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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第107話

「いらっしゃいませ! ご主人様!」

「……すいません、間違えました」


 無言で部室の扉を閉めて、後ろにいる優香たちの方を見てみる。

 優香は困ったような笑顔を浮かべていて、圭吾は何かに耐えるように腹を押さえていた。

 美咲に至っては頭痛に耐えるかのように頭を抱えている。

 健輔も妙に居た堪れない気分だった。

 先ほどの光景が幻覚だったことに期待して、再度ノックをして扉を開けてみる。


「失礼します」

「バーン、逮捕しちゃうぞ!」


 銃を撃つような形を取った手をこちらに向けている。

 今度は警察の制服に着替えていた。

 美人婦警が可愛いらしいポーズを取る、これだけならば何も問題はない。

 真由美は美少女だし服装がダメなわけではないのだ。

 

「もー、ちゃんとリアクションしてよ!」

「す、すいません……」


 部室の中に入ると笑いすぎて撃沈した隆志らしき物体と疲れ果てた和哉が机に突っ伏していた。

 早奈恵の透き通った瞳からも何があったのか読み取れる。

 

「部長、もしかして」

「そうだよー。お兄ちゃんたちに先に見せたら大爆笑だったんだ。ひどいと思わない? 流石に女として傷つくんですけど!」

「俺らに男としての反応求めないで下さいよ……」

「えー、健ちゃん、優香ちゃんの魔導スーツには反応してたんじゃん」


 流れ弾も良いところの発言が優香に直撃する。

 顔を真っ赤にして伏せる様子は何も悪くないのに健輔に罪悪感を感じさせた。

 美咲の汚物を見るような視線が地味に心へダメージを与えてくる。

 

