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母をたずねて三千年  作者: 三毛猫
第一話「史上最高の賞金首」
3/29

 二、死刑の宣告されちゃった

「おいっ! こらっ! 起きろっ!」

「……う~ん、あと五十分……」

「寝ぼけてんじゃない!」

「痛っ! なにすんのよ!」

 どうやら肩を足で蹴り飛ばされたらしい。かよわい乙女を足蹴にするとはなんたるフトドキモノなのだろう。あたしはまだぼーっとする頭を押さえながら立ち上がろうとしたが、腕が動かない。

 んー、あれ。なんか縛られてるっぽい? あたしそういう趣味はなかったハズだけど……。

「とっとと起きろ! これからすぐに裁判だ」

 まばたきを数回して見上げると、毛むくじゃらな大男があたしの側に仁王立ちしていた。

 知らない人だ。

「……今、何時?」

「夜の十一時ごろだ」

「……んじゃあたしはもう一度寝ます」

 十分な睡眠をとらないとお肌が荒れちゃう。

 再びまぶたを閉じて眠りにつこうとしたら、顔面を踏みつけられた。

 ……足、くっさい。

 踏みつけられた痛みよりも、屈辱よりも、その臭いに意識が飛びかけた。

「寝ぼけてんじゃないっ!」

 男はふらふらになったあたしを、無理やり立たせて引きずった。

「……は、はにゃぁあ?」

 いったい何がどうしたっていうの。あたしがいったい何をしたっていうの? うるうる。ここってばどこ?

 混乱しているあたしの頭では、何がどうなっているのかさっぱりわからない。ただただ力強い手に引きずられるのみである。

 状態を確認する。ロープで縛られているらしく、上半身はぐるぐる巻き。少し肩を動かしてみたが、どうやら肩当などの装備もはがされちゃってるみたい。足は自由に動くけど、回りを見回すとあたしを引きずっている男だけではなくて数人の武器を持った男が回りを囲んでいるようだった。武器もなしに振り切って逃げるのは難しそうだ。

 ……そういや、なんであたしこんなところにいるんだっけ?

 眠りに落ちる前のことがよく思い出せない。宿にしては硬いベッドだったような、ってゆーか石の床っていうか、牢屋みたいな所だったような?

 そうこうしているうちに、男はあたしを引きずって大きな建物の中に入っていった。

 中はかなり広く、長いすがいっぱい並べてあった。そのひとつひとつにぎっしりと詰めあって大勢の人が腰掛けていた。どの顔もちょっとワケありそうな、その筋の人というか、ちょっとあんまり知り合いになりたくない感じだ。

 いったい何の集会なんだろう……?

「あの~、ここっていったい……?」

 ようやくただ事なら無い雰囲気に頭がはっきりしてきたあたしは、あたしの顔面にケリをいれた足の臭いスケベそうな中年の男に尋ねた。

「あ~? ようやく目が覚めたのかお前? これからここでお前の裁判が開かれるのだ」

 ニタニタ笑いながら男が答えた。

「さいばん? あの偉そーなおじいさんが、何の罪も無い可愛そうな人を心の底で嘲笑いながら、極刑を言い渡すという、公式に人を殺すための手段のこと?」

「ほ~う。そこまでよくわかってるのなら、今お前がどういう状況にいるにかもわかっただろう?」

 男がさらにニタニタ笑う。

「……? ヒントをちょうだい。当てて見せるから」

「……ヒントその一、あんたは罪人。その二、あんたはこれから裁判を受ける」

 男は指折り数えながら言った。

「ヒントの三つめはいらんよな?」

「あと一分待ってね。考えまとめるから」

 あたしはマジで頭の中の整理を始めた。

 えーっと。まず、なんであたしが罪人なんだろう。それはとりあえず置いとくとしても、これから裁判ってことは、あたしの知る裁判の理屈で言って……あたしって公式に殺されようとしてる?!

