第9話
彼女――九条優香の朝は早い。
『朝です! 朝です! 朝ですよー、朝です、朝です! 起きましょうー』
元気に部屋に鳴り響くキャラクター物の目覚まし時計。
およそ彼女の印象には似合わない小物だが、ここは間違いなく彼女の部屋だった。
ベットの中からすらっとした白魚のような腕が伸びて歌っていた目覚ましを優しく沈黙させる。
「おはよう、ございます。ミーちゃん」
嬉しそうにキャラクターの目覚まし時計に話しかけた後は、寝ぼけ眼の目をこすりながら顔を洗いに行く。
多くの人が寮監AIに頼む中、彼女は珍しくもアナログな目覚まし時計を使っていた。
自分を律するために行っているものだが、多分に趣味も含まれている。
目覚まし時計に限らず、部屋の至るところにはぬいぐるみと涼やかな外見に反して優香の部屋はかなりファンシーだった。
猫や犬、動物関係だけでなく無節操に集められたグッズは日常品にも及んでいる。
目を擦りながら、手に取った歯ブラシにもキャラクターが誂えてある辺り筋金入りの収集癖だった。
「……眠いです」
優香を知っている人間でも限られた人間しか、この趣味――キャラクターグッズ収集は知らない。
母親、後は姉を除けば真由美ぐらいしか知らないのだから、秘匿されているなどと言うレベルではなかった。
それだけ他者との交わりが少なく鉄壁のガードを天然で張っているということの証左でもあるのだが、彼女も人間なのだ。
趣味や好みの1つや2つはあって当然である。
ちなみにキャラの中でも特に猫をモチーフにしたものが大好きであり、先程のうるさい目覚まし時計はお気に入りの1つだった。
大好きなキャラクターに起こしてもらい、ご機嫌なテンションで身支度を行った後は10分間ほど瞑想をする。
朝の瞑想は魔力回路に良い影響があるという学説を読んでから習慣づけていた。
瞑想が終われば学校に向かい個人用のフィールドで軽くトレーニングを行う。
これまでの優香の朝は、毎日代わり映えのしない、そんなサイクルの繰り返しだったのである。
――そのサイクルにここ最近変化が訪れた。
時刻は午前5時半を過ぎたあたり、学校に向かう生徒は皆無である。
1限目の授業は7時半からで大きな行事があるわけでもない。
当然駅にはほとんど人がおらず、寒々しい空気を醸し出す。
少し前まで彼女が1人で毎日のように通り過ぎた光景であった。
しかし、ここ最近は彼女以外にももう1人別の人間の姿がある。
「おーす! 九条、おはようさん」
「おはようございます、佐藤さん」
優香のチームメイトにして、現在のパートナー佐藤健輔その人だった。
何故ここに健輔がいるのか、どうして2人で学校に通っているのか。
事の始まりは、2週間前。
健輔曰く『悪夢の3日間』を終えた日曜日のことだった。
健輔は精も根も尽き果て、燃え尽きたといった感じで地面に横たわる。
優香も普段なら見せないであろう余裕のない表情であり、流石に疲労を隠せなかった。
そんな後輩2人を尻目にニコニコ笑顔の真由美はまったく疲れた様子を見せない。
三者三様の体をなしている。
そんな練習フィールドの片隅に近づく人影があった。
真由美の同級生で健輔たちのチームに属する3年生の1人――石山妃里である。
金髪で175㎝の長身を持つモデルのような美人だ。
派手な外見に反して、面度見も良く成績も学年上位の優等生で割とぶっ飛んだ思考をする真由美の外付け良識回路みたいな人物である。
もっとも、バリバリの前衛であり怒らせると真由美ですら止められないというチームの隠れた実力者でもあった。
「うわ……、優香ちゃん込みでこんな襤褸雑巾みたいになってる……。相変わらず容赦ないわね、真由美」
「そうかな? 私的にはもうちょっと厳しい方が良かったかなって思ってたんだけど」
