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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第108話

 その日は特に変わったところはなかった。

 いつも通りの朝、優香に挨拶して駅に向かい、そこでクラウディアと合流する。

 ここ最近の朝の風景と何ら変わりないものだったのだ。

 着替えて、練習フィールドに出るまでは。


「どうしたの? そんなお化けが出たみたいな顔して」

「ご、ごめんなさい。姉さんが突然……そ、その……」

「……これはすごい事になりましたね。流石です、師匠」


 早朝にも関わらず幽霊と対面したような顔で固まっている健輔にタイプの違う3人の美女が順々に声を掛ける。

 話し掛けられた幸せな男は許容量を超える情報を処理したことでフリーズしていた。

 同級生の2人の美少女は構わないのだ。

 問題がないわけではないがもう慣れている。

 最近、明るく可愛くなったと評判の大和撫子――九条優香。

 何故かドヤ顔で胸を張っている金髪美少女――クラウディア。

 ここだけでも割と手一杯なのにもう1人いるのだ、そして彼女が問題だった。

 優香とよく似た容姿をしながら全体的に豊満になっている母性的な美女――九条桜香。

 国内最強の魔導師が笑顔でいかにも待っていましたという体でここにいるのだ。

 健輔は大凡の要件を察しつつ、無駄な抵抗を試みる。


「つかぬ事をお聞きしますが、何用でしょうか?」


 ばっちり準備されている戦闘服を見ないようにして、一縷の望みをかけて健輔は尋ねてみる。

 コスプレです、とかいう儚い答えを期待して。

 しかし、


「何って、練習をしてるんでしょう? 混ぜてもらおうと思って」

「どこに最大のライバルチームのエースと仲良く練習するチームがあるんすか!? おかしいでしょ!」

「そうなの? そこのクラウディアちゃんも敵だったと思うんだけど」

「事情が違いますよ! 下手しなくても桜香さんの『アマテラス』とはもう1回戦うでしょう!」


 惚けているのか、それとも素なのかわからないが桜香の回答に激しいツッコみを入れる。

 恥ずかしそうな優香とクエスチョンマークが張り付いているクラウディアと仲間が何の役にも立たない悲しい状況で健輔は奮闘した。

 桜香と戦闘訓練をして癖を見抜かれてしまったら流石に勝てない。

 そもそも情報不足だったからこそ勝てたのに、そこを抜かれたら勝てないのは当然である。

 健輔も敵情視察ぐらいはしてくるとは思っていたがここまでアグレッシブだとは考えてもみなかった。

 狙ってやっているなら大したものだが、優香とよく似た顔には困惑した表情が浮かんでいる。

 本気で練習しに来ただけの可能性もあるのが厄介だった。

 仮にそうだった場合、年上の女性を意味不明に怒鳴っただけの鬼畜な男になるだけである。


「と、とにかく、ちょっと待ってください!」

「え、ええ、別に構わないけど」


 こういう時は上司、つまりは真由美に仕事を振り分けるべきだった。

 既に健輔が対処できるレベルを軽く超過している。


「『陽炎』文面は頼む」

『了解しました。マスターは聞き取りを続けて下さい』

「おう、頼んだぜ!」


 救援を頼んで桜香に事情を説明する。

 納得してくれることを祈りながら、真由美からの連絡を待つのだった。






 戦いが終わって落ち着いたところで改めて九条桜香について考えてみる。

 成績優秀、容姿端麗、戦闘技能においても日本どころか世界で5本の指に入る屈指の能力の持ち主だ。

 妹の優香も併せてまさに才色兼備の天才姉妹とそう言って良いだろう。

 健輔は節穴揃いだと思っているがその点においては、優香のファンなどと意見が揃う。

 優香も現段階では桜香に劣るものの潜在能力決して負けていない。

 それは両者と戦ったことのある健輔だけが断言できることだった。


「はあああ!」

「たあッ!!」


 2人の試合を見守りながら健輔は思う。

 どうして勝てたんだ。

 勝利した要因を振り返ってみると奇跡に奇跡が積み重なっていた。

 1つは桜香が慣れていない戦いに引き摺り込んだこと、もう1つは単純に運だった。

 戦いの初期で落ちるのが普通な程に桜香は隔絶している。

 魔導吸収能力が任意発動のため、砲撃という弱点を持ってはいるがそれでも大した穴ではない。

 健輔が穴を拡大するように戦い、結果的にうまくいったからこその勝利だった。


「とんでもない……」

「優香とはタイプが違うからな。どっちかというと桜香さんはお前に似ているかな」

「……確かに、これならあの『女神』に勝ったのも嘘ではないですね」


 姉妹である2人よりも優香のライバルともいえるクラウディアの方が桜香に似ていた。

 根幹部分に互いに力押し、つまり正道の戦略を置いている。

 健輔の考えとしては、自分のような戦い方は邪道も良いところだった。

 やれるのならば何も考えずに能力でごり押せるのは悪いことではない。

 

