第10話
早朝の澄んだ空気の中、空を切り裂くように飛ぶ巨大な影が2つ。
2人が共に行動するようになってから行われるようになった日課の模擬戦。
健輔は優香の高いレベルに目を奪われながらも、負けない戦いを行えていた。
「っは、きついな……」
攻撃を上手くいなして姿勢を持ち直す。
洗練された魔力の流れは一ヶ月前とは全てが隔絶した能力を誇っていた。
見間違えるような戦闘機動を持って健輔は背後から迫る優香に戦闘を挑む。
「くっ」
『佐藤健輔――残りライフ50%』
管制AIの機械音声が耳に入る。
己の不甲斐なさに怒りが湧くが、とりあえずそれは脇に置いておく。
元々系統的に不利な面もあるのだ。
1対1で本職の前衛に機動戦を仕掛ける。
しかも、相手は高機動型の魔導師
己の行動だが、無謀な事をよく毎日のようにやっていられるなと健輔はほとほと感心していた。
朝だけでも毎日1戦、午後も含めればどれだけ負けたのかは考えたくもない。
朝の連敗記録だけでも2ケタはあるだろう。
ここまで負け続けると逆にすっきりするのだから不思議なものである。
もっとも、負けることを受け入れられるのかは別問題ではあった。
「今日こそ、勝たせてもらう!」
真由美との戦闘や実際に使ってみての感覚から高機動型というのが思っていたよりもずっと脆いということが健輔にもわかってきていた。
硬く見えているのは純粋に優香の技量の高さによるものであり、脆いということは間違いないのだ。
今日までは彼女の戦闘機動を身を持って知るために、あえて同じ系統などで対峙してきたのだが、おかげで大凡の感覚は掴めた。
後は、奇襲がうまくいくかにかかっている。
たった1勝のためにいくつもの敗戦を重ねたのだ、ここで取り戻さないと大損である。
「そろそろ、何か仕掛けてきそうですね」
そして、その前のめりの態度から優香は相手が動こうとしている事を感じてしまう。
攻め気が強いのも問題があるという事でもあった。
態度から何かを目論んでいると見破られてしまったのだ。
毎朝の試合で優香の機動を学習しようとしていた事を優香はしっかりと気付いていた。
実際、健輔の意欲は本人は隠しているつもりでも態度からはまったく隠せていなかったのだ。
優香でなくても余程の朴念仁でなければ気付く可能性は十分にある。
そう見せかけて油断させようとしている可能性もあるため、気を抜くような事はなかったが、結果としてそれは杞憂で済んでいた。
「……佐藤さんの気勢を上手く制すれば」
万能系という系統を含めて、健輔は割と突飛な行動が多い。
戦闘中に気を抜けない相手という意味でなら、優香はかなりのレベルで健輔を警戒していた。
以前のように基礎動作に粗さがあった頃は余裕もあったのだが、最近は全般的に動作精度が上がってきていることも試合の疲労感を増大させるのに一役買っている。
健輔が優香といた時間はそのまま優香が健輔といた時間になるため、お互いに相手への理解が深まったことが原因だった。
接する密度の上昇がそのまま、試合内容の高度化にダイレクトに跳ね返っているのだ。
だからこそ、健輔が何かをしようとしていることはあっさりと優香に見抜かれてしまったのである。
この辺りはまだ両者に存在する歴然としてレベル差が原因でもあった。
健輔は優香の行動を覚えるのに手一杯だったが、優香はその先を見る余裕があったのだ。
しかし、以前程の圧倒的な差が失われたのもまた事実である。
主導権などを渡すのは危険だと、優香が認識する程度には健輔は強くなっていた。
「私も、あなたから色々学ばせていただきました」
健輔が攻撃に移るのとほぼ同じタイミング、僅かに優香が先行する形で彼女は前に出る
「そんな簡単には、負けてはあげません!!」
優香が攻勢に出たタイミングは完全に彼の出鼻を挫くものであった。
気勢をそがれた健輔は主導権を持って行かれたままの状態で賭けに出ることを強いられる。
当初の予定とは少し違うことに戸惑うも、混乱した状態はマズイと素早く判断、そのまま前に出る事を選択。
正直なところ、選り好みしていられる程の余裕は健輔にはなかった。
「そっちから来るなら!! モードチェンジ、ガンナーモード!」
健輔の系統が真由美と同じになり魔導機が砲撃形態に移行する。
