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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第102話

「凄い熱気ですね。一昨日の試合よりも緊張感が増してます」


 試合会場にやってきた『天空の焔』クラウディア・ブルームは爆発しそうな空気を感じ取った。

 一昨日の『魔導戦隊』との試合も凄かったが、今日はそれすらも上回る。

 注目度がそれだけ違うと言うことなのだろう。


「ん。事実上の頂上決戦だから……」


 香奈子も熱気に当てられたのか赤くなった頬を少し恥ずかしそうに隠して肯定する。

 可愛らしいリーダーの様子に『天空の焔』の面々が癒されていると、大きな歓声が上がった。


「始まりますか」

「ん、始まる。――国内の王者が、決まる」

「王者……不思議な感じですね」


 国内大会の1試合であることは間違いない。

 しかし、それでもこれは頂上決戦だった。


「頑張ってね。健輔、優香」


 友人たちの勝利を祈り、目を閉じる。

 彼らが最善の努力を重ねたことは彼女が1番良く知っている。

 その上で猶、桜香の強さは格が違うと断言できてしまうのが辛かった。


「ん……。いい試合になる、きっと――」


 香奈子の言葉は空気に融けて、実況のアナウンスが会場へ響き渡る。


『両チーム、準備はよろしいでしょうか! チーム『アマテラス』対『クォークオブフェイト』、これより始めたいと思います!』

『どちらも優勝候補の最有力チームです~。熱い試合となることでしょう~』

『それではカウントダウンを開始したいと思います!』

『3』


 両チーム、敵陣を見据えて静かに対峙する。


『2』


 『不滅の太陽』九条桜香は己が魔導機を握り締めて開始の時を待つ。


『1』


 誰1人例外なく漲る戦意を胸に持っていた。


『0!』


 試合開始の声が響く。

 国内大会の事実上の頂点を決める試合が今、始まった――




 先制したのは『クォークオブフェイト』だった。

 1発も通さないと言わんばかりの砲撃の群れが敵をフィールドごと粉砕せんと放たれる。

 3対1の状況をものともしない、『終わりなき凶星』の本領を見せつけていた。


「桜香あああ!!」

「この布陣は……」

 