「クラウはスピードに弱点を抱えている。それに対して桜香さんにはそういうものはない」

「単純に強いから、単純に戦闘すると負けてしまう。ひどい話です」

「勝負に乗った時点で負けてるとか反則だよな」

「ええ、よく勝てたものです。私では勝利への道は描けませんね」

「俺だって書いてないよ。偶々、うまくいっただけだ」

「謙遜ですね。謙虚なのは美徳ですが、過ぎるといらぬ恨みを買いますよ」


 クラウディアの忠告は正しいが今回は聞き入れるつもりはなかった。

 健輔としては自分を卑下するわけではないが下においておかないと不安なのだ。

 今はまだ、上だけを見ておきたいのである。


「終わりますね」

「そうだな」


 桜香が挑む喜びを知らなかったように、健輔も追い抜かれる恐怖をまだ知らない。

 強くなってしまったことで生まれる不都合もあるのだから。

 だからこそ、健輔は今はまだそのことについて考えないのだった。


「お疲れ様です」

「ありがとう。優香もお疲れ様」

「はい、姉さんもお疲れ様でした」


 真由美へのヘルプは通じたが寝起きのだったため不機嫌な返答が来た。

 曰く、「もう自分で判断出来るだろうから好きにしなさい」だった。

 まさかの展開にいくらか狼狽したが、なんとか踏み止まり優香の模擬戦を提案した。

 2人が予想以上に乗り気だったため、あっさりと成立した試合は優香の敗北で幕を閉じることになった。

 

「さて、次はどうしますか?」


 桜香の笑顔で催促に健輔は詰まる。

 優香との模擬戦は時間稼ぎに過ぎず、未だ脅威は去っていない。

 救援がない以上、自分で考えなければならなかった。

 

「では、私が」

「あら……、ええ、いいわよ。変換系の力見せてもらいます」


 試合をまだ行っていないのにやる気満々の2人。

 他チームのことだがやっていいのか心配極まりなかった。

 

「お、おい」

「大丈夫ですよ。こちらは許可がありますから」

「こっちは元々、私が方針を決めるから問題ないわ」

「じゃ、じゃあ、先に2人からで」


 不安で死にそうな健輔を放って女性陣2人はやる気満々だった。

 どうしてこんなに戦闘意欲旺盛なんだ、と愚痴りならが健輔は準備を進める。

 そんな彼には目を向けず、クラウディアと桜香は闘志を熱く燃え上がらせていた。




 クラウディアにとってこの試合は渡りに船というべきものだった。

 彼女の目標たる欧州の『女神』、彼女が負けたという相手を直に知ることが出来る絶好の機会なのだから。

 ミーハーではないが些か軽い気持ちだったのは間違いない。

 健輔の実力をよく知っているからこそ彼に敗北した桜香を過小評価してしまったのだ。

 ――私ならばもっとうまくやれる。

 そんな思いが心のどこかにあったのは否定出来ない。


「ぁ……。ど、どうして!」


 逆だったのだ。

 桜香から勝利をもぎ取れるのは正統派に強いものではない。

 クラウディアの『雷』は強い。

 変換系の特性を生かしたそれは遠距離・近距離を僅か1系統で補える程に強力だ。

 単一戦力として計算した時、健輔など足元に及ばない。

 小技まで身に着けた彼女を打倒出来るものの方が珍しいだろう。

 それは疑いようのない事実だ。


「お、重いッ」

「あなたは軽いですよ」


 桜香の何気ない1撃がクラウディアに必殺の威力を持っている。

 過剰な火力など桜香には何も意味がない。

 魔力吸収能力は任意発動のため、絶対無敵の盾というわけではないがただ放つだけの雷撃など餌にしかならなかった。

 

「あまり良い言い方ではないかもしれませんが、正直あなたぐらいのは見飽きてますよ」

「なっ!? み、見飽きているって……」

「ええ、葵くらいには伸びるでしょうね。1流という領域には間違いなくきます。でも、そのまま成長してもそれだけです」


 淡々と事実を読み上げるように桜香は語る。

 クラディアのプライドをズタズタにする行為だ。

 しかし、彼女は何故か耳を離せなかった。

 そして、桜香はクラウディアが目を逸らしている決定的な事を突きつける。


「そも、変換系は早晩陳腐化するでしょう? ましてや、雷なんて1番の的じゃないですか」

「――ふ、ふざけるなあああああああ!」


 桜香が自覚的に言ったにしろ、無自覚にしろクラウディアの自信、長所を大したことがないと一刀両断する発言であった。

 激高したクラウディアの攻撃は激しさを増して、桜香に襲い掛かる。

 

