が居たらこういっただろう。
「あなたもけんちゃんだよ?」と。
健輔にとって幸いなことにそのように呼ばれていることを知っている人物はこの場におらず、クラウディアが僅かに引っ掛かりを覚えた程度で終わった。
「き、貴様は俺を笑いものにでもしに来たのか! 共に食卓を囲むのも提案したのはお前だろう!」
「あーいや、悪かった。だって、似合わないんだもんよ」
「だ、黙れ! 舞にそう呼ばれることを俺は誇っている!」
「た、たっちゃん」
何故か目前で展開され出した桃色空間に今度は健輔が怯む。
日常においてもこのキャラだということは正秀院龍輝は素の状態であのロールプレイ軍団『魔導戦隊』に所属出来ていることになる。
その分野で健輔が勝利することは不可能であろう。
桜香に挑むよりも無理ゲーである。
キャラの濃さもそうだが、龍輝の容姿も健輔は気に入らなかった。
僅かに髪の先の方が銀に染まっているが目の前のイケメンはそれも似合うのだ。
「くそ、この野郎! むかつく奴だな!」
「な……き、貴様は一体なんだ!」
「健輔さん、流石に今のは意味がわからないですし、そ、その……言いづらいですけど、物凄くカッコ悪いです」
「ぐはっ……、ぐ、ぬぬ。わ、悪かった。ほ、本題を話そう」
「う、うむ、早く話を進めろ。時間もそう残っていない」
まさかの味方の裏切りにより背後から刺される形になるがなんとか持ち直す。
自分でも少しカッコ悪いと思っていたのだ。
元より反感があるとはいえ、これはひどかった。
「まずはこの間の試合だ。ありがとう、お前との戦いがなければ桜香さんに負けていたよ」
「嫌味か! ふん、貴様の万能系の扱いは見事だ。戦闘に用いるという1点のみは俺を軽く上回る」
「そっちこそ、可能性という意味では俺を軽く超えてるじゃないか」
「……ありがたく受け取っておこう。だが、戦の役に立たない以上、それは繰り言だ」
「た、たっちゃんは一生懸命勉強してたよ? だから、きっとみんなの役に立てるよ」
「ありがとう、舞。だがな、目の前の魔導師のように俺は戦えない」
「でしょうね。健輔さんの努力が戦闘方向に偏っているのは事実ですが、それ以上にこの人は抽象化がうまいので」
龍輝が無条件に健輔を賛美する。
戦う前から戦闘魔導師としては健輔が格上だと認めていた。
星野の固有能力がなければ正面から戦えるかも怪しい龍輝とは違い、健輔は独力であの桜香とも条件さえ揃えれば戦えるのだ。
スペック的には圧倒していても龍輝にそれは出来ない。
「あの試合は大切なことを教えてくれた。俺の戦闘適性は高くない」
「……そんなことは」
「お前には失礼だが、同質の格下相手に相討ちではな。……そんな顔をするな、諦めたわけではないんだ」
「た、たっちゃんはバックス系統を主体にもっと凄い術式を作ります! それで今度は勝つんですから!」
「……そっか、気になってたんだが、そっちに行くのか」
「ああ……。決心したのは最近だが」
「部外者ですが、素晴らしい決断だと思います。やりたいこととやれることは誰もが一致しているものではないですから」
クラウディアの言葉には実感が籠っていた。
やりたいこととやれること、健輔も何度も苦しめられた言葉である。
イメージはあるのに、それを現実に降ろすことが出来ない。
今だってきちんと次の段階のビジョンはあるのにうまく行っていなかった。
もしかしたら、健輔はもう1人の、あったかもしれない自分を見ることで踏ん切りを付けたかったのかもしれない。
心に何かざわつくものがあるのはそれが原因だろう。
「俺もいろいろと行く末は見えたからな」
「ほう、参考までに教えてくれないか。自分だけのスタイル、万能系にはそれが求められると俺は思っている。魔導には多かれ少なかれそういう面が付き纏うが万能系はそれが顕著だ」
「ああ、それは俺も思ってたよ」
他の系統は特化していくため必然として選択肢が少なくなる。
真由美ならば大規模火力に特化するしかなく、優香もどれほど底上げしたところで防御が薄いことは避けれない。
悪いことではないが高い習熟度は結果として道を狭めるのだ。
それに対して万能系はどれもこれもそこそこにしか至らないため、最後まで力押しが選択肢に昇らない。
代わりに絶大なまでの汎用性が残る。
「お前はバックスに戦闘技能を組み込んでいくんだろう? 俺は、そうだな簡単に言うならば複数の戦闘スタイルを融合していく形になる」
「何? ……そうか、そういうことか! ふ、ふははは、正気ではないな! 確かにお前にしか出来ないだろうよ」
「複数の戦闘スタイル……。まさか、あの時の桜香さんとの模擬戦のあれは……」
クラウディアが何かを察したようだが特に反応は返さない。
練習でも1回も成功していないものをドヤ顔で語るほどの心臓はまだ持っていない。
「ま、未だに形も見えないがな」
「謙遜をするな。シルエットモードだったか? あれもそこを見越していたのだろう?」
「イメージは常に最高の己だ。それはお前も一緒だろう?」
話が弾むのがわかる。
よくよく考えてみれば圭吾は長い付き合いの親友で隆志や剛志は同性だが年上の先輩。