 お互いに綺麗な援護攻撃からの突入だった。

 両者の前衛がお互いの陣の境目で激突を開始する。

 中央で大乱戦が始まり、後衛はお互いの砲撃を喰らい合う正面対決を挑む。

 『クォークオブフェイト』の偏った布陣とこの試合展開から何が望まれているのか、挑まれている当人はすぐさま理解した。


「なるほど、そうきますか」

「はあああ!」

「優香……!」


 中央では桜香対優香、葵、健輔の3対1となり、そのすぐそばでは妃里が亜希を、隆志が仁を拘束している。

 考えうる限り理想の状態で『クォークオブフェイト』は桜香とぶつかっていた。

 もはやこの段階に至っては小細工はほぼ存在しない。

 ここからは純粋に実力勝負となる。

 健輔の予想は合っていた。

 そう、ここからは純粋な実力こそが焦点となる。

 ならば、彼女を超えるような人物は日本には存在しない。

 そこは彼女の独壇場、たった1人のために誂えられた舞台なのだから。


「いきますよ」


 挨拶でもするかのような軽い呟き。

 事実としてそれは桜香にとって挨拶のようなものであった。

 挨拶の段階で致死に近いということに目を瞑れば、であるが。

 特に力を込めたわけでもなく無造作に振るわれた剣型の魔導機から健輔の全力砲撃に等しい魔導斬撃が放たれる。


「なっ!?」

「健輔さん!」


 反応が遅れた健輔を庇うように優香が攻撃との間に割り込む。


「っ、障壁全開!!」

『了解』


 8層展開された優香の障壁を接触段階で2層消し飛ばす。

 庇われた健輔は自身を守る優香に目もくれず、桜香を見る。

 咄嗟にカバーに入ってくれた優香におかげでダメージはなかった。

 しかし、そんなことよりもたった1つの動作教えた圧倒的なレベルの差の方が問題である。

 攻撃の意思すらそこには存在しなかった。

 挨拶、そう挨拶で健輔は撃墜されかけたのである。


「健輔さんッ!」

「ッ、わかってる!!」


 優香の声に怒鳴り返して、健輔は再度の戦闘機動に入る。

 呆然としている余裕などないのだ。

 2人が拘束されている間にも葵が交戦を開始しているのだから。

 そして、健輔は信じられない光景を見ることになる。


「葵さんまで……」

「そんな……」


 データから強いことは理解していたつもりだった。

 往々にしてあることだが所詮、『つもり』でしかなかったのだ。

 なんだかんだと言ってもエースたる葵に対する信頼感は抜群である。

 あの人ならなんとかしてくれる、そんな無形の信頼感をチーム全員が共有しているのは間違いない。

 だからこそ、彼女が簡単にあしらわれている光景は衝撃だった。


「っおらああああ!」

「甘い、力押しが私に利くとでも?」


 対人特化の葵の連撃を容易く受け流す。 

 美しい型を持つ桜香は表情を変化させることもなく、葵の必殺の拳を冷静に潰し続ける。

 そして、桜香は連撃の繋ぎ目、僅かな隙を見逃さない。


「起動、『(あま)(てらす)』」

『諾』

「健輔! 防御態勢!」

「っ! はい!!」


 葵の叫びに応じて全速で離脱を図る。

 構えられた魔導機に魔力がチャージされる光景、優香の『蒼い閃光』と同系統の術式であることは間違いない。


「薙ぎ払います! 術式起動『御座の曙光』」

『殲滅』

「俺たち狙いじゃない!?」


 必死に避けた健輔たちの遥か先、後方にいる真由美を狙っている。

 前衛から放たれた高出力の魔導砲撃が減衰しない。

 当然だ、桜香は5つの系統を使用出来る。

 その中には遠距離系があるのだ。

 彼女は前衛を好んでいるだけで後衛もやれる。

 このまま、むざむざと真由美のもとに行かせるわけにもいかない。


「撃たれる前に!」

『シルエットを選択』

「いっけー!!!!」


 真由美の砲撃を持って桜香を止めに入る。

 すると健輔が思うよりも遥かにあっさりと彼女は射線を真由美から健輔の攻撃に向けた。

 ブラフだったのか、それとも危険でも感じてくれたのか。

 相手の意図は読めないが安堵で一瞬であったが健輔は気を緩めてしまう。

 風を切る音が聞こえたのは奇跡に近かった。


「余所見する暇がありますか? 『天照』、系統融合、パワータイプ」

『諾』

『緊急回避、シルエットモードK』

「っお!!」


 間合いどこか懐に入られている。

 そのことに驚愕する暇もなく、健輔の体と陽炎は自然と状況に対応しようとしていた。

 桜香の一撃が来る前に健輔は和哉の能力を使い、魔力を大量に生み出す。

 2人の間に魔力が一気に生成されて、大きな爆発を起こした。

 詰められた距離からの半ば自爆に等しかったが撃墜とは変えられない。


『佐藤選手、ライフ70%!』


「『陽炎』ッ」

『ダメです。振り切れません』

「貰います」


 ほぼ自爆しながらの決死の離脱も桜香にダメージが入っていない。

 僅かに稼いだ距離を一瞬で詰めてくる桜香、無傷で追撃をかけてくる彼女に戦慄を禁じ得ない。

 煙の向こうから現れた美しき死の神はその刃を健輔に振り下ろそうとする。

 そして、それを防いだのは敵と似た容姿を持つ女神であった。


「健輔さんッ!」

「っ、すまん」

「優香ッ……、仕方ない」


 優香の双剣による連撃を桜香は捌き続ける。

 つい先ほどの葵があしらわれた光景の再現だった。

 ここまで戦闘を続けて息を切らすどころか、汗すら流していない。

 異様な身体能力の高さと総合的な戦闘能力の高さが両立している。

 おそらく、その原因は――


「固有能力か!」

『肯定します。登録能力、『系統融合』だと判断出来ます』

「ここまで強いのか」


 『系統融合能力』――彼女は普通の魔導師と違い、5つの系統を使用出来る。

 身体系・遠距離系・創造系・収束系・浸透系の5つだ。

 この融合能力は文字通り、自分の系統を融合させて各々の特徴を持った系統を使用出来るようになる能力だ。

 例えば、収束創造系――これは収束能力、魔力を活性化させながら創造能力を行使出来るようになる。

 それだけではない。

 融合して開いたスロットに彼女は新しく作った融合系統を配置出来る。

 わかりやすくいえば実質10系統を1人で使用できるようなものだった。

 さらには――


「呆けている暇はないですよ」

「姉さんッ!」

 

