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母をたずねて三千年  作者: 三毛猫
第三話「ソトの村殺人事件~犯人はあたしだっ?!~」
15/29

 一、勇者さまが来ちゃった!(フィアナ)

宿屋の娘さんの視点になります。

第三話は何人か視点が入れ替わりますので、サブタイトル横に名前が入っていたらロナ以外の視点から書かれたものと思ってくださいませ。

■フィアナ視点


 西の空が赤い。窓から外をぼんやりながめていると涼しい風リュピィスがそっと吹き込んできてカーテンを揺らした。

 ……ふう。

 椅子を窓のそばに持って行き、腰掛けて窓辺に頬杖をつく。

 一階の大通りに目を落とすと、一日の仕事を終えた人々が帰路を急ぐのが見えた。

(どこかいいひといないかしら)

 もうひとつため息をついて、そっとつぶやく。

(伝説の勇者様もしくは白馬の王子さまっ! どこかに転がってないかしら……)

 そーっと目を凝らして通りを見下ろすが、そんなものがおいそれと転がっているはずもない。

「宿屋にいれば、いつかは勇者さまや騎士さまが来ると信じていたけれど……。家出しちゃおうかな……」

 そうひとりごちたとき、階下から私を呼ぶ声がした。

「フィアナ! おりてきて手伝って!」

 母だ。せっかく気持ちよく浸っていたのに、突然、宿屋の娘という現実に引き戻されて、私は少なからず気分を害した。

「……はぁい。今行きます」

 私はあまり気が進まないながらも返事だけはしておいた。

 母の話が本当ならば、私はまるで物語のような一大ロマンスの末に生まれたということなのだが、今現在のすっかり宿屋の女将が板についてしまっている母を見ると、そんな話はまるで信じられない。

「フィアナ、早く下りて来て!」

 再び階下から母の声がした。

 たぶん泊まりのお客さんが来たのだろう。街道から外れたこんな小さな村には滅多に宿泊のお客さんは来ないので、うちの宿屋は普段一階の酒場が主な仕事なんだけど、たまには麦の買い付けに来た商人などが宿泊することがある。

 宿泊客の案内と部屋の支度は私の仕事だ。まだ時期じゃないので今は泊まりのお客はおらず部屋の支度はさぼり気味だった。

 ……麦の買い付けにはまだちょっと早いのにな。

 私はひとつため息をついて、返事をするかわりにわざと大きく足音を立てて部屋を出た。

 でもお客さんには不快感を与えたくはないので、階段は静かに下りる。こういうところ、やっぱり自分も客商売の家の娘なんだろうかとつい苦笑する。

 ところが階段を下りる途中、ふと手すりからひょいと階下を見下ろしたのがいけなかった。

「え……? うそ……」

 私はあんまりびっくりしてつい足を踏み外してしまい、階下まで一気に転がってしまったのだ。

「う……う~ん」

 お尻が痛い。おもいっきりぶつけてしまった……。

 で、でも、ゆ、夢じゃないよね。痛いってことは、夢じゃないよね。

 起き上がろうとした私の目の前に、白い手が差し伸べられた。

「大丈夫かな?」

 見上げた私の目の前に、一目で特別な装備だとわかる蒼い鎧を身につけた勇者さまがいた!

 ……やっぱり、見間違いじゃなかった!

 ぼーっとしていると、勇者さまが私の手を取って、ひょいと立たせてくれた。

 私は慌ててバタバタと服の埃を落として「ど、どうも、ありがとうございました」と頭を下げる。顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。変に思われるだろうかと思うと、顔を上げることも出来ない。!

「……娘のフィアナです。お待たせして申し訳ありません。今案内させますので」

 母はお客様には丁寧に対応しつつ、私のことはからかうように見つめてきた。

 母は私が日頃どんなことを夢見ているかを知っていて、わざと私を呼んだのに違いない!

「かわいい娘さんじゃないですか。将来きっと美人になりますよ」

 勇者さまがにっこり微笑んだ。

「そうだといいんですけどね……」

 母が苦笑して続ける。

「うちの娘ったら十四にもなってまだ白馬の王子さまを夢見るような子でして」

「わ~わ~わ~っ! やめてよお母さん!」

 慌てて母の口を塞ぎに入るが時既に遅し。

 背後で勇者様御一行が微笑しているのがわかる。

 ……ますます気まずくなってしまった……。

「お嬢さん。僕でもあなたの王子様が務まるかな?」

 勇者さまが私の後ろから半分冗談じみて言ったのが聞こえる。

「お客さん、うちの娘をからかわないでください。ほら、フィアナ、早く部屋に案内して。奥の大部屋は準備できていたでしょう?」

 母がそう言って私の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「え、えーっと、勇者さま、こっちです……」

 真っ赤になっている顔を見られないように、そそくさと二階への階段へ向かう。

 一度だけちらりと振り返ると、勇者さまの後ろに黒いローブの女魔法使いがいた。

 あのひとは勇者さまとどういう関係なんだろうか。

 知りたいけれども、会ったばかりでそういうことを聞くのも失礼だし。

「……お客様、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 とりあえず後ろを向かずにそう言ってみた。

「僕かい? 僕はロナルド。彼女がセナで、その後ろがティム、エバ、サークだよ」

 勇者さまの答えには、あの女魔法使いを特別に思っている響きはなかった。

「ロナルド様ですか。異界の巨人ダークストライダーを封印なさった青の勇者さまと同じお名前ですね」

 少し安心して世間話に持ち込む。

「フィアナさん、でしたっけ。あなた英雄物語アーリ・パイア読みまくった口でしょう?」

 セナと呼ばれた、女魔法使いの人がにこりと微笑んだ。

 その様子に、ぴんと何か感じるものがあった。

「わかります?」

 私の大好きな英雄物語アーリ・パイアのことを言われて、私もつい微笑んで振り返ってしまう。

「母にもからかわれましたけど、私、ああいう伝説の勇者さまに憧れてるんです。青の勇者ロナルド様やその友人のフォールド様、剣一本で赤熱の巨人レッドホットジャイアントを倒したオークス様、邪悪なダークドラゴン・リア=ティーグにさらわれた王女ミルシードを救った剣の騎士アークライト様! もう考えただけでぼーっとなってしまって……あらっ?」

 はっと気がつくとロナルド様が苦笑していた。

 エバと呼ばれた少年など壁に寄りかかって眠ってしまっている。

「す、すみません! つまらないことばかり喋ってしまって。すぐにお部屋にご案内しますから」

 あわてて前に向き直る。

「つまらなくなんてないわよ。フィアナさん勇者さまに憧れるのは女性として当然だわ!」

 セナさんが私を励ますように力強く言ってくれた。さっきまで少しきつい人だなと思っていたが、こう言われるとなんだかいい感じの人だなと思ってしまう自分の能天気さが面白い。

「ありがとうございます! えーっとお部屋の方はこちらです。食堂兼酒場と浴場は一階になります。私は向こうの一番奥の部屋にいますので何かありましたらいらしてください」

 営業用の微笑じゃなしに、にっこりとして私はひとつ頭を下げた。

「後で遊びに行ってもいいかしら?」

 セナさんがそう言ったので私はもちろんですとうなずいて、「冒険のお話、聞かせてください」とセナさんに微笑みかけた。

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