「ふむ」


 ベテラン魔導師でも1撃で葬る攻撃を冷静に見つめて、大したことがないものを見つめるように溜息をつく。

 クラウディアの連撃を柳に風との如く受け流し、桜香は動作の繋ぎで無造作にカウンターを入れる。

 1撃――桜香が攻撃に転じただけでクラウディアはあっさりと敗北を喫するのだった。


「先ほどの続きですが」


 試合のケリはついたがまだ話は終わっていなかった。

 桜香はクラウディアが目を逸らしていることを容赦なく突きつける。

 そこを超えないと彼女は桜香には勝てない、と。


「変換系はあくまでも1系統の1つです。必ず皆が使いこなせるようになる。現にあなたは古巣の『ヴァルキュリア』に天敵がいるでしょう? 『水』属性の使い手が」

「――知ってるんですね」

「優香の友達がここで腐るのを見るのは忍びないですから。私を負かした相手の弟子でもあるみたいですしね」


 試合中の冷たい表情は消えて優しい視線を向けてくる。

 変換系を主軸としてクラウディアの問題点、属性攻撃は明確な弱点も浮き彫りになることだ。

 桜香クラスならば創造系でほぼ完封出来る。

 今回の試合もやろうと思えば組み合うことすら許さなかった。


「早く次の切り札に手を出すといいですよ。幸い戦友は私よりも恵まれているようですから。アメリカの彼は私も遠慮したい人ですからね」

「……ありがとうございました。ただ、途中の発言は本当に腹が立ちましたよ」

「何がです?」

「……なるほど、悪い意味でも優香の姉ですね」


 規格外、その言葉を意味を理解してこれ以上の理解を放棄する。

 この相手の思考を読んで最後は押し切った健輔には崇拝の念すら湧いてきそうだった。

 ――九条桜香は化け物。

 香奈子の言葉に強く共感する。

 努力をこうまで嘲笑う才能は世の中を馬鹿にしているようなものだ。

 優香の世間慣れしていないような性格にも得心がいく。

 こんな身内がいたら聖人になるか、コンプレックスを抱えて生きていくしかないだろう。

 姉妹ならばなおさらに。

 友人のこれまでを思い、もう少し優しくしようと思い直すのだった。




 2人のやり取りは聞こえないが健輔から見ても鳥肌が立つ試合だった。

 試合が終わってからまだ1週間にも満たない期間しか経っていない。

 桜香が敗北を喫してから己を鍛え上げる時間などなかったはずである。

 

「もう……あれだけ、強くなってるのか」

「……姉さんはそういう人ですから」


 心構え、気持ちにより自分が持ち得る力以上のものを出すことはある。

 健輔にも覚えがあるし、周りにもそういう人物は存在した。

 しかし、平均的な実力はそんな簡単には上がらない。

 最大値が精神力で上昇しても平均値は変わらずであるのが普通だ。

 なのに、僅かな心境の変化だけで九条桜香は強くなっていた。

 

「世界戦の時を想像も出来ないな……」

「そうですか?」

「へ?」

「健輔さんらしくないですよ? 最近、自分以外の方を過剰に評価しすぎです。冷静に客観的に物事を洞察するのが健輔さんじゃないですか」

「優香……」


 優香が決着を付ける形ではなかったが既に姉との思いは清算したのだろう。

 穏やかな優香の表情がそのことを健輔に教えてくれる。

 確かに勝利はしたが、世界の壁を再確認して必要以上に自分を卑下していたのは否めない。

 九条桜香が成長するように、佐藤健輔も成長するのだ。

 もはや完成に近い彼女と未だに空白だらけの健輔。

 どちらに余裕があるのかなど論ずるまでもない。


「1人で勝ったわけじゃなかったもんな」

「今度は1人でも勝ってみせる、ですよね?」


 優香には珍しい笑いを含んだ物言いだった。

 健輔が優香をわかっているように、優香も健輔を理解している。

 優香から見て健輔は挑戦する側の人間である。

 いつまでも、諦めることなく挑み続けていく。

 そんな健輔の後姿を優香は尊敬していた。

 

「あまり気負わずにいきましょう? 私の姉ですから、あの人は」

「はは、なるほどな。確かにお前の姉だよ」


 妙に納得したと笑う健輔と不思議そうな優香、噛み合っているようで噛み合っていないそんな2人の関係は今までよりも少しだけ深くなっていく。

 大会の狭間の一時の凪は嵐のような桜香によって少しだけ慌ただしい空気を感じさせるのだった。


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