ここからやることは単純だった。
「その形態で突撃!? まさか、自爆!」
優香の声を無視して健輔は無言で行動する。
攻撃のタイミングを優香に読まれているとは微塵も思っていなかった。
しかし、あそこまで完璧なタイミングで気勢を削がれてしまえば、読まれている事はわかる。
ならば、行動が読まれていると理解した上で戦えば良い話であった。
「今更、遅い!」
砲撃をチャージした状態で零距離攻撃を仕掛ける。
本来想定していたものはもう少しスマートだったのだが、今は仕方がなかった。
このやり方だと自分も結構なダメージを負うことになる。
それでも優香に主導権を持っていかれてしまっているよりは良い。
咄嗟の決断ではあったが健輔の判断は悪くなかった。
「くっ、障壁展開!」
「それぐらいッ!」
優香は健輔の突撃を障壁で受け止められるが、そこまで詰めてしまえば健輔の目的は既に達成されていた。
圧縮した魔力を開放して障壁ごと消し飛ばす。
「いっけーー!!」
轟音が周囲に響き渡り閃光が視界を奪う。
『佐藤健輔――残りライフ40%。九条優香――残りライフ30%』
「よっしゃ!!」
ほぼ健輔の狙い通りに言った。
ガンナーモードは真由美を模した系統の組み合わせである。
持ち味は高火力、高耐久、ちょうど優香とは真逆の形だった。
完全防御特化型の組み合わせには一歩譲るとはいえ、高機動型の優香に防御力で負けるほど脆くはない。
かつてのように無傷で試合を終えるという屈辱はなんとか避けられた。
後はこのまま勝利すれば良いだけである。
「はは、上手くいった!」
この時、狙い通りにいったことで健輔は知らず気を抜いていた。
戦場とは常に相手が存在している。
健輔に何かしらの思惑があったように、優香にも何らかの思惑がある事を健輔が考えておくべきだった。
健輔が読まれている前提で突撃を掛けたのと同じように、優香も自爆を織り込み済みで対処してくることくらい思いついてしかるべきだったのだ。
「油断大敵ですよ、佐藤さん」
「へ?」
背後から穏やかな調子で声を掛けられた時にはもう遅く。
健輔は障壁を張る余裕もない程の凄まじい連撃を食らい、
『佐藤健輔、撃墜判定。九条優香の勝利、試合を終了します』
連敗記録にもう1つ黒星を追加する破目になるのだった。
「これで、15連敗か……。ちゃんと勝てるようになるのは一体いつになるやら」
試合終了後、着替えのために優香と別れた健輔は今までの試合について思い返していた。
「大分マシにはなったけど……。まだまだ先は長いな……」
最近は戦闘、と呼べる体を成すぐらいには健輔の基礎動作も習熟している。
春先や優香と初めて模擬戦をした時とは文字通り、格別の差があった。
成長はしているのだ、とはいえ問題が何もないわけではない。
まず第1に上げられるのは自爆率の高さだろう。
今回の試合に限らず決定打はいつも自爆。
気付いた時には息をするように自爆をするようになっていた
万能系は地力で劣る系統だと言われ、それを念頭に置いているとつい自爆してしまうのだ。
何せ自爆くらい前提にしていないと勝てない。
それぐらいには健輔と優香の間には大きな差があった。
「これで2つ名が『自爆王』とかになったら俺は泣くぞ」
悲観的な未来を考えていると優香が小走りで向かっているのが見える。
憂鬱な気分でパートナーを出迎えるのはよろしくないだろう。
意識を切り替えて健輔はいつも通りに優香を出迎える。
「すいません、お待たせしましたか?」
「いや、そんなに待ってないよ。早く授業に行こう」
「はい。あ、それよりも今日は授業中に寝たらダメですよ?」
「ぜ、善処します」
お互いに硬い雰囲気は崩れてきて、普通の会話も増えていた。
どんな時でも真面目な優香は健輔の授業態度を丁寧に指摘してくる。
それに頭が上がらず、誤魔化すのがここ最近のやり取りだった。
実力とは違い心の距離は少しずつ近づいている。
魔導の技術も少しずつ、確実に上達はしているのだ。
焦らずに、先輩たちだけでなく隣にいるパートナーからも必要なものを吸収すれば良い。
自分にそのように言い聞かせて、心を落ち着ける健輔であった。
昼休みに担任教師の呼び出しを受けてある物を受け取った健輔はその物体について、優香に尋ねていた。
