九、解決しちゃった?
主人公視点に戻ります。七の直後になります。
宿屋の娘さんの、間違いだらけの推理ショー。
”ひどいです。ひどいのです。がぶがぶ”
首だけのみぃちゃんが、あたしの手に噛み付いたまま頭の中で声を響かせる。
さっぱり訳がわからない。ってゆーか、みぃちゃん、首だけで生きてるってどゆことだ。
「ねぇ、みぃちゃん、」
”がぶがぶ”
ああ、もう、なんかあたしの手を噛むのに夢中になってて聞こえてないみたい。だめだこりゃ。
しょうがないので事情を知ってそうなヤツに聞くことにした。
「あー、もう。ねぇ、ちょっとサーク! 説明してよ。これどういうことなのっ?」
「……聞くお覚悟はおありで?」
サークがじーっとあたしを見つめる。
「いいから、知ってるなら早く話して。みぃちゃん興奮してて話にならないの!」
サークの微妙な視線が気にならないではなかったけれど、それよりは今のこの状況を把握するのが先だ。みぃちゃんの首を胸に抱きかかえてサークに詰め寄ると、彼は小さく息を吐いて肩をすくめた。
「やれやれ、後悔しても知りませんよ?」
「いいからはやくっ!」
強く言うと、「せっかちな困ったお方ですな」とサークはみぃちゃんの首を指差しながら言った。
「端的に言ってしまうと、みぃ殿は、飛頭族なのですよ。飛頭蛮、チョンチョン、あるいはぬけ首などとも呼ばれますが、要するに夜中に首だけが身体から離れて空を飛ぶ種族なのですな」
「それはまた……ずいぶんと非常識な」
ぬけ首とかって、妖怪じゃなかったっけ?
「いや、首だけ空を飛ぶってそれほんとに生き物? アンデッドとかだったりしない?」
「ふむ。みぃ殿もマスターに常識を問われたくはないでしょうな。とにかく、みぃ殿が身体から離れて夜空の散歩を楽しんでいた所、マスターが窓を閉めてしまったので身体に戻れなくなった、ということらしいのですな」
なるほど、あたしがうっかり「夜中窓開いてても閉めないで」というみぃちゃんのお願いを忘れていて、寒いからって窓を閉めちゃったのが原因らしい。
「……あー、それはごめんねみぃちゃん」
手に噛み付いたままのみぃちゃんの頭をそっとなでると、三角の獣のような耳がもふもふしてなんか気持ちよかった。
……かじられてる方の手はじんじん痛むけれど。
「さて、マスターはご存じないようなのでついでに言ってしまいますが、デュラ族というのは非常に希少なのですよ。何しろその体内にある石が転移の門の材料になりますので、他の種族に殺されまくったのですな。ここ百年ほどデュラ族が現れたという記録は見当たらないですし、みぃ殿が最後のデュラ族という可能性もあります」
「……ふーん。大変なんだね、みぃちゃん」
もいちどみぃちゃんの頭をなでる。
そろそろ噛むの、やめてほしいんだけど。痛いし。
しかし、げーと、ゲートねぇ? そんなに貴重なものだっけ?
「デュラ族が滅びてしまったため、今ではゲートを新たに作ることは不可能。つまり、みぃ殿の素性が知られれば、その天文学的な価値を求める多くの者に命を狙われることになります」
「……んー?」
おや、なんか。不穏な空気?
”つまり、なのです。私が生きていくためには、素性をしられちゃ、めーなのです。だから、私の素性を知ってしまったロナさんには三つの選択肢があるです。一つ目は命を失う。二つ目は記憶を失う。三つ目は呪いを受ける。ちなみに私のオススメは一番目なのです。死人にくちなしなのです。ちなみに二つ目はあまりオススメしないです。人の記憶というやつは互いに関連しあってるですから、目的の記憶を消そうとすると関連していろんな記憶が消えちゃうので、ふつう廃人になるです”
ようやく少し落ち着いたらしい、みぃちゃんの声が頭の中で響いた。
「……それって三つ目の呪いうけるしかないってこと?」
実質ひとつしか選べないじゃないっ!