 桜香の体から魔力が噴出する。

 赤、青、黄、緑、白の5色を基本として様々な色の魔力が虹を描くかのように放出される。

 魔力の放出現象――桜香が所持する番外能力の1つがその姿を現した。


「解放、『魔力安定化能力(マジック・スタビライズ)』」


 優香のように外見の劇的な変化はない。

 彼女の、桜香の能力は自身を常に最高の状態で安定させる能力だ。

 それを完全に制御をしている彼女に劇的な変化は起こらない。


「もう1度です」


 桜香がつぶやくと同時に魔導機を健輔に向かって構える。

 充溢する魔力で何を行おうとしているのか。

 答えは簡単である。


「『(あま)(てらす)』」

『諾。再起動『御座の曙光』』


 2度目の大規模攻撃。

 太陽のごとき輝きを放つを魔力が魔導機に集う。


「消えなさい」


 袈裟切りに振り下ろされた魔導機から再度の攻撃が放たれる。

 優香の全力攻撃『蒼い閃光』、これに類似もしくは凌駕するものを連発出来る時点で桜香の能力が優香を超えているのは言うまでもない。

 だが、どれほど強力な攻撃であろうと種がわかってしまえば、そこまで問題にはならない。

 桜香の能力が桁外れに見えても魔導師のルールにはきちんと縛られているのだから。


「2度も同じ手が利くか!」

『シルエットモードT』

「消えろッ!!」


 放たれた魔力を破壊の拳で迎え撃つ。

 どれほど規模が大きくとも魔力である以上は破壊系からは逃れられない。

 これは魔導師として、絶対のルールである。

 

「よし!」

『警告、シルエットモードY』

「なッ!?」

「これに気付きますか」


 しかし、桜香とてそんなことは承知しているのだ。

 彼女にとっては『御座の曙光』ですらただの道具の1つに過ぎない。

 目くらましとして使えれば上等だと思っているのだ。


「見事な魔導機とセンスです。――でも、貰いましたよ!」

「まだだ!」


 光に紛れたのかいつの間にか接近していた桜香に背後を取られている。

 『陽炎』がなければ健輔は既に終わっていただろう。

 だが、気付けたとはいえ桜香は攻撃態勢に移っている。

 僅かに死期が伸びた、現状ではそれ以上の意味を持たない。


「ぐっ……」

「押し切る!!」

「ぬ、おおおおおお! 負けるか!」


 2本の剣でなんとか挟むような形で受け止めるが、桜香のパワーに押され始める。

 咄嗟に引き出したシルエットが妃里でなければもう終わっていた。


「ば、馬鹿力すぎる……」

「じょ、女性に対して、なん――っ、後ろ!」

「てりゃああああ! 無視、すんなあ!!」


 健輔の暴言に顔を赤くして反論しようとした時に、桜香は背後からの攻撃を察知する。

 背後からの葵の奇襲、完璧なタイミングのはずのそれを突如出現した魔力の壁が防ぐ。

 壁自体は葵が1撃で粉砕したが、桜香に対処のための時間を与えるには十分だった。


「相変わらず、おかしい反応速度ね!」

「葵も少しは落ち着いたと思ったのだけど、変わらないわね」


 健輔を左腕の魔導機で封じ、葵を右に生成した剣で捌く。

 身体系による肉体活性のレベルが高すぎるのだ。

 いや、それだけではない本人の基礎戦闘能力も桁が違う。

 見せつけられる格差、だが如何に桜香が強いとはいえ、2人を相手にした状態であり動きが止まっていた。

 その隙を優香が見逃すはずはない。

 

「『雪風』!」

『魔力チャージ完了、斬撃可能です』

「はあああああ!」


 優香が2人を抑えて動きが止まっている桜香に向かって魔導斬撃を放つ。

 避けることが出来ない状態での大火力、さらには、


「そこッ!!」

 

 斬撃を援護するように葵が反対側から攻撃を行う。

 今度こそ、見ている健輔もそう思ったのだ。

 