「研究機関の案内ですか? 私も細かいことは知りませんけどこの学園では普通なことだと思いますよ」
健輔から研究機関について尋ねられた優香が彼女の知っている範囲で疑問に答える。
「そうなのか? でも、研究機関選んで何するんだよ、学生がさ」
「就職先の斡旋みたいなものでもありますし、非戦闘系の方々は、割と普通に提携してますよ」
「全然知らないんだけど、部長とかもどっかと提携してたりする?」
「はい、上位ランカーは多いですよ。私も声を掛けられたことがあります」
天祥学園は魔導技術の普及を担う学園である。
天祥学園を含んだこの魔導都市を構成する人工島の中には研究エリアが存在しており、そこには大小様々な研究機関が存在していた。
国に属する機関や企業に属する機関と様々なものがあるが基本的にやっていることにそれほどの差異はない。
各分野の魔導研究とそれに合わせた学生の支援である。
「提携していますと支援をいただけますし基本的にデメリットはないと思いますよ」
「支援? 例えばどんなものが?」
「詳しくは私も知らないのですが」
魔導機などもそうだが高価な機器が多かったりするため学費というのが天祥学園では高く付く。
そのため金銭的理由で学生が学べなくなるのを防ぐために学園も多数の支援策を用意しているのだ。
優秀な学生に対する支援機関の斡旋などもその1つだった。
魔導の研究を進めるには翻って、優秀な魔導師が必要である。
この提携は両者に対してメリット多く今では学園のスタンダードになっていた。
「簡単にですが私が知っていることとなるとこれぐらいになります。具体的なことは真由美さんか武居先輩の方が良いと思います」
「うへ、部長はともかく武居先輩は苦手だからな……。わかった、いろいろとありがとうな」
「いえ、あまりお役に立てず申し訳ありません」
後で真由美に聞いてみよう。
健輔はそう思い里奈のお手製の資料にメモを書き残しておくのだった。
午後の授業が終わり健輔が部室へ行くと珍しい人物がそこにはいた。
今日、優香との話題にちょうどよく出た人物である。
学園指定制服の上から白衣を着ていてメガネを掛けている女性。
高校生とは思えないほど小柄なロリ系少女であり外見からは真実小学生にしか見えない。
彼女の名前は武居早奈恵、チームの3年生最後の1人である。
健輔はあまり話した事のない先輩であり、どう接していいのかよくわからない人だった。
なまじ見た目が年下に見えるのも接しづらい理由なのだが1番の理由は別にある。
「なんだ、佐藤か。久しぶりだな、真由美に用事か?」
この外見に合わない口調と声だ。
どこから見ても小学生にしか見えないのに声だけは仕事が出来るキャリアウーマンなのだ。
目を閉じてさえいれば、ぴったりの口調と声なのだが、外見情報が入るとたちまちミスマッチな組み合わせに早変わりである。
あまりのギャップに健輔が迂闊なことを尋ねて大変な事になったのも、早奈恵を苦手とする理由の1つだった。
「まるで珍獣とでも遭遇したような顔をしているな? 何だお前、先輩である私に何か不満でもあるのか?」
「ま、まさかー、そんなわけないじゃないですか。せ、先輩こそ、今日は何か用事でもあるんですか? 今まで全然顔出してなかったですよね」
「相も変わらず顔に出やすい奴だな、お前。まあ、よかろう。もうすぐ公式戦の開始だからな。そろそろきちんと顔出ししておかないと、真由美に迷惑がかかる」
健輔から見てもわかるくらいに真由美と早奈恵は仲が良い。
隆志もそれを補足するような情報を話してくれた事がある。
性格が正反対だからこそ、親友なのかもしれないが親しみやすい真由美とは真逆の雰囲気は健輔には辛かった。
もう少し真由美のように接しやすい空気を出してくれ、と口から飛び出そうなのを必死に我慢する。
口は災いの元、健輔とて学習の1つぐらいはする。
「……おい」
「は、はい」
健輔的には隠せているつもりだったのが、早奈恵からは何かを耐えているような表情が丸わかりだった。
何やら余計なことを考えていそうな後輩を問い詰めてみようかと、早奈恵が1歩踏み出す。
この時、健輔にとっては運の良い事にあるものを彼は持ち込んでいた。