「健輔をあの世にでも送る気なの? あの根性だけはあるやつが、陸に打ち上げられた魚みたいになってるのよ。たまにピクピク震えてるのが物悲しい感じだし」
「大げさだよー、障壁なしで砲撃を2時間くらい避け続けただけだよ? 直撃しても気つけしてもう1回初めからってだけだったし」
うわっと、嫌そうな顔をした妃里は後輩たちに視線を送る。
燃え尽きている2人を見ながら、一言。
「嬉しいのはわかったからいい加減にしなさい」
「あいた! ひっどーい、途中でちょっとは反省したから加減したんだよ、これでもさ!」
抗議の声を上げる親友に大きく溜息を吐く。
普段はそこそこ聡明な彼女らのリーダーも実態としては高校3年生なのだ。
浮かれて失敗することもあれば、加減を間違える事もあった。
そこを補うのが妃里たちの役割だったが、今は全員が相応に忙しく1年生の面倒を任せ切ってしまっている・
その辺りが真由美の暴走を許していたのだ。
「言い訳は私じゃなくて、早奈恵の方にしなさい。健輔はいくら叩いても復活するでしょうけど、葵辺りは怒るわよ?」
「ぐっ、あおちゃんの名前を出すなんて卑怯だよ……」
「春には2人で仲良く健輔をボコボコにしてたでしょうが。いい加減にしておきなさい。体に叩き込むのもいいけど、そろそろ次のステップでしょう? 後、今回はやりすぎよ」
「……はーい」
妃里は再度、大きく溜息を吐く。
魔導のおかげで風邪を引く確率は低いとはいえ、このまま2人を放置するわけにはいかない。
暇そうな2年生たちへ連絡を送り、2人の回収を頼んでおき、真由美を連行して部室に戻るのだった。
妃里は健輔たちの回収を終えて部室に戻ってくる。
ノックをしてから扉を開けると、そこには男性が1人で待ち受けていた。
「おかえり、どうだった?」
「言ってた通りね。ハイテンションな真由美の練習を受けて、2人とも撃墜ね」
「ふむ、やはりか」
呆れたように溜息を吐いて、隆志は肩を竦めた。
妃里はそんなチームの安全弁を苦笑いを浮かべて労う。
「あなたはちゃんとしてたと思うわよ? 練習としても無意味な訳じゃないしね」
「普通の人間は休みなく砲撃を叩き込まれれば、トラウマの1つや2つは生まれるからな。佐藤が頑丈でよかった、そう思うべきだろうよ」
「そうね。健輔にはいい経験になったと思うわ」
多少過剰に隆志が反応している面もあるが、それは仕方ない事だろう。
やりすぎて再起不能、などというのは誰にとっても不幸な事だった。
「悪かったな、石山。真由美の後始末をお願いして」
「それは別にいいわよ。ただ、私をそのださい名字で呼ぶなって毎回言ってるわよね? あんた、直す気あるの?」
「ないな。まあ、冗談はここまでにしよう。妃里、お前から見てあの2人はどうだ?」
隆志の飄々とした態度に僅かな苛立ちを感じる。
しかし、妃里も隆志と出会って3年経つ。
ここで怒って無駄な時間を消費するような事はなかった。
「いい仕上がりだったと思うわよ。私は高島君たちを見てたから言えるけど、あの2人よりも相性が良いみたいね。健輔は優香ちゃんのことを良く見てて、優香ちゃんは健輔とはやりやすそうな感じだったわ」
「妃里が言うなら、間違いないか。正直、真由美の奴は一旦気に入ると客観的に見ることが出来なくなるからな。特に今は浮かれ過ぎてて信用できん」
2人して妙に大きな声で会話、おまけに棒読みのような感じの言い方だった。
そこを補強するかのように、部室に返ってきたもう1人が会話に参加する。
「2人して、ひどいなー。このチームのリーダーは私だよ? もう少し信じてほしいところかな」
好き放題言われて我慢できなくなったのか。
少し頬を膨らませながら、真由美は2人に反論する。
「信じてるさ、だがそれと無条件に賛美するかは別の話だろ?」