「障壁、展開」

『諾、『結界障壁』展開する』

「っ、か、硬い」


 葵の拳をなんなく受け止める障壁を桜香は展開する。

 それは結界の名にふさわしく桜香を覆うように全方位に展開されていた。

 優香の魔導斬撃でも傷1つ付けること敵わない。

 結界展開により、健輔も競り合いから結果的に解放される。

 再び状況はイーブンに戻った。

 健輔が僅かにダメージを受けているが現在は開戦前、睨み合っていた状態とさして変わらないだろう。

 違う事はただ1つ、健輔たちが正しく桜香の強さを認識したことである。


「つ、強い……」

「はぁ、はぁ……はぁ、これが姉さん……」

「変わりないようで安心したわ。それで、そろそろ本気でやってくれるのかしら?」


 結界の内部で瞑想するかのように目を瞑り静かに佇む桜香。

 これだけ圧倒されてもまだ彼女は本気ではない。

 後、最低でも固有能力を1つ所持しており、番外能力も優香の『オーバーリミット』相当のものがあるはずなのだ。


「ええ……」


 精神統一を終えたのか、底冷えするような感情を感じさせない声で桜香は問いに答える。

 ここに至り、どうして優香が一学期にクールな、言うならば冷たい感じだったのかをようやく理解した。

 桜香は普段物腰が穏やかで母性的だ。

 優香よりも女性らしいというのならば間違いないだろう。

 そんな女性が今、目の前で冷徹な戦士の如く冷たい表情を浮かべている。

 つまりは優香のイメージした桜香がこれだったのだ。


「このまま、このまま終わってたまるか!」


 己を奮い立たせる。

 一連の攻防から九条桜香の危険度はよくわかった。

 油断しない、慢心しない。

 彼女は誰が相手でも己の性能からもっとも適切なパターンを考える。

 先ほどの攻防に情報収集以上の意味はないのだ。

 その程度の攻撃で壊滅しかけたのだから誠に規格外の魔導師である。


「いくぞ!!」

『シルエットモードK』


 焼け石に水どころの話ではないが、支援する態勢だけは固めておく。

 和哉の能力ならば、どんな状況でも遅れだけは取らないはずだ。


「葵さん!!」

「わかってる!」

「いきます!」


 3人が戦意を奮い立たせて向かってるその様を冷たい瞳で見つめる桜香。

 先ほどまでの小手調べは終わり、ここからは本気の戦闘が始まる。


「『天照』、番外能力を発動します」

『諾、術式展開』


 『魔力安定化能力(マジック・スタビライズ)』により最高域をつまり100%を維持した状態からさらに上限を引き上げる。

 優香の『オーバーリミット』相当の能力、『過剰魔力圧縮能力(オーバー・カウント)』である。

 違いは1つ、収束系統の魔力を集める能力に特化した優香ものに対して彼女のは魔力を圧縮する、つまりは攻撃力を無限に高めれるということだ。

 100%の魔力域のまま、彼女は圧倒的な魔力を込めた刃で高速で移動して攻撃を行う。

 桜香の基本スタイルはただそれだけである。

 そして、それだけで学園最強だった。


「参ります」


 武神が呟く。

 冷たい瞳はこの中で1番厄介な人物を見つめていた。


「私、狙いね!」


 葵の勘が危急を察知する。

 桜香に狙われるということ自体が既に危険であるが、明確な戦意が彼女に向かってきているのを感じたのだ。

 心のどこかが悲鳴を上げたがそれを無視して葵は笑みを浮かべて迎え討つ

 その意気は良かったが、精神論だけでは現実は覆らない。

 

「早い!?」

「遅い」

 

 葵が戦意を掴んでから迎撃に入るまでの間で彼女は既に懐に入りこんでいた。

 僅かに漏れ出る虹色の魔力、両手で構えた剣は既に攻撃態勢に入っている。

 魔力を高めて、葵は迎撃を試みる。

 しかし――


「拳を剣でッ!」

「はッ!」


 葵の攻撃を意に反さず、むしろそのまま倍返しにする勢いで拳ごと粉砕する。

 あまりにも華麗な撃墜劇、あの葵が手も足も出ていない。

 葵の攻撃に対して、さらに上の攻撃力を持って迎撃するなど考えはしても普通は実行が出来ない。

 