「ちなみに呪詛の魔法は対象者の言動に制限をかけるものです。みぃ殿の素性を他人にばらせないように制限をかけるということですな」
”うー。今の私は首だけなのです。肺がないので息を吐けないのです。声を出せないのです。魔法使えないのです。はやく身体に戻るのです”
みぃちゃんが三角の耳をぴこぴこ動かす。
「それから、早くみぃ殿の身体をなんとかしませんと騒ぎになると非常にまずいことになります」
「あ……そか、殺人事件になっちゃう」
実際あたし、賞金首って立場じゃなかったら大騒ぎしてたと思うし。
「首なしとは、どうみても生きているとは思えない状態ですからな。逆にその状態で生きているということが分かると、それはそれでデュラ族ということがバレてしまいます」
サークが腕組みして少し首を傾ける。
「なんかまだ色々わからないこと多いんだけど、サークはなんでみぃちゃんのこと知ってるわけ?」
そういや、夕方酒場でなんかお話してたよねぇ、この二人。珍しい組み合わせだなって思ってたけど。
「みぃ殿には初めてお会いしたのですが、どうやら私の親戚のようでして。ヴァラ族は一族に連なる者を大事にするのです」
サークがちょっと胸を張って、みぃちゃんに優しげな笑みを向けた。
「え、みぃちゃんデュラ族とかいう種族じゃないの?」
そういえばなんか耳もちょっと変わってるし、他にも色々あるのかな。
頭の中に響いてくる声とかも不思議な感じだし。
「……今そこまで説明している時間がないようで」
「あ、って、そうか、もうフィアナさん部屋に入ったんじゃ?」
”宿の娘さんですか。かわいそうですけれど、私の身体を見てしまったのなら……やっちゃうしかないです。……私は、自分の命を守る為なら。この村を消すことに躊躇はないですよ?”
なんかみぃちゃん黒い……。
「どどど、どうしよう。今すぐみぃちゃん抱えて部屋に飛び込んでごまかしちゃえば大丈夫?」
とりあえずみぃちゃんをもっぺんシーツで包んで……。
あたしの手に噛み付いたままのみぃちゃんを抱えた時。
「……お客様、失礼します」
ばん、と部屋の扉を蹴破るようにして、ノックも無しにフィアナさんが飛び込んできた。
なぜか左手には大きなネコのぬいぐるみを抱え、右手にはティムの長剣を抱えている。
フィアナさんはぐるりと部屋の中を見回すと、まっすぐあたしを見てずんずんと近付いて来た。
「……まず、これは忘れ物です」
フィアナさんがそう言ってティムの長剣を私に突き出してきたので反射的に受け取ってしまう。
あれ、この剣なんでフィアナさんが持ってるんだろう。
あ、昨日の夜、サークが夜這いに来たときに備えて枕の下に隠してたんだっけ。
「……事情を説明してもらえますか?」
フィアナさんが、あたしをじっと見つめる。
「えーっと、何の話?」
ごまかそうとしたけれど、そもそもなんであたしがこの部屋にいるのかさえ説明することが出来ない。
どどど、どうしよう。
”……ちょうどいいから、ここでやっちゃうです?”
いやみぃちゃんそれ黒いからやめてってば。
「……犯人は。犯人はあなたなんですね、ロナルド様」
慌てるあたしを見つめて、フィアナさんがなぜかキメ顔でそう言った。
あれ、今、フィアナさん、あたしのことをロナルドって言った?
今は旅人としての格好のままだ。あたしはどう見たってロナルドではない。なのに。
「……さて、全てを語る前にまず言っておきます」
フィアナさんは、ぬいぐるみをひょいと自分の頭の上に乗せた。
もしかして、ネコをかぶるってこと?
「私、英雄物語だけでなく、推理小説の類も大好きなんですよ?」
腕を組んで部屋の真ん中で仁王立ちしたフィアナさんが、むふーと鼻から大きく息を吐いた。
「さて、みぃさんはこちらにいらっしゃるのですよね? 首だけというのは落ち着かないでしょうからまずは元に戻られてはいかがでしょうか」
フィアナさんの視線が、あたしの腕の中に突き刺さる。
”……”
ちょ、ちょっと落ち着いてみぃちゃん。
みぃちゃんから不穏な空気が膨れ上がるのを、なんとかなでて治めようとする、が。
「あ」
しかし、みいちゃんは不意にあたしの腕の中でぴこぴこと獣の耳を動かしてシーツを押しのけ、その首だけ姿をフィアナさんの前に晒した。
「……まぁ」
フィアナさんが小さく声を上げて、「痛くないんですか?」とみぃちゃんに声をかけようとして、飛び掛ったみいちゃんにかぷりと噛み付かれた。
「まぁ、かわいいお耳。なるほど、これでひとつ確証が得られました」
フィアナさんはひとつうなずいて、「ではちょっとみぃさんをお隣にお連れしますね」と言って出て行ってしまった。
しばらくして、ちゃんと身体とくっついたみぃちゃんが、深くフードをかぶったままフィアナさんに手を引かれて戻ってきた。
――そして、フィアナさんによる間違いだらけの推理ショーが始まった。
