六、お茶しちゃった
何歩もいかないうちに、背後からどんという鈍い音と、続いてバチバチと何かが弾けるような音がして、何かつんとする独特の臭気が漂ってきた。
足を止めずに顔だけ振り返ると、巨大な光の柱、いや、あれは束になった雷だろうか。雲ひとつ無い青空だと言うのに、上空より数十、数百条もの雷が地面の一点に向かって降り注いでいた。
「あー……」
こりゃティムのやつ、死んだわね。
心の中で成仏するよーに、となむなむお祈りを捧げてから前を向いて全力で駆ける。
「ほう、なかなかやるようですな、あの黒衣の天使殿は」
すぐ側を走るサークが、ちらりと背後を見てつぶやいた。
「あれ、魔法よね?」
「ええ、少々工夫されているようですが、あれは落雷の魔法でしょう。あの規模で使用されると百雷の魔法、あるいは千雷の魔法と言った所でしょうか。通常は何十人、あるいは何百人のも魔道士がそろってはじめて可能な集合魔法なのですが、個人であれをやるとはまた大した御仁です」
もう一度振り返ると、未だ光の柱のように雷が降り注ぎ続けていた。
あれは、もしかするとただ一条、ぴしゃんと落ちるだけの雷の魔法を、ものすごく短時間に連続で使用し続けることにより、光の柱のように見えているのだろうか。
「すごいわね。サークはああいうの、できる?」
言いながら足を止める。このくらい離れれば、とりあえずは大丈夫だろう。
とりあえず巻き込まれないくらいに距離を取れたとは思うし、あまり離れすぎても状況がわからなくなる。
「……私にもやろうと思えば出来ますが、やる意味はありませんな」
「あら、負け惜しみ?」
抱えたままのエバをそっと地面に降ろして、あたしもその側に片膝をつく。
魔女の方に刃の無い剣を向け、剣に接続していない肩当の三本ロッドうち二本も同じように向ける。剣の先、ロッドの先ふたつの三点で面を作るように。
未だ光の束が消えない所をみると、ティムはおそらくまだ倒れていないのだろう。
「いえ。マスターもお気づきになられたと思いますが、あの方は通常の落雷の魔法を短い時間で連続使用し続けているだけに過ぎません。もっとも、ヴァラ族ならぬただの人とあってはああするよりは他に無いのでしょうが……。私ならそんな面倒をせずに最初から百千の雷を一度に降らせます」
確かにそれが出来るのであれば、彼女のやっていることはだいぶ無駄なのかもしれない。
「ねぇ……魔法のこと、教えてくれる?」
盗賊都市のスケベ中年は人間には出来ないと笑っていたが、実際目の前で街のひとつくらい灰にできそうな魔法を行使している存在がいると、気になってしょうがない。
――ふと疑問に思う。
あたしはあちこちそれなりに長い間旅を続けてきたはずだし、この大陸にだって別に昨日今日来たというわけでもない、はずだ。あたしの田舎でこういった魔法という技術を見かけないのは確かなのだけれど、それにしたってあたしは魔法と言う技術を知らな過ぎる、気がする。
――あるいは”知っていたけれど忘れてしまっている”のだろうか。
ふるふると首を左右に振って、嫌な考えを振り払おうとする。
……光の柱は、未だに健在。
空が曇っているか、あるいは夜であればもう少し見ごたえがあったのかもしれない、なんて思うが、こうも変化がないと流石に見飽きてきた。
「マスターは魔法という物について、どの程度ご存知なので?」
サークがあたしの隣に腰をおろした。その辺の土をかき集めて両手でぎゅうと握り締めると驚いたことに土が溶けてまるでガラスのようになる。サークは器用に溶けた土をこね、湯のみのような形に整えると、ふう、と口で息を吹きかけてからあたしの前に置いた。
「あー、ちょっと前にね、白魔法と黒魔法ってのがある、ってことくらいは聞いた」
これも魔法なのだろうか。目の前に置かれた土の湯のみをつんとつつく。まだだいぶ熱いがやけどするほどではないようだ。
「今お茶を淹れますので少々お待ちを」
