六、告白しちゃった!(フィアナ)
宿の娘さんのフィアナさん視点です。
あまり気分のよい展開ではないのでご注意下さい。コメディ成分が不足中です。
■フィアナ視点
ランプの明かりが、わずかな風にゆらゆらと揺れた。
(少し風が冷たくなってきたし、窓を閉めようかな)
閉める前に夜空を見上げると、まんまるなお月様が昇りかけていた。
(……そろそろ、忙しくなる時間だし。宿題はまた後にして、手伝いに行かなきゃ)
私は本とノートを片付けて、母の手伝いをするためにエプロンを着けて部屋を出た。
うちの宿屋は、基本的には父と母と私の親子三人だけでやっている。夕食の時間帯になると父と母だけでは酒場が回らなくなるので私がお手伝いしているのだ。とはいえ、流石に両親もまだ未成年の私を酒場であまり遅い時間まで働かせるのはよくないと考えているらしく、もう少し遅い時間になると夜だけ給仕として雇っているお姉さん達と交代になる。
お酒の注文が多くなるその時間までは、私が頑張らなくちゃいけない。
よし、と気合を入れてエプロンの帯をきゅっと結ぶ。
――今日も私の戦いがはじまるのだ。
「あ、フィアナ。給仕に入る前にちょっと浴場のほう見てきてくれない? 女湯の方で誰かのぼせて倒れちゃったみたいなのよ」
階段を下りて早々に母にそう言われて、ちょっと肩透かしをくらった気分になった。
勇者様に、私が頑張ってる所みてもらいたいのに……。
私はため息を吐いて「はぁい」と返事をし、お風呂の方に向かった。ランプを片手に暗い廊下を歩いて薄暗い脱衣所に入ると、すぐにタオルでぐるぐる巻きにされた誰かが隅の方に転がっているのに気がついた。
「大丈夫ですか?」
ランプを棚において、声をかけるが返事はない。
……誰だろう、村にこんな人いたっけ?
据え置きのランプにも火を灯し、部屋を明るくする。
近付いて初めて、勇者様のパーティにいた眠そうな少年だと気がついた。
男の子だと思ってたけど……女の子だったんだ。なんて名前だったっけ……?
思い出そうとしながら、絞ったタオルを彼女のおでこに乗せ、団扇でぱたぱたと扇いであげていると、しばらくしてその少女は「はふぅ」と息を吐いて目を開けた。
「ああ、気がつかれたようですね。大丈夫ですか?」
もう一度声をかけると、むくりと起き上がった彼女の身体からタオルがずり落ちた。まだ意識がはっきりしないのか、ぼーっとしているようだった。
同じ年くらい、かな。男の子みたいだったのに……意外に、胸あるんだ……。
その少年のようでいて、女性らしいしなやかさも兼ね備えた肢体にちょっと見とれていると、
「……ありがとう、ボク、もう大丈夫だよ」
すうっと浮き上がるように立ち上がって、彼女はにぃ、と小さく微笑んで――気がついたら居なくなっていた。脱衣所を見回してみるが、どこにも姿が見えなかった。
……まるで影の中にでも潜り込んだみたい。
私と同じ歳くらいに見えたのに、やっぱり勇者様と一緒に旅をするだけのことはあるのかなと思った。
酒場の方に戻ると、勇者様パーティの魔法使い、セナさんがカウンターでお酒を飲んでいるのが見えたので小さく手を振る。……隣に座っているのは後から来た泊まり客の旅人さんだろうか。なんだかセナさんと楽しげに話をしているようだ。
……もしかして、お知り合いだったのかな?
ちょっとだけ違和感を感じたものの、あまり深く考えずに私は厨房に入った。
村のみんなとちょっとお話をしたりしながらしばらく給仕に専念して、やっと少し客足が落ち着いてきたところでようやく気がついた。勇者様のお仲間の方はバラバラでお酒を飲んでいるのに、なぜか勇者様の姿だけが見えないのだ。
「……あの、セナさん。ロナルド様はご一緒ではないんですか?」
カウンターでお酒を飲んでいたセナさんに尋ねると、隣のおじさんに絡んでいた彼女は、にやぁ、と何か含みの有る笑みを浮かべて私を見つめてきた。
「……ん、ふふふ~。彼なら、いまごろ多分、部屋でひとりきりだとおもうわよぅ~? フィアナちゃん、いってみたらどうかしらぁ~?」
「夕食はもう、取られたのでしょうか?」
「んー、そうねぇ……」
セナさんは少し考えるようにして、それから銅貨を数枚取り出して私に差し出してきた。
「……これで何か軽いものと、お茶を部屋まで持っていってくれるかしらぁ?」
「あ、はい。承りました」
銅貨を受け取ると、セナさんが私の耳元に顔を寄せて「がんばってねぇ」と囁いた。
うん、がんばろう。……でも、何を頑張ればいいんだろう?
