7
向かった先は僕達が入院していた病院だった。処置室に運び込まれる彼女を見送る。
どうしてこんなことになったんだ。
元から体調が悪かった?
僕が連れ回しすぎた?
後悔ばかりが募る。もっと春華さんのことを見ていれば、体調を気にしていれば、こうして彼女が倒れることなんてなかったかもしれない。
「・・・・・・無事でいてください、春華さん」
祈るような気持ちで椅子に座り、医者が出てくるのを待つ。
どれくらいの時間が経ったか。
長い時間、いや、そうでもないのかもしれない。
「あ・・・・・・」
壮年の男性と女性、そして見知った男がやってきた。
「あ、秋貴・・・・・・?」
「・・・・・・春馬」
「な、なんでここに」
言いながらも答えは分かっていた。
だってこの場に訪れるのは春華さんの身内だけだからだ。
「・・・・・・君が、春華さんの弟だったのか」
「・・・・・・ああ、そうだ」
秋貴はそう頷いた。
そして、何故秋貴は僕に話しかけたのか、優しかったのかを察する。
おそらく春華さんから話を聞いて僕のことを知ったから接触したのだ。
「黙っていて悪かった」
「いや、それは」
別に悪いことじゃない。
お互いに素性を話したわけじゃないのだから。
「それで、姉貴は」
「今は処置室で」
「そうか」
「えっと・・・・・・」
何か言わなきゃいけないと思い、言葉を探していると。
壮年の男性が近づいてきて、僕の胸倉を掴んできた。
「あなた!」
「親父!」
女性と秋貴が声を出すが、そちらに気を取られることなく僕を睨みつける。
「お前が、お前が春華を誑かしたのか」
「た、誑かした?」
「あの子は外出していい体調ではなかった! 一時退院すら本来なら許されるものではなかったのに! 最期の機会だからと認めてみればこれだ!」
「え・・・・・・?」
「お前はなんだ、娘を殺したいのかっ?」
「そ、そんなこと・・・・・・」
あるわけがない。
そう言いたいのに、叫びたいのに言葉を上手く発することが出来ない。
まったく知らない人にここまでの怒りをぶつけられたのは初めてのことで、恐怖と戸惑いがごちゃ混ぜになる。でも、それ以上に男性の発言が耳に残った。
一時退院は本来なら許されなかった? 最期の機会?
どういうことだ? そんなに、そんなにも春華さんの体調は悪いのか?
「何か言ったらどうだ!」
「親父、落ち着けって!」
秋貴が男性――春華さんのお父さんの間に入ってようやく僕は解放された。
ドサリとその場に座り込んで数回咳き込む。
「すまん、春馬。大丈夫か?」
「う、うん・・・・・・」
頷いて、春華さんのお父さんへと視線を向ける。
彼は多少の落ち着きを取り戻したようだったが、それでも瞳に宿る怒りはちっとも薄れていなかった。
「帰れ。お前みたいなのがいいていい場所じゃない」
「で、でも」
「わからないのか。迷惑なんだよ。我々にとっても、春華にとっても」
「迷惑・・・・・・」
そうなのだろうか。
僕のやっていたことは春華さんに迷惑をかけていただけだったのか?
「春馬」
手を差し出された。それを取って僕はゆっくりと立ち上がる。
「状況は逐一連絡する。だから、今日のところは帰ったほうがいい」
「・・・・・・うん」
「すまん」
「秋貴が謝ることじゃないよ」
僕は秋貴とご両親に頭を下げてその場を後にする。
後ろ髪を引かれる思いはあった。春華さんの傍にいたかった。
でも、僕にはその資格がなくて。
「あ・・・・・・」
病院から出ると外はいつの間にか雨が降っていた。
昼間はあんなに晴れていたのに、今日の予報は夜から雨だったろうか?