「うん? 佐藤、それは研究機関の案内か?」
「え、はい。そうですけど」
それだけで早奈恵は大方の理由を察したのか、口元に軽く弧を描きクールな笑みを作る。
外見とは似合っていないが、雰囲気とはかなりマッチングしていた。
「真由美のやつに詳しい内容を聞きに来たという事か、よかろう。ちょうど暇だったし私が変わって説明してやろう」
「げっ、マジすか……」
「なんだ、その反応は。まさか嫌だとでも言うつもりか、後輩よ」
「い、いやだなー。そんなわけないですよ!」
やりづらいです。
それが言えたらどれほど楽だろうか。
健輔は切実にこの空気を打破してくれる誰かを求めていた。
「……突いたのは私だが、些か顔に出過ぎではないか?」
妙に焦っている後輩を前に早奈恵は疑念を抱く。
入学した時はもうちょっと顔に出てなかったと思うのだがどうしてここまで顔に出るようになったのか。
仮に親友(真由美)がボコボコにしすぎたせいだったとしたら流石に罪悪感を感じる。
罪滅ぼしというわけではないが他の3人に比べて先輩らしいことも出来ていない。
ここいらで、1つ先輩として普通に接してやろうと、健輔の微妙に情けない態度に早奈恵は決断する。
丁寧にわかりやすく、早奈恵は噛み砕くように研究機関について話し出すのだった。
「おい、少しは落ち着け。話も出来ないだろうが」
「うっ、すんません」
一喝して、健輔を落ち着ける。
「まあ、話と言っても左程複雑ではない。九条の奴からもいくらかは聞いたのだろう?」
「はい。人材確保的なこと言ってましたけど」
優香の話を聞いた時に健輔が引っ掛かったのが、その部分である。
支援などはわかるが、確保に躍起になるのがよくわからなかったのだ。
健輔の疑問に早奈恵は笑って答える。
魔導師の確保と支援が直結する理由とは。
「簡単だ。強い魔導師、上位の魔導師というのは魔導競技の上位の事を指す。そして、優秀な奴らもそのまま、そいつらを指すのさ」
「へ?」
「意外か? 学問的に優秀な魔導師も常に欲しているが、それとは違う。オンリーワンの魔導師は実力の高い奴らなのさ。スポーツ選手だと思えばいい」
1部の魔導師が発現する特殊技能なども含めて、上位の魔導師は普通じゃ出来ない事が出来る。
彼らを確保するのは早い方が良い、そういう事だった。
下手に放置しておくと他の所に取られてしまうのだ。
魔導師の世間での評判や就職先などはまだまだ限られているが、同時に熱い分野でもある。
産業的には現段階でも十分にヤバイ領域に手を伸ばしているため、注目されていないわけではないのだ。
オンリーワンとなれば、欲しがるところはいくらでもあった。
「高等部から声をかけるのは?」
「大学部だと自分のやりたい事を固めている奴らが多いからな。戦闘行為がはっきりと目立つ2年生には魔導師は大抵進路の決めるのさ。今のお前には今一納得出来ないだろうがな」
「はぁ……」
「研究機関に協力したりと、な。大学部は各人割と自由に出来るからそこにはもう手が入っているのだよ。その上でお前に来たのはただの青田刈りだ。そこまで気にしなくて良いさ」
勉強塗れになりそうな単語ばかりだった。
健輔は顔を顰めるが予想した通りの反応だったのか早奈恵は笑いながら不安を消し飛ばしてくれる。
「安心しろ、こっちは魔導を使うだけでいいことも多い。お前さんの場合はほとんどがそれだろうよ」
「よかった……」
「あのなぁ、良いわけあるか。額面通りに捉えるな」
「はい?」
安心させてくれた次のタイミングで否定、意味がわからなかった。
健輔が理由を聞こうとすると、
「さなえんいるーー!! 久しぶり!」
「ああ、久しぶり真由美」
勢いよく入ってくる乱入者が現れるのだった。
「おりょ? 研究機関の案内? そういや、この辺りからだったっけ。ごめんよ、さなえん。手間を掛けちゃってさ」
「かわまんさ、まだ核心は説明してなかったしな」
嵐のごとき乱入で健輔は置いてけぼり状態となっていたが、場が落ち着くと真由美の方から話題に乗ってくれる。
ちょうど良いというか、
「核心って何ですか?」
「そんなに難しいことじゃないよー、選んだ研究機関の援助が便利ってだけだから」
