ニ、着替えちゃった
主人公視点に戻ります。
「……それにしても、おまえ嫌がってた割りにゃ妙にその気になってるじゃねーか」
部屋に入るなりティムがそう言ってニヤニヤ笑った。
「宿の娘に声かけたりなんかして、お前本当は女の方が好きなんじゃないだろうな?」
僕は、その言葉を小さく微笑んで受け流した。兜を脱ぎながら、ティムを見つめて口を開く。
「……ああいう娘さん、実は好みなんだ」
そう言ったとたん、セナがざざっと後ずさった。
「ロナ! あ、あなたそういう趣味の人?」
「何がおかしいんだい、セナ? 僕としてはああいう純真な夢見る乙女が微笑ましくて好きだと言ったのであって……」
ここであたしに意識を戻す。
「あたしには別にそーいう趣味はないわよ?」
あたしがそう言うと、セナが首を斜めにした。
「おかしなこと言うのね、ロナ。どちらもあなたでしょう?」
「あたしじゃないわよ、ロナルドは」
あたしは理由を言おうとして口を開き、言いかけてやめた。言葉であたしとロナルドの違いを説明するのは、少しばかり難しいからだ。
「よくわからないわ」
セナがさらに首を斜めにする。
「……どっちだっていいだろ、二人とも。そんなことより風呂にでも入りに行こうぜ」
ティムがいつの間にかちゃっかりと着替えを用意して脇に抱えている。
「マスターとも今日は男同士の裸の付き合いができますな」
「……ちょっとまってよ。そういえばそうよね。あたし、いま男の姿なんだから」
ここであたしは少し考え込んだ。
「セナ、さっきかけてくれた幻影魔法って、どこまで男の姿に見えるの?」
「光の屈折とかで単純に別の姿を見せているわけではなくて、見た者の認識に割り込みをかけるタイプだから、あなたが裸になっても男性と認識されるわ」
「……あたしが男に見えるだけなの?」
鎧とかも白銀から蒼く変わってた気がするけど。
「認識をいじるから見えるだけじゃなくて、触られても大丈夫よ? ……注意点としては、見た人の認識を利用するから、男性の裸を見たことがないと局部の描写が曖昧になっちゃうので、女性に裸を見られると不審に思われることがあるかもしれないわ」
うふふん、となにやら頬を染めてセナが頬に両手を当てる。
「……いや、そういう心配はいらないから」
「それと、あくまで魔法はあなた自身にかかっていて、そのあなたを”見た人”の認識に介入するものだから、直接あなたの姿を見ない場合には男性の姿に見えないから気をつけてね」
「どういうこと?」
「例えば鏡に映った姿だけを見られた場合や、このあたりにあるかはわからないけれど写真に撮られたりした場合、写真には男性の姿では写らないわ」
「……」
案外制約が多い気もするが、たぶんあまり問題にはならないだろう。
しかし、あたしそろそろちょっともよおして来てるんだけど。トイレに行ったらやっぱり殿方のアレが見えてしまうのだろうか。それはちょっと問題な気もする。
「なーに考え込んでんだ? 外見上男なんだし、俺らとフロ入ったところで別に困ることはないだろ? それともその格好のまま女湯に入れると思ってんのか?」
「……冗談じゃないわよ。あんたらの裸なんか見たくもないし、男の格好の自分の裸を見るのもごめんだわ。それよりセナ! あたしトイレはどうすればいいのよ?」
外見上は男性でも構造上は女性のままのはずだ。変わるのが認識だけで実際に姿が変わっているわけではないのなら、男性のように用を足すことは出来ないんじゃないだろうか。
「……あら。あらあら。それは盲点だったわね」
セナがごまかすようにあらぬ方向を向いて、ほほほと笑う。
「その格好で殿方のように立って用を足そうとしたら、きっとズボンが大変なことになると思うわ?」
「あらあら、じゃないわよ! 今すぐこの魔法解いて。あたし女の格好でもう一部屋取るから!」
「おい、無駄に部屋とることないだろーに」
「ティム! あんたあたしを捕まえた賞金で懐が自然発火するほどあったかいはずよ。少々の出費はあきらめなさい」
