ぷろろーぐ
第三話はベースとなるお話が未完成のため、途中で大幅に更新が滞る可能性が高いです。
※2013/03/21 1:45 細々と修正しました。
赤い荒野が、突然まるで定規で線を引いたかのように草原に変わった。
一歩草原に踏み込んだとたん、突き刺すようだった日の光も心持和らいだ気がする。
きっと火の精と水の精あたりが生真面目なヤツで几帳面に区分けしたんだと思うけど、それにしても面白い現象だ。空気までもが、埃っぽい風から瑞々しい爽やかな風に変わったようで、あたしは思わず大きく深呼吸してしまった。
あと一キロも歩けばちいさな村がある。今日のところはその村で休むことにしよう。明日の朝早くに出れば、半日もかからず王都ヘストアにつけるだろうから。
ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、いきなり背中をどん、と叩かれて心臓が口から飛び出しそうになった。悪意がなかったから避けようという意識すら浮かばなかったのだが、思った以上に痛かった。
「……いきなり何すんのよっ!」
ぜんまい仕掛けの人形のようにギリギリと振り返ると、ティムがからかう様にニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「お前がぼーっとしてたんで、な」
「ほっといてちょうだい」
……ったく。いったい何考えてんだろう、こいつってば。
そう思いつつも、不意打ちをかまされて避ける必要がないと感じるほどに気を許している、自分の考えもよくわからない。
出会ってまだたったの三日ほどしかたっていないっていうのに。
しかも最初ティムのやつってば、あたし殺す気満々で斬りかかって来たっていうのにね。
「ほんと仲がいいのね、あなたたち」
セナがティムの後ろで杖を片手でくるくると回しながらクスクスと笑った。
「あなたって、ヒマがあればロナにちょっかいだしてるじゃない」
「ひとの勝手だろ」
ティムがひらひらと手を振る。
なんだかその様子にちょっとむっとしたので、体をひねりつつ一回転してティムに左の裏拳を叩き込み。
「勝手じゃないわよ。あたしはあんたのおもちゃじゃないんだからっ!」
言葉と同時によろめいた所に右の膝を鳩尾に叩き込んでやる。
「人の神経逆なでしてる暇があるんなら、もっとほかの有意義なことしなさいよ!」
まともに喰らったティムは音もなく崩れ落ち、あたしはふんっ、と鼻をならして歩き始めた。
……あたしはまだ、そこまで気を許したわけじゃないのだ。
「んー。ロナってば、なんか虫の居所が悪いみたいだねぇ」
エバがティムを助け起こしながらつぶやく声を背後に聞きながら。
久しぶりにおいしーもの食べたいなぁ……。
あたしの頭の中は、既に今夜の夕食のことでいっぱいになっていた。
事の起こりはティムの奇妙な提案だった。
村に入るのに何か考えがあるようなことを言っていたので、「どーすんの?」って聞いたら「お前目立つから変装しろ」という割と当たり前のことを言われたのだ。
それ自体は何で今までやらなかったのかってくらい当たり前の考えだった。あたしの容姿が手配書として出回っているのに、街道を歩く人が少ないのを良い事にこれまで顔を隠そうとすらしていなかったのだから。
しかし。
「……なんであたしがあんたの鎧なんか着なきゃいけないの。それアーティファクトでしょ?
