第98話
試合開始の合図が会場に響き渡り、同時に戦いの幕が上がった。
先に動いたのは『魔導戦隊』。
本来ならばある程度は戦いの行く末を見てから出てくるはずの彼らの切り札を初手で繰り出してくる。
そう、この戦いに様子見などという行動は存在しない。
「いくぞ! みんな!!」
『おう!』
星野勝の掛け声にチーム全員の心を合わせて『魔導戦隊』の切り札は顕現する。
勝から伸びた魔力のラインが1人1人と繋がり、全員の能力を1つのものとして統合していく。
固有能力『スキル・ジョイント』、それまでも中堅以上として名を連ねていた『魔導戦隊』を最上位まで押し上げた規格外の能力、その結晶が姿を現す。
『合体!』
激しい発光現象が起こり、視界が晴れた時には巨大なゴーレムが3体鎮座していた。
彼らが『魔導ロボ』と名付けている超巨大ゴーレム。
かつて、健輔がやっていたように内部に術者を封じることで攻防一体となるスケール感ならば間違いなく学園最大の連携技だった。
『いくぞ!』
『おう!』
見せ技のようにも見えるが勝の固有能力が合わさることで怪物的な戦力へと早変わりする。
50メートル近い体躯は通常のゴーレムの軽く倍はあり、その巨体に相応しい攻撃力と防御力を持っていた。
弱点は通常のゴーレムと同じ機動力に関するものがある。
また、攻撃方法が四肢を用いるものに限られるため、対応力などにも問題があり決して最強の技でもなければ、強力な物でもない。
――これがただの巨大ゴーレムならば、と注釈が入るが。
そう、『魔導戦隊』が生み出すこの合体ロボには彼らにしか出来ない特殊な能力が備わっているのだ。
「発動、『スキル・ジョイント』!!」
巨大なゴーレムを生み出し、内部に存在するだけならば別に勝の固有能力は必要ない。
彼の能力が真価を発揮するのはここからだった。
合体時に魔力的にリンクしたメンバー全員との繋がりを顕在化させ、3体のゴーレムに付与する。
これでゴーレムはいや、魔導ロボは一体につき、内部にいる魔導師全員の能力を使用する強力な魔導師に生まれ変わるのだ。
勝が存在する限り、脱落が起きようと能力の低下は起こらない。
魔導戦隊に所属する魔導師は多くが隆志や妃里レベルのベテラン魔導師レベルである。
勝自身も固有能力は優れている。だが、戦闘魔導師として見た時に真由美や桜香といった同じランク1桁のものと比べると見劣りするのも事実だった。
そう、彼らは個々はそこまで優秀なわけではないのだ。
しかし、『魔導ロボ』を呼び出せば話は別である。
『必殺、魔導カノン!!』
中央、3年生の魔導ロボが先制攻撃を仕掛ける。
外見はそれらしくなっている魔導ロボ、機械的な胸部から砲塔が生み出されて魔力のチャージを行う。
並みの魔導師を大きく凌駕するAランクの砲撃、しかも元の巨大さが人間の比ではない。
『発射!!』
放たれた混色の砲撃。
全員分の魔力であるため、各々の魔力光が混ざり鮮やかな虹色となっていた。
圧倒的な火力はまさに暴力だ。
正義のスーパーロボットを模したものが振るうにふさわしいかはともかくとして、力そのものは圧倒的だった。
『ツクヨミ』のメンバーでも正面からは殴り負けするだろう。
砲撃系の能力を15人全員が持っているわけではないがそれでも15人分の魔力は込められている。
普通に考えれば、ここで選ぶのは回避一択であり、それ以外の選択肢を取るなどありえないことだ。
――ここに彼女がいなければ。
「ぬるいよ」
虹色の砲撃を反対から放たれた真紅の暴虐が迎え撃つ。
1度は地に落ちてしまったがその輝きには1点の曇りも存在はしない。
特性故に赤木加奈子に一歩劣ろうが彼女は未だにランク第5位、世界『最強』の後衛魔導師、『終わりなき凶星』近藤真由美だった。
2つの光は互いを喰らい合い消え去る。
そして、真由美の攻撃がこの程度で終わるわけもなく、
「さあ、じゃんじゃんいくよ! バレット展開! 『羅睺』!」
『連続装填』
「ガトリングシュート!!」
チャージされた状態の魔力が砲塔に続けて装填される。
規格外の砲撃能力、彼女は単身で『魔導戦隊』3年生の渾身を上回る。
しかし、相手もそんなことは想定しているのだ。
ただ殴り負けるためにここにいるわけではない。
『全砲塔展開! いくぞ!!』
『チャージ完了、発射します!!』