「か、勘弁してください……」

「ふーんだ、男の子なんで一皮むけばみんなむっつりじゃない。ほれほれー、もっと喜んでいいんだよ?」

「やめてやれ、健輔を殺したいのか」


 笑いに耐えながら隆志が助け舟を出してくれる。

 頼れる先輩に涙が出そうな健輔だった。


「お兄ちゃんは笑いすぎ!」

「兄が妹のコスプレで興奮する方が危険だろうが。何より、肉親のそんな姿はどれほどの美少女でも罰ゲームだ」

「ひ、ひどいっ。これでもクラスでは結構モテるんだよ」

「クラスでは猫を被ってるからな。半分はみ出ているが」

「さなえん、ばらさないで!」


 ターゲットを隆志が引き受けてくれたおかげで健輔は解放される。

 未だに真っ赤な顔の優香であるが触れないようにスルーする、自分から地雷原に突っ込む趣味は健輔にはない。

 美咲に対する弁解を考えるも事実であるため否定が難しかった。

 うまいこと忘れてくれることを祈りながら、目の前のバカ騒ぎが収まるのを待つのだった。


「諸君、『アマテラス』戦はご苦労だった」


 ようやく落ち着いた真由美が普通の制服に戻り、早奈恵が進行を取り仕切る。

 真由美は口を魔力で作られたテープのようなもので封印されており、発言を許されていない。

 真由美の大暴れっぷりを見た早奈恵の判断であった。

 このままだと話が進まないと見たのだろう。

 テンションの高い真由美をあっという間の早業で捕縛してしまった。

 その慣れた手際は若干悲しいもの感じさせる。


「まだ今月は2試合あるが油断などはないだろう? 学内最強に勝利した勢いを持ってこのまま全勝で世界大会まで制覇しよう」

「勝って兜の緒を締めよ、だ。言うまでもないが敵を舐めて負けるようなことになったら今まで勝ったチームに土下座ではすまんぞ」

「あんまり思いつめる必要とかもないけど忘れないでね? 文化祭を気持ち良く楽しむために勝ちましょう」

『はい!』


 3年生たちが言う通りである。

 何より撃破したチームたちともまだ当たる可能性はあるのだ。

 特に『アマテラス』とは間違いなく世界戦でもう1度当たることになるだろう。

 己の弱点を自覚した九条桜香は間違いなく依然よりも強くなる。

 どれほどの怪物になるのか、健輔には予想もできない。

 あれだけの才能が勝つことに全てを注ぐことになるのなら今の健輔では相手にならない。

 後3ヶ月の間にどれだけ己を高められるのか、そこに全てが掛かっていた。


「全員、良い表情をしているな。どこぞのリーダーのように浮かれすぎて周囲に迷惑を掛けないようにな」

「むー、ふー、はへふへおほ!!」

「何を言っているのやら……。我が妹はこんなに愉快なやつだったか?」

「何を言ってるのよ。前からこんなもんでしょう」

「ふー! ふふひー!」

「ああ、わかった剥がしてやるから暴れるな!」

「ぷはー、みんなしてひどいー! 私はみんなに文化祭の衣装を先に見せてあげたかっただけなのに!」


 頬を膨らませて怒る姿は可愛らしいものだったが実態を知っている部員には通じない。

 テンションが上がりすぎると葵よりも遥かにめんどくさい辺りが流石のチームリーダーであった。


「わかったから大人しくしていろ。『アマテラス』に勝ってテンションが上がるは理解できるがいきすぎだ。……はあ。すまんな、脱線して」

「今回言うことは特にない。文化祭まで気を緩めずに順当に進行して勝利しよう、それだけだな」

「文化祭は息抜きにちょうど良いイベントだ。1年生も存分に羽を伸ばしてくれ。ああ、私たちのコスプレ喫茶は来なくていいぞ。こいつがめんどくさい」

「えー、流石にそれは駄目だよー。さなえんもコスプレするからみんなちゃんと来ること。部長命令です!」

「行くのはいいけど絡まないで下さいよ」


 和哉の真由美を一刀両断する発言に衝撃を受けたのか泣き真似を始める。

 賑やかな先輩たちの様子に若干ついていけない健輔たち1年生であった。






「先輩たちがアグレッシブすぎると思わないか?」

「戦闘時には付いていける健輔がそんなことの言うのかい?」

「私たちからすると戦闘チームは全員いい空気を吸ってるように見えるわよ」


 テンションの高い反省会も終わり、今日は早めの解散となった。

 健輔たち4人は時間もちょうど良いため夕食を共に摂ることにした。

 時間がちょうど良い時はこういうことが間々ある。


「楽しい空気なんで私は好きですよ」

「真由美さんの矛先は優香には向かないからな」

「全力で被害がやってくる健輔が言うと違うね」

「魔導スーツをそういう目線で見るのって最低だと思うわ」

「そこはもう勘弁していただけないでしょうか……」


 美咲の冷たい視線も優香の恥ずかしそうな視線も等しく健輔には厳しい。

 特に優香がつらい、男の性としか言いようがないので勘弁して欲しかった。

 気持ちがわかる唯一の男は苦笑いで事態を静観する。

 誰だって藪蛇にはなりたくない、健輔も他人事ならば同じ選択をしただろう。

 それと恨まないかは別の問題だったが。


「真由美さんがあれだけテンション上げてるってことは文化祭ってのはそんなに面白いのか?」


 露骨な話題逸らしであったが多少無茶でもこの空気から逃れるためならば何でもよかった。

 

「そうだね。魔導の粋を凝らして文化的な側面をアピールするためのものだからね。野蛮っていうイメージを和らげるためにあれこれやるみたいだよ」

「……それに体育祭を併設したら意味なくない? 特に今回の……」

「あなたたちそんな鬼ごっこをやりたくないの? ちょっと怯えすぎじゃないかしら」

「お前はあの砲撃に狙われたことがないからわかんないんだよ! というか、俺、桜香さんからも狙われそうじゃん!」

「あっ……ご愁傷様」

「そ、その姉さんはそこまで戦闘好きでは……」


 優香が擁護するが戦闘時に発揮される無駄な観察眼はここでも活かされていた。

 健輔は桜香が割と二面性が強いことを見抜いていたのである。


「いいや、絶対来るね。あの人、今までほとんど地力で負けたことがないから目立たなかっただけだぜ。断言しても良い」

「そ、そうなんですか?」

「じゃなきゃ、負けた次の日には顔を出さないだろうよ。あれは再度の目標確認だな。……獲物を狩る目をしていた……」


 『皇帝』打倒に拘っていたのも逃した獲物だからだと考えれば辻褄は合う。

 優香がクールな外見に反して実は優しく家庭的なのだとしたら、桜香は優しげな外見に反してバリバリの肉食系だ。

 何がなんでも勝ちを狙ってくるだろう。

 

