第101話
『魔導戦隊』との戦いを終えて、翌日。
ミーティングを行う健輔たち『クォークオブフェイト』の面々。
昨日の勝利を喜ぶ空気は無く。
重苦しい沈黙が部室には満ちていた。
「みんな、昨日はお疲れ様。早速で悪いけど今日は本題から入るよ」
「明日の試合についてだ」
早奈恵が言葉少なに続きを引き継ぐ。
普段は笑顔と余裕を欠かさない真由美が真剣な表情でチームの面々を見ていた。
そんな真由美も含めて誰1人として笑顔を見せない。
次の相手がどれだけ強く、そして危険なのかがわかっているからだ。
しかし、そのことだけならここまで気を張ることはなかっただろう。
もう1つ、彼らが気を引き締めなければならないことがあるのだ。
「まずは1つ提案しておこう。――手を抜くつもりあるか?」
早奈恵の言葉に劇的な反応を見せたのは葵だった。
あからさまに表情が崩れる。
機嫌が急降下するなどというレベルではない。
葵は本気で怒っていた。
「で? ふざけたことを提案する理由はなんですか?」
冷静な口調だが普段の明るい様子など微塵も存在しない葵の発言。
理由が納得出来ないものなら無視する気満々なのは見て取れる。
「1つは世界戦のためかな。ここでわざわざ、全力を絞りつくして勝っても結局『アマテラス』とは世界戦で当たる可能性が大きいでしょ? 別にここは何がなんでも勝たないといいけない場面じゃないよ」
真由美の言葉は正しかった。
国内大会で無敗でも世界大会で一敗してしまったら優勝の夢は潰えるのだ。
ここで『アマテラス』を凌駕しても良いことなど何1つとしてない。
むしろ、下手に桜香を敗北させて強くなってしまったら目も当てられない、真由美はそう言いたいのだった。
理には適っている。
無様に、そして失礼にならない範囲で戦い、世界戦でリベンジすれば良い。
『魔導戦隊』に勝利したことでもはや敗北の可能性を感じさせるチームはほとんど存在していない。
『賢者連合』『スサノオ』『暗黒の盟約』、後半にあたるこの3チームも強敵ではあるが計算では高い確率で勝利出来る。
それならば、世界を見据えた戦略で行こうという安全策を否定出来るものはいなかった。
「お断りします」
否定は出来ない、しかし、拒否は出来る。
葵はまっすぐと真由美を認めて簡潔に意図を伝えて黙る。
「俺もそれはやりたくないです」
健輔も同じく真由美に否と叩き付ける。
隣に座る優香が驚いたように健輔を見つめる。
まっすぐと真由美を見つめるその瞳に優香は映っていない。
「理由は? そうだね。健ちゃんからどうぞ」
「ここで逃げたら決勝戦で勝ってもあまり意味がないでしょう? 言い方はあれですけど、ただ優勝したいだけなら真由美さんは『アマテラス』に残って桜香さんと組んでいればよかったんですから」
「……」
最高効率だけで消化していく試合など詰まらない。
ましてや、相手が強くなるかもしれないから勝ちたくないなどと真由美からは言ってほしくなかった。
「仮にここで勝って世界戦で負けても胸を張れますけど。ここでうまく負けて世界戦で勝っても楽しくないです」
「同感。そもそも、真由美さんがそんな賢いんだったら昨日の試合みたいな戦い方しないでしょう?」
ロマンは無駄なものかもしれないが同時に必要なものだった。
効率だけで進める人生は味気ないだろう。
「……ふふ、ふふふ」
真剣な顔をしていた真由美が急に笑い始める。
早奈恵や隆志、妃里も笑っていた。
重苦しい雰囲気はなくなり、穏やかな空気が流れ始める。
「まったく、誰に似たのかな? こんな脳筋だなんて」
「真由美さんです」
「真由美さん」
「え? え?」
「さて、では本当の本題を進めようか」
「ちょ、さなえん、スルーなの!?」
「今更だろう。致命傷どころか既に亡くなっている。さて、まずは先ほどまでの事だが選択肢としてはありだからな。念のため提示しただけだ」
「ここで降りるなどあり得ない。例え最後が厳しくなろうとも狙うは無敗での優勝だ。3年の総意だと思ってくれていい」
早奈恵と隆志の決意表明。
妃里も深く頷いていた。
目標を低く設定しまっては達成出来るものも達成出来なくなるだろう。
目指すのは常に頂点でなければならない。
「『アマテラス』戦のルールはベーシックだ。まずはここから説明する。普段はバランス良くチームを構成しているが今回は意図的に崩すぞ」
「……みんなしてスルーする……。はあ……あおちゃん、優香ちゃん、そして健ちゃんの3人で桜香ちゃんの相手をお願いするよ」