厨房の父に何か軽いものをと頼んだら、「今忙しいからお前が適当に作れ」と言われたのでハムとチーズをパンにはさんでサンドイッチを作ることにする。
もらったお勘定だと、あとサラダもつけられるかな。こっそりサービスで果物もつけちゃおう。お母さんにばれたら怒られそうだけど。
……えへへ、手作りのサンドイッチ。喜んでもらえるといいな。
母に「お客様の部屋に届けてくるね」と声をかけて、お盆に載せた料理を持って階段をのぼる。大部屋の前で一度大きく深呼吸。すうはぁ、と何度か深呼吸を繰り返して、それから軽く扉をノックした。
「……お客様、よろしいでしょうか?」
声をかけると、中から「開いてますよ、どうぞ」と勇者様の声が聞こえた。
意を決して、よし、と気合を込めて扉を開けた。
「軽いお食事をお持ちしました。セナさんから、ロナルド様に……」
部屋の中では、ベッドに腰掛けて勇者様が剣を布で拭いていた。その剣の美しさに目を奪われ、思わず声を飲む。ランプの光を反射しているわけではなく、その刀身自体が仄かに光を放っているようだ。
……なんてきれいなんだろう。
仄かな青白い光を発するの銀の刀身は細く、細やかな装飾の施された青い柄と合わせてどこか女性的な印象を受けた。
「ああ、ごめんね。今装備の手入れをしているからそこに置いといてもらえるかな」
勇者様は手を止めてこちらに目を向けると、小さく微笑んで近くのテーブルを指差した。
「……とても美しい剣ですね」
「こいつはとても綺麗好きでね。宿で落ち着けるようになると、埃を落とせ、ぴかぴかに磨けとうるさいんだよ」
「まぁ、その剣はおしゃべりするんですか?」
まるで伝説の聖剣みたい。
私が驚いて声を上げると、勇者様は小さく笑った。
「……ふふふ、そうだね。じゃあ、せっかくだしもうちょっと驚いてもらおうかな?」
そんな短い言葉の後で。勇者様は手にした剣をそっと鞘に収めた。仄かな光が、鞘に包まれて失われる。と同時に、突然、何かが、誰かが勇者様の側に現れた。
うっすらと向こう側が透けて見える。全身が仄かに光を放っていて、薄暗い部屋の中でもその姿がくっきりと映し出されていた。銀の髪、青い飾り気のないドレスを着た剣姫。
それはまるで勇者様の剣がそのまま人の姿を取ったような――って、まさか、剣の精霊っ?
”聞こえていないだろうとは思うが、私は剣姫ソディアだ”
頭の中で声がする。これは、剣の精霊の、声?
「……剣姫ソディア? まさか、伝説の青の勇者様に御仕えした七人の戦姫の」
「ああ、そうかフィアナさんは英雄物語に詳しいんだったね。いや、こいつはそんなたいそうな物じゃないよ。人の姿を取るアーティファクトは確かにちょっと珍しいけれど」
”むう、何を言うグランドマスター。英雄物語とやらを読んだ事はないが、青の勇者の七人の戦姫といえば我らのことであろう? もっとも今は三人しかおらぬが……”
銀の剣姫が不満そうに口をとがらせる。
「……あの、ロナルド様。お名前といい、その剣といい、もしかして本当に、本当の、伝説に語り継がれる青の勇者ロナルド様にご縁がおありなのでしょうか」
「いや、両親が青の勇者にあやかってつけてくれた名であって、僕自身は何の関係もないよ。この剣も偶然手に入れたもので、僕が伝説にあやかって名も無き精霊にソディアって名前をつけただけさ」
”……またマスターは息を吐くようにウソを吐く。自身をごまかされるのが得意な方であることは以前から存じていたが、よくもまぁそんなウソをすらすらと並べ立てられるものか”
「……ソディア様が、ロナルド様を嘘つきだと言っておいでのようですけれど」
「え?」
”――なんと? まさか、主でない者に我が囁きが聞こえるはずは……”
勇者様と銀の剣姫が顔を見合わせた。
「……あれから三千年も経っているし、もしかしたらフィアナさんのご先祖様に勇者の血縁がいたのかもしれないね。まいったな……まさか勇者の素質があるだなんて」
勇者様が、じっと私を見つめた。
「ソディアのこと、内緒にしてくれるかな」
「……はい」
でも、これはまたとない機会だった。
本当に本物の、伝説に触れる。憧れ続けた、冒険への。
待ち続けていた私についに訪れた。
「代わりに、あの、お願いがあります」
交換条件のように願うことが多少心苦しくはあったけれど、ふつうに頼んでも絶対に頷いてくれそうにはなかったから、私は内心の葛藤を唾で飲み込んだ。
「あの、私も勇者様の冒険の旅に連れて行ってもらえませんか?」
長い間この日を夢見ていたおかげだろうか。その言葉は思ったよりもすんなりと口にすることが出来た。
「私、少しだけですけれど、回復魔法を使えます。勇者様のお仲間には、回復魔法を得意とする方がいないようですし、きっと、私、お役に立てます!」