「普段ならともかく、テンション高いあんたはちょっとね……」
同じような感じで真由美に応じる2人、苦笑している本人も少しばかり自覚がある。
今は1人欠けている状態だが、3年間1度も変わらずに行われてきたやりとりであった。
この3人に後1人――武居早奈恵を加えた4人がこのチーム『クォークオブフェイト』の最上級生となる。
意味は『運命の巡りあわせ』、もしくは『運命のイタズラ』、真由美の思いが籠められたチーム名だった。
いつもと変わらないメンバーに頬を膨らませるも、穏やかな調子で真由美は切り出す。
「いろいろと聞きたいことや、言いたいことはあるんだけど。とりあえず、先に圭吾君と美咲ちゃんの方について聞いても大丈夫かな?」
「早奈恵が美咲ちゃんに付っきりでいろいろと教えてたんだけど、あの子は間違いなく伸びるって言ってたわ。早奈恵と専攻が違うのにあの子の話についていけるって時点で想像以上じゃないかしら」
「へぇー、さなえんは確か魔導陣が専攻だったよね? 大学部の転送陣の研究に参加してたから、バリバリの実力者なんだけどなー。美咲ちゃんも予想より凄そうな感じですな」
真由美は予想を超えられることが嬉しくてたまらないと笑顔を零す。
変わらぬリーダーの様子に妃里と隆志は視線を交わし、肩を竦めあう。
そんな2人の様子に気付いていないのか、真由美は残った1人、圭吾について妃里に尋ねた。
真由美は健輔と優香の練習を見ているように、美咲と圭吾の2人は別の3年生が担当している。
事前の話し合いで大まかな方向性などは決めていたが。細かい経緯は聞いてみないとわからない。
健輔と優香も思っていたよりも大いなる可能性を感じさせてくれた事が真由美にそんな思いを与えていた。
「圭吾くんは? 面白い使い方してるって聞いたけどどうなの?」
「発想は悪くないな。平均レベルで見れば十分に伸びると思うぞ。地味だが、便利な能力でもある」
「へー、それは直接見るのが楽しみかな。ふむふむ、どっちも問題ないみたいだし、そろそろ次の段階にいきたいと思うんだけど、2人共そっちはお願いしてもいいかな?」
「わかったわ。じゃあ、私と早奈恵が美咲ちゃんを担当するわ」
「なら、俺は高島だな。任しておけ」
お互いにやることは決まったため各々次の準備のため行動を始める。
妃里と隆志はやるべきことが決まったのもあり、早々に部屋を出て行く。
2人がいなくなり、1人きりになった部室。
真由美は長年の友人にも見せない表情を作り、
「どんな結果になっても今年が最後の年。みんなに付き合わせちゃった私の夢、叶うかな……」
少しだけ弱音を吐露した。
昨年の1年間を賭けただけの結果は出るのだろうか。
何より、付き合ってくれた親友たちと兄に誇れる結果になるだろうか。
胸に様々な不安や期待で渦巻くものを秘めて1人、彼女は決意を新たにする。
「悔いだけは残さないように。最後まで、全力で」
誰でもなく自身に言い聞かせるように目を閉じる。
日常の流れの中、少女は決意を胸に刻む。
弱々しい雰囲気は一瞬だけ、目を開けた時にはいつも通りの真由美に戻っていた。
そのまま自分の役割を果たすため、彼女も部室を後にする。
誰も居なくなった部室、いつもは賑やかなそこだけが気丈なリーダーの弱音を知るのだった。
妃里の手配を受けた2年生たちによって、ボロボロの状態から復帰した健輔と優香。
保健室で疲労を取って貰った後は先輩たちの指示に従って食堂で真由美を待っていた。
「生きてるって、素晴らしい」
「お互いに大変でしたね、この3日間は」
大袈裟な健輔を優しく優香は肯定する。
練習が始まる前よりも僅かに心理的な距離が近づいたため、双方共に気負った部分は見受けられない。
