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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第111話

 早朝。

 空気が段々と突き刺すような寒さを帯び始めている中、空を舞う2人の人間。

 空の色を纏う乙女と白を纏う道化が一切の手加減なし、全力でぶつかり合っていた。


「『雪風』!」

『クリエイト』


 乙女の号令に従い、周囲に大量の魔力刃が出現する。

 物質化しているかどうかの違いはあったが間違いなく立夏の戦い方を参考にしている物量戦法であった。

 道化は眼前を多い尽くす刃の群れを感情を読ませないポーカーフェイスで見つめる。

 わざわざ号令をかける必要もない。

 彼の相棒はこの局面で何を選択するべきをわかっているからだ。

 正確にはわかっていると彼が信じている。


「いきます!」


 乙女が動くと同時に魔力の刃が発射される。

 いやになるほど正確な()に対する対応方法だった。

 狙われている本人がその手法の正しさに苦笑いを浮かべるほどである。


『シルエット選択』

「はあああああ!」


 剣群を覆い尽くすように巨大な虫取り網のようなものに武装を変化させる。

 捕らえられた剣群は網に触れた端から砕け散っていく。

 魔力が掻き消えるようなその消滅の仕方に何が起こっているのかを優香は正確に理解していた。


「破壊系!? でも、あの系統は……」

「バレル展開!」

「ッ!」


 優香に考える間を与えまいと健輔が砲撃スタイルに移行を行う。

 師匠譲りの見事な砲撃は正確に蒼き乙女の軌跡を潰してくる。


「っ、『雪風』!」

『コード認証、魔力配分を攻撃へ』


 乙女は魔力を高めて、周囲に放射する。

 水色の魔力光が大きく噴き出し砲撃を近寄らせない。

 そして、本命は防御ではなかった。


「行きますッ!」

「速いッ!?」


 魔力放出により大幅に上昇した機動力を用いて、乙女は砲撃を踊るように回避しながら男へと肉薄してくる。

 

「舐めるな!」

『右、いえ左からもです』

「はああああ!」


 優香が右から斬撃を、魔力弾が左から銃撃を敢行する。

 左右同時攻撃。

 彼に対処方法を迷わせることで結果として取りえる手段を限定してきているのだ。

 すなわち、逃げるのか、防ぐのか。

 かつての乙女にはなかった厭らしい選択肢の強い方である。

 しかし、対峙する男も昔のままではない。

 いつまでも逃げを選択するわけにはいかないのだ。


「甘い!」

「剣と、糸!?」


 右手には剣を、左手からは糸を生み出し2つの攻撃をどちらも迎撃する。

 彼女の攻撃力が上昇していようとも技術的に捌ける領域まで彼も上り詰めているのだ。

 系統の錬度が劣る程度で圧勝されるような昔のままの強さではない。


「『雪風』!!」

「『陽炎』!!」


 双方が自身の魔導機に呼びかける。

 状況はイーブン。どちらに傾いてもおかしくないのならば最後に決着を付けるのは切り札の質であった。

 乙女が双剣を×の字で構えて魔力を一気に注ぎ込む。

 道化が体から雷光を走らせ、一気に肉薄する。

 動作の起点はどちらも同じタイミングであり、距離は先ほどの攻防で生じた僅か一呼吸分のみしかない。

 

「『蒼い閃光(ブルーライトニング)』!」

「『ライトニングモード』!」


 奇しくも似た名前の切り札だった。

 蒼き閃光と雷光の一閃がぶつかり合い、この試合は終局を迎える。


『健輔、撃墜です。優香はダメージ0.お疲れ様でした』


 クラウディアの静かな言葉がフィールドに響き、この戦いの勝者を知らしめた。

 積み重ねは確かに行われているが大輪の花は未だに見えず。

 それでも時間は残酷なほど平等に、そして正確に進んでいくのだった。


「いい線いったと思ったんだけどなー」


 全力での1対1がやりたいという健輔の申し出から始まった試合。

 終始押されていたが要所ではうまくやれたという自負があった。

 それでも結果は敗北である。

 何より、クラウディアから貰ったライトニングモードで敗北してしまったことも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「あまり気にしないでいいですよ? 私としては桜香さんから一勝をもぎ取っていただいただけでも十分です」

