もうひとつのえぴろーぐ(フィアナ)
宿の娘さんのフィアナさん視点です。
■フィアナ視点
「ねぇお父さん、本当に会わなくてよかったの?」
勇者様たちを見送った後、厨房で後片付けをする父の背中に声をかけると、父はただ黙ってうなずいた。
「もしかしたら、知ってる人だったかもしれないんでしょう?」
父が洗った皿を布巾で拭きながらもう一度父に声をかけたが、それでも父はただ黙って私の頭の上に大きな手をぽんと乗せただけで何も答えてはくれなかった。
「ねぇ、お父さん……」
ごまかすように私の頭をなでる父を見上げると、父は黙って頭に巻いていたバンダナ外した。
父のそのバンダナが、ただ調理の時に髪や汗が飛んだりしないようにと巻いているだけのものでないということは、家族以外の誰にも知られてはいけない秘密だった。
――父の頭に生えている、その獣のような三角の耳のことは。
勇者様たちの前で披露した私の推理は本当の所は推理でもなんでもなくって、実の所あれはかつてこの宿で実際に起こった出来事をただ今回の事情につじつまが合うように微修正して語っただけのことに過ぎなかった。
母に聞かされた、まるで物語のような父と母の馴れ初め。それを私は、今回の出来事の真実ということにしてしまったのだった。
私が生まれるよりも、もっと前。今から二十年近く前の話だ。
かつて父は追われる身だった。今ではすっかり珍しくなった獣族。その毛皮を狙った好事家の手先に追いかけられていた。冒険者だった母は、たまたま父が追われているところに出くわして助けたのだとか。
詳しくは教えてもらえなかったけれど、その後なんやかんやとあって父と恋に落ちてしまった母は、一計を案じて当時母の両親が経営していたこの宿で一芝居を打ったのだ。
偽装殺人はうまくいき、父はたまたま居合わせた凶悪な賞金首に殺されたことになり、追っ手の前に首のない姿をさらした。父はこの宿で密かに匿われ、冒険者を廃業しこの宿を継いだ母とほとぼりがさめた頃に一緒になった。
きっとたぶん、父や母が私に教えてくれていないことはまだたくさんあるのだと思う。実際にどうやって追っ手の人たちを納得させるようにごまかしたのか詳しく教えてくれなかったから、私が勇者様たちに語った真実はずいぶんと穴だらけな物になってしまった。
勇者様たちの場合、セナさんの魔法だとか、剣姫ソディア様のようなアーティファクトだとかいくつかそれっぽい手段があったけれど、お父さんたちはどうやって首無しを実現したんだろう、ってちょと不思議に思った。
勇者様たちの前で私の真実を披露した後、寝室で鼾をかいていた父を起こしてみぃちゃんのことを話したら、父は「そうか」とだけつぶやいて母の代わりに朝食の支度を始めた。
普段は朝食に出したりしない、手間のかかるチョコレートの菓子を前もって用意しておいた所をみると、もしかしたら父は私の知らない何かを知っていて、あらかじめこうなることがわかっていたのかもしれない。
父から「フードを被った小さな女の子の前に」と渡された当たりのチョコタマゴを渡された時には、父は普段から厨房やお風呂の用意など裏方ばかりしていてあまり表に姿を見せないのになんでみぃちゃんのこと知ってるんだろうと思った。
当たりのチョコタマゴを見たみぃちゃんの表情から考えると……お父さんとみぃちゃんの間にだけ何か伝わったものがあったのだろうと思う。
当たりのチョコタマゴに入っていた宝石。父は氷砂糖の形を整えたものだと言っていたけれど、本当はそれが父の涙であることを私は知っていた。だけど父が話してくれていないことだったから、私は気がついていないフリをした。
――いつか、全てを教えてもらえるのだろうか。
確かに父の血を引いているにもかかわらず、どこにも獣の印のない自分の身体を見下ろしてため息を吐く。
……あるいはそうであるからこそ、教えてもらえないのかもしれなかった。
「……私も、お父さんみたいな耳が欲しかったかも」
そうだったなら、父や母が隠していることのいくつかは話してくれていたのかもしれない。
背伸びをして、父の頭の三角の耳をそっとなでる。ぴくんとその耳が小さく動いて、私の手のひらをくすぐった。
「お前には悪いが、フィアナにほとんど獣族の特徴が出なかったことは神に感謝しているよ」
父がそっと私の頭を胸に抱き寄せた。
「この姿に誇りを持ってはいるが、お前にまで人目を忍んで隠れ住むような真似をさせなくてすんでいる」
「でも私は……」
もう一度父の耳をなでる。
父は無言でそっと私の頭をなでてくれた。
「リィ・ミ・ラン・ディ・リュクス。お父さんの獣族としての名前だ。もしあのお客さんがもう一度訪ねて来ることがあれば、その名前を告げて帰って貰いなさい」
「みぃちゃんとお父さん、どういう関係なの?」
見上げると、父はどこか遠くを見つめるような眼差しで小さく首を横に振った。
「……すまんな」
「そっか」
……まさかみぃちゃん、お父さんの隠し子だったりしないよね?