今までならば会話の1つも緊張していたのだから、大きな進歩だと言えるだろう。
無意味にボコボコにされたように見えてもきっちりと目的を達成しているのだから、真由美は指導者としても一廉の人物だった。
最も、2人はそんな自分たちの変化に気付いていない。
戦いを乗り切るのに必要だったから行った。
その程度の認識でしかなく、親密になったのかと言われると首を傾げるしかない。
ある意味で真面目すぎる2人の性質が引き起こした奇妙な関係だったが、実際に連携のレベルなどは上がっているため問題はないはずだった。
「本当に、いや、大丈夫だといってもさ、普通にやれば人を殺しかねない攻撃をポンポンと直撃させるのってどうよ……」
「それは……、その真由美さんも理由があっての事でしょうから」
「理由があっても加減は必要では……」
「え、えーと」
言いよどむ優香を濁った目で健輔は見つめる。
確かにあの3日間はそれだけの自信と実力を与えてくれた。
半泣きになりながら攻撃を避け続けた金曜日。
気絶しないように調節された砲撃の直撃に耐え続けた土曜日。
疲労の果てで、悟りに至った日曜日。
自分でもどちらかと言えば能天気だと思っている健輔が一切の淀みなく地獄と断言するのだから、相応の練習だった。
優香もやりすぎを感じていたため、真由美を擁護する言葉は弱い。
彼女にしては非常に珍しい事に話題を変える事を選ぶのだった。
「そ、それよりも体の調子は大丈夫ですか?」
「……ああ、すごく快調だけど、それがどうかしたのか?」
「あ、すいません。言葉足らずでした。佐藤さん、多分フェイズ5になってますよ」
「ほ?」
健輔が激しい練習だったにも関わらず、あっさりと復帰した理由がそれである。
本人は悟りに至ったため眠れる力でも目覚めたのかと思っていたがある意味で掠っていた。
極度の緊張が健輔の魔導のレベルを大きく引き上げたのである。
「そっか、そっか。うん、ありがとさん。励みになるよ」
「いえ、私も自分のことのように嬉しいです。そこからが本番ですから」
「おう! そうだな」
魔力の完全循環からが魔導の本番である。
健輔もようやく魔導師として、入口に立ったのだ。
自然と気合が入る。
笑顔で祝福してくれる優香に満面の笑みを返して礼を述べるのだった。
「それにしても部長は遅いな」
「そう、ですね……。大分人も少なくなってきま……っ」
「うん? どうしたんだ、九条」
待ち合わせの時間から遅れている真由美についての意見を求めていたのだが、健輔の背後を見つめて突如として優香が固まる。
何かあるのだろうか、そう思い健輔は振り返ると、
「初めまして、佐藤健輔さん、でよろしいですか?」
「えっ……」
優しく微笑む正面の人物とよく似た相手がそこには居た。
その隣には真由美がいる。
親しげに声を掛けられるが健輔の記憶にこの美人は存在していなかった。
そもそもこんな美人を忘れるなどあり得ない。
混乱する健輔だが美人の傍に立っていた真由美が答えを齎す。
「2人とも待たせちゃってごめんね。そこでちょっと桜香ちゃんと話し込んじゃってさ。本当にごめんよ」
「え、あ、いや……」
真由美が遅れた理由はわかったが、それよりも隣にいる人物について教えて欲しかった。
改めて視線を送ってみるが、やはり優香と良く似ている。
初見では完全に一致しているように見えたが、落ち着いて見直してみることで違いがなんとなくわかってきた。
謎の人物は優香と比べると身長が幾分低い、それだけでなく全体的に優香よりも柔らかい雰囲気を持っている。
母性的、もしくは優しいというべきなのだろう。
健輔は些か視線が気になったが、それを脇に置いておく。
何より優香との関係性が気になる。
これだけ似ていて、他人など言うことはあり得ないだろう。