サークが自分の荷物から何かの乾燥した葉っぱを取り出し、両手で揉むようにしながら不可思議な呪文と共に湯のみの上にかざす。どうやら少し前に水を作った魔法のアレンジのようだ。
注がれたお茶は、わりといい匂いがした。手で絞りだしたようにも見えるが、まぁ細かいことは気にしない。
「お茶請けなにかある?」
「クッキーでしたら、いくらか」
差し出されたクッキーをかじり、湯のみから茶をすする。驚いたことにお茶は良く冷えていた。
ふぃー、と息を吐く。
ちらりと見ると、まだ光の柱は立ち上ったままだった。意外にティムのやつしぶとい。
「……白魔法をあれだけ使用し続けられると言うのは、流石に私にも出来ないかもしれませんな」
サークが自分のお茶をすすりながらつぶやいた。
「白魔法って……自分の精神力を力に変えるやつじゃなかったっけ?」
スケベ中年は火の玉を手のひらに生み出して、達人でも家1軒つぶせるかどうかみたいなこと言ってたような? あれが? あの光の柱が? 個人の精神力だけで生み出した物なの?
「そうですな。現在魔法と呼ばれている技術には、いくつかの分類があります。まずその成り立ちから分類しますと大きく三つに分かれます」
サークが右手の指を三本立て、そのうちの一本を左手で折り曲げた。
「まずは創世魔法と呼ばれるもの。この世界を創った二人の神、太陽と大地が使ったとされる魔法です。世界の理を生み出すものであると推測されますが、どういったものであったのかは流石によくわかっておりません。わずかに神話にそれは詩、あるいは音、それらの組み合わせによる何か音楽のようなものであったとされているだけですな」
「ほうほう」
詩で世界を創るとは、これまた素敵なふぁんたじーだ。
「次が神代魔法と呼ばれるもの。これは創世魔法によりソラとセラの生み出した神々、つまり世界を成り立たせる理の一部の側面を、切り取ったものであるとされています。これは例えるならお手元の湯のみのようなものですな」
「この湯のみみたいな感じって?」
「真上から見ると円の形、横から見ると長方形。別の形に見えますが、それは湯のみという円柱を別々の側面から見たに過ぎません」
「ほうほう」
ごきゅごきゅとお茶を飲み干しておかわりを要求する。
「もう少しわかりやすく言うと、ぶっちゃけ神の力というやつはあまりにもあやふやで高次元すぎて、そのまま扱うのが神々自身にすら難しかったわけですな。なので、例えば熱や光といったもう少し具体的な現象に落とし込んで利用しようとしたものが神代魔法というわけです」
「ふむふむ」
「神の力、この世界の理を神代文字と呼ばれる特殊な文字と、独特な発音による詠唱により再現するもので、非常に強力な反面、少しでも文字の形が変わってしまったり、ほんの少しでも詠唱を誤ってしまうと暴走してしまったりといろいろ扱いの難しい魔法です。この神代魔法の一部が神々より知恵のある生き物に授けられ、現在では古代語魔法として伝わっています。分類としては神代魔法と古代語魔法は同じものなのですな」
「ほむほむ」
クッキーおいしい。
「……真面目に聞いてますか?」
「うん、一応」
よくわかってないけどね。
「最後に現代魔法、あるいは古代語魔法に対して共通語魔法と呼ばれる魔法があります。面白いことに実はこの技術、古代語魔法とはほとんど関係がないんですな」
「へぇー」
名前からするとめんどくさい古代語魔法を簡略化して、使いやすくしたような印象を受けるけれど。
「古代語魔法に比べると比較的新しい技術で、約三千年前、魔神ダークストライダーがこちらの世界に出現したのがきっかけで生まれたと言われています。この共通語魔法は、その力の源による分類で大きく白魔法と黒魔法の二つに分かれます。前者の白魔法が自身の精神力を物理的な力に変換する技術で、後者は力の源を自身以外から得る技術です。古代語魔法との大きな違いは、呪文の詠唱が必ずしも必要ではないというところですな」