同年代で深い繋がりはないがある意味で通じ合うものがあるのは目の前にいる龍輝が初めてかもしれなかった。
万能系の可能性と辛さ、それに誠に共感できるのは龍輝しかこの学園にはいないのだから。
「これは負けていられないな。しかし、そんなことを確認しに来たのか?」
「きっかけがいるだろうよ。『アマテラス』との戦いがあったから『魔導戦隊』は、まあ、なんだおざなりになった部分もあるからな」
「戦闘中とは違い、硬いやつだな。……そうだな、あの試合はこっちにとってはほとんど死地に近かった。そこまで気にしないでくれ。むしろ、正面から受け止めてくれたことは感謝している」
「戦闘に全力を尽くすのは当たり前だろう? 手を抜いたら、やっている意味がないよ」
「そうですね。『クォークオブフェイト』みたいなチームに負けるのなら納得できます」
実際に敗北しているクラウディアが言うと重い。
健輔は個人としては敗北に慣れているがチームとしては今のところ公式戦では負けなしである。
その辺りの機微を察しているとは言えないだろう。
「そう言ってくれるならありがたいけどな」
「あの試合はどういう形であれ、俺たちにとっては全力だった。それを超えられたことに悔しさと感嘆の念はあれど恨みなどないさ。それと雪辱は別の話だがな」
「まあ、次に戦うのを楽しみにしているさ」
「……来年はおそらく今年ほどではないだろうがな」
「それも見越して、今頑張るんだろう? 楽しみにしてるよ。それにそんな事はどこのチームも基本同じさ」
どこのチームも今年とまったく同じであることなどありえない。
いなくなった3年生と新しく入ってくる1年生、その入れ替えで新しいチームに生まれ変わるものである。
「それにまだ世界戦もあるだろう? 戦えるのを楽しみにしてるんだけど」
「申し訳ないが期待に応えれるかは怪しいな。そこにいる少女のチームがある」
「……健輔さんには悪いですが、3つ目の席は私たちも狙っていますから」
赤木香奈子率いる『天空の焔』、『魔導戦隊』最大の鬼門にして天敵だ。
降って湧いたこのチームの存在が今年の『魔導戦隊』の道行きを大きく捻じ曲げたと言えるだろう。
それほどまでに相性が悪かった。
「無論、むざむざやられるつもりはないがな」
「私たちも油断するつもりなど欠片もありません。特に万能系にはいろいろお世話になっておりますから」
「ふん、そこにいるやつとはまた違うものをプレゼントしよう」
「楽しみにしています」
不敵な2人の会話、舞はおろおろしながら龍輝とクラウディアの間で視線を行き来している。
時計を見てみると既にそこそこ時間が経っていた。
思ったよりも話込んでいたようである。
「さて、言いたいことも言えたし、そろそろ失礼するかな」
「そうか。こちらも良い区切りになった。ありがとう」
微妙にぎこちない空気だが、穏やかな流れで場は解散へと向かう。
「あ、えーと。そ、そのたっちゃんは少し口が悪いけど、仲良くしてあげてね! あなたのことをよく話しているのよ」
「こ、こら舞!」
「桜香さんを撃破した時は自分のことのように喜んでたんだよ」
「ほー、へー」
にやにやとしながら龍輝に視線を送ると茹蛸のように顔を赤くしていた。
どうやら舞の言うことは事実のようである。
「サンキュー、嬉しいよ」
「なっ……、か、勘違いするなよ! 今度は俺がお前を倒すんだからな!」
「はいはい、わかってるよ」
数少ない万能系を持つ2人である。
お互いの行き先は気になるのも当然だった。
男のツンデレには欠片も興味ないため、特に反応も示さないが。
「じゃあな。暇があったらお前たちのショーを見に行くよ」
「……おい、受け取れ!」
「ああん?」
唐突に何かを手渡される。
記憶媒体であることはわかるが何故、今そんなものを渡されるのかがわからなかった。
「こいつは?」
「バックス的な視点でみた万能系の術式データだ。貴様の役に立つだろうよ」
「……く、くはは。なんだ、いい奴だな、お前。敵に塩を送るなんて」
「俺に勝ったのだ。どうせなら、行くところまで逝ってしまえ」
素直でない龍輝の様子につい笑ってしまう。
女性陣が微笑んいることからもわかるが不器用な男である。
もっとも、健輔もそれは言えた義理ではない。
同じような用意をしている辺り、もしかしたら万能系には性格的な一致もあるのかもしれない。
「ありがたく貰っておこう。うんで、ほれ」
「これは……」
「ま、お返しだ」
シルエットモードの根幹を成す抽象化のコツなどを纏めたデータを転送する。
いつでも渡せるように準備だけはしていたものだった。
「今度こそ、じゃあな。ま、今度は俺が圧勝する」
「ふん、抜かせよ。今度は俺が秒殺してくれる」
最後までそのようなやり取りを行い、各々別れる。
こちらに向かって丁寧にお辞儀している舞に手を振って食堂を後にするのだった。
お互いに意識して競い合うが馴合わない。
そんな関係に正秀院龍輝と佐藤健輔がなったのはこの時の出会いが原因かもしれなかった。
後年、高校生活を振り返った健輔はそんな言葉を後輩たちにこぼすのであった。
もっとも、それはまだ未来の話――
今の彼らはただ前を見据えて進み続けるだけある。