「ね、姉さんはそうじゃないと思うんです……」

「え? ああ、いや、別に陰湿さとかはない、ない。あの人はただ障害は必ず乗り越えるってタイプだけだよ」

「あ、それならわかります。姉さんは努力家だから」

「優香はお姉ちゃん大好きだもんねー」

「み、美咲っ」


 じゃれつく2人を意識的に視界から外して圭吾を見る。

 やれやれっと言った感じで首を振る様子を見て、健輔も肩を竦めるのだった。




「顔見せに行ってどうだったの?」

「ええ、優香も楽しそうだったし。――負けたことにもようやく整理もついたわ」

「そっか。私たちは必要?」

「うん、勝てないもの」

 

 亜希と桜香。

 同じ寮にいる2人は桜香の部屋で話し合いをしていた。

 話題は当然、先の試合についてである。

 桜香にとってあの試合は苦いものを感じさせた初めての試合だった。

 あれが初めての敗北ではない。

 チームに入りたての頃に1度、立夏に負けている。

 今まで、生きてきた中で無敗だったわけではないのだ。

 しかし、今回のは意味が違う。


「傲慢かもしれないけど、きちんと学んでから1番に慣れなかったことなんてなかったから」

「なってから負けたのは初めてだもんね」


 子どもの頃の閉じた世界なら経験がある人はいるだろう。

 特定コミュニティで頂点に立つことは難しくなく、さらには維持も容易い。

 幼少の頃の全能感とでも言うのか。

 これらは成長するにつれて自然と弱まっていく。

 大人になるとはそういうことなのだから、それは仕方ない。

 

「結局、私は子供だった。そういうことだと思うの」

「私たちはそれに付き合ったおバカさん?」

「ふふっ、保護者かしら」


 冗談めかして言っているが昨日は塞ぎ込んでいたのだ。

 表面は落ち着いているが未だに内面は混沌としている。

 何が悪かったのか、桜香にはわからなかったからだ。

 最善の努力と溢れんばかりの才能は彼女をただ只管に上に押し上げてきた。

 失敗からの立て直しは経験がまったくない。

 桜香でも初めてのことは戸惑うしかなかった。


「いい経験になったわ? 努力が報われるとは限らない。何より、強い方が勝つとは限らない。そんな当たり前のことを初めて体感したのがあの試合なのだから笑えるわよね」

「でも、これで本当に九条桜香は負けなくなるわ。絶対になれるように努力するのでしょう?」

「ええ、今度あのチーム『クォークオブフェイト』と戦うまで負けられなくなったもの」


 世界大会で今回の敗北分は必ず返す。

 桜香はそう決意していたし、そのために出来ることを始めるつもりだ。

 まずはチーム内の連携の見直しと個々にあった技能の習熟からだろう。

 幸いにも『アマテラス』のメンツは優秀である。

 自発性がないことに目を瞑れば、それ以外の全ては高水準だった。


「後は、優香も早く上に来てもらわないとダメね。健輔君も同じく」

「桜香?」

「お返しはちゃんとしないダメでしょう? クラウディアという子にもそうだけど、私はきちんと清算してから勝ちたいの。中途半端はいや」

「……ふ、ふふふ、ふふっ、欲求に素直になったのね」

「ええ、抑えるなんて勿体ないわ。全力でやらないと」


 自分だけでなく相手にも失礼だ、と桜香はそう言っているのだ。

 亜希も親友が何を考えているのかはわかったが、彼女にそれを止める意思はなかった。

 

「いつから始めるの?」

「明日にでも押しかけるわ。こういうのは早い方が良いもの」

「……あの男の子が頭を抱える様が目に浮かぶわね」

「男の甲斐性に期待しましょう。それに、ちゃんとメリットもあるじゃない」

「そうね。これからのために頑張りましょう」

「ええ、これからのために」

 

 1度沈んでも再び太陽は上る。

 今度はより激しく、より美しく輝くために。

 健輔の知らないところで桜香は彼を巻き込んで何かをしようと考えている。

 そんなことは露とも知らずに健輔は安らかな眠りに落ちていたのだった。


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