「そーなんだ?」
「ええ、共通語魔法なんて呼ばれているくせに、そもそも文字や呪文の詠唱を必須としないのです。古代語魔法との一番の違いがそこですな。さらには古代語魔法では必要としない発動体というものが必須となります。黒衣の天使殿はあの黒い杖が発動体のようですな」
「あれ斬っちゃえば、魔法使えなくなるってこと?」
「まあ、発動体があれだけということはないでしょう。予備の指輪くらいは複数持っているでしょうな。話を戻しますと、黒魔法はさらに細分化されます。異世界の力ある存在の力を借りるもの、精霊などこの世界の力ある存在の力を借りるもの、この二つが一般的な意味で黒魔法と呼ばれていますが、この二つを精霊魔法とも呼びます。この世界の神の力を借りるものは神聖魔法と称されています」
「神聖魔法って僧侶のお祈りで奇跡をおこすやつ? 分類的には黒魔法なんだ?」
「ええ、イメージ的には白なのでしょうが他者の力を借りると言う意味で黒魔法に分類されるのですよ。そして少し変わった黒魔法として、力だけでなく存在そのものをこの世界に呼び出すのが召喚魔法と呼ばれるものです。説明が前後しましたが、段階としては召喚魔法→黒魔法→白魔法の順で生まれたようです。まず魔神がこの世界の外から現れたことにより、この世界の外という概念が生まれ、そこからあの魔神のような力ある存在を直接呼び出してその力を行使させる技術として召喚魔法というものが作られたのですな」
「ほうほう」
魔神ダークストライダーが契機に誕生したって、そういうことなんだ。
「そのうち毎回存在そのものを呼び出すより、力だけ借りた方が楽という理由で黒魔法が生まれ、最終的には異世界の存在がそうしているように自身の力で世界に影響を与える手段として白魔法が生まれたのです。大まかな分類や種類としてはこんなところです。黒衣の天使殿は白魔法を使われているようですが、黒魔法を使える可能性はありますな」
「なるほどー」
ずいぶん話し込んでしまったが。
……いや、まだ雷の柱立ったまんまなんですけど。
どんだけ精神力あるんだあの人。
「死後に神、あるいは魔神として黒魔法の拠り所になってもおかしくないだけの力ですな」
流石にサークも驚いているようだ。
「……で、どうされます?」
「何を?」
「いつまでここでお茶を飲んでいるのかと」
「ああ、うん」
どうしようかな。対処法が思いつかない。
「魔法って、結局のところなんなの?」
「魔法と言うのはいかに不思議に見えたとしても、最終的にはこの世界の理に則った、ただの自然現象です。世界の理を変えられるのはこの世界を創った創世魔法のみですから、どんなにおかしな現象に見えても結局のところこの世に存在しうる現象でしかないのです」
「つまり?」
「魔法だなどと難しく考えずとも、あれは結局のところただの雷だということです。どうにでもなるでしょう?」
「無茶ゆーな」
言いながら剣の柄から肩当てのロッドを引き抜いて、雷の剣型に変形させてからカートリッジを差し込む。
自然現象の雷と同じであると言うのであれば、この剣でなんとかなるかもしれない。
「私のマスターなのですから、あの程度適当にあしらってくれなくては困ります」
「だから無茶言わないのっ!」
ぶん、と剣を振るってイカヅチの刃を形成する。
「でもま、ちょっとだけ頑張ってみようかな」
エバ頼むね、と言い残して。
肩当の三本ロッドを魔女の方に向けたまま、全力で駆け出す。
……そうしてあたしは。バカみたいなハイテンションで高笑いしながら魔法を撃ち続けている黒衣の天使さんの背後からそおっと近付いて。
その後頭部に、おもいっきり膝蹴りをかました。
「はぅ」
魔女はちいさくうめいて地面に崩れ落ち、あたしはよし、と拳を握る。
……いや、剣を使う必要すらなかったんですけど。