「仁は俺が、亜希は妃里が相手をする」
「そして、後衛の3人は真由美が1人で相手をする。援護する余裕など欠片も存在しないだろうから、各々で勝利しろよ?」
ベーシックルールと呼ばれている魔導競技の基本ルールは9対9の戦いだ。
この9人の内訳は自由に設定してよいことになっている。
普段の前衛3、後衛3、バックス3はバランスが良いからこそそうなっているのだ。
しかし、今回はその構成を大きく崩す。
前衛5、後衛1、バックス3で当たることになる。
理由は簡単だ、それぐらいしないと桜香を抑えられない。
龍輝との戦いでも近い状況になったが高レベルの万能者は3対1でも勝ちに来る。
桜香は間違いなく国内最強なのだ、動きにムラが多かった龍輝とは次元が違う。
「いけるな。3人とも」
『はい!』
「いい返事だね。指揮官は健ちゃん、メインはあおちゃんと優香の2枚看板で抑えてね」
「任せてください!」
「必ず」
全員の戦意は十分、やる気も漲っている。
だからこそ、確認しないといけないことがあった。
「じゃあ、桜香ちゃんの能力をお浚いしますか」
死角が何も見つからずとも、絶望的な強さであっても敵を知らないと倒す確率は0になってしまう。
神妙な様子の真由美に全員がしっかりと頷く。
「いい顔だよ、じゃあ、さなえんお願い」
「ああ、まずは桜香の通常時だが――」
放課後に開かれたミーティングはそのまま日が暮れるまで行われた。
勝負は明日。
国内最強の力を体感する日がやって来た。
『久しぶりね、あなたから電話があるとは思わなかった』
「そう、ですかね? 少しだけお話したいと思って」
いつからだったのか、優香が姉と話すことに後ろめたくなったのは――。
小学生の後半あたり、まだ日本本土にいたころは無邪気に姉を尊敬出来ていた。
母や父も分け隔てなく愛してくれたし、控えめに言っても幸せな人生を送っていたと言えるだろう。
優しい母に、厳しくも大らかな父、そして完璧な姉、理想の家族だったのは間違いない。
優香もその点に不満を持ったことなど1度としてなかった。
『……話って? 中学の時から少しずつ笑うことも減って心配してたのよ?』
「振り返ってみるとそうだった気がします。姉さんとも自然と距離を置いてましたし、気が付いたら友達もいなかったみたいで」
中学に入り、魔導を学ぶ姉を追いかけた。
争い事は苦手だったがそれ以上に夢に溢れている技術だと思ったからだ。
そこで徐々に、そして決定的に姉と亀裂が入るとは思ってもみなかった。
桜香からは優香に含むものは何もないだろう。
勝手に亀裂を入れたのは優香であり、非があるのも彼女だった。
余計に顔を合わせづらかったのはそのためだった。
今思い返せば、自分で自分を勝手に追い詰める被害妄想に過ぎなかったと判断できるのだから、不思議なものである。
「きっかけは……、大したことはなかったんです。入学して、姉さんの名前をいろんな人から聞いて、すごいなって。最初は本当にそれだけでした」
『そう……。うん、中学は私も目新しいことがいっぱいで楽しかったわ』
姉の名がいやになったのは、その後である。
優香が何をやっても必ず桜香の名が出てくる。
2つ名にしろ、何にしろ優香は桜香の劣化であり、後追いだった。
そして、桜香が何かをやったわけでもないのに嫌いになる自分に自己嫌悪を覚える。
後はこれの繰り返しであった。
気が付けば機械的に努力を繰り返して、姉と戦う道を選んでいた自分がいたのだ。
姉を追い越したいのか、見返したいのか、それすらもわからずに。
勝てば何かが変わると、根拠もなく優香は信じていたのだ。
変わったのは優香なのに、桜香に原因を求めても解決しないのは当たり前である。
「いろいろ勝手に思いつめて、姉さんには迷惑をかけました」
『ふふふ、そうね。あなたが番外能力を暴走させたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ。――どうして、一緒に見てあげなかったのかと後悔もした。私はあなたが思いつめているのをわかって、その上で放置を選んだんだもの』
桜香側から見れば優香の変化は一目瞭然だ。
姉である桜香にすれば優香の考えることなど百も承知である。
しかし、検討がついているからこそ何も言えなかったのだ。
嫉妬の対象、いや原因たる桜香に慰められることほど惨めなことはない。