ホイホイ他人に貸していいようなもんじゃないでしょうに」
だいたい他人が着てた鎧とかすごく汗臭そうでヤダ。
「どうせお前にゃ使いこなせんだろうし、アーティファクトなんてそこらで売りさばけるようなシロモノじゃないからな。お前は短絡的に持ち逃げするほどバカじゃないだろう?」
ティムが肩をすくめて言うが、それはたいして理由になってないと思う。
それは貸しても問題ないと考える理由であって、あたしにアーティファクトを着せたい理由ではないはずだ。
「あー、ティム。あんたもしかして、自分の服を着た女の子に性的興奮を覚える変態だったりする?」
「……バカかっ! んなわけねーだろうが!」
必死で否定する所が返ってアヤシイ。
「だったら別にあたしがあんたの鎧なんか着る必要ないでしょう? そうね、手配書だと肩当てと剣が目立っていたから、セナにローブでも借りて魔法使いっぽく見せるのなんてどう?」
セナを見ると、「予備のローブ、あるわよ」と小さく頷いた。
「ローブの内側に短剣を隠せば、いざという時にも大丈夫でしょうな」
サークも同意して頷く。
「まぁ動きにくそうだけど、重そうな鎧を身につけるよりはローブの方がいいよね」
もともとあたしは防具は肩当てしか装備していない。素早さが身上の剣士なのだ。
エバはと見ると、彼は小さく首を傾げて微笑んだ。どちらでもいいというか特に意見は無いようだった。
「で、三対一なわけだけれど。なんであたしがあんたの鎧を着なきゃいけないわけ?」
じろりとティムをねめつけると、妙にうろたえた様子でティムが頭をかいた。
「……あー、うん。しょうがない、俺が自分の服を着た女に性的興奮を覚える変態ということでいいから、これ着てくれ」
先ほど否定した剣幕がウソのようにあっさりと、なぜだかティムは自分が変態だと認めて鎧をこちらに差し出してきた。
差し出された鎧を前に悩む。
……いったい、何が理由なんだろう? 変態趣味は冗談としても、ティムの鎧をあたしが着て彼にいったいなんの得があるというのだろうか。
「ティム、正直に言いなさい。理由がわからずにそういうことされるの気持ち悪いんだけど」
差し出された鎧を押し返すと、ティムがもごもごと口ごもる。
「いや、別に、変なことはないんだが……」
「明確な理由がないなら、あたしはそんな重そうな鎧なんか着ないわよ? おかしな理由であってもいいから、ちゃんと言いなさい」
じろりと睨みつけると、言いづらそうにティムが口を開いた。
「……信じなくていいんだが、俺の鎧と剣がお前に興味があるらしい」
「んー? まさかそのアーティファクトがあたしに乗り換えようとしてるってこと?」
アーティファクトには意思がある。今の使用者が気に入らなければ新たな使用者を選ぶことだってたまにはあるのだ。
「いや、どうもお前が昔の知り合いに似てるらしくてな。確認したいからロナに装備されたいとうるさいんだ」
「……え? まさか喋るの? そのアーティファクト?」
「ああ」
「おや、それはまたレアですな」
サークが驚きの声を上げた。
アーティファクトの意思とは通常何となく感じられる程度のものであって、認められた使用者であっても明確な意思疎通を行えるようなものではない。使用者に語りかけてくるような強力な意思を持っているアーティファクトだなんて、御伽噺か伝説にしか出こないのだ。
……ティムって一体何者なんだろう。代々伝わってるって言ってたけど、まさか伝説の勇者の血筋とかそういうやつなんだろうか。
「……いいわよ。着てあげる」
自身の肩当を外して、ティムの胸鎧を受け取る。
「いっそのこと、ティムとあたしで装備まるまる交換する?」
ちょっと悩んだが、アーティファクトを借りてしまうとティムの装備がなくなる。あたしの剣と肩当ては別に意思とかないので使い方さえ知っていれば誰でも使えるものだ。ティムであれば多分使いこなせるだろう。
あたしが借りたアーティファクトの方も、特殊能力が使えないだけで通常の武具として使用する分にはおそらくそれほど問題は無いはずだ。あたしは長剣より短剣の方が使い慣れているが、まぁたぶん大丈夫だろう。
「……そういえばロナの装備って、ちょっと変わってるよな」
ティムがあたしのはずした肩当てを興味深そうにじっと見つめる。
「先ほどちょっとだけ拝見しましたが、あまり見かけないですな」
「わたしも興味あるわ」
サークやセナも興味深そうに外したあたしの肩当てをのぞきこんできた。
「んー、じゃ簡単に使い方説明するね」
あたしは外した肩当てをティムに渡す。
「……これ、どうやって装備するんだ?」
ティムが困惑するのは当然だった。あたしの肩当てには装備するための紐とかベルトとか一切ついてないからだ。
「あ、それ単体じゃ無理。ちょっとまってね」
あたしはちょっと帯を緩めて上着の裾から内側に手を突っ込み、着ていた装着具を外して引っ張り出した。
