プロローグ Happy Birthday To Me
「ハッピーバースデートゥミー、ハッピーバースデートゥミー、ハッピーバースデーディアかずま〜。ハッピーバースデートゥミー」
一人きりの狭い部屋に男の声が寂しく響く。
もちろん俺の声だ。
俺は下種一麻。高校一年生。
地元を離れて下宿し、俺の住む県の中では公立トップであり、県民からは進学校と呼ばれるところに通っている。
ただ、そうはいっても全国的には平均的な普通科高校で、県外で進学校と名乗ろうものなら即笑い者にされてしまうレベルだ。そんな学校が県内公立トップなのだからこの県公立高校の学力の低さには呆れてしまう。
デキるやつらはたいてい歴史のある私立高校に吸い取られてしまっている。
じゃあ、そう言う俺はどうなのか? と聞かれても返答に困ってしまう。なぜなら、こんな偉そうに語っている俺自身の学力が校内で下の下に位置しているからだ。
授業なんて理解できなくてただの時間の無駄にしかならない。五十分間の授業が退屈すぎてまるで拷問のようだ。
それはさておき、今日は俺の誕生日なのだが、誰一人として祝ってくれなかった。まあ、今日は日曜日だから仕方ないのだろうけど。
せっかくの年に一度の誕生日を誰にも祝って貰えないのなら、いっそのこと自分で祝うしかないだろう。
そう思って一人きりの誕生会を開いた。
今日は九月上旬。
畳の上に置かれた目の前のちゃぶ台の上には、ケーキと名のつくお菓子(近所のコンビニで五十二円)がある。
親からの仕送りが少ないため、一個三百円以上もするケーキを買うような贅沢はできないのだ。
そして、そのお菓子は一袋に二個入っている。
俺は袋の口を破り、一個目を取り出し、自分の口に入れた。
うん、五十二円にしてはなかなか美味しいじゃないか。安っぽいチョコとスポンジの奏でるハーモニーがまたなんとも言えないくらい微妙だ。
この味は劣等生かつ帰宅部かつ彼女なしという俺が開催する、俺の俺による俺のための一人きりの誕生会に相応しい。
俺はあっという間にそれを一つたいらげた。
そして、俺がそのままもう一つのケーキを食べようと、手を机に伸ばしたとき、
俺の携帯電話の着信音が部屋の中で鳴り響いた。
俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出して、誰からの着信なのかを確かめた。
『下元優香』
この名前を見た瞬間に俺の鼓動が一瞬にして加速した。こいつは、俺が一年前に付き合っていた女だ。
ちなみに俺より一歳年下である。
呼吸が荒くなるのを感じながら、俺は着信メールを開いて何と送られてきたのかを確かめた。するとそこには、
「今すぐ電話して」
とだけ書かれていた。
電話する必要のあるほどの用事なのだろうか。
だとしたらいったい何の用だ?
と思いながら、俺は急いでアドレス帳から優香の電話番号を探し出し、電話をかけた。
なかなか繋がらない。
というよりはなかなか電話に出ない。
あいつ、自分から言っておいて、いったい何をしているんだ?
プルルル……、という音を聞くのも飽きた。
次の音で出なかったら電話を切ろうと思った。
そして、次の音が鳴り、
繋がった。
「はい、もしもし下元です〜」
聞こえてきたのは、俺を待たせたことに全く悪気を感じさせない声だった。
少しムカッときた。
「もしもし下種一麻ですが、いったい何の用だ優香?」
「久しぶりね〜一麻ぁ。それにしてもどうしてそんなに怒ってんのよ?」
「お前が俺を待たせ過ぎたからだよ!!」
俺は携帯電話に向かって叫んだ。
「ごめ〜ん、ちょっと緊張しちゃってさぁ。……そうそう、誕生日おめでとう、下種一麻君。どうせ誰も祝ってくれなかったんでしょ?」
「ああ、ありがとよ。つーか、余計なお世話だ。日曜じゃなかったらプレゼントの一つや二つぐらいは友達から貰えるはずだ」
俺は深く息を吸って、吐き出した。
「だいたい、そんなこと言うためにわざわざ電話させたのかよ? それに、緊張する要素なんて一つもないぞ」
俺はほとんど呆れていた。
「ええと、ち、違う。あ、あんたの誕生日なんてどうでもいいのよ!! 本当はもっと大切な話があって……」
なんだこいつ? 急に態度変えやがって。
「で、大切な話ってなんだよ?」
「ええと、その、で、電話じゃあ、話しにくいから……」
なんだか嫌な予感がする。
「あ、明日、あたしの家に来てくれないかなぁ?」
この電話が俺の人生を大きく変えることになるとは、このときの俺には想像もつかなかった。