桜香は妹にそんな残酷な仕打ちをすることは出来なかった。
「――ありがとうございます。見守ってくれたから、自分でここまで来れました」
『っ……。そう、そっか。もう、大丈夫なのね?』
「はい」
必要のない回り道だったかもしれないが結果として健輔やチームのメンバーと会えたのならきっとこれは正しいことだったのだ。
優香はそう確信している。
だからこそ、今度は正しく姉と向き合わねばならない。
たった1人の妹として、不滅であり続ける太陽に敗北を叩き付けるのだ。
『最強』なのは自分たちだと。
「明日、私たちは勝ちます。姉さんを落として、私たちが最強だと示すために」
『――ええ、楽しみにしてる。あなたとあなたの仲間たちと戦えるのを私は本当に楽しみにしてたんだから』
優香が1人の魔導師として桜香に宣戦布告を行う。
庇護された妹でもなく、嫉妬していた対象でもなく、超えるべき壁として1つの決着を付けたい。
姉妹の思いは同じだ。
「おやすみなさない。今度はよかったら一緒に食事でも。いいお店を知ってるんです」
『ふふっ、ええ、今度一緒に行きましょう。楽しみにしてるわ。――それじゃあ、また明日』
「はい、――また明日に。退屈だけはさせませんから」
電話を切って就寝の準備をする。
嫉妬の心もまだまだ残っているし、姉に対してのいろいろと混じった複雑な思いは残っていた。
だが、そんなもの気にしても仕方がない。
優香のパートナーもそれをひた隠しにして、頑張っている。
誰だって当たり前のように抱えている思い。
決して優香だけが特別ではない。
ならば、その戦いから背を向けることが間違っているのだ。
「おやすみなさい。明日は頑張りましょうね、――さん」
名前は出さずに電気を消して眠りに落ちる。
安心した子どものような寝顔は彼女のファンが見たら爆発すること間違いなしの美しいものだった。
「『陽炎』、切り札の術式だけは念入りに頼む」
『承知しています。完全な状態にしておきます』
「流石だな。昨日の試合もいい感じだったよ」
『マスターの要求を満たせているのならよかったです』
不確かなものだが、切り札を忍ばせておく。
相手の能力は全て把握した。
葵と優香がどこまで引き剥がしてくれるのかはわからないが、最後まで生き残っているのは間違いなく健輔だ。
ベーシックでは復活もないし、今回は交代を行う余裕もない。
前衛を受け持つ2人と支援を行う健輔ならば素の生存能力を加味してもまず間違いなく健輔が生き残る。
それは、健輔が桜香と決着を付ける可能性が高いということでもあった。
「明日は生存優先で頼む。ただ、最後は攻撃方向で組んでおいてくれるか」
『了解です。受けるよりも避ける方向で判断します』
「ああ、そっちで頼む」
シミュレーションは何度も行ってきた。
毎度のことだが勝てるかどうかはわからない。
「最強の魔導師……。でも」
国内最強、日本の頂点に立っているだけでも大したものだろう。
どんな小さなことであっても評価される、認めるられることは嬉しいものだ。
それが日本という大きな枠組みの中ならなおさらだろう。
健輔ならば喜びで飛び跳ねるに違いない。
彼は持たざるものだから、手に入れた時に必ずそうなる。
ならば、持っている九条桜香にとって、その称号はどれほどの価値があるというのか。
「きっと、大した価値がないんだろうな……」
努力はしているだろうが、そこに飢餓はない。
餓えるような、気が狂いそうになるほど悔しい思いはない。
彼女も敗北をしたことはあるはずだ。
今までの人生を無敗で生きてきたわけでないことはわかっている。
「努力すれば必ず手に入る才能か……。羨ましいような羨ましくないような」
結果がわからないからこそ楽しい。
最近、健輔はそう考えることが増えている。
あれこれ考えて未来に不安を感じるくらいなら、何も考えずに好きなことをするのも一つの方法だろう。
何より――
「誰にも負けないとか思っている天才に勝てたら楽しいに違いない」
優香のためという動機もあり、チームのためにも負けられない。
おまけでなんか気に入らない性格をしていそうだ。
3つも戦う要因があり、そのどれもが最高の理由だった。
シチュエーションとしては最高に近いだろう。
そこで澄まし顔の天才に敗北という泥を叩き付けるのだ。
「明日が楽しみだ」
疲労を残さぬためにも『陽炎』に指示だけ出して眠りにつく。
中盤戦を彩る最後の試合、対『アマテラス』がいよいよ幕を開ける。