あたしはティムをぴしりと指差すとセナに迫った。
「さ、早く、魔法解いて!」
「ロ、ロナ、その美形顔で迫るのはよして頂戴」
セナがなぜか頬を赤く染めてつぶやく。
「何赤くなってんの! 早くしてってば!」
セナが何事かぶつぶつつぶやき、あたしは元の姿に戻った。
「じゃ、着替えるから男共はさっさとお風呂にでも行ってちょーだい!」
あたしはそう行って手早くティムの鎧を外した。
「ところでマスター、どうなさるおつもりで?」
サークが部屋から出て行きかけて振り返った。
「まぁ、見てなさい。女ってのは化けるもんなの! まほーなんかかけなくても少々服と髪型かえるくらいで見違えるものよ」
片目でウィンクしてとっとと部屋から出て行くように男性陣を促す。
出て行ったのを確認すると、ティムから借りて穿いていたズボンを脱ぎ、腰帯をほどいて貫頭衣も脱ぎ捨てて上着一枚に下はぱんつだけの格好になる。
上着の裾は少し長めで一応下着がギリギリ見えない程度の長さではあるのだが、流石にこの格好でうろつきまわるのは露出狂の変態だろう。ポーチからいくつか着替えを取り出してベッドの上に並べる。
「セナ、どれがいいと思う?」
「……そのポーチってどうなってるのかしら?」
なぜかセナが目を丸くしていたので、
「ん、二次元ポーチがどうかした?」
後ろで大きくひとつに編んであった髪を解いてポニーテールにしながら聞く。
「今、あなた、その腰の小さなポーチから布の服を何枚も取り出したじゃない。丸めてもちょっと入りそうにないように思えるのだけれど?」
「え、こっちの冒険者って二次元ポーチも使わないの?」
こっちの冒険者は一体どうやって戦利品とか持ち歩いてるんだろう??
「かさばる荷物をものすごく薄くして、持ち運びしやすくする道具なんだけど。旅の必需品でしょう?」
ちなみに薄くなるだけで重さはあんまり変わらなかったりする。
「……他にも何か面白いもの持ってたりするのかしらぁ……?」
なんだかセナの瞳が妖しい。彼女が妙に間延びする口調で話し始めると、あまりろくなことになってない気がする。
ここは逃げた方がよさそうだ。
「……んじゃあたしは部屋取ってくるから」
適当に一番近くにあった布のワンピースを頭から被り、部屋から出ようとしたとたん、エバがベッドに座って足をぶらぶらさせているのに気がついた。
「……妙に気配が薄いから気がつかなかったけど、エバ、いたの?」
「ボク、ずっといたけど?」
きょとん、と首を傾げてエバが笑う。
「その服より向こうの赤い服の方よくないかな?」
「……そう?」
「その服は似合っているけれど、一人旅の女性ぽくないね。むしろ男装するくらいのほうがそれっぽいよ。ティムに借りたズボンあったでしょ、あれ穿いてその上からあの赤い服を羽織った方がいいね」
「そうね、悪くないかも」
先ほど脱ぎ捨てたティムのズボンを穿いて、着たばかりのワンピースを脱ぐ。それから前が開いた赤いドレスを羽織って胸の前だけボタンを止め、腰にポーチをつける。
「うん。いいかんじだね」
エバが親指を立てて微笑む。
「……ところで、エバなんでここにいるわけ?」
「部屋取りに行かなくていいの?」
素で返されて気が抜ける。
……まぁいいか。どうもエバって思っていた以上に子供のようでもあるし。
広げた服を腰のポーチにしまい、それからちょっと考えてティムから借りたアーティファクトもポーチにしまう。一応保険だ。
そうして部屋を出ようと扉を開けたら、人にぶつかった。
「な……あんたら、まだこのへんでうろうろしてたの?」
あたしが言うと、サークがはははと笑った。
「いや、マスターが”まぁ見てなさい”といわれたもので」
「うん」
二人で何やら目配せする。
あたしは無言で二人に一発づつ蹴りを入れた。それからバカどもはほっといて、こっそりと階段の途中の窓から裏庭に下りて玄関に回った。
……いそがないと漏れちゃう。




