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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第110話

 『アマテラス』――国内最強の魔導師を有する国内最強のチーム。

 健輔たちは紙一重の戦いを潜り抜けて彼らに勝利した。

 これは公式記録にも残っている疑いようのない事実である。

 そのメンバーの1員として出場し、桜香を撃破するという大金星を挙げた健輔。

 チーム内での健輔の評価は大きく上がった。

 健輔の努力が認められた素晴らしいことであるが、これはある事を暗示している。

 評価が変わるのは何も味方だけに起こるものではないのだ。

 敗れた桜香自身が今までよりも高く健輔を評価しているのだから、それは当然のことだろう。

 そんな評価の変化は試合において、今までとは違った形で健輔に危機を齎すことになる。


「なぁ!? なんで、こんなに」

『上、下、左から。危険です』

「クソおおおお!」


 『アマテラス』との戦いから初めての試合。

 いつも通り試合を進めようと空を飛ぼうとした健輔はいやな気配を感じた。

 真希に狙われているかのような感触。

 咄嗟に体は動き、大地に降りる。

 その直後に彼がいた空間を一条の光が貫いた。

 

「俺狙い!?」

『警告、まだ来ます』

 

 『陽炎』の忠告を受けて染みついた動作は体を戸惑う意思を無視して動かす。

 相手側の狙撃から幕を開けた試合は普段は異なる様相を呈していた。

 敵側の猛攻が何故か健輔に集中しているのだ。

 この試合でも葵と優香、真由美は出場している。

 しかし、彼女らなど眼中にないとばかりに全ての攻撃が健輔を狙い撃っていた。


「こなくそ!!」

『障壁が3割まで減少しています。危険域です』

「どうしろって、言うんだ!」


 類を見ないほどの波状攻撃に晒されたことで流石に冷静さを失ってしまう。

 いくら健輔の肝が太いとはいえ、相手チームが全員彼に向かってくる光景を見て平静を保てるはずもなかった。


「えええい! くそおお!」

「健輔さんッ! 後ろへ!」

「っ、優香か、すまん!」


 救援に来た優香に助けられたことでようやく一息つくことが出来る。

 離脱しながら安心していた健輔にいかなる時でも冷静なもう1人の相棒が警告を発した。


『敵の狙撃、来ます』

「なっ!?」


 意識の間隙を突く一発。

 真希にも劣らぬ見事な1撃が健輔を貫く。

 消耗した障壁の自動展開で防げるような威力ではなく。


『佐藤選手、撃墜! 『不滅の太陽』を打ち破った魔導師もこれだけの波状攻撃を捌き切ることは出来なかった!』

『あ~、え~と、近藤真由美さんの手で後衛が3名落ちました~。チームアンブレ――』


 健輔は撃墜された。

 『不滅の太陽』を破った魔導師とは思えないほどあっさりと。

 試合は健輔に労力を傾け過ぎた敵チーム本陣を真由美が吹き飛ばして勝利を得た。

 敵チームの健輔に対する集中攻撃は些かやりすぎの面もあったがある重要なことを示唆している。

 すなわち、彼はこう判断されたのだ。

 ――残しては置けない、と。




「クソっ」

『申し訳ありません。対応しきれませんでした』

「いや、あれは俺が悪い」

『しかし、それでもやってみせるのが私の役目です』


 一足先にフィールドから帰還した健輔は荒れていた。

 いや、うまく出来なかったことに腹を立てている。そちらの方が正しいだろうか。

 今回の敵チームは過敏な反応だったが、健輔側からも予想しておくべきことだった。

 もう彼はめんどくさいが後回しで良い、と判断されるレベルではなくなったということを。


「落ち着け、健輔」

「隆志、先輩……」


 交換もないと判断して隆志が健輔の後を追いかけていた。

 荒れる後輩の肩に手を置き、いつもよりも柔らかい雰囲気で笑いかける。