「この柔らかい革の胸当てみたいな革のベルトの前と後ろ、左右についてるこの四つの丸いメダルみたいなの、これが肩当てとの結合部になっててね。このメダルの位置を基準として、一定の距離に浮かぶようになってるの」
「これ……女の下着みたいだな」
ティムが、渡した装着具をつまみあげて複雑な表情でうなった。
「んー、別に女性用ってわけじゃないけど、あたし用に手直ししてあるからちょっと形がアレかもね。……変な気は起こさないように?」
実際下着代わりに使っていたわけではあるが、あえてそのことは言わない。
「お、おう」
「この胸の中央のところのメタル部分に思考制御の機構があって、あんまり考えなくてもある程度肩当ての方で勝手に防御してくれるのよ。あ、あたし左利きだから右肩に装備してるけどティムは左に装備した方がいいわね。付けてあげるからこっちに背中向けて」
「……お、おう」
「とりあえず服の上から着けてあげるけど、この装着具は元々鎧の下に着けることを想定してるものだから、防具としてはたいして役に立たないから気をつけて」
素直にこちらに背を向けたティムの背中から装着具を回してベルトを調節する。もともとあたしの身体に合わせていたものだからちょっときつそうだ。しっかりと装着具が固定されたのを確認してから肩当てをティムの左肩にかぶせると、肩当てはふわりと浮かんで定位置で固定された。
「……うん。左側の結合部は長いこと使ってなかったけどだいじょぶみたいね。じゃ、動かしてみて?」
「動かすって……うお」
肩当ての三本ロッドがしゃきんと伸びて三方向に広がる。
「よしよし上出来。あとは剣ね。肩当ての内側に入ってるから抜いてみて」
ティムが剣の柄の部分だけ引き出して、それから小さく首を傾げる。
「どうやって使うんだこれ」
「いろいろ出来るけど二つだけ教えとくね。ここを押して剣を振るうと、中の液体金属で刃が形成されて通常の長剣として使えるわよ。も一度押すと柄だけの状態に戻るから、刃こぼれとか血糊や脂で切れ味が落ちた場合は一度刃を消して再生成すれば元通り。あとは刃を形成していない状態で”斬ろうという意思”を柄に込めると、光の刃が形成されから。電磁バリアとか特殊フィールド張ってるような物理攻撃が効かないやつがいたら試してみるといいわよ」
「お、おう?? でんじばりあって、なんだかわからんが……」
「ただし光の剣は実体がないから切り結ぶ時には気をつけるように」
カートリッジによる各種の属性剣の説明まではいらないか。
「あとは……なにか注意することあったかな」
人差し指をあごの下にあてて思案していると。
「……」「……」「……」
ティム、セナ、サークの三人から無言で見つめられてぎょっとする。
「な、なによあんたら。三人そろって無言で見つめられると気味悪いんだけどっ!」
「な、なぁロナ。これアーティファクトじゃないんだよな? そんな気配しねーし」
「魔力も感じないわ。魔法の武器でもないみたい」
「……これはもしかして、遺失技術によるものですかな」
三人そろって詰め寄ってくるのがちょっと怖かった。
「そこまで珍しくもないでしょう? 確かに手に入れるのはちょっと苦労したけど、アーティファクトなんかと違って世界にひとつしかないってわけでもないんだし」
ちなみに古の剣も肩当て(光の鎧の一部)も、どっちも工場の大量生産品だ。今では遺跡の奥深くに行かないとなかなか手に入るものではないけれど、そこまで大騒ぎするほどのものではないはずだ。これまでにも予備の部品とかカートリッジはいくつかげっとしてきたし。
だいたいうちの地元なら、同様のものは普通に売買されている。
もしかして。
「……こっちの方って、科学の武具ってあんまりないの?」
あたしの問いに、サークが大きく頷いた。
「この大陸はかつて魔法帝国が栄えたところですからな。魔法の道具はあちこちの遺跡から見つかりますが、マスターのお持ちの装備のようなものはあまり」
「あのさ、ロナ」
「あげないわよ」
ティムにぴしゃりと言い放つ。
「いや、」
「アーティファクトと交換もしないわよ」
「う。あ……いや、そうじゃなくてだな」
口ごもるところを見ると、一瞬頭をよぎったな?
「お前のこの装備って、俺のアーティファクトと違って誰でも使えるだろ。ほんとに借りてもいいのか?」
「このアーティファクト、置いて逃げたりはしないでしょ? でも……持ち逃げしたらコロス」
「あ、ああ、大丈夫だ」
ぶんぶんとなんども頷いてティムが乾いた笑いを浮かべる。
「それより、そろそろその鎧、装備してやってくれないか」
ごまかすようにティムが彼の鎧を指差す。
「……そういや胸鎧と剣と兜があるのよね。アーティファクトの意思ってどうなってるの?」
「それぞれが意思をもってるぞ?」
「兜ならちょっと前にかぶったけど、兜は何も言わなかったの?」
「いやそのせいで兜のやつお前が知り合いに似てると言い出して、鎧が自分にも確認させろということになったんだが」
「ふーん?」
剣はだんまり?