 顔の青ざめたあたしを見て、男はさらにニタニタと笑った。

「ほら、開廷だ。座れ」

 男はぽつんと置かれた椅子にあたしを座らせると、椅子の背にロープで縛り付けた。

「ちょ、ちょっと? 本気?」

 あわてるあたしの耳元で、男が囁いた。

「本の気と書いてマジだ。観念するんだな……くくく」

 っこのド変態がっ! 人の不幸を喜ぶなっ!!

 しかし、暴れるあたしの懸命な努力にも関わらず裁判は開廷されてしまったのである。

「では、これより裁判を始めます」

 他の物より一回り大きい豪華な机の、髪の白い男が事務的に言った。

「異議あり!」

 あたしは思わず叫んだ。周囲の白い目がいっせいにあたしを見つめるのを感じる。

「開廷に異議を認めることは無意味です。身の潔白を訴えたいのであれば、裁判の中で行うように」

 裁判長は事務的にそう言って、原告席に冒頭陳述を始めるように言った。

「市長のペステロートです。被告人ロナに対する容疑に関して説明いたします」

 原告席に立った、目つきの鋭い男が冷たい眼差しをあたしの方に向けた。

「発言を認めます。市長殿、どうぞ」

 裁判長がうなずき、市長は書類を片手に口を開いた。

「まず被告人に確認いたします。あなたは、ロナさんですね?」

 男の問いに、あたしは法廷で嘘を言ってもしょうがないのでうなずいた。

「そして昨晩、『金のなる木』亭に宿泊していた? そうですね?」

 事実であるので、あたしはしかたなくうなずいた。

「そしてあなたは、この街の三分の一を灰にしました。そうですね?」

 つられてうなずこうとして、あわてて首を横に振った。

「そんなことをした覚えはないわよ!」

「しかし目撃者がいます。彼の証言によれば、『金の成る木』亭に泊まっていたロナという名の少女が謎の言葉をつぶやいた瞬間、街が破壊されたと。この訴えに従ってわたしはロナさんあなたを重大な器物損壊の罪で訴えます」

 市長は淡々と書類を読み上げ、氷のような目であたしを射抜いた。

 その視線に、背筋が少し、ぞくりとする。

 たぶん、この人すっごく怒ってる。街が壊されたって、すっごく怒ってる。

 でもって、今頃になってようやくなんであたしがこんな所に居るのかを思い出した。

 宿代踏み倒して街から出た所で、賞金稼ぎのティムに捕まって街に連れ戻されたんだった。

 しかしそこまで思い出したものの、やっぱり自分には街を破壊したような覚えはないし、破壊できる手段に心当たりも無かった。

「えーっと、こちらからも質問していい?」

 縛られてて手を挙げられないので、仕方なしに足を挙げて発言の許可を求める。

「発言を認めます。被告人、どうぞ」

 裁判長が事務的に言った。

「まず言っとくけど、あたしがロナであることと、その宿に泊まっていたことは認めるけど、街なんか破壊してないわよ? その証言者が誰だか知らないけれど、あたしが何かつぶやいたっていうことと、街の破壊にどういった因果関係があるっていうのよ。単なる偶然なんじゃない? 昨夜の記憶はあんまりはっきりしてないんだけど、知らない人が宿の自分の部屋に入ってきたら、悲鳴をあげるか何か文句くらい言うのは普通だと思うんだけど。っていうか、その証言者って何しにあたしの部屋に来たわけ?」

「記憶があいまいとは都合のいいことですな?」

 市長が冷たく笑う。

「あなたはですね、魔法を使って街を破壊したのです。残念ながら証言者に魔法の知識がないために、どのような魔法を使用したのかまではわかりかねますが。あと証言者があなたの部屋を訪れたのは、夜這いか金品を盗みに押し入ったのでしょう。善良なロミスバダムの住人として当然の行為でしょうな。何しろあなたは見た目だけは非常にかわいらしいですから、人身売買の線もありますな」