巨大な魔導陣が生まれ、そこに小型の魔力弾を大量に打ち込む。
威力を数で補う戦法、真由美の砲撃とはいえ、15人分を纏めた障壁は1発で抜けない。
止まった状態で打ち合わなければ真由美でも厳しかった。
真由美を万全の状態で撃たせない、そのための弾幕戦法である。
わざわざ真由美の土台である砲撃戦を挑んだのも勝算があったからであり、無様に負けるためにではない。
『魔導戦隊』の魔弾の大半は真由美の砲撃に飲み込まれるが、思惑通り、生き延びた何発かが彼女を強襲する。
そして、『魔導戦隊』がただで相手の舞台に乗ったわけではないように真由美もただ乗せられたわけではなかった。
「やらせないわよ」
魔弾を一刀両断する騎士、秀麗な容姿を持つモデルのような美人、石山妃里。
真由美に背を向けて、前を見つめる姿に迷いはなく、自然体で佇んでいる。
妃里の役目は攻撃ではなく真由美の護衛。
真由美が砲撃に集中できるようにそれ以外の雑事を全て斬り払うのだ。
「……手強いわね。大丈夫なの? 真由美」
「誰に聞いているのかな?」
真由美は不敵な笑みでを妃里に向ける。
いつもと変わらない自身の顕示、それだけ見れば大丈夫そうに見えるのだが、
「そう、きついのね?」
「うぐ……。人のやせ我慢をあっさりとスルーする……」
長い付き合いである妃里に虚飾など通じない。
真由美を持ってしても流石に15人分を受け止めるのは至難の業だった。
ましてや相手は3年生、戦い慣れてもいた。
「長くなりそうね」
「どこまで粘れるかな……。最悪の事態も考えないとダメだから――」
「そんなに心配しないの。早奈恵、何発かは私が持つからタイミングをお願いね」
『ああ、任せてくれ』
「……ありがとう」
敵の中核戦力を2人で受け持つ彼女たち。
戦闘というよりも戦争という様相を見せている中央では殴り負けた方が落ちる我慢比べになっていた。
「ッおらあああああ!!」
葵は巨大な拳を真っ向から迎え撃つ。
中央に比べて細身で機敏な動きをしてくる右翼の2年生の魔導ロボ。
中央が重厚で全てに秀でた将軍型、とでも称するのならばこちらは機敏動作で相手を本翻弄する格闘型だった。
幾度かの交戦を経て膠着する1人と1体。
先に状況を崩そうと動いたのは『魔導戦隊』だった。
自身の周囲を飛び回る葵を鬱陶しく思ったのか、敵の体から激しい光が漏れ出てくる。
「葵、下がれ」
「りょーかい!」
周囲を消し飛ばすように放たれる魔力の本流、所謂ところの範囲攻撃だったが兆候を読み取った剛志に冷静に対処されてしまう。
魔導ロボの厄介なところは格闘型だから遠距離戦が出来ないなどと判断すると痛い目に合うところだ。
15人分の系統を纏めて使用しているため限りなく万能に近い。
他のロボがやっていることはこいつも出来るのである。
「詐欺めいた奴らだな」
「まったく、正義の味方なのに惑わしてくるとかどうなのよ」
「惑わしているつもりはないだろうよ。あれはロボット扱いなんだからな。1つの用途に特化している方がおかしいんだろうさ」
俊敏な動きと、スリムな体型という見た目で判断するようでは勝てない。
本質を見ろとでも言われているかのようだった。
「それにしても厄介だわ」
「そこは同感だな。珍しく意見が一致する」
格闘戦用のなりをしていても、葵が距離を取れば砲撃なども行ってくるようになる。
バトルスタイルがころころ変わる様は彼らの後輩を見ているようだった。
「健輔が居なかったらもうちょっと戸惑ったかな」
「ふ、そうかもしれんな」
軽口をたたき合いながらも彼らは1度も止まることなく敵の攻撃を捌いている。
2人の前衛は阿吽の呼吸で空という舞台を華麗に舞う。
無粋な乱入者となる魔力の群れも彼の拳の前では大人しい躾けられた犬のようになっていた。
「無為だ」
敵が放った魔導砲撃を一撃で消滅させる破壊の拳。
佐竹剛志の能力は藤田葵に劣るものではない。
系統故に通常の相手には遅れを取るが単調な純魔力的攻撃では彼に傷1つ付けることは不可能である。
何より、前衛2人は既に『魔導戦隊』の最大の弱点を見抜いていた。
相手の攻撃方法を近距離系にするために葵が接近を行う。
「ほらほら、私はこっちよー」
安い挑発に乗せられて、魔導ロボが拳を振り上げる。
魔導ロボと剛志、葵にだけ視点を向ければ優勢なのはロボ側だった。