まぁ、なんでもいいや。装備してやれば気が済むというのならぱぱっと装備してやろう。
首からさげた真紅の宝石の護符を一度首から外して、受け取ったティムの胸鎧を貫頭衣の上から装備する。前後に分かれて横を革のベルトで止める感じの構造のようだ。
「うへ、胸のとこきっつい」
「……言うほど胸ないだろ?」
とりあえず正直者を殴り倒してすっきりしてから、革のベルトをきゅっと締める。
「思ったほど重くはないのね」
それに意外に動きやすい。
こういった金属製の鎧はあまり好みじゃなかったのだけれど、意外に悪くなかった。もしかしたらアーティファクトだからなのかもしれなかったけれど。
「ついでだ」
起き上がったティムがあたしの頭に兜をかぶせ、腰に差していた長剣を剣帯ごと突き出してきたのでベルトを締めて装備する。
”お久しぶりです、グランドマスター”
”ね、だよね。略してグランマだよね?”
”……グランマじゃ祖母だろう。しかし確かに似ているようだなグランドマスターに”
「……特に何もおこらないわね? ティム、アーティファクト何か言ってる?」
あたしは鎧の上から胸に手を当ててみたり、長剣を鞘から抜いてみたり(ついでにちょっとかっこつけてみたり)したけれど、特に何も変わった様子はない。
精神力が奪われる感じもしないから、別に使用者として認められたわけでもないだろうし。
「……いや、気が済んだのか今は落ち着いてるみたいだな」
”マスター? おかしいですね。私たちの声が届いていない様子ですが”
”あ。今あたしたちを装備してるのグランマだから、てぃむますたーと接続きれちゃってる?”
”どうやらそのようだ。しかし、グランドマスターにも声が届いていないようだがどうしたことだろうか”
「だいたいさ、このアーティファクトってティムの家に代々伝わってたものなんでしょ? あたしが似てたとしても、その知り合い本人なわけないじゃない」
「……言われてみればそうだな」
ティムが今更気がついたようにぽんとひとつ手を打った。
”……しかし”
”……そっくり、だよね?”
”……存在が同じと感じられるのだが”
「ロナ、あなたホンモノの勇者様みたいね」
何か妙な気配を感じてセナを見ると、胸の前で両手を組んでなにやらキラキラした眼差しであたしを見つめていた。
「いや……あたしは勇者じゃないったら」
「幻影魔法かけてあげるわ」
セナがそう言って、杖をあたしに向ける。
「え、何?」
こつん、と杖で装備した鎧をつつかれて。
青い光がつつかれた先から広がって、あたしの全身を覆った。
「何したのよ、セナ」
光がはれたが特に身体に異常を感じることはなく、何をされたのかよくわからなかった。セナが何か魔法をあたしにかけたらしいが、一体何の魔法をかけたのだろう?
「ほほう」
サークがあたしを見て感嘆の声をもらした。
「なかなかお似合いですよ、マスター」
「意外だな」
ティムもあたしを見てつぶやく。
「いったい何よ? ……って何これどゆこと」
あたしは自分の身体を見下ろしてみた。もともと白銀の輝きを持っていたティムの鎧が蒼くなっているのはどうでもいいのだけれど。手や足も、肌の色も変わらないし、どこか女性的なところも残っているが、明らかに体つきが男性のものに変わってしまっている!
「……セナ……どーいうことよ、これ」
「あら、青の勇者様が女言葉なんかを使ったらおかしいわ?」
「すっとぼけないで! なんか妙なまほーかけたと思ったら、なんで男のかっこうなんかになるわけ?」
「いーじゃないの、似合ってるんだし。男の姿ならだれもあなたを賞金首のロナだなんて思わないわよ」
セナがそう言って、ウィンクする。
……たしかにそうかもしれない。考えてみたら単純に装備を変えるよりも、見た目そのものが変わった方が変装としては良いような気がする。というかそういう魔法があるなら最初から言ってくれれば、ティムと装備交換なんてしなくてもよかったのに。
一度大きく息を吐いて、何度か深呼吸をして意識を切り替える。
「……わかった。それじゃこれから僕のことはロナルドと呼んでくれるかな」
ちょっと気取ってセナにウィンクを返すと、瞬間セナの瞳がぽわんとなった。
「……は、はいっ! わかりました青の勇者ロナルドさま!」
「……ちょっと、セナ! どーしたのよ?」
小声で囁くと、セナははっと気がついた様子で、
「あ……。あ、ご、ごめんなさいね。あんまりあなたが素敵なものだから、つい」
「……なんかあぶないな、お前ら」
ティムがぼそっとつぶやいて、あたしとセナは苦笑した。
”きこえてるんでしょ、グランマ! 無視しないでよ~;;”