当然傘なんて持っていないが、
「どうでもいいか」
そうだ。どうでもいい。こういう事だって起きるだろう。
僕は濡れることも気にせず雨の中を歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
家に帰ろう。今日のことは忘れよう。
濡れた体を拭いて、熱い風呂に入って、そして寝てしまおう。
「そうすれば・・・・・・」
そうすれば、いつも通りの日常が戻ってくるはずだ。
そう思っているのに。そのはずだと信じているのに。
頭の中から春華さんの存在は離れてくれない。
浮かべていた笑顔。
一緒に並んで絵を描いていた姿。
話すたびに笑って、喜んで、怒って、いろんな感情を見せてくれた彼女。
自分が倒れてもなお、笑顔だった彼女。
その全てが脳裏にこびりついて離れない。
いつも通りなんてもう帰ってこないんだと。
いつも通りなんてまやかしなんだと。今日の記憶が語ってくる。
「・・・・・・くそ」
歩く歩幅が広がる。踏みしめる一歩が早くなる。
「くそ、くそ、くそ」
感情のままに足を動かす。無我夢中に、がむしゃらに走る。
走る。
走る。
走る。
どうして何も言ってくれなかったんだ。
体調が悪いんだって、しんどいんだって、つらいんだって。
言ってくれれば、伝えてくれれば、すぐに病院へ連れて行った。
デートなんて浮かれることはなかったのに。どうしてだ。
走る。
走る。
走る。
足の骨を折った場所が痛む。ズキズキと痛んでその場で崩れそうになる。
それでも足を止めることはできなかった。むしろいっそもう一度砕けてしまえと願う。
そうしたらあの時が――二人病院で過ごした時間が戻ってくるかもしれない。
走る。
走る。
走る。
そして、遂に崩れた。
痛みのせいか、運動音痴だからか、理由は分からないが、滑るように倒れこんで視界にひびが入る。どうやら眼鏡のレンズが割れたらしい。
そして、僕はそのまま動けなくなった。
「くそ・・・・・・くそ・・・・・・くそぅ・・・・・・」
情けなくて涙が出てくる。
僕は何も知らなかった。
春華さんがどういう状況なのか、どんな辛い思いをしているのか。
彼女のくれた一日がどれだけ貴重なものだったのか。彼女の時間がどれだけ大切なものだったのか。
それなのに僕は、馬鹿みたいに笑って。こんな日々が続くと思い込んでいた。
「くそぅ・・・・・・」
いつまでもこうして倒れているわけにはいかない。
それは分かっているのに、身体を動かすことはできないでいて、しばらく全身で雨を受け止めていると、
「あ、あの」
おずおずとした声。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
大丈夫だ。放っといてくれ。
そう言いたいのに口は動かない。
「あの、大丈夫ですか――って、もしかして・・・・・・先輩?」
そう僕を呼ぶのは知り合いでも一人だけだ。
「冬木・・・・・・?」
「そうですよ、先輩、なんでこんなところで何倒れてんですか」
「・・・・・・転んだだけだよ」
ゆっくりと身体を起こして。
「転んだって、また脚を痛めたとか?」
「脚は何でもない」
「それならよくは・・・・・・ないですね。とりあえず立てます? 歩けます?」
「うん」
「私の家すぐ近くなんで来てください」
「大丈夫だよ、僕の家もそんな遠くないから」
「大丈夫じゃないでしょう。そんな姿で歩いてたら体壊しますよ!」
手を取られる。冬木の手は温かかった。
「ほら、行きますよ」
引っ張られるように僕は歩きだし、冬木の家へと案内される。
「あらあら」
出迎えてくれたのは冬木のお母さんだった。
「先輩君じゃない」
「どうも・・・・・・」
何度かバイト先にも来てくれていたからか、僕の顔も覚えていてくれたらしい。
「こんなに濡れて・・・・・・すぐにタオル持ってくるわね」
「あ、ありがとうございます」
「シャワーも用意しないと。服の替えはどうしようかしら」
「お父さんのジャージが着れるんじゃない?」
「あ、それがいいわね」
そのままご厚意に甘えてシャワーと着替えを借り、着ていた服も洗濯してもらった。
「・・・・・・あの、何から何まですみません」
温かいコーヒーまで用意してもらって申し訳なくなってくる。
「いいのよー、叶がいつもお世話になってるんだから」
冬木のお母さんは「それじゃあ、私は部屋にいるからね」とリビングから出て行って僕と冬木は二人になった。
「ま、お世話になってるかはともかく、困ったときはお互い様ですからね」
「ありがとう」