先ほどから視線の端で硬い表情を作っている優香の姿がその思いを補強する。
「えっと、真由美さん、その方はどちら様なんでしょうか? 友人ですか?」
「ぷ、ははは、そっか知らないんだね!」
「あら」
「佐藤さん……」
健輔としてはごくごく普通の質問だったのだが、何故か真由美に笑われる。
桜香、と呼ばれた女性も僅かに笑みを深くしたのが見て取れた。
優香に至っては健輔を信じられないものを見たように目を見開いている。
周囲の反応に僅かに首を傾げ、
「……変なことを聞きましたかね?」
「ううん、いや~健ちゃんは大物だね」
真由美は本当に何も知りませんという顔している健輔に笑みを向ける。
大物な後輩の態度に満足したかのような笑顔だった。
「さて、自己紹介をお願いしても良い?」
「はい。では、改めまして。九条優香の姉、九条桜香と申します」
彼女は九条桜香。
この学校の生徒会副会長で健輔の正面にいる九条優香の姉である。
ここに来ても健輔には真由美の反応などがよくわからなかった。
優香に姉が居ても別に構わないだろう。
その程度の感想しかなかった。
優香が天才美人姉妹の片割れという話ぐらいは聞いた事があるだろうに、まったく興味のない感じである。
おそらく自身の興味の範疇外だった情報を覚えていないか、もしくはまったく関心がないのだろう。
周囲の言葉より、自身の価値観で生きている。
「えーと、初めまして。どうも、佐藤健輔です」
「はい。健輔さん、ですね。いつも優香がお世話になっています」
これがある意味で長い付き合いになる2人の出会いであった。
「ふーん」
和やかに健輔に話しかける桜香、それを普通に受ける健輔。
真由美は固い表情でいる優香を見ながら、健輔の無知、いや大物ぶりに感心していた。
九条桜香と言えば、この学園では知らぬ者がいない程のビックネームである。
真由美自身も有名だが、桜香はそれすらも上回るレベルだった。
大抵の者が優香を通して桜香を見る。
しかし、健輔にはそんな思惑がまったく存在していない。
「ふふ、なるほどね。優香ちゃんが懐くわけだ」
優香が興味を持ったというか、態度が柔らかくなったのもそこを感じとったからだろう。
2人の姉妹仲は良好ではある。
優香は桜香を尊敬しているし、桜香も優香が大好きだ。
それでもなお、穏やかでないものを人間は持ってしまうものである。
さて、どうなるかなっと不謹慎ではあるがわくわくしながら真由美はこの後の展開を楽しみに待つ。
ちょうど良く話題は優香を交えたものになろうとしていた
「お久しぶりです、姉さん」
「ええ、久しぶり優香」
「えっと、そのよろしくお願いします。さっきは変な挨拶ですいませんでした」
「いえ、こちらも急に押し掛けてすいません。優香がお世話になっているようで1度挨拶しておきたかったんです」
健輔は改めて桜香に挨拶をする。
どこか硬い表情の優香を記憶の片隅に置いておき、2人を並べて観察を行う。
まずは髪、どちらも絹のように美しい黒髪だが髪型が異なる。
桜香は戦闘時の優香のようにポニーテールになっており、優香は知っての通りストレートだった。
「……そうか」
会話する2人には聞こえないように小さく呟く。
よく見れば違いがわかるのに、初見の健輔が優香と桜香を見間違えた理由がわかった。
桜香は魔導戦闘を行っている時の優香に似ているのだ。
髪型と雰囲気がピッタリだった。
「後は胸か」
優香も魔導スーツの件から判明したように着痩せしているとわかったが、桜香は制服ごしでもわかる巨乳だった。
総括すると、結局どちらも美人という身も蓋もない結論になるため些細な違いなど何も意味はないのだが。
しかし、戦闘時の優香に桜香が似ていると言う事だけはしっかりと記憶の中に残しておく。