「面目ないっすわ」

「ふふふ、優香もお疲れ様。良い試合だったわ」

「ありがとうございます。健輔さんも良い動きでした」

「おう、こっちの無理に付き合ってもらって悪いな」

「いいえ、私にとっても健輔さんとの戦いは良い刺激になりますから、いつでもお待ちしてますよ」


 包容力と余裕に溢れた笑みだった。

 張りつめたような気配とクールな空気を身に纏っていた九条優香は最近、ついに姿を完全に隠してしまった。

 今のように余裕があり、母性的なとでもいうべきか包容力のある笑みを浮かべることが増えてきている。

 日常での桜香に似てきたのか、それとも優香の本来の気性がそうなのかはわからないが悪いことではないと思う。

 試合でも顕著な変化が表れている。

 些か力押しの面が多かったのが鳴りを潜めて冷静に相手を見極めることが多くなっていた。

 先ほどの模擬戦でもそうだったが健輔は加速度的にやりづらくなっている。

 動きの気勢を制されるのは序の口で、気が付けば取りたくない選択肢を強制的に選ばされることも増えていた。

 魔導の上達ではなく、戦闘スキルの取捨選択が上手くなっている。


「はぁぁ……。鬱になりそう……」


 同じようにクラウディアもメキメキと実力を伸ばしている。

 元々がパワーファイターよりなのは能力的にも、気質的にも仕方がないことだったがそれを考慮してもパワーによりすぎていた。

 しかし、健輔に敗戦し教えを受けるようになってからは違う。

 テクニカルな面も重視するようになり、特に相手の攻撃の繋ぎ目を見極めてからのカウンターはかなり伸びていた。

 もっとも、その分野は完全に桜香と被っているため、このままだと劣化したような実力しか見に付かないだろうが。

 問題点はあれで大きく伸びていることは優香、クラウディア双方共に変わらない。

 2人とも素材は良いのだ。

 うまく調理すれば無難に良いものが出来上るものである。

 翻って自分の頭打ち加減が半端ないことに健輔が僅かな苛立ちを感じているのだが表には出さないように努力していた。


「……いやいや、こんな建設的じゃない考えは駄目だ」


 頭を振って余計な思考を追い出す。

 ネガティブに考えるのは自分の性分に合っていない。

 前向きに楽観的なぐらいがちょうど良いのだ、と意識を切り替える。

 まだまだ強くなる目はいくつもあるのだ。

 目下急ぐべきことは対策される前にシルエットモードを1段階上に昇華することである。

 既に目途は立っているのだ。焦ることはない。


「おーい、2人とも教室にいこうぜー」

「わかりました! 優香、行きましょう」

「はい。健輔さん、すいませんが少し着替えますのでお待ちいただいても?」

「あ……。俺も着替えないとダメじゃん……」

「あら、ふふっ。珍しいですね、健輔が凡ミスとは。待っていますからごゆっくりどうぞ」

「す、すまん」


 着替えもしないまま教室に行こうとしていたことに顔を赤くする。

 らしくない、と再度自戒しておく健輔。

 自覚しているだけマシなのは間違いないが、そこまで念を押さなければ健輔ですら後ろ向きになってしまうというのが彼の現状であった。

 最大の壁、そう考えていた九条桜香を打破した先に本当の壁があったのである。

 その敵の名は誰もが知っているものだった。

 魔導師に限らず全ての人間が必ず立ち向かう最強の壁、それは――佐藤健輔、彼自身のことなのだから。






「今日はお友達と一緒じゃないの? 優香」

「うん。少し姉さんに相談したいことがあったから。……迷惑だった?」

「そんなことないわよ。いつでも大歓迎!」

「ありがとう」


 放課後、1日の授業を終えた優香は珍しく健輔と別行動を取った。

 てっきり今日も行動を共にすると思っていた健輔の面食らった表情に申し訳なく思いながらもある人物と約束した場所へと優香はやって来たのである。

 学園内の大学部にあるカフェで彼女を待っていた人物。

 この学園で知らない者などいない最強の魔導師にして、秀麗な美貌を持つ美女。

 そして、優香が尊敬してやまない彼女の姉――九条桜香である。

 経緯自体は大したものではない。

 元々、桜香の個人的な連絡先は知っているのだ。

 そこへ昨夜の内に相談があるから来てほしいと連絡しておいたのだった。


「それで? 急に相談なんてどうしたの?」


 桜香を知るものなら驚くだろうか。

 口調は砕けていて、柔らかい。

 浮かぶ笑顔は常と変わらないが少しだけ茶目っ気が含まれていた。

 彼女のファンが見たらその笑顔を向けられている相手に全力で嫉妬するような親しげな空気と滲ませている。

 

「姉さんに練習を付けてもらった後の試合でちょっと、ね」

「健輔君が狙われたってやつと関係あるの?」

「……うん、多分」

「あらあら、可愛いなーもう!」

「ね、姉さん!?」

 

 急に抱きしめられて焦る優香を尻目に桜香は幸せそうな笑みを浮かべていた。

 周囲の客も美人同士の触れ合いを横目でチラチラと覗き見している。

 2人並べて見ると似ていると言われている姉妹でも微妙な違いが見えてきた。

 まずは髪質。両者共に長く美しい黒髪を持っている点は共通しているが優香はストレートにさらさらなのに対して、桜香より柔らかそうな印象を受ける。

 他にも細かい違いはいくつか見えるが上げるとキリがないだろう。

 少し前の優香なら諸々の違いを悲しそうに受け止めたかもしれないが今はしっかりと受け止められる。

 それは確かな彼女だけの成長であった。

 