「これが……」


 天祥学園、最強の魔導師――九条桜香。

 最強、その称号の意味を甘く見ていたかもしれない。

 健輔は自身の認識の甘さに唇を噛み切る。


「クソッ、クソおおおお!」


『藤田選手、ライフ30%! 桜香選手、3対1を物ともしていません!』

『両チーム、一歩も譲りませんが徐々に『クォークオブフェイト』が消耗しています~』


「ッ、姉さん!!」

「来なさい、優香」


 妹の挑戦に静かに応ずる桜香。

 優香の猛攻を涼しい顔で受け流す。

 連撃に次ぐ、連撃、最高のモチベーションを持って望んだこの試合にかつてのような恐怖を抱えた優香はいない。

 発揮しているパフォーマンスは最高だった。

 なのに――


「そ、そんな……っ、まだです! 『雪風』!!」

『フェイクモード起動』


 優香の得意コンボの幻影からの連続攻撃、最後に必殺技も加えればチーム内でも1、2を争う打撃力だ。

 近接戦の距離であることも併せて、簡単に対処できるものではない。

 だが、それすらも『不滅の太陽』には通じない。


「子供だましです」


 一瞬で本体の優香に狙いを定めて攻撃を加える。

 居場所を知られていた優香は声を上げる。


「ど、どうして!」

「魔力パターンの偽装と展開時の残像展開で本体位置を攪乱する。うまい方法だとは思うけど、()には見えるわ」

「っ……」


 優香の引き攣ったような顔は姉への恐怖だった。

 彼女の渾身をさも当然のように見破る。

 後は先ほどの葵との攻防をやり直すだけ、今度は外さないだろう。


「させるか!」

「ふふ、思い切りが良いですね」


 背後から接近していた健輔の攻撃をひらりと回避して、流れるように胴を薙ごうとする。

 健輔にこれを防ぐ手段はない。

 だから、彼は最初から諦めてきた。


「っおらああああ!」

「これは、なるほど」


 桜香は何かを悟ったのか攻撃を中断し、仕切り直しを図る。


「抜け目のない」


 桜香が攻撃をやめたのは、相手が自爆を考えていたからだ。

 結界障壁で防ぐことは出来たのだが、健輔が万能系であることを考えると万が一があり得る。

 それならば、最初からやり直せば良い。

 今無理をして倒さなくても倒せるのだから、それが彼女の判断だった。


「読まれた……」


 仕切り直しこそ出来たが健輔としてはむしろ自爆をしたかった。

 健輔の自爆で落とせるとは思わないが隙は出来たはずなのだ。

 後は残りの2人がなんとかしてくれると信じていた。


「クソっ」


 死角が存在しない。

 固く、早く、そして攻撃力が高い。

 残る1つの固有能力もひっぱり出さないといけないのに、前段階で詰まってしまっている。


「勝てるのか……」

「健輔さん」


 おそらく初めてだろう。

 試合の最中に相手の攻略法が浮かばず弱音を吐いた。

 実力云々ではなく心が折れようとしている。

 仕方がない、これだけ差があるのだから。

 彼女は別格だ、と心の柵を作ってしまえる程に圧倒的だ。

 対岸の火事だと思えば、どれほどの差があっても気にならなくなる。

 無難に祝福して終わりだ。


「ふざけるな」


 一瞬でもそんな思考が浮かんだことに腹が立つ。

 自分よりも下を見つめて何か偉大なことでもした気分になるのど御免こうむる。

 挑むのは常に上である。

 少なくとも、健輔はこの学園に入ってからはそのように進むのだと決めていた。


「葵さん、まだいけますね」

「当然。私を誰だと思ってるの」


 こちらを見ている桜香を睨みつける。

 最強の意味とその強さはわかった。

 しかし、倒せない相手ではないはずだ。


「あの涼しい顔を歪ませないと腹の虫が収まらない」

「奇遇ね。一発殴ってやりたいと私も思っていたところよ」

「あの……一応、姉ですので、お手柔らかにお願いします」


 悲壮な決意など似合わないだろう。

 やることは1つ。

 勝利するだけであった。

 圧倒的な強さの九条桜香に健輔たちは逆転の秘策を胸に立ち向かう。

 『不滅の太陽』を沈ませることが出来るのか、そこにこの試合の全てが掛かっているのだから。


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