「今日は相手がお前を舐めていたからこそ、起こった総攻撃だ。今後はない。何より、あの攻撃を捌けるのはこの学園でもそうはいないぞ」

「で、でも!」

「落ち着けと言っただろう。お前の実力が認められたからこその事態だ。あまり煮詰まった頭で考えない方が良い」


 隆志の落ち着いた声に健輔も幾分冷静さを取り戻す。

 敵チーム全体が1人を潰すために動き出したのだ。

 中堅チームレベルの突撃を1人で受け止められるのは桜香や優香といった1部の天才ぐらいだろう。

 健輔が時間を稼いだことで真由美たちに無防備な様を見せてしまい、あっさり敗北したのだから健輔の努力は無駄ではなかった。


「そろそろ、真由美たちも帰ってくる。お前も相棒を無意味に心配させるのは本意ではないだろう? いつもの佐藤健輔で出迎えてやれ」

「ッ……。了解、です。……すいません、お手数かけて」

「何、先輩らしいことはあまり出来てないからな。お前は意外と素行が良くてこういう役割がなかったから役得だと思っているよ」

「役得、ですか?」

「真由美が如何に優秀で尊敬できると言っても、こんなことは相談出来ないし、したくないだろう?」

「あ……」


 冗談めかして言っているが心配してきてくれた隆志に自然に頭が下がった。

 チームのサブリーダー。普段は決して正面に立つことはないが同性の最上級生として健輔に気を配ってくれていたのだ。

 言葉の裏から感じる隆志の思いに答えるためにも今は激情を飲み込む。


「声がするな、健輔」

「大丈夫、です。心配はさせません」


 外から賑やかな女性たちの声が聞こえる。真由美たちが帰ってきたのだ。

 心配性な相棒を含めてチームメイトに無用な不安を感じさせないためにも今はいつも通りの仮面を付ける。

 シルエットモードと要領は同じなのだ、失敗はしない。

 勢いよく開けられた扉に苦笑しながら健輔は出迎えの言葉を発するのだった。


「お疲れ様です。すいません、最後まで抗せないで」


 申し訳なさそうに謝る後輩に真由美は気にしていないと笑い返す。

 兄と2人でいる様子を見るに何かがあったことは察するがそこに踏み込むことはなかった。

 親しい間柄でも知らなくて良いことはあるのだ。

 相手の全てを知りたいなどと言うのは本人の我儘に過ぎない。


「気にしなくていいよ? 健ちゃんが引きつけてくれたおかげで、こっちもうまく本陣を襲えたしね。少しだけ注文を付けるなら、ああいう場合は全力で交戦するよりも余裕を見せて欲しかったってところかな」

「余裕、ですか?」

「そ、最後に撃墜されるにしても落ち方ってやつでその後がいろいろ変るからさ。健ちゃんもそういうことを気にしないといけない感じになったみたいだし」


 1番最初に警戒対象に上がるのは優香だと思っていたが能力に反して優香はあまり活躍出来ていない。

 むしろ、ある程度最初から警戒されていたためか少し反応が鈍い分、健輔に反動がいったと考えるべきかもしれなかった。

 

「……なるほど。そういうのもあるんですね」

「私も最初からこんな感じだったわけじゃないしね。お兄ちゃんとか相談するといいと思うよ。健ちゃんは私よりもそっちの方が向いてるから」

「ありがとうございます」

「いいよ。今までよく頑張ってくれたもん。少年よ、大志を抱けってね。まだまだ上があるってことだから気落ちしないでね?」

「はい!」


 ようやく『らしい』顔を見せた後輩に安堵する。

 気付かれないように隆志に視線を送ると向こうも目で反応を返してきた。

 問題になるほどではないがよう観察と言った程度、隆志の態度や先ほどの健輔の言動からそのように判断しておく。

 細かいところは後で話し合いであった。

 表には思考の一切を出さずにいつもの笑顔のまま、真由美は反省会をスタートする。


「みんな、ごめんね? じゃあ、今日の振り返りをここで簡単にやったら着替えて……そうだね。うん、2時間後に部室に集合で。授業がある子はそのまま行っていいよ。無い子は先に軽くやっちゃおうか」