「機械のメーカーならば魔導機器、魔導陣の研究機関なら最新の魔導陣の提供とそんな感じになっているだけだ」
ゲームみたいな感じだ。
健輔の思ったことはそんなところである。
それよりもあまりにも手厚すぎるサポートの方が不思議だった。
どうして1学生にこれほどお金を掛けているのか、それがわからないのだ。
「どうしてこんなにお金掛けてるんですか? うまくいくかもわからないのに」
「早めに唾を付けてるだけかな。魔導師って絶対数そこまで多くないし、優秀な人はもっと少ないからね。一般企業に就職できないわけでもないし」
「提供も実質テストのようなものだ。そこまで深く考える必要はない。お前の場合は、魔導機器のメーカーでいいと思うがな」
「どうしてですか?」
「戦闘系のやつらはそれが1番多いからな、私らは専攻にあわせて決めたりするものだが、お前たちは自身の能力にあった武器が1番必要だろう?」
魔導機の能力とはレベルが高い領域になると重要になってくる。
僅かな差が決定的な要素になるためだ。
早奈恵が健輔に魔導機を進めたのは彼の特異な系統の能力を引き出す武具が必要だと考えたからである。
「後、勘違いしないように言っておくが普通はこんなに早く案内は来ないぞ」
「へ?」
「おそらく、1年でこんなに早く来てるやつはお前さんぐらいじゃないか? 九条ももう少ししたら来るだろうがな」
優香より早い、そのことに少し顔がにやつきそうになる。
するとぬるっと真由美の腕が伸びてきて健輔の頬を引っ張った。
「い、いひゃい! にゃんでひっぱるんでしゅか!?」
「ニヤニヤしないの! 実力というより系統で届いてるだけだよ? こんなので満足してたらダメなんだから!」
「わかってますよ! ちょっと浸るぐらいいいじゃないですか」
健輔だってそんなことはわかっている。
夢を見るぐらい許して欲しかった。
「情けないこと言わないの! 大丈夫だよ、必ず実力で選ばれるようになるからね」
「九条が来たら今日の本題について話すからそれまでは資料でも読んで待っておけ。安心しろ、きちんと私たちが相談に乗る」
「大山先生の資料から見ればいいと思うよー」
「はいはい、わかりましたよ」
健輔は真由美たちから少し離れて資料に集中する。
そんな健輔を見て笑い合った先輩たちは邪魔をしないように静かに部室を出て行く。
「さなえん、お疲れ様! いやー、まさか大学部の活動に駆り出されるとは思わなかったよ。この時期には帰ってきてくれてよかったかな」
「向こうも、それを込みで私を借り出したのだろう。簡単に隆志たちから聞いているが私はあの2人と組むという事だな」
「うん、それでお願いするね。割と予定がかつかつでね、今が7月頭でテスト期間まで2週間」
「公式戦までは3週間。なるほどな、つまり1週間である程度仕上げなければいけないわけだ」
廊下に出た2人は窓から外を見ながら今後の予定について話し合う。
内情を詳しく確認できたことで早奈恵は真由美が妙に焦っている理由がわかった。
長年の付き合いからか、早奈恵は真由美の僅かな焦りを節々から感じていた。
「前衛・後衛・バックスの3対3を仕込むわけだな。まあ、問題はないだろう。各々に対応する相手も、なるほどよく考えられている」
「優香ちゃんに妃里。健ちゃんと圭吾君」
「私と丸山と言うわけだな、だが丸山はバックスになるのだろう? 私でないのなら香奈が指導しているのか?」
想定していた質問だったのだろう、真由美はスラスラと答える。
「うん、香奈ちゃんにお願いしてるよ。他の子は夏に向けての準備をしてもらってるけどね。最初の試合は1年と3年でいくつもり」
「妥当なところだな。ふむ、状況は理解した。今日から始めていくことにしよう」
「お願いね! 相手役は私がするからそのつもりで来てくれていいよ」
「ああ、お前が冷や汗をかくレベルまで引き上げてやるよ」
真由美たちが準備を進め始めたように既に他のチームも行動を開始している。
九条桜香が属する天祥学園最強チーム『アマテラス』筆頭に国内にも強敵は数多く存在していた。
警戒してもしたりないぐらいである。
「強いチームはたくさんあるけど、必ず私たちが勝つよ」
「ああ、その通りだ」
自分の仲間を信じていると、迷いない顔で真由美は断言するのだった。