健輔が重要な事とくだらない事を思っている間に2人の会話は終わっていた。
同じように会話に混じっていなかった真由美に健輔は問いかける。
「部長はどうして桜香さんと?」
「ん? ああ、私が1年生の時に所属していたチームは今桜香ちゃんがいるところだもん。その縁で知り合ったんだよ。一応生徒会長も知り合いだしね」
「真由美さんには妹ともどもお世話になっています。会長も今年は楽しみにしていると仰っていましたよ」
「期待してていいよ、今年こそ3貴子の壁を崩すからね」
桜香はその言葉に笑みを深くする。
「楽しみにしています。優香、急に来てごめんね? 今度ゆっくり話しましょう」
「いいえ、ごめんなさい姉さん。また、今度」
最後に綺麗に一礼して桜香は去っていった。
結局、あまり目的などがわからず健輔は首を捻る。
彼の中で桜香は名前と雰囲気に反して嵐のような人物として記憶されるのだった。
「ごめんね、健ちゃんも急なことで驚いたでしょ?」
「そこそこは。正直何しにきたのかわからないですけど」
「いろいろかな。優香ちゃんを見に来たってのは本心だと思うよ、それ以外にもいろいろあったってだけだしね」
「真由美さん、そろそろ次のことをお聞きしたいのですが」
普段人の話を遮ることなどしない優香が珍しくも催促を行う。
「あっ、ごめんね。また話が脱線してたよ。そうだね、来週からだけどね。連携訓練を始めようとは思うんだけど、最初は形から入ってもらおうかなって思ってます」
「形からですか? 具体的にはどうすればよろしいんでしょう」
真由美は待ってましたと言わんばかりに二マーとした笑顔を作る。
「2人は今後なるべく行動を共にしてもらいます! 具体的には外にいる間はなるべく一緒にいてもらうって感じになるかな」
健輔は言っている意味が理解できずフリーズする。
優香は眼をパチパチさせていた。
真由美はそんな2人に対して理由の説明を始めた。
「呼吸というか身体レベルで同調して欲しいんだよね。一緒にいる時間が長いと魔力の親和性もよくなるからさ。授業の方も申請だして変えられるやつは一緒にしてもらうようお願いしとくから」
後は、やればわかると言わんばかりに流された2人。
これが2週間前の6月中旬の話であった。
それから2人はほとんどの行動を共にしている。
優香の生活について聞いた健輔が対抗意識から付き合うといってからは今の形になった。
連携の基礎を座学や実地で学びながらだったが共に充実した期間だったといえるだろう。
合流の挨拶も済んでモノレールを駅で待っている静かな時間。
「まだ、2週間か」
ふと漏らしたといった感じの言葉だった。
「すいません、こんなに早くから付き合っていただいて」
「いや、それは気にしなくていいんだ。お前さんがすごいやつだってこともわかったし、俺も強くなってる感じがして嬉しいからな」
健輔は幾分恥ずかしそうな感じで話す。
「随分前からやってたような気分になったってだけなんだ。ごめんな、いやな思いをさせたらさ」
優香が口を開こうとした時にモノレールがやってきた。
風の音などで少女が言おうとした言葉は健輔に届かない。
「――思ってましたから」
「え? なんか言ったのか?」
問い返す言葉に、照れたような顔を見せた優香は「なんでもありません」と返すとモノレールに乗り込む。
慌てて優香の後についてモノレールに乗り込んだ健輔はふと思った。
そろそろ7月になる。
公式戦前のためいろいろと練習の内容が変わると前から聞いている。
出来れば、あと少しはこの静かな朝を歩けたらいいのにと普段の自分からは考えられない想いが浮かぶ。
梅雨は終わり、夏が来る。
熱い戦いの始まりは、もうすぐそこまで来ているのだった。
多くの人の思いを乗せた1年がもうすぐ本当の意味で始まる。