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勤めている会社が休みの土曜日や日曜日。

なんとなく気が向かなくて有給休暇を取った日。

僕は決まって一人電車に揺らされる。

目的地は自宅の最寄り駅から数駅先。

 着いた先で目の前に広がるのは大きな海だ。

 その景色に社会での疲れを一時でも忘れられる・・・・・・というのも大事なんだが、僕がここに訪れるのは、他にも理由がある。

「・・・・・・うん」

 何度も見慣れた景色。

「今日もいいね」

 穏やかな風。

 潮騒の音。

 身体全体でそれらを感じながら、持ってきた鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出す。

 そう、僕はここの景色を描くために来ている。

「よっこいせ」

 塀へと腰を下ろして、視界に広がる景色をスケッチブックへ描きこんでいく。

 ずっとずっと。もう何回も。

 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか、

「せーんせっ」

 そう声を掛けられた。

「ん?」

 僕はスケッチブックから目を離して手を止める。

声の方へと顔を向けると、

「おお、君か」

 そこにいたのはこの近くに住む高校生の女の子だった。

暇を見つけてはこの辺りで絵を描いている僕に、何故だか興味を持つ子供もいて、あるときからそんな子供達に絵を教えていた。この女の子もその一人だ。その中でも一番長い付き合いになる。

「どうしたの。今日も絵描き?」

「うーん、今日はパス」

「そか」

 無理強いはしない。

先生なんて呼ばれてはいるが、僕は教師じゃない。絵を描くのも自由にすればいい。

「ねえ、先生」

「んー、なに?」

「ずっと絵を描いてるけど、本当はさ、やっぱり絵描きなんじゃないの?」

「いやいや、何度も言っていてるけど違うよ。ただの趣味」

「すごい上手だし、プロなんじゃないかって皆噂してる。私の親だって、近所の人達からもそういう話出るよ」

「それは嬉しいですけどねぇ、僕のレベルじゃまだまだ」

 絵を描くことは嫌いじゃない。でも、これは本当に趣味の範疇としてだ。専門の勉強も受けていないし、ここまで全部独学で知識があるわけでもない。

「じゃあ、ほんとにただの趣味?」

「うん、そう」

「ねえ」

「うん?」

「どうして趣味になったの?」

「趣味になった理由、か・・・・・・」

 懐かしい。その答えは持っている。

「随分と昔。・・・・・・そうだな、もう僕が大学生の頃になるかな。そこで好きになった人がいるんだよ」

「好きになった人?」

「そう。その人が言ってくれたんだ。僕の絵は嫌いじゃないって」

「へえ」

 興味深い話題だったのか、女の子はニヤッと笑った。

「それで嬉しくなっちゃって?」

「最初はそんな感じで。でも、その後はちょっと違うかもしれない」

「違う?」

「その人と作った思い出を続けていきたかったんだ」

「結構ロマンチックなこと言うね」

「それはどうも」

 照れ隠しにかちゃりと眼鏡を掛け直す。

「ねえ」

「うん」

「海は好き? ずっと見ていて退屈しない?」

「いやいや、退屈だなんてとんでもないよ。好きだよ、なんたって思い出の場所だからね」

「そっか。ここは何も変わらないままだから・・・・・・。好きならいいんだけどね。私は少し見飽きてきたかな」

「変わらない方がいいこともあるさ」

「そう?」

「変わらないからこそ、ここが思い出の場所だって覚えていられるんだよ」

「そっか」

 女の子は納得したように言った。

「君は何か悩み事?」

「え、どうして?」

「いや、珍しく質問が多いなと思って」

「絵のことはいつも質問してるじゃん」

「それ以外はあんま踏み込んでこなかった気がするけど」

「そ、それはそうだけど」

 少女は少し言い淀んで、それから悩みを打ち明けてくれた。

「進路でさー、ちょっと悩んでてね」

「・・・・・・ああ、そうか、もう高校生だもんね」

「先生はどうだった? 高校時代とか、大学時代とか」

「どうだったと言われても、まあ、どこにでもいる普通な感じでしたよ?」

「普通な感じだったら、そうやって絵を描いたり、誰かに教えたりしてなくない?」

「そんなことはないと思うけど」

「あ、そうだ!」

 少女は何か閃いた様子で、

「ねね、聞かせてよ。先生の話」

「僕の話?」

「うん!」

「いや、まあ、別に構わないけど・・・・・・」

 しかし、少し思い出してみても、とくに高校時代なんて語れる思い出がない。

「そーだ」

「ん?」

「せっかくだしさ、その好きだった人の話とか聞かせてよ」

「それ、君の進路とまったく関係ないと思いますけどね・・・・・・」

「いいじゃんいいじゃん。女の子は恋バナが好きなんだよ」

「・・・・・・そんなに面白い話じゃないよ」

 なんせ大学時代のその中で、半年も満たない間の話だ。

「そんなことないって。たぶん。なんか先生の昔話面白そうだし」

「絶対にそんなことないけど」

 ・・・・・・まあ、いいか。

 この場所が大切な思い出になった出来事でもある。

 目を閉じる。

 あの海が、

 あの砂浜が、

 一人の女性がすぐにイメージされる。

 忘れていない。大丈夫・・・・・・うん、忘れてない。

「だめ?」

「そうだな・・・・・・」

 僕は彼女を思い出してスケッチブックへと向かう。

「この絵を描きながらでよければ、少し話そうか」

「うん、やった!」

 少女は僕の隣に座って、

「まずは――」

 僕はスケッチブックに絵を、見える景色を描きこみつつ、あの時の記憶を思い出す。



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