「それで」
冬木は本題だと言わんばかりの真剣な顔で。
「いったいどうしたんですか。ただ転んだって雰囲気じゃなかったですよね」
「それは・・・・・・」
「今日、デートだって言ってましたよね。まさか大失敗したとか?」
「失敗、・・・・・・失敗か」
たしかにそうとも言える。
「え、本当にそうなんですか」
「実は――」
僕は今日の出来事をありのまま伝えた。
デート自体は問題なく楽しめたこと、
帰り道で春華さんが倒れたこと、
春華さんのお父さんから怒られたこと、
その時に伝えられた春華さんの身体のこと。
「それは、何と言いますか」
「・・・・・・僕は何も知らなかったんだ」
春華さんがどうして入院しているのか、どういう状況なのか。
「でも、そんなの伝えてもらわないと分からないじゃないですか」
「それはそうだけど、僕は知ろうとしなかったんだ」
聞く機会は何度もあったはずだ。
でも、僕は何もしないでいて。
「それで、先輩はどうするんですか」
「そうだな・・・・・・」
秋貴が春華さんの近況は伝えてくれるだろう。おそらく見舞いに行けるタイミングも分かるはずだ――と思う。だけども、いったいどんな顔をして会いに行けばいいのか分からない。
「どうすればいいのかな・・・・・・」
「それは先輩にしか分かりませんよ」
「そりゃそうだけどさ」
「まあでも、いいんじゃないですか? 何もかも忘れて、なかったことにして、私と一緒にぼっち生活に戻るのも。それはもちろん歓迎しますよ」
「それは・・・・・・」
「できないですか?」
「随分と意地悪な質問だな」
できるわけがない。春華さんのことを忘れるなんて。
「じゃあ、きっとそれが答えですよ」
「答え?」
「忘れられない、なかったことにできない、それなら今を続けていくしかないじゃないですか。どうすればいいかなんて悩む必要ないでしょう?」
「・・・・・・うん」
「これからもその人と関わっていくなら、きっとここが踏ん張りどころですよ」
「うん、冬木の言う通りだ」
それは分かっている。
分かっているつもりだ。
膝に置いた拳をぎゅっと握りこむ。
「だけど、怖いんだ」
「怖い、ですか?」
「・・・・・・僕はただ春華さんといつも通りの日常が続いてほしいと思っていた。でも、彼女にはそんな保証もなくて、いつか、いつか今日みたいに倒れたり、春華さんが僕の前からいなくなる時が来るんじゃないかと思うと、それがとてつもなく怖い」
「先輩・・・・・・」
「だからと言って、僕が彼女のためにできることなんて何もなくて」
「そんなことないですよ」
「あるさ」
自分の非力さなんて痛いくらい自覚している。
「ないです」
「どうしてそんなに言い切れるんだよ」
強い言葉が口から出た。
「いいですか、先輩」
冬木の反論の声も芯の通った声だった。
「そりゃもちろん今から医者になるとか、未知の力に目覚めて病気を治してあげるとか、そういうのは無理でしょうけども。でも、先輩がその人にしてあげるべきことってそういうことじゃないと思うんですよね」
「じゃあ、何が」
「笑顔ですよ」
冬木はにこっと笑顔を作って、
「春華さんでしたっけ。その人、先輩と一緒にいるときどんな表情をしてました?」
「表情・・・・・・」
「ずっとつらいとか、苦しいとか、そんな顔してたんですか?」
「・・・・・・いや」
そんな表情一度だって見たことない。
「笑顔だった」
ずっと笑っていた。にこにこしていて、病気なんて感じさせなくて。
「先輩と一緒にいると笑顔でいられるんですよ。それなら、先輩は一緒にいてあげるべきです。一緒に笑顔を浮かべるべきです」
「けど、作り笑いかもしれない。無理してるだけで」
「作り笑いを浮かべていないといけない人をデートに誘うような人なんですか?」
「それは・・・・・・」
「先輩との時間が楽しいから、笑顔でいられるんじゃないですかね」
「・・・・・・それは」
そうだと思いたい。冬木の言う通りだと信じたい。
だけど、どうしても都合のいい解釈なんじゃないかと思えてしまって。僕は素直に頷くことが出来なかった。
「もちろん先輩の考えていることも分かりますけどね」
「そうか?」
「もちろんです。これでもぼっち拗らせてませんよ」
「ぼっちは関係ないと思うけど」
「そうですかね。それはともかく」
「うん」
「先輩が私の言葉を信じられないというのなら」
「信じてないわけじゃないよ。確証を持てないと思ってるだけで」
「似たようなものじゃないですか。・・・・・・まあ、とりあえずいいでしょう。私の言葉に確証を持てないと言うなら」