『はい!』

「いい返事です! じゃあ、まずは優香ちゃんから――」


 チームの頼れるリーダー、近藤真由美。

 彼女は見えないところにもきちんと力を入れているのだった。

 中盤を乗り越えていよいよ文化祭という時期。

 この時期は慣れからくる問題や疲れから生まれる問題などと多くの課題が生じる時期でもある。

 よって、文化祭に向けてリラックスしているように見えて、過去最大級に気を張っている真由美なのだった。






「迂闊だったというべきなのか。健輔の警戒され具合が予想以上だな」

「……あー、健ちゃん落ち込んでたしねー。こういうのは気持ちの問題であって理屈とかなんか関係ないからね」

「今までがうまくいきすぎだったのよ。予定通りというか、このままなら余程のことがなければ世界戦は固いしね」

「そこが問題でもある。昔から言うだろう? 「好事魔多し」だ。勝って兜の緒を締めよでもいいがな」


 夜、4人以外の姿が見えぬ部室で最上級生たちがここまでの総括を行っていた。

 特に中心となっている話題は健輔の脅威度の変化についてだ。

 今までは特に強くはないし、積極的に討つのはめんどくさいという評価だったのが、桜香撃破により残してはいけないに変化したのだ。

 この空気の変化を誰も感知できなかった。

 彼らはそこを問題としていた。

 今や『クォークオブフェイト』は優勝候補筆頭なのだ。

 今までと同じ対応をされると思う方がどうかしている。


「なんだかんだで私たちも浮かれてたかなー。はぁ……へこむよ……」

「俺たちを『アマテラス』と同レベルの脅威として考えられるのは困るんだがな」

「それは傍から見てもわからんよ。私たちはある程度の余裕を持って勝利をしたように外からは見えるからな」

「うわ、あそこと評価を競るの? 運営部はきちんと公正に見てくれるだろうけど、そこまでとは思ってなかったわね」

「桜香ちゃんの存在感が大きすぎたからこそ、だよね。最強を打ち破ったのが問題だったみたい……。ぶっちゃけ、思考停止の面も多いけどね」


 ブランドに弱い日本人というべきか。

 大多数の魔導師が初めから桜香に勝てると思っていないのだ。

 いや、正確には勝とうと思うやつが少なすぎる、だろうか。

 桜香は確かに強い、圧倒的なのも事実である。

 しかし、人間でありどれほど強くても同一ルール上にいる以上打倒は可能なのだ。

 桜香を打ち破れる可能性を持つチームは真由美たち以外にもそこそこいる。


「他のチームで勝てそうなのは『天空の焔』、あとはあれだな、『シューティングスターズ』か。『明星のかけら』も何か切り札があるんだろうが」


 桜香を打ち破る方法は基本を極めている彼女を上回る応用をぶつけることだ。

 彼女のステータスで対応できないものならば案外と勝ちを拾える。

 ハンナたち『シューティングスターズ』は現在の『アマテラス』には8割程度の勝率があるだろう。

 真由美たちは無敗を貫いたがこれは真由美がいる前提での成果である。

 均一された質の高火力チーム、前衛には世界最高峰の防御力を持つ魔導師までいるのだ。

 アメリカ第2位のチームは伊達ではない。

 もっとも、それは敗北する前までの桜香であれば、と前提がついてしまうのだが。


「桜香ちゃんの事はとりあえず、世界戦までは考えなくていいから、後回しにしよう。それよりも後半戦の方が問題だよ」

「残りの強敵は……『賢者連合』、『スサノオ』、『暗黒の盟約』だったな」

「『スサノオ』は相性が良く、『暗黒の盟約』は私たちと同じタイプ。となると『賢者連合』か? 幾分、めんどくさい部分があるのは」

「『スサノオ』も甘くみたらダメでしょう? あそこ、弱くはないわよ」


 『賢者連合』はバックスが主体となっている珍しいチームである。

 バックス系とされている技能で戦闘を進めてくるのだ。

