五、おそわれちゃった
「あー……。なんか変な人だったね」
黒い点になって消えた魔女の方を見ながらつぶやくと、ティムが切羽詰った様子であたしの腕を引いた。
「急げ、いまのうちに街道を外れるぞ」
「ちょ、なんで? 今のでごまかせたんじゃないの?」
「セナの杖なら盗賊都市まで数時間で往復できる。他の賞金首に乗り換えてくれりゃいいが、お前本人に興味があるようなこと言ってたからな。あいつが戻ってくる可能性が高い」
「ティムとエバがあたし逃がしたって、ばれてるわけじゃなんでしょ?」
「直接はばれてないと思うが、エバと一緒に荷物かついで盗賊都市を出るところは街のヤツ見られてるからな。俺とエバをつなぐ線がお前しかない以上、関連付けられていてもおかしくはない。事情を聞きに戻って来るのは簡単に想像がつくな」
ティムは腕組みしてうなる。
「あるいはあいつのことだ、いきなり襲い掛かってくる可能性もあるな」
「あの人、そんなにできるひとなの?」
目の前のあたしに気がつかなかったような人が、そこまで考えをめぐらせられるだろうか。
「セナはそれなりに有名な二つ名持ちだ。以前一緒に仕事したことがあるが、実力の方もかなりのものだ。盗賊都市のクレーターくらい、あいつなら余裕だろうな」
「え? それどゆこと」
こないだ魔道士崩れのスケベ中年さんに聞いた話だと、ただの人間にそんなことできるわけ無いって話だったけど?
「……話してる時間が惜しい、移動するぞ。確か旧街道の近くの方に小さな村があったはずだ。エバの体調のこともあるし、今日中にそこを目指そう」
「ああ、うん」
エバのことを言われると肯かざるを得ない。たしかにちゃんとした所で休ませてあげたい。
「でも、手配書とか出回ってたらどうするの?」
「俺に考えがある。まずは移動だ」
うながされてエバとサークを見る。
「サーク、エバをお願いできる?」
背負って運んで欲しいと思ったのだが、サークは首を左右に振った。
「申し訳ありませんが、私が他者に触れると精気を奪ってしまいます。マスターであるロナ様を背負うのは問題ありませんが、この方を背負うわけにはいきません」
ああもう、役立たず。
しょうがないので自分の荷物をサークに預け、あたしが自分で背負うことにする。
「今夜はベッドで寝かせてあげるから、もう少しがんばってね」
よいしょと背負うと、なぜかティムとサークが奇妙な眼差しであたしを見つめていた。
「なによその目は?」
「いえ、マスターにそういう趣味がおありでしたとは」
「あー、うん、別に? 俺は他人にの性癖に口出しはしない主義なんで……」
「別に変な意味はないわよっ!!」
ティムの鳩尾に膝を入れて、あたしは怒鳴った。
少し休憩をとったというものの、やはり疲労は蓄積していたようで。街道を外れてしばらくするとまたティムが倒れた。
……決してあたしの膝蹴りのせいではないはず。
「だいじょぶ?」
声をかけると。
「いや、俺の装備はちょっと特殊でな。装備してると精神的にちょっと疲れてくるんだ。ちゃんと毎日十分な睡眠時間がとれれば大丈夫なんだがな、ここ二日、貫徹だったろ。さすがにちょっと、きつくなってきてな」
ティムは力なく笑った。
どうやら、アーティファクトのせいだったらしい。
ある種のアーティファクトはその力を行使するのに、装備者の「何か」を使用する。
それは体力であったり、精神力であったり、あるいは寿命なんていうろくでもないものだったりする。ティムが兜に鎧、長剣なんて三つもアーティファクトを持っていながら普段は兜を身につけないのは、少しでも精神力の消費を減らすためらしい。
いまもあたしの頭には彼の兜が乗せられているのだが、特に精神力を吸い取られている感じはしない。おそらくは所有者として認められていないからただの兜としてしか働いていないのだろう。