「言うなら?」
「やっぱり直接会って胸の内を全部、何から何まで話すしかないですよ」
「胸の内って」
それは、つまりどういうことだ。
「そのまんまの意味です。つらい思いをしてませんか、苦しい思いをしてませんか、ちゃんと笑顔でいてくれてますかって。全部伝えるんですよ」
「伝える・・・・・・」
「はい。先輩がすべきことって、そういう事だと思いますよ」
「そうなのかな」
「私はそう思います。・・・・・・さてと、そろそろ洗濯が終わる頃ですかね」
冬木は洗濯機の様子を見に席を立ち、僕は一人残された。
胸の内を伝える。
それは簡単なようで、とても難しいことだ。
伝えても、優しさから頷いてくれるかもしれない。
本当の本当の意味で伝わらないかもしれない。
そもそも僕が彼女の傍にいることが許されるのだろうか。
「僕は・・・・・・」
考えていたら今日のことを思い出して泣きそうになってしまう。
「僕は、どうしたらいいんだ」
ただ呟くことしかできなかった。
*
あのデートから、春華さんが倒れてから二週間が経った。
僕はまだ春華さんに会えないでいる。
秋貴からは「もうしばらく待っていてくれ」と言われた。僕は当然頷くことしかできなくて、春華さんのことが抜けていった日常を過ごしていた。それは自分が考えていたものよりもずっと静かで、どうしようもなく寂しかった。
そして、今日もぼーっとしながら大学で授業を受ける。
授業の内容は頭に入ってこないけど、ホワイトボードに書かれた文字をノートに写していく。後で見返せばテストに困ることはないだろう。先生が口頭で言った内容が出たら大人しく諦めるしかない。
「・・・・・・ん?」
ポケットに入れたままのスマホが揺れる。
コソコソと確認してみると秋貴からのメッセージだった。
『見舞いできるようになった』
『春馬のこと、姉さんが待ってる』
病室の番号と一緒にそんな文章が送られてきた。
ようやくの連絡だ。僕の待ちわびていた内容だ。
僕はすぐに『わかった』とだけ返して、でも、僕が会いにいっていいのだろうかと躊躇してしまう。
もちろん会いたい。自分の目で無事であることを確かめたい。
だけど、どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、僕は動けないままだった。
「・・・・・・?」
またスマホが揺れる。今度はメッセージアプリじゃない。
一通のメールだ。しかも電話番号からのショートメール。
今時そんなメールを送ってくる知り合いを僕は一人しか知らない。
『絵、また一緒に描きたいな』
たった一言だけ。そんなメールだった。
僕は返信するなんて思考は浮かばず、授業が終わったと同時に大学を出た。
どんな顔をして会えばいいのか悩んでいたことなんて頭から完全に抜け落ちていた。
ただ一刻も早く彼女に会いたかった。
ただ一刻も早く彼女の笑顔が見たかった。
学バスの待ち時間も、電車の待ち時間も、どれもが遅く感じる。早く来いと祈るような気持ちで病院へと向かう。
病院の中は走らないように、けれども許されるくらいの早歩きで進んでいき、
「春華さん!」
そして、伝えられた病室のドアを開いた。
ノックもせず、しかも勢いよくドアを開けてしまい、今更になって失礼極まりないことをしたと頭に過ったが、
「春馬・・・・・・?」
幸いにも僕を責める声はなかった。
ベッドの上で少し驚いた表情を浮かべる女性の姿だけ。
「春華さん」
少し痩せただろうか。ベッドにいるから弱々しく感じてしまう。
「驚いた。こんなに早く来るなんて」
春華さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「そんなに私に会いたかったのか、青年?」
「当たり前でしょう」
彼女に近づく。
跪いて、細い彼女の手を取って、
「本当に心配したんですから」
「そか、ごめんね」
「今は大丈夫なんですか?」
「まあ、一応ね」
一応という言葉が胸に刺さる。
でも、それはそうだ。風邪みたいに治って終わりということはないだろう。
「本当にごめん。迷惑ばっかかけちゃって」
「いいですよそんなの」
「でも、お父さんにもなんか言われたって聞いたから」
「ああ、それは・・・・・・」
「私からきつぅぅぅぅぅぅく叱っておいたから、春馬は何も気にしないでね」
「・・・・・・そうですか」
とはいえ、じゃあ気にしない、なんてことはできない。
「春華さん」
僕はここにいて迷惑じゃないですか? もう来ない方がいいですか?