「まあ、可愛いだなんて……照れちゃうな」

「被告人は原告の言うことをちゃんと聞きなさい!」

 裁判長が初めて感情のある声を出した。

「んじゃ聞くけど、どんな魔法かすらわからないのに、なんでそれがあたしのせいだって言えるの? それに盗賊都市の泥棒共が善良ってどういうことよ?」

 あたしは縛られていて手が出せないので、足をドンッ、と踏み鳴らした。

 ……そういえばなんだか思い出してきた。確か宿でぐーすか熟睡してた時、誰かがあたしのいた部屋にこっそり忍び込んできて……。

「裁判長!」

 あたしが必死で思い出そうとしていると、市長が挙手をした。

「発言を認めます」

「ロナさん、魔法のことはひとまず置きます。ですがこの街の住人のことを悪し様に言われるのは我慢がなりませんな! 盗賊が人の物を盗んで何が悪いと言うのですか。それは盗まれた方が悪いのであって、盗むこと自体はこの街では罪ではないのですよ!」

 市長はこめかみに血管を浮き上がらせて怒鳴った。

「……都合のいい理屈ね。それならこちらも言わせてもらうけれど?」

 あたしが微笑を頬に貼り付けて言うと、市長が黙ってうなずいた。

「それなら言わせてもらうけれど、たかが街の三分の一程度ぶち壊されたくらいでがたがたいいなさんな。壊された方が悪いのよっ!」

「むむっ!」

 うなる市長。

 へへ~んだ。ど~だ、これに反論出来るの?

 しかし、裁判官はやっぱりここの人間だけあった。

「被告人の発言は許可していません。今の発言は却下します」

 彼は無常にもこう言ってのけたのだ。

「……ちょ、ちょっと、なんなのよそれ!」

 あたしの言うことになど耳も貸さない。

「証言としては採用しませんが、今の被告の発言は自分が街を破壊したと認めたと取れる内容であったように思えます。街を破壊した上で、それは罪ではないという主張でしたから」