しかし、この右翼にはまだ2人の魔導師が残っているのだ。
相手を釣りだした葵、そんな彼女の行動を補佐すべく潜んでいた2人も動き始める。
「真希、タイミングは任せる。俺は防御、お前は攻撃で牽制だ」
「りょうか~い。お任せあれってね」
真希は銃型の魔導機を構えて、狙いを済ませる。
魔導砲撃の一種であるそれに本来そんな工程は必要ない、しかし、それを持って構えを無駄な行為と称するのは早すぎる。
明確なイメージの投射によって精度や威力などが大幅に上昇することがあるのが魔導の真価の1つだ。
狙撃、相手の間隙を突き、一撃で仕留めるイメージを固めるために真希の行動は必要な儀式でもあった。
「ロボットは間接が弱点、って言わない?」
「ふっ、一応ゴーレムだぞ」
「ありゃ、そういやそうだったか」
軽口と同時に放たれる一撃。
貫通力と精度を上げるために時間はかかるがその分効果は絶大だ。
「ビンゴっ!」
真希が指を打ち鳴らすと彼女らの視界に右腕が落ちる敵が入る。
真希の一撃で負荷のかかった部分が破壊されたのだ。
そして、真希の親友はこのような絶好の機会を逃すことはない。
「ッえあああああああ!」
相手の混乱を突く、高速の突撃。
混乱している状態では激変する状況に対応できず、
「まずは1発!!」
障壁を貫き、敵の胴体に拳をめり込ませる。
大きく広がる罅が威力の大きさを示していた。
しかし、
「駄目だな」
「うわぁ、めんどくさい」
術者には届かない。
相手も強豪の一角、葵の攻撃により落ち着きを取り戻す。
懐には哀れな小物が一体。
自身の胴に叩き込むように拳が放ち、押しつぶす。
「ッぐ、舐めんな!!」
『吹き飛ばす!!』
相手のリーダーの声が響く。
葵が抑え込まれる胴体に魔力が集まる。
相手が何をしようとしているのか、葵にはわかる。
「こ、この、私ごとやるつもり!」
光り輝く胸部は相手の本気を示していた。
「ま、まず――」
『アホ、早く離脱しろ』
無数に表れた魔力球が葵を押さえつけている拳を攻撃することで、隙間を生み出す。
「てりゃああああ!」
渾身の力でなんとかその場からは逃げ出せた葵だったが、
『発射!!』
「ちッ! 障壁全開!!」
既に発射体制だった攻撃まではどうすることもできず、魔力の本流に飲み込まれる。
『藤田選手、ライフ80%! 最初のダメージは『クォークオブフェイト』です!』
『おお~、かっこいいわ~。ロボット好きなの~』
『え、そうだったの? って、す、すいません。一部不適切な声が入ったことをお詫びします』
大したダメージではなかったが、相手は既に胴体の修復を完了していた。
『おい、アホ、無事か?』
「うるさいわね。聞こえてるわよ」
少し煤けているが行動に問題はない。
それよりも問題は対戦相手のことである。
葵の拳を持ってしても、魔導ロボに致命傷を与えられなかった。
2年生で最大の火力は葵なのだ。
その葵でも正面からの突破不可能だった。
物理型の極北たる魔導ロボは伊達ではない、ということを知れたのが先ほどの戦闘の戦果となるだろうか。
『葵ー、あんまり無茶は駄目だよー。一応、今回は壁なんだからね』
「わかってるわよ、香奈。ちょっと試してみたかっただけ、本命は真希よ」
『そう思うんなら突撃しないの。香奈も私もはらはらしたんだから』
『そうだそうだー』
「ああ、もう、わかったから。切るわよ」
相手の耐久力を知れた良い威力偵察だったと自負しているが何故か味方からは不評だった。
自身の評価に納得いかないものを感じるも、葵はそれを飲み込んで己の役割を遂行する。
誰にでも噛み付く狂犬扱いされているが、相性の悪い相手まで己の我を通すほど向こう見ずでもないのだ。
「来るぞ」
「砲撃以外は私がやるから」
「わかっている」
今回は葵が主役ではなくチームで当たるものだ。
共同作業も嫌いではないし、偶には良いだろう。
いつも通りのリラックスした様子で葵は攻撃を迎え撃つのだった。
『ハエのように周りを飛ぶな!』
細身の巨人が叫び声をあげる。
隆志と圭吾、健輔と優香、前衛4名で構成されたチームは開幕と同時に突撃を敢行。
距離を詰めて接近戦に持ち込んでいた。
「高島、頼む」
「了解です!」
いくらある程度機敏に動けるとはいえ、周囲を飛び交う虫のごとき人物たちを簡単に捉えることは出来ない。