そんな言葉が口から漏れそうになる。
「春馬」
春華さんは全て分かっているような様子で僕の手を取った。
「今まで通りでいいよ」
「今まで通り、ですか」
「うん。春馬が来てくれるの嬉しいから。来なくなったら寂しくて寿命が縮んじゃうよ」
「それは笑えないですよ」
「じゃあ、今まで通りに過ごして」
「・・・・・・はい」
なんて強引な人だ。そんなこと言われたら頷くしかないじゃないか。
「ま、それもきっと長い時間じゃないけどね」
「そんなに、悪いんですか」
訊きながら、すぐに後悔する。
そんなこと知ったってどうすることもできない。ただ傷つくだけだろうに。
「うーん、悪いねぇ」
春華さんは顔色一つ変えずに答えた。
「自分でも分かるんだ。もう長くないって」
「・・・・・・そんなの、気のせいかもしれないじゃないですか」
「これが気のせいじゃないんだな。実際に数値だって悪くなってるからね」
「そ、そんな」
「本当は入院している意味もないんだよ。もうどうしようもないから。こうして入院してるのは、ま、親の意向だね。わずかな可能性に賭けてってやつ・・・・・・いや、どうなのかな。厄介払いみたいなものかも」
「どうしようもないって・・・・・・」
「もう治りません。助かりませんことかな」
あっけからんと言う。
「引いた?」
「引きまくりです」
「そっか、ごめんね」
「あなたが謝ることじゃないですよ」
春華さんが悪いわけじゃない。誰も、誰も悪くないのだ。
「・・・・・・一つ。訊いてもいいですか」
「この際だよ。一つと言わず何でも答えてあげようじゃないか。何? スリーサイズ? そんなの知りたいなんて青年も男の子なんだなぁ」
「この空気で茶化さないでください」
「ごめんごめん。で、何かな?」
「どうして僕と仲良くしようと思ったんですか?」
「うーん、難しい質問」
「そうですか?」
「うん。だって友達を作るのに理由なんて必要ないでしょ?」
それはその通りだ。
「なんとなく。余生の暇つぶし。波長が合った。どれも当てはまるけど・・・・・・あ、でも一つだけ明確なものがあるかな」
「なんですか」
「一人でいるのが嫌だったから」
「それで白羽の矢が僕に立ったと」
「そうだね。嫌だった?」
「色んな感情が混ざって簡単には言えないですけど」
出会えて嬉しい気持ち。
この先別れが来る苦しい気持ち。
言葉にするのは難しい。でも、やっぱり、
「僕でよかったです」
「え?」
「この病院に入院して、春華さんの友達になれたのが僕でよかった」
「そっか。そっかそっか」
「はい」
「嬉しいこと言ってくれるね、青年」
「当たり前のこと言っただけですよ」
カチャリと眼鏡を掛け直す。
「あ、照れてる」
「そんなことないですって」
「そう言いつつ、顔は少し赤くなってるんだな」
「気のせいですよ!」
そんなことを言い合って、僕達は二人笑い合う。
「さて、今日は何をしますか」
笑ったおかげで少し気分が切り替わった。なるべくいつも通りでいようと話を振る。
「あ、でも、体調考えたらそろそろお暇した方がいいですか」
「ううん、大丈夫。ここで帰られたらもっと体調悪くなるよ」
「え、そうなんですか」
「そうなんです」
そう言われたら帰るわけにはいかなくなる。
「でも、何します?」
「うーん。そうだなぁ・・・・・・流石に今は中庭に出られないからね」
それはそうだ。倒れてから二週間、点滴もまだ繋がったままだし。
「私としてはここでお話続けるのもいいけどね」
「そうですか?」
「うん。でも、それじゃあ春馬が暇でしょ」
「そんなことないですよ」
心からそう思う。春華さんと話しているのは何よりも楽しい時間だ。