「具体的にどうやって生きたまま首を切り離したのかはわかりませんが、例えば魔法使いであるセナさんが空間魔法を駆使して”実際にはつながったままその位置だけを別の場所に見せた”のかもしれませんし、剣姫ソディアの能力、次元切断の特殊能力でそういう風にされたのかもしれませんが、ここではその方法はあまり重要ではありません。ここで問題になるのは”なぜそんなことをしたのか”ということです」
フィアナさんは、カツカツと足音を響かせながら部屋の中をぐるぐると歩き回る。
「どのような手段を用いているのかはっきりとしたことはわかりません。なんにしても実際には生きているにもかかわらず、首のない姿を見せようとした。私はこれを、”偽装殺人である”と考えます。これが今回の事件の真相なのではないでしょうか?」
こちらの反応をうかがうようにフィアナさんは一度むふーと息を吐き、それからあたしとみぃちゃんを交互にみつめた。
……いや、そんな期待の眼差しでみつめられても困るんですけど。
偽装殺人ってなんだそりゃ。
フィアナさんは、あたしやみぃちゃんから何の反応もないことに少し肩をおとしたようだったけれど気を取り直したように、こほん、とセキをして再び語り始めた。
「……ではなぜそんなことをしたのか。ここからは多分に想像となることをお許し下さい。おそらくみぃさんは、何者かに狙われていた。その追っ手をかわすための偽装であると私は考えます。追われる理由は、その獣のような耳が示しているのではないでしょうか」
フィアナさんがみぃちゃんを見つめる。みぃちゃんは無言でフードの上から耳を押さえた。
「……ええ、その耳は獣族の特徴です。そして、獣族は全身を獣化することができ、その毛皮が高値で取引されるために迫害された種族です。まだ幼いみぃさんは獣化はできないでしょうし、価値が有るとされるのは成人の男性の毛皮らしいので、みぃさんが狙われる理由としてはすこし弱いかもしれませんが……」
またフィアナさんがこちらの様子をうかがうようにちらちらとみつめてくる。
……いや、それあたし初耳だから。わかんないから。そんな目で見つめられても。
フィアナさんは、また少し肩を落としたけれどそのまま続けることにしたようだった。
「……あるいは他に狙われる要因があるのかもしれませんが。要するに、みぃさんが例えば通りすがりの凶悪な賞金首に殺されたことにすれば、追っ手をかわすことが出来、安全を確保できるのではないか考えたのではないでしょうか。その犯人役が、旅人のロナさん。あなたですね?」
……いや、キメ顔で指摘されても違いますから。
っていうか、微妙に賞金首とか気になる要素がでてきてるんだけど。
「まず、なんらかのきっかけでみぃさんと出会った勇者様の一行は、みぃさんの追っ手をかわすために偽装殺人の計画を立てました。そして、まずは勇者様パーティとしてそのまま宿を取ります。そして、ロナルド様だけが変装して新しく別に部屋を取りました」
むふーとちょっと興奮した息を吐くフィアナさん。
……微妙に間違ってない所がなんとも言いづらい。
「相部屋になったのは偶然でしょうけれど、後からみぃさんがやってきました。そして、事件を起こします。誰かがみぃさんの部屋の前を通りがかった時に物音を立て、何かあったように思わせます。そしておそらく剣姫ソディアのお力とは思いますが、みぃさんを首のない状態にして、部屋を立ち去ったのです。……何らかの手段で」
いやフィアナさん、何らかの手段でって多すぎじゃない?
「……姿が見えませんけれど、勇者様パーティの小柄な子の能力かもしれませんね。お風呂場でちょっとお話したんですけれど、あの方は影族っぽい感じでしたし影移動とかなされたのかもしれません」
あー。そうなんだ。エバって、なんかそういう特殊能力持ちなんだ?
牢屋から出たときにも”音を殺す”とかなんとか変なことやってたみたいだし。
「……そして、旅人の変装を解いてロナルド様の姿に戻れば、殺人犯が消えてしまいます。明らかに死んでいるという首がない状態であれば、みぃさんの身体を調べられることはないですし、この辺りは土葬ですから、あとはタイミングを見計らってみぃさんの身体を取り戻せば完璧……だったのでしょうね?」
……穴だらけな気もするけれど。
「しかしうちも客商売ですから、人が殺されたなんて、ウソでもこういうことをされるとちょっと困るのです。ですから、これは”なかったこと”にさせてもらいますね。大丈夫、お客様がこちらに宿泊したことは誰にも話しませんから」
フィアナさんは大きくむふーと息を吐いて、きらきらした目であたしを見つめてきた。
「……こんな真実いかがでしょう?」
フィアナさんがキメ顔で微笑んだ。
「……面倒なので、それ、採用してあげるのです」
疲れた顔で、みぃちゃんが息を吐いた。
がんばれ十四歳の妄想力!
おまえがそう思うんならそうなんだろうな。おまえの中ではなー。
いろいろ書きなぐり過ぎるので後日修正すると思います……。
※2013/06/27 01:59 主に前半部分を微修正しました。




