四、ふきとばされちゃった
それは最初ただの小さな黒い点にしか見えなかった。しかしその後ろにもうもうと土煙がわきあがっているのが見え、何かがものすごい速さでこちらに向かってきているのだとわかった。
「……なにかしら、あれ」
目を凝らしてみるがよくわからない。
「おや、人、のようですな」
目がいいのかサークがあたしの指した方を見てつぶやいた。
「ひと? あれが?」
「箒か杖に乗っているようですな。おそらくは魔女でしょう」
「魔女?」
なにか気になることでもあったのか、ティムが立ち上がった。
「……まさか、な。いや、でも念のためだ。おいロナ。これかぶっとけ」
言いつつ手にした中身がびしょぬれの兜をあたしの頭にぼすんとかぶせる。
「な、なによいきなり。濡れてて気持ち悪いんだけどっ!」
「いいからかぶっとけ」
ぽん、と兜の上から手をのせられて、ぎゅうと押さえつけられる。
使い手を選ぶアーティファクトであっても、とりあえず装備くらいはさせてもらえるらしい。
「もー、なんなのよいったい……って、きゃあ」
文句を言おうとティムの方に詰め寄ろうとした時。
「うおお」
何かが猛スピードであたしらのそばを通り過ぎていって、それが巻き起こした風にあたしもティムもふっとばされて地面に転がる。
「今のって」
地面に転がったまま飛んでいったものの行方を追うと、通り過ぎていった何かは空中に白いブレーキ跡のようなものをつけて、何百メートルか先で停止していた。
……あれ、もどってくる?
見ているうちに、その何者かはくるりと向き直って、先ほどよりは控えめなスピードでこちらの方へ戻って来た。
「ごめんなさい、巻き込んじゃったかしら?」
黒い杖だろうか。宙に浮いた何か金属で出来た棒状の物体に、上から下まで真っ黒なローブに身を包んだ若い女性が横座りしていた。見た所二十歳前後。艶のあるきれいな黒い髪をショートにして、額には妙なサークレットをつけている。首には奇妙な薄い板状のガラスがついたネックレスを下げているのだが、おしゃれにしては奇妙な形だ。いったいなんなんだろう。
「……思いっきり巻き込まれました」
土ぼこりを叩き落としながら立ち上がり、じーっと睨みつけてやると、謎の女は小さく微笑みながら杖から降りて、くるくると片手で杖をまわしてとん、地面に突き立てた。
「でも、あなたたちだって悪いのよ? わたしは人を巻き込まないように街道から少し離れた所を飛んでいたのだから、そんなところに座ってる方にも責任はあると思わないかしら?」
「そうかもしれないけど、うー」
向こうが最初にごめんなさい、と謝った上での言葉なのでなんとも反論しづらい。
「ところで……。あなたたち見たところ徒歩のようだけれど、どちらの方向にむかっていたのかしら? 途中でこんな人を見かけなかった?」
謎の女が手首をくるりとかえすと、その手に丸めた紙の束が現れた。
それは……まさか。
ふんふ~んと鼻歌交じりに女が紙を広げ。
あたしの目の前に突き出されたのは、案の定、盗賊都市で何度か見かけた手配書だった。しかもティムが最初に持ってた史上最高の賞金額バージョン。
どうやらこの人、賞金稼ぎらしい。
「どう? このあたりで見かけなかった?」
「……さあ?」
いや目の前にいるんですけどね? 気付いてないならごまかすしかないよね?
内心冷や汗たらたらでシラをきる。まだ完全に体力は戻ってないし、今ここで戦闘になったらかなり厳しい気がする。
「……そう、邪魔をしたわね」
幸いにも騙しとおせたようで、謎の女はコインを一枚、親指で軽く弾いてあたしの方に飛ばしてきた。右手でつかむと銀貨だった。
「迷惑料よ」
謎の女は小さく微笑んで、それからぐるりとあたしたちを見た。それから再び杖を宙に浮かせてに腰掛けようとして、ふと何かに気がついたように首をかしげた。
「……あら?」
「あの、どうかしました?」
謎の女の視線は、あたしには向いていない。その視線をたどると……ティムがいた。
「あなた、”首狩り”さんだったかしら。その鎧と剣の魔力波動には覚えがあるわね」
「……」
ティムはなぜか無言だった。
謎の女は目を凝らすようにしてティムの方を見つめていたが、よくわからなかったのかティムに近寄ってキスでもするかのように両手を彼の頬に当て、顔を近づけてじっと覗き込んでから小さくうなずいた。
「同じ装備の他人ってわけじゃないみたいね。以前一緒に仕事をした仲じゃない、声くらいかけてくれたっていいのに黙ってるなんて、ちょっと傷付くわね」
……どうやらこの人、だいぶ目が悪いらしい。どおりで兜かぶっただけとはいえ目の前にいるあたしのことに気がつかないわけだ。
それにしても、一緒にお仕事とは。
「ははぁ、なるほど。あなたもロナを狙ってるのね? 何か情報持ってるなら高く買うわよ?」
腕組みしてティムを見つめる謎の女。
「ひとつ聞く。”黒衣の天使”セナ=ロヴ。おまえその手配書、どこで手に入れた?」
「あらぁ、質問に質問で返すのはあまりいい態度じゃないわね? それは何か知っているってことかしらぁ……ね?」
瞳に妖しい光を浮かべ、セナと呼ばれた謎の女が杖を構えた。しかしティムは構えも取らずに不敵ににやりと笑う。
「もう一度聞くぞ? その手配書どこで手に入れた?」
「……西の砂の街、サイドデルタよ。それで?」
「お前、一足遅かったな。東の盗賊都市ロビスバダムで騒ぎがあってな、ロナならもう俺が捕まえて突き出した後だ」
「……それほんとうなの?」
セナがぱちくりと瞬きをした。
「ウソをついて俺に何の得がある。ウソだと思うんなら盗賊都市に行って来たらどうだ?」
ティムは確かにウソは言っていない。突き出した後、一緒に盗賊都市を逃げ出してきたとは言ってないだけで。
「冗談みたいな額だったけど、あれ、本当にもらえたの?」
「……突き出した場所が盗賊都市だったせいかもしれんが、ミスリル貨で五百しかもらえなかったな」
「わお。すごいじゃないの」
セナが小さく声を上げた。
そういえばティムのやつ、賞金受け取ってたっけ。ミスリルでごひゃくって……けっこうな額なんだけど。
「盗賊都市ね……。もう王都に送られちゃってるかしら。こんな賞金をかけられるロナって、ちょっと興味あったのだけれど会えるかしらね」
「お前の杖ならそんなに時間かからんだろ。行くだけ行ってみたらどうだ。盗賊都市ならついでの賞金首もいっぱいいるだろうしな」
「そうね、せっかくだからそうしてみようかしら」
セナが杖を宙に浮かべ、横すわりする。
あれだけの速さで飛んでたのに、杖にちょこんと横すわりだなんて怖くないのだろうか。またがった方が安定しそうな気もするけれど。
ぼんやり考えているうちに、杖に腰掛けたセナが宙に浮かんでいく。先ほどよりずっと上の方だ。どうやら今度は人を巻き込まないように、高い所を飛ぶことにしたらしい。
「あなたたちも、もう、”覚えたから”。また機会があったらよろしくね」
何かの力が、彼女の腰掛けた杖に集まっていくのを感じた。
左手を小さくひらひらと振って。
爆音と共に魔女の姿が消えた。