「ほんと?」
「本当です。嘘なんかつきませんよ」
「そかそか。じゃあ、決まり。今日は一日お話の日だね」
「はい」
「それじゃあ、春馬の話聞かせてよ。昔話」
「僕の話ですか?」
「うん、だって私の過去話なんてほとんど病院生活だから楽しい要素皆無だよ? それなら春馬の話の方が盛り上がるでしょ」
「いや、それはどうかな・・・・・・」
僕の人生だって今まで平々凡々なものだ。
これといって面白い要素があるとは思えないのだが、ワクワクとした目で求められてしまったら話さないという選択肢はなくなってしまった。
「あんまり期待しないでくださいよ」
「大丈夫、めっちゃしてる」
「ハードル上げてくるな・・・・・・」
コホンと咳ばらいを一つ。それから昔話を始める。
小学生の頃――というか、生まれてからずっとかもしれない。昔から人見知りの激しい性格だったこと。
そのくせ独りぼっちが嫌いだったこと。
認められたくて絵を描き続けていたこと。
中学生の頃、美術部に誘われたけども断って後悔したこと。
話してみると本当にしょうもない人生を送っているなと思う。でも、そんなしょうもない人生の話を春華さんは真面目に、ときに楽しそうに聞いてくれて、僕は嬉しかった。
「まあ、こんなところですかね」
話し終えて一息つくと、気が付けば日が傾き始めていた。
「なんだよ、結構楽しい時間過ごしてるじゃん」
「最後はずっと絵を描いてる場所の話でしたけどね」
「いいじゃん。絵描きって感じで」
「そんな大層なもんじゃないですよ」
ただの趣味なのだから。
「ねえ、春馬」
「なんです?」
「一つ質問してもいい?」
「ええ、はい」
「春馬はさ、昔は独りぼっちが嫌だったって話してたけど、今は大丈夫?」
「今ですか」
言われてみると、いつの間にか友達の少なさに慣れてしまっていた気がする。
「今は・・・・・・」
だけども、思い出してみると友人と呼べる知り合いができていた。
冬木の顔が浮かぶ。
秋貴の顔が浮かぶ。
そして、目の前に春華さんがいる。
僕にはそれで十分だ。
「春馬?」
「ええ、今は大丈夫ですよ。友達も少ないですけどいますし」
「そっか」
優しい笑顔で頷いて、
「じゃあ安心だね」
そう呟くように言った。僕はその意味を理解したくなくて、
「・・・・・・春華さんもその一人なんですからね」
「そっか。なんか嬉しいね」
「あ、友達と言えば――驚きましたよ、秋貴のこと」
話題を変える。
「え、秋貴?」
「はい、弟さんだって。春華さんが救急車で運ばれて、病院で始めて知りました」
「あ、そーだっけ。秋のこと話したつもりでいた」
「弟がいることは聞いていましたけど、まさか秋貴が弟だって知らなかったですもん」
「まあまあ、私も春馬と一緒の大学だって知らなかったし。アイツ、自分のことあんま話さないから」
「そうなんですか」
「そう。昔は「お姉ちゃん、お姉ちゃん」って私の後ろをついてくるような子だったのに、いつのまにかチャラチャラした感じになっちゃってさ」
「仲が悪いってことはなさそうですけど」
「まあ、そうね。ごくごく普通の姉弟仲だと思う。春馬は兄弟とかいないの?」
「一人っ子です」
「そうなんだ」
春華さんは「こればっかりは親次第だからね」と言葉を続けて、
「ま、これからも秋と仲良くしてあげてよ。見た目は不良っぽいけど、中身は多分そうでもないからさ」
「もちろんです」
「うん」
「それにしても」
「どうかした?」
「今のはお姉ちゃんって感じでしたね」
「そりゃお姉ちゃんだもん」
そんな雑談を続けて。
その日の面会時間終了まで僕達は話続けていた。