逆に動き回る巨人の足を圭吾が捉え、動けなくしてしまう。
『舐めるな!! 『グレイス』!』
『了解しました。系統選択『流動系』』
異変はすぐに起こった、それまで巨人を抑えていた糸が何事もなかったかのように消滅する。
「なっ」
『喰らえ!!』
ゴーレムの右腕が勢い良く打ち出される。
ロケットパンチ、大質量の一撃を圭吾に防ぐ術はない。
「させません!」
『ッ、『蒼い閃光』か』
割って入った優香が双剣から魔導斬撃を放つ。
高められた魔力と正面からぶつかった拳は勢いを失い、巨人のほうへと戻っていく。
しかし、
「おいおい、それをそのまま見送るわけないだろう。『陽炎』!」
『シルエットモードM』
「消し飛べ!」
『き、貴様ああ!』
「合体を見守るお約束というやつはテレビの中だけにしてくれ」
右腕に魔力砲撃が直撃し、ゴーレムの部分を吹き飛ばす。
巨人は内部の術者を守る鎧でもあるのだ。
これが消し飛ばされてしまえば、生身を晒すことになる。
再構築、この場合は再合体とでも言うべきか、今の『魔導戦隊』なら1年生でも30秒あれば済ませてしまえるだろう。
優香と隆志の2人がいなければ、無傷で元に戻るのも不可能ではなかった。
「貰います」
「後輩に負けてられんからな」
現実はそうではなく、緑色のユニフォームを着ていた右腕部分担当の魔導師は碌に抵抗することもできず、
『木佐貫選手、撃墜。『魔導戦隊』1人脱落です! 今回は両チーム復帰までは一律5分かかります! 片腕を失った左翼の魔導ロボ、このまま負けてしまうのか!!』
『あ~、片腕が~』
『っ、すまん! だが、まだまだ!『グレイス』!!』
『オプション・セレクト、『浸透系』』
失った右腕が再び復活する。
さらに、目を疑うような光景が彼らを襲う。
「これは、僕の!?」
圭吾の魔力糸による結界が今度はこちらに牙を剥く。
本家よりも技術的な粗さはあったが、操られる糸の威力、量では本家を軽く超えている。
浸透系や創造系が何人いるのかはわからないが、1人、2人ではないだろう。
技術的な粗さをステータスの優位性で相殺しているのだ。
他にも驚くべきところはある。
先ほどの会話から1年の指揮を執っているのはおそらく万能系の正秀院龍輝であろう。
流動系を応用して、圭吾の糸を解除しただけでなく、構成式を読み取ってコピーしたのだ。
「俺よりも術式構成は上か」
『肯定します。おそらく、先ほどの干渉で読み取ったのでしょう。そこから再構成したのではないかと』
「俺には無理だな」
健輔に出来る芸当ではなかった。
深い術式への理解と実践それがなくば不可能な技だ。
また、直接戦ったことで健輔は相手の万能系の使い方に察しがついた。
うすうす感じていたが健輔のように5つあるスロットを分けていない。
全てを1つの系統に束ねることで本家を上回る錬度を発揮している。
健輔と龍輝のはっきりとした違い、それは簡単だ。
「俺は1人用ってことか……」
『マスター、攻撃がきます』
荒れ狂う糸の群れが健輔を襲う。
冷静にそれを捌きながら、先の思考に結論を出す。
健輔は万能系をあくまでも1人の魔導師として戦うために使っている。
龍輝は違う、皆の力を借りて戦っているのだ。
1つの系統に万能系の全てをつぎ込めば相手の地力を上回るのも難しくない。
しかし、それは特化しすぎて弱点が多い、だからこそ仲間で補っている。
「くそったれ!」
自分が選ばなかった可能性は彼にとって眩しいものだった。
そうしていたら今よりも試合においては遥かに役に立っていたかもしれない。
脳裏によぎる言葉に頭を振る。
龍輝の選択を非難はしないし、健輔には健輔のやり方がある。
輝きに憧れた、自分もそうなりたいと思ったのだ。
輝きを彩るためでなく横に並び立つために選んだ道を後悔してはいけない。
「いろんな意味で癪に障るやつだな」
『マスター、落ち着いて下さい』
『ほざけ、貴様の凡夫な才能と俺の万能系を同じにするなよ!! 何より、我が朋友の力を舐めるな! 貴様に落とされた木佐貫の無念は晴らす!』
『主、落ち着いて下さい』
三者三様の戦場で立ち向かう人と巨人。
自分を鏡で映したような敵手に苛立ちを感じるも、勝利を狙うことは変わらない。
冷静にそして、確実に策を練り上げる。
お互いに様子見は終わった。
ここからが本番となるのだ。