しかし、なんとなくこの兜、いや鎧や剣もなのだがどこかで見たような気がする。初めてティムに会ったときには気がつかなかったけれど、どこか記憶に引っかかる。もしかしたら結構有名な装備だったりするんじゃないだろうか。
「ところでそれ、どこで手に入れたの?」
「……うちに代々伝わってるとだけ言っておく。深くは聞かないでくれ」
「小手と具足はどうしたの?」
なんとなく口についた言葉を、考えなしに言ってしまってから後悔した。
「……なぜそんなことを聞く?」
ティムがあたしを睨みつけている。
「俺はこの剣と鎧、兜がひとそろいの武具だなんて言っていないぞ? なぜ小手や具足があると?」
「いや、ティム殿、見る人が見ればその長剣や鎧、兜がひとそろいの武具であることは明白でしょう。何より放っている気が全部同じですからな」
サークが割って入るが、ティムはあたしを睨みつけたままだ。
「通常のセット武具であれば、剣、盾、兜、鎧、小手、具足の六つだ。小手や具足、ではなくて、最初から盾を除外して小手と具足と言える理由はなんだ?」
「なんとなく……? ティムの武具ってどっかで見たことあるような気がするのよね」
「どこで見た? 教えろ」
「いきなり言われたって、わかんないわよっ! なんとなく、って程度でしかないんだし」
なんでこんなにこだわるんだろう、ティムってば。
「そもそもアーティファクトなんてそんじょそこらに転がってるものでもないし、代々伝わってるっていうなら自身のアーティファクトの由来くらいあんたが一番しってるんじゃないのっ?!」
「知りたいのは由来じゃない。……俺が賞金稼ぎなんかやってることからもわかるだろう? 昔はそれなりの家だったらしいんだが、金に困って小手と具足は売り払っちまったらしい。装備できたとしても、真の力は認められた者にしか使えないっていうのに、それでも欲しがるやつは大勢いたんだろう」
「……それで、行方をさがしてるってわけ?」
「ああ」
「ごめん、あたしたぶん役にたてないや。あたしの記憶にうっすらとあるのは全部そろった状態のみたいだから」
はっきりとは思い出せないけれど、たぶん「あるはずのものがない」と思って口に出た言葉なので、あたしの記憶にある彼の装備というのは全身に装備した状態なんだと思う。盾が最初から無いのは剣の力によるものなのか。
「……なんだ、ただの勘違いか。うちから小手と具足がなくなったのはもう何百年も……」
「お話中のところごめんなさい、もしかしてあなたが賞金首のロナさんかしら?」
「いいえ、違います」
いきなり割って入ってきた声に反射的に答えてから気がついた。
あれ、今の声……? ついさっき聞いたような。
「あら、そうなの。おかしいわね、この辺りに首狩りさんの反応があったから、一緒にいるのかしらって思ったのだけれど」
声の方を振り返ると、真っ黒なローブに身を包んだ魔女が杖をくるくる片手で振り回しながら立っていた。
まったく気配がしなかった、そのことにぞっとする。彼女がその気であれば、あたしの命は既に無かったかもしれない。
「それじゃあなたがロナ?」
セナは杖をぴしりとサークの方に向ける。
「いいえ」
肩をすくめて首を横に振るサーク。
「それじゃそこに転がってる子かしら」
横になっているエバを杖で指して、小さく微笑む魔女。
「違うわよ」
代わりに答える。
「じゃあ……そこのあなたでいいわね?」
座り込んだティムに向かって、大きく杖を振り上げる。何か大きな力が杖の先端に集まっているのが感じられた。
「いやそれティムだから、あなた知り合いなんでしょっ?!」
慌ててティムと魔女の間に割って入る。今のティムは、まだまともに動けない。