「あー、ごめんね? もう、ずっと抱きしめてなかったから」

「あ、そ、その、ごめんなさい」

「え? あー、気にしないで、嫌がってた理由はちゃんとわかってるから。それよりも、健輔君よね?」

「う、うん。そ、その」

「最近、元気がない?」

「わかる?」

「まあ、原因の1つはわかるかな」


 桜香にとってもあれは苦い敗北だった。

 己という人間の至らなさを正面から突きつけられた初めての出来事だったのだ。

 大事なことに気付かせてくれた試合でもあったからこそ、それを成し遂げた健輔の今後にはおそらく桜香は誰よりも注目していると言える。

 だからこそ、この間の不調や、『アマテラス』戦後の彼に思うところもあった。


「優香は今、どんな魔導師になりたい?」

「え?」

「私はこの間の試合で形がないと彼に言われたわ」


 桜香が強いのは能力が高く、それを教科書通りこなしただけだ、と妹の相棒の看破された。

 一面として事実であるし、感謝はしている。

 無論、業腹な面もあるのだが。


「彼が今悩んでいるのはそこね。完成形が見えてきたからこその焦り」

「完成……」

「無い物強請りなのは彼が1番わかってると思うわ。……焦っても仕方ないことだろうしね」

「焦り……」

「そう、焦りよ。対策される前に上にいかないと戦えなくなるわ。私に勝ったのが原因でしょうね」


 放置しておいても構わない障害から変わった健輔は事細かに調べられてしまう。

 そうなると彼を覆っていたヴェールの1つが剥がれてしまうのだ。

 

「私もそうだけど、彼について調べる人は増えるでしょうね。そして、理解されるわ。無茶苦茶をやっているように見えて、深い考えがあるのが」

「……」

「自惚れかもしれないけど私だからこそ、あっさりと正解を引いてる可能性もあるわ。でもね、わかるでしょう? 健輔君は能力的には常に制限掛けられているのよ。パターンを探られるのは死活問題よ」

「……はい」


 現時点で再度試合を行えば桜香は健輔を瞬殺できる。

 得意なパターン、思考の傾向と彼女は徹底的に健輔を研究し終わっていたのだから。

 佐藤健輔という魔導師の理解が終わってしまっている。

 控えめに見ても勝ち目は0だった。

 無論、それは表に出ている分だけの話に過ぎない。

 実際にやれば異なる部分も出てくるだろうが、少なくとも今やれば勝てる。

 桜香にはその確信があった。

 

「ふふ、そんな深刻そうな顔をしないの。私があなたたちに会いに行ったのはこれをどうするつもりか見るためなんだから」

「見るため?」


 桜香は小首を傾げる妹に優しく微笑み、答えを教える。


「もう次の戦い方があるのよ。今とは違う、ううん、今よりも進歩した、ね」

「あ……」

「心当たりはある? 私と1度、模擬戦をやった時に妙な動きを感じたから、きっと何か用意はしてるんでしょうね。だから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「そう、ですか……。あれだけお世話になったのに何も出来ないんですかね……」

「出来ることはあるわ。彼が脱皮した時に相手をしてあげなさい。その時には優香、あなたも新しい自分で相手を出来るようにしてね」


 桜香の言葉に優香が一瞬強張る。

 両者に沈黙と緊張が走るが、先に優香が折れた。


「……やっぱり、姉さんはすごいです」

「その通りよ! って言えたらいいんだけど。誰だって自分よりも他人の方がよく見えるものよ。私はその辺りに少しだけ自信があるだけ」

「……」

「むしろ、私からすればあなたのお友達の方がすごいわ。健輔君はきっちりとあなたの行く末を見抜いているはずよ。だから、きちんと相手が出来るように頑張りなさい」

「はい」

「良い目ね。何かあったらいつもで手伝うから、あまり溜めこまないようにね。優香はその辺り不器用だから私、心配なのよ?」


 困ったような顔をする優香。

 自覚が出来るようになったのだろう。それを引き出したのが誰なのか、よく考えずとも直ぐにわかった。

 罪作りな男の子、と桜香は内心で健輔に×マークを付けておく。


「今度からはもう少し、皆さんに相談しますね」

「そうしなさい。私もそうするようにしていくつもりだから」


 2人は似た顔に同じような表情を浮かべていた。

 離れていた期間はあっても、結局彼女たちは姉妹だったのだ。

 新しい距離感で関係は動き出す。

 1度、離れた思いは同じものにはならないがより強く結びつくことは出来る。

 10月も終わりに向かい、秋から冬に向かう季節の狭間でゆっくりと歩み寄る2人の姿がそこにはあった。

 季節は段々と秋から冬へと近づいていく。

 冬は停滞の季節であり、成長を拒む時期でもある。

 しかし、人間にそのような自然の事情は関係ない。

 若者たちは道を切り開くため、我武者羅に努力を重ねるのだった。


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