「ごめんね。君を連れて行くわけにはいかないんだ」
……即答された。
勇者様は困ったような顔で、隣に立つ銀の剣姫の髪をなでた。すると剣姫は小さく頷いてその幻身を解き、勇者様の手の中で細身の長剣の姿に戻った。
「変なごまかしをせずに……はっきり言うと。憧れだけで生きていけるほど、冒険の旅は甘くないよ」
鞘に収められた状態の剣を持って、勇者様が立ち上がった。
そして。
「……きゃっ!」
気がついたら、私はベッドに押し倒されて首に鞘に収められたままの剣を突きつけられていた。
「この程度もあしらえないようなら、足手まといになるだけだ。着いて来るのであれば、僕は君に相応の実力を求めるよ。ただ冒険心を満たしたいだけの子供に付き合う気はない」
私の肩を押さえつけている勇者様の左手に力が込められ、まったく身体を動かすことができない。その痛みに、暴力に。押さえつけられた、ただそれだけのことで簡単に心がつぶされた。
息をすることも出来ない。
怖かった。
そして、情けなかった。
私はお姫様じゃないのだから。勇者様に護られる存在ではないのだから。
現実は物語と違うのだと、思い知らされたように思えて。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごべんなさい」
涙と、鼻水があふれた。
そんな私を哀れんだのか、勇者様は剣を引いてそっと私の頭をなでた。
「脅かしてごめんね。でも、わかって欲しい。冒険者なんてみんなごろつきと一緒だから。君が本気で冒険の旅を望むなら、君はそれらと渡り合えるだけの力を身につけなければならない」
勇者様が、タオルで私の顔を拭ってくれた。そのまま渡されたタオルで顔を隠したまま私は声殺して涙を流し続けた。とても顔を見せられはしなかった。
「……しつれい、しました」
顔を隠したまま、勇者様の部屋を飛び出して自分の部屋に逃げ込んだ。
ベッドにうつ伏せに倒れこんでそのまま泣きじゃくる。
ずっと憧れていた。その気持ちは今も失われていない。
けれど、だけれど、気持ちを整理するのには時間が必要だった。
――たぶん私はそのまま眠ってしまったのだろう。
翌朝、いつもの時間に目を覚まして、私が思ったのは「すぐに泊まりのお客様の朝食を準備しなければ」ということだった。
父も母も夜遅くまで酒場をやっているので、泊まりのお客様の朝食を用意するのは私の仕事なのだった。仕込みは前の晩に父がやってくれているはず。私はそれを軽く暖めなおしたりするだけでよいのだ。
身だしなみを整えて、部屋を出たところで昨夜のことを思い出した。
まだ勇者様にあわせる顔がない。
大部屋の前を足音を忍ばせて通り過ぎ、小部屋の前を通りがかった時、何か物音と小さな悲鳴が聞こえた気がした。
「……お客様、どうかなさいましたか?」
扉を軽く叩いてみたが、中から返事はなかった。
ここは旅人の女性と、私より小さな一人旅の女の子に相部屋をお願いした部屋だ。無理に相部屋をお願いしたわけだし、何か問題でもおこったのかもしれない。
もういちど扉を叩いてみたけれど、中からは物音ひとつしなかった。
しかし、あの物音と悲鳴はただごととは思えなかった。
扉を押してみるが、当然中からカギがかかっているようでびくともしなかった。
……何かあったら、大変だし。
私は階段を駆け下りて、母を揺り起こした。ぶつぶつ文句を言う母を説得して、それからマスターキーを手に、母と一緒に小部屋に戻る。
カギはかかったままだった。
マスターキーでカギを開けると、鎧戸が閉められているのか早朝にもかかわらず部屋の中は真っ暗だった。入り口に備え付けのランプに火を灯し、声をかけながら部屋に入る。
「お客様、何か物音と悲鳴のようなものが聞こえましたが、何かありましたか?」
ランプで部屋を照らすと、二つ並べられたベッドの片方に小さな身体が横たわっていた。
ご家族を探して旅をしているという、みぃちゃんだろう。
もう一方のベッドには、誰かが使用した形跡はあったものの誰もいなかった。
旅人さんは部屋を取っておきながらこの部屋で眠らなかったのだろうか?
「窓開けるわね」
母が鎧戸を開けた。朝の爽やかな風と光が部屋の中に差し込んで、照らす。
「お休みのところ、お騒がせして、すみませんでし……」
朝の光に照らされて。
――ベッドに横たわるみぃちゃんのその小さな身体には、首がなかった。
魔法やら特殊能力やらが存在する世界で、密室殺人だなんてちゃんちゃらおかしいでしょうけれど。ようやく事件が起こりました。
ちなみに密室から抜け出した手段だけがヒント少ないですが、ここまで書いた情報で、だいたい部屋の中で何がおこったのか想像できると思います。推理小説書いてるつもりはまったくないので、たぶんいきなり次で何が起こったのか全部わかるはず、です。