「こら、都合のいいとこだけ採用するな!」

「……では判決を言い渡します」

「ちょっと待って、ってば!」

「被告人ロナ、あなたは街を破壊した罪で死刑とします」

「ちょっと! そんな一方的なの裁判じゃないわよ! 弁護士は? あたしにはその権利があるはずよ!」

 あたしがわめきまくると、また市長が立ち上がった。

「この街の法律では、罪人に人権などないっ!」

「それって盗賊の言える言葉……?」

「なんとでも言え! どうせ貴様は死刑だ! くくく」

 市長ペステロートが冷たく笑う。

「ちょっと待ってよ! 罪人かどうかっていうのは裁判で決めるものでしょ? その裁判に人権が認められないっておかしいじゃない!」

「ふむ……。確かに一理あるようです」

 裁判長が、ふと思い出したように書物を広げて言った。すいぶんといい加減な裁判官である。

「この街の法律では問題ありませんが、王都ヘストアから処刑理由を問いただされた時に、問題になるかもしれませんな」

「ほ、ほら、あたしの方が正しいのよっ!」

 あたしは虚勢と、ない胸を張った。

 こいつらが最初から、あたしを公式に殺すためだけにこんな茶番をしているのだとはわかっていても、張らずにいられなかった。

「それじゃあケビン、お前が弁護士をやれ」

 市長がそう言って、何やらさらさらと紙に書いて近くにいる誰かに渡した。

 よくみると賞金の支払い所にいた目つきと手つきのエロそうなおじさんだった。

「ちょっと、そのひと弁護士の資格あるの?」

 あたしが言うと、ケビンさんとやらは証明書らしきものを裁判長に提示した。

「では、裁判を続行します」

「ちょ、ちょっとまって。その紙あたしにも良く見せて」

 その証明書は、まだインクも乾いてなかったりした。

「……いや、いくらなんでもあんまりでしょう?」

 裁判長はあたしのつぶやきには耳も貸さず、即席弁護士ケビンに手っ取り早く弁護をするように言った。

「……ケビンです。では、まず街の破壊について被告は先ほどの言葉で誤りがあったので訂正いたします」

 ケビンは丁寧にそう言うと、ちらりとこちらを見た。

 あたしは何か嫌な予感がしたが、あえて何も考えないようにした。

「第一に、市長の言われたことは真実であります。つまり、盗賊が物を盗むことは罪ではない、ということです」

 うん。それだからこそあたしの理論も成り立つのよ。

「しかし、それは一般人が街を破壊しても罪ではない、という理屈には使えません。なぜなら盗賊が盗んでも罪にならないのは、盗賊であるという前提においてであって、どんな者でもというわけではありませんから、被告自身、罪が無いと主張するのであれば、すなわち彼女は破壊者であるという前提が必要になるわけです」

 ……なんだかややこしくなってきたな。

「被告は自分に罪が無いと主張したわけですから、従って暗黙的に彼女は自身が破壊者であることも同時に主張していることになります」

 ちょ、ちょっと。あんたほんとに弁護人? なんだかあたし、悪者にされてる気がするんですけど。

「第二に、ここで問題になってくるのは、破壊者が街を壊すのに罪は無いのか?ということです。盗賊が物を盗むのは、生きるためであり欲しいからであります。つまりは自分のためであります。さらには貯めこんでいた宝を売りさばくことにより、業突く張り共が無駄に眠らせていた富を社会に還元することも出来るわけです」

 ケビンは、ごほん、と軽く咳をしてコップの水をひとくち飲んだ。

「……しかし、破壊者というのはどうでしょうか? ただひたすら迷惑なだけです。さらに本人には何の利益も入っては来ません。つまりは気違いじみた行動ということです。このような何の目的も無い多大な迷惑を他人にかけることは、罪以外の何物でもありません! 従ってわたしは被告に死刑を求刑いたします!」

 ケビンは一気にそう言うと、傍聴席の方を向いて一礼した。

 たちまち拍手の渦が湧き起こる。

「では改めて判決を言い渡します。被告は街を破壊した罪、そして破壊者であるという罪で死刑とします。以上をもって、本法廷は閉廷とします」

 裁判長は事務的に言って、閉廷を告げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。罪を増やして極刑を求めるようなやつは、弁護士なんかじゃないわよ!」

 あたしは慌てて声を上げたが、時既に遅し。

「既に法廷は閉廷されました」

 の一言。傍聴席の人たちが、ぞろぞろと列になって帰ってゆく。

「わかったか?」

 あたしの顔面を蹴った、足の臭いスケベ中年が楽しげに言った。

「処刑は明朝六時とします」

 裁判長が席を立ちながら言った。

「待って! ひとつだけ教えて!」

「何かな?」

 裁判長があたしの声に振り返った。

「あたしに、ほんとーに賞金なんかかかってるの? あたしにあんな無茶苦茶な賞金かけたのは、誰?」

「ひとつだけと言いつつふたつ聞くとは欲張りな人ですね。まぁ、いいでしょう。法廷が閉廷された今だから言えますが……、多少なりともあなたには同情しているのですよ」

 裁判長は、白いアゴヒゲをなでながら言った。

「まず賞金がかかっているのは本当です。これは王都から金をふんだくるための茶番なのですから。まぁ、あの賞金稼ぎが見た手配書はニセモノですがね。いったい何をしたらあんな賞金をかけられるのか、不思議でしょうがありませんな」

「だから……誰なの?」

 どん、と足を踏み鳴らして尋ねる。

「それを知らなければ死んでも死に切れないというところですか。教えてあげましょう。ヘストアの王、ロヴァー様です。では……」

 裁判長は、軽く頭を下げてそのまま去っていった。

「ほら、帰るぞ」

 男がまたあたしの首根っこをつかんで引きずった。

 あたしは彼のなすがままに引きずられていった。

 あたしには、ロヴァーの名に覚えがあった。

 ……あんにゃろう、そこまで女々しい奴だとは思わなかった。



 そうして、あたしは再び牢屋に投げ込まれた。


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