「この中に犯人はいる。ほかの全員が犯人で無いなら、消去法で犯人はそこにいるあなた、というわけ。わたしの推理は完璧なのよぉ~ぅ?」
にへら、と魔女が笑ってあたしにかまわずティムに向かって杖を振り下ろそうとする。
まずい、と思った瞬間、おしりを誰かに蹴飛ばされて転がった。
「ちょ、ティム何を……」
振り返ると、振り下ろされた杖をティムが長剣で受け止めていた。
魔女の杖に集まっていた力が霧散する。まるで初めから何も無かったかのように。
「……あら、あらら? この感じは覚えがあるわねぇ。さっきまでほとんど感じられなかったのに」
魔女が首を傾げて杖を引く。それから、首からさげたガラスの板のついた妙なネックレスを顔の前に持ってきて、ガラスの板が目の位置に当たるようにして鎖を耳に絡ませる。
かわったネックレスだと思っていたが、どうやら視力を矯正するための道具だったらしい。
「……なんだ、首狩りさんじゃないの」
魔女がきょとんとした声をあげる。
「黒衣の天使。お前、その思い込みの激しい所何とかしたほうがいいぞ。それからメガネはいつもかけるようにしろ」
「いやよ。これをつけるとかわいくないんですもの」
顔に装身具をつけるというのは、普通の人はあまりやらないものだけれど、その銀のメガネとやらは魔女には良く似合っているように見えた。
「それより、説明してもらえるんでしょうね?」
「俺に説明する義務なんかないはずだが?」
ティムが長剣を構えたまま、よろよろと立ち上がる。
どうやら魔女の杖から力を散らしたのは、剣か鎧のアーティファクトの力らしいが、今のでさらに精神力を削られてしまったようだった。
「盗賊都市に行ったら、賞金首のロナには逃げられたって言われたわ」
「俺が突き出した後の話だろう?」
「あなたも一緒に消えたって聞いたわ」
「大金持って盗賊都市に留まるほど命知らずじゃないんでな。賞金もらったらすぐに立ち去った。それだけの話だが」
「だからあなたがロナなのね?」
「は?」
「単純な入れ替わりのトリックよっ! つまり、今はあなたがロナというわけねっ! もう、あんまり首狩りさんにそっくりだから、あやうくだまされる所だったわ」
ぷんぷん、と口で擬音を言いながら再び杖を構える魔女。
「あー、もう、相変わらず話にならんヤツだなっ!」
ティムも剣を構えるが、その気はだいぶ小さくなっている。ティムが武具の力を発揮できるほどの精神力がもう残っていないということだろう。
いやほんと、どこをどう考えたらこいつがあたしになるんだろうね?
しょうがないのであたしはティムに借りた兜を脱ぎ捨て、右の肩当から剣の柄を取り出して構える。肩当の三本ロッドのうちの一本を柄に接続して、「斬ろうという意思」を込める。
「そこのおーぼけ魔女さん、こっち向いてちょーだい」
声をかけるが、魔女はなにやら杖を片手にくふふと笑みを浮かべながらティムを見つめてい
る。
「抗魔のアーティファクトって、一度全力でやってみたかったのよ。どこまでわたしを受けてめてくれるのかしらぁ……ね? 壊れないおもちゃって、ぞくぞくするわぁ」
やばいですこのひと。なんか頬を染めてアブナイ表情です。
「俺が相手するから、下がってろ……」
ティムが腰からロープを取り出す。あれは確か、あたしも苦戦した魔法のロープだ。
「でもっ……」
「こいつはこーなったら話が通じない。一発ぶちかましてから縛り上げる。危ないからエバつれて離れてろっ!」
そういえば、魔女なら盗賊都市のクレーターも楽勝とかいってたような……?
「ティムっ!」
「なんだ」
「死んだら懐のミスリル貨もらうわねっ?!」
「とっとといけってのっ!」
ティムの怒鳴り声に追われるように、あたしはエバを担ぎ上げてその場を離れた。




