一、つかれちゃった
第二話は短めです。
「……暑いよぅ」
かんかんと容赦なく照りつける父なる太陽「ソラ」の光を左手で遮りながらあたしはぼやいた。汗がつーっと頬を伝う。
今あたしがいるのは、大陸を縦横に走っている街道のひとつ。王都ヘストアへと続くザナール街道だ。街道には赤いレンガが敷き詰められており、ずうっと遠くまで続いている。
遠くに山脈が見えるほか、あたりには真っ赤な色をした岩だらけ……荒野である。
盗賊都市を出てはや二日。一度は旧街道の方に進んだものの、盗賊ども相手ならかえって表の街道の方が動きやすいのではないかと思い直して方向転換してから、ずーっと歩きっぱなしだ。
きちんと整備された街道は歩きやすかったものの、どこまであの手配書がばら撒かれているのかわからず、途中で村や街に立ち寄ることもできなかったのは誤算だった。
数時間前にゾルの森を抜けてからは、飲み水すらままならない。
ああ、なんてかわいそうなロナ! がんばるのよ、暑さなんかにまけちゃだめよ。気をしっかり保つのよ!
……あたしってば、自分で自分を元気付けて何やってんだろ。
あたしは暑さでもうろうとした頭でそんなことを考えていた。
「……ねぇ、ロナ、ちょっと、待って、よう」
後ろからエバの声がしたのでちらりとうしろを振り返ると、だいぶ後ろの方で息を切らせたエバが今にも倒れそうな様子でふらふらと歩いていた。
男の癖になんて根性の無いやつ。女のあたしの足についてこられないなんて。
「……なあ。いいかげん、少し休もうぜ? いくらなんでも、無茶だろう? 早く、王都に行きたいってのは、わからないでもないんだが、流石に俺らも身体がもたん」
ティムが必死にあたしに歩調を合わせながら言った。だいぶ息を切らせている。
俺様は賞金稼ぎだーってえらそうにしてたくせに、口ほどにも無い。
「あたし、べつにあんたらについて来て欲しいだなんて、ひとことも言ってないんだけど?」
あたしはちょっとくちびるをとがらせた。
「ついてこれないなら置いてくだけよ?」
「そうは言うがな、助けてやったのは、俺とエバだろう?」
「捕まえたのと訴えたのもあんたらだけどねー」
不満げに言うティムに無表情に告げると、自覚はあるのか押し黙った。
「だいたいついて来る理由もなんだかなーなかんじだし? あたしを王都に連れてけば賞金もらえるかもとか言ってたけどさ、あたし大人しく突き出される気はもちろんないから。ついてくるだけ無駄よ?」
「……」
「賞金かかってるのはほんとみたいだけどさ、あたしそれを取り下げさせるために王都にいくわけだから、無駄だってことわかんない?」
「……」
「黙ってないで、なんとかいったらど~なのよっ?」
きっ、と横を歩くテイムを睨みつけようとしたら、姿が無かった。
「……あれ?」
後ろを見ると。
エバもティムも、ばったりと地面に倒れ伏していた。
おいおい、たかが飲まず喰わずで二日貫徹で歩き続けた程度で倒れるなんて、気合いがたりないぞー?
ふう、ため息ひとつ。やっぱりどこか適当なところで二人を撒いて、一人で行けばよかったのかもしれない。手配書が一人だったから、三人で歩いていれば多少は目くらましになるかもなんて考えたのが運のつきだった。
しかし流石にこのまま見捨てるのも寝覚めが悪い。
戻って倒れているテイムの頬をぺしぺしと張り飛ばすと、なんとかティムは目を開けた。
「立てる?」
「……ああ。俺、もしかして寝てたか?」
ふらふらとティムが立ち上がろうとするのを、肩を押さえて座らせる。
「そのまま座ってて。少し休みましょうか」
「いや、レンガが焼けててあちーぞ。どうせなら、あの岩の陰にいこうぜ」
ティムがそう言って、街道のそばの大きな岩を指差す。
まだ日は中天からわずかに西に傾き始めた所で、それほど大きな影は出来ていないが焼けたレンガに直に転がるよりは確かにマシだろう。
「そうね、歩けるなら一人で先に行ってて。あたしエバ拾ってくるから」
「おう」
ティムがふらふらと岩影に向かって歩いていった。たぶん、こっちは問題ないだろう。
……問題は、エバの方だった。
頬を叩いても反応が無く、まだ生きてはいるようだがあまりよくない状態に思えた。
じっとり汗をかいていて、熱があるらしく意識もないようだ。
「……ただ小柄なだけかと思ってたけど、もしかして見た目より子供だったりするのかな」
ずいぶんと、体力がない。
あたしはエバを起こしながら考えた。盗賊なんぞをやってるにしては、意外に華奢な身体付きだった。はぁはぁとエバが荒い息を吐く様子がなんだか妙にえっちく思えて、ぶるんぶるんと首を左右に振る。
……あたしは別に年下の少年にハァハァする趣味は無いんだけど。
ひょいと両手でエバを抱きかかえると、思った以上に軽くてちょっとびっくりした。
オトコノコの癖に、なんかちょっといい匂いまでするし。
オトコノコをお姫様だっこというのはちょーっとアレな気もしたけれど、あたしはエバを抱きかかえて、ティムの待つ岩陰へと向かった。
――ところが、そこには既に先客がいたのだった。