ちょっとだけ不吉な考えが頭をよぎったけれど、そんなわけがないとすぐに思い直した。
――どうか、あの人たちの行く末に幸がありますように。
私は胸の中のセラ様と共に、勇者様たちとみいちゃんの幸福を祈った。
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。第三話「ソトの村殺人事件~犯人はあたしだっ?!」終了です。
第二話の後書きでも書きましたけれど、この第三話はこれまで何度か書こうとして何度も途中で断念してきたお話でした。途中大幅な書き直しとかしてしまいましたが、今回ようやく書けてなんとか一安心です。
今の所、次の第四話で最後のお話となります。王都でいろいろ決着が着くお話になります。
また数ヶ月単位で間が開くと思いますが、多少なりとも気に入っていただけた方いましたら申し訳ありませんが気長にお待ちくださいませ。
もしかしたら番外の裏設定を上げるかもしれません。
……さて、後書きますよ。後語っちゃいますよ。この先は割とどうでもいい、わたしの自己満足の世界なのでお暇な方だけお付き合い下さい。
いろいろぶっちゃけますと、この第三話は最初期の構想では全編、宿の娘フィアナさんの一人称で語られていました。戦士、戦士、盗賊、魔法使い、魔法使いときたらあと僧侶がいるよね、というわけで本来の構想だとロナ扮するロナルドにひとめぼれしてしまった宿の娘さんが、家を飛び出して主人公の旅にくっついていく、というようなお話だったのです。
具体的には「一、勇者さまが来ちゃった!(フィアナ)」と「四、があるずとーくしちゃった?」の酒場のシーンの一部、「六、告白しちゃった!(フィアナ)」の一部でだいたい八千字くらいのものを想定していました。
しかしいきなり語り手が変わっちゃって外伝みたいになってしまったのと恋愛物みたいなのがうまく書けずに、当時はうまく書き進められずいたのです。最終的に第二話の後書きで書いたようにこのエピソードをすっ飛ばして王都の話にいってしまったのですね。
その後大学の頃、一度高校のころに書いた「三千年」を全面リメイクしようとして、そのときに改めて再構成したものが今回の第三話のベースとなっています。
……ところが何を考えたのか今現在をもって不明なのですが、どこからともなくみぃちゃんというネコミミが現れまして。悪ノリした結果「犯人も被害者もいない殺人事件」なんていうよくわからない方向に話が転がっていった結果、わたしにも先がわからないということになってしまいました。
さらにはアーティファクトが喋りだすし、人型になるし、エバは女の子になっちゃうし、ロナの中の人疑惑とか色々余計なごてごてを盛り込んだ結果、最終的に第三話は第一話+第二話分くらいの分量になってしまいました。
途中なんだか設定を語るだけみたいなところも多かったのが反省点です……。
「三、謎の少女も来ちゃった!」を書いた時点ではまだフィアナさんが仲間になる予定だったのが、妄想の赴くままに書きまくった結果、みぃちゃんが着いてくることに。当然ながら高校のころに書いた王都編にはみぃちゃんとか出てこないので、この先大幅に修正する必要があります。なので次は大分時間かかると思います。
あー、ちなみにもろもろの伏線は王都編で全部回収されることはありません。
以上で言い訳終了!
ここまでおつきあいありがとうございました。