 トリッキーなスタイルだが、莉理子の支援を受けた立夏があれだけ強かったように弱いチームではない。

 『スサノオ』は『ツクヨミ』とは真逆の方向に進んだ少数精鋭チームだ。

 最低登録人数12名を毎年ギリギリの人数で登録してくる古豪である。

 厳しい訓練を潜り抜けているだけあって、個々の錬度は国内どころか世界でも最高峰だろう。

 弱点として、今代はエース不在により爆発力に欠けていること。

 大きくレベルアップしたリーダーなどが存在しており、2つ名も持っているのだが固有能力が存在していなかった。

 2つ名持ちの中でも固有能力を持っていない魔導師はそこそこの数存在する。

 『明星のかけら』が在籍するエースのほとんどが固有能力を持たないエースだ。

 持っていないから弱いわけではないが、爆発力に欠けてしまう。

 『明星のかけら』は莉理子の存在によりそこを補えているが、残念なことに、そして真由美たちには幸いなことに『スサノオ』にそんなものは存在しない。

 

「あーだこーだと言っても始まらないしな。まずは直近の『賢者連合』対策を進めよう。結局私たちに上から構えている余裕なんてない」

「そうだねー。健ちゃん周りも結局は自分で解決してもらわないとダメだし。……はぁ、リーダーも大変だよ」

「そこまで責任を感じる必要はないからな? とりあえず、健輔は俺が対応しよう。何、あれで冷静な奴だ。1度落ち着いてしまえば問題ないよ」

「莉理子から分捕った術式もあるからな。あいつはまだまだ伸びる」


 成長の余地がまだ大量に残っている健輔はそちらに集中させてしまえば余計な事は考えなくなる。

 試合の趨勢というよりも個々のメンタルケアがここから先は重要になるのだから、些細な兆候も逃さないようにしないといけなかった。


「優香ちゃんは妃里がお願いね? あの子もそろそろもう一個上に行って欲しいし」

「了解、あんたも手伝いなさいよ?」

「わかってるよー。さなえんは美咲ちゃんを」

「ああ、あいつも1年の要だからな。何より私の弟子2号なんだ、きちんとやるよ」

「圭吾君は和哉君といい感じみたいだし、大丈夫かな? あれは将来、お兄ちゃんポジションだね」

「圭吾は周囲に気を配れる。あれであの4人は俺たちに似ているよ」

「……そっか。なんか、こう変な感じだね、自分たちが作ったものが手を離れていく感じって」


 矢継ぎ早に指示を出していた真由美が照れ臭そうにそんなことを言い出した。

 『クォークオブフェイト』の生みの親たるこの4人の付き合いもそこそこ長いものとなっている。

 『アマテラス』を飛び出して1年、今年ようやく本格稼働したチームが今や国内トップを爆走しているのだ。

 真由美がらしくないことを言い出すのも当たり前なのかもしれない。


「今更か? 大分前から制御など出来ていなかっただろうに」


 隆志は呆れた顔で妹にダメ出しを行う。


「むー、そういうこととは違うんだよ! お兄ちゃんはデリカシーがないなー。そんなんじゃ彼女も出来ないよ!」

「そうか、俺よりもお前が嫁に行けるのかということの方が問題だと思うがな」

「私は……! だ、大丈夫だよ? こ、告白だって、さ、されたことあるしー」


 脱線を始めた話題を契機に部屋に明るい空気が満ちていく。

 真由美の態度を早奈恵がからかい、妃里が諌め隆志がそれを見守っている。

 変わらない部室の光景。

 しかし、それを見るのも後半年程度しかないのだ。

 変わらないように見えて、世の中は確かに変わっていく。

 自分たちがこの学園で学んだ3年間がどのような形で残るのか、それをついて少しだけ思いを馳せる隆志だった。


 10月は終わりに入り、11月が顔を出す。

 祭りの時期はもうすぐそこに。

 それは大会が後半戦に突入することも意味するのだった。


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