第1章-第8話 森の王
異世界に来てから2週間が経過し、魔王認定試験まで残り半分となった。図書室に籠っての勉強を終え、ヴェラは修練場の建物に設置されている武器庫へとやってきた。
魔術の習得もこの2週間でかなりできるようになり、炎や風の属性攻撃魔術は中級、転移魔術は下級の習得が可能となり、小さなものであれば離れたところに転移させることができる。
下級変身魔術は文句なしのできになり、もう術が途中で途切れることはなくなった。
その他にも念話魔術や対魔法・魔術用の防御魔術や念話魔術、果ては回復魔術と言ったものまで、まだ下級の段階ではあるが習得済みだ。
そして今日からは剣術の修練もしようとこうして武器庫へとやって来たわけである。ヴェラは施錠された扉の鍵を外して、鉄扉に手を掛ける。
「よっと……」
かなりの重さがある鉄扉を全身を使って横に引けば、入ってすぐの場所に魔動器の照灯をつけるスイッチがあった。手を翳して魔力を通せば武器庫の上部に取り付けられた灯りがつく。
「へぇ、結構あるな」
流石は魔王城の武器庫。中には長剣や細剣、両手剣、短剣といった刀剣類に槍や戦斧、戦槌、鎚鉾などの王道武器から変わり種までどれも一級品のものが勢ぞろいしていた。
中世やファンタジー世界ぐらいでしかお目にかかれなかった品々を前にヴェラは興奮したように目を輝かせる。
「じゃあこれとこれ、後これも拝借するか」
ファウストから許可は得ているので、使えそうなものを選んで拝借する。赤鞘と黒鞘の長剣2本に短剣数本の他に、槍や戦斧といった武器を自らの『宝物庫』に収納していく。
一通り入れ終わり、使って自分に合わなさそうなものがあれば返そうと、ヴェラは武器庫を後にする。
そしていつものように石畳で構成された修練場に着き、一通り振り回してみること1時間。
武器庫から持って来ていた細剣を手にし、前方に向かって突きを撃ち込む。
「んー、なんか違うな……」
姿勢を戻したヴェラは、眉を寄せて持っていた細剣を眺める。
生前、古武道を習っていた際に先生が遊びでレプリカ製の西洋武器を持ってきたことがあった。そのおかげで一通り扱えはするものの、今まで刀を扱ってきたせいで、どうにも馴染まないのだ。
頭を悩ませながら苦心していたら、様子を見に来たのかファウストが修練場に入ってきた。
「今日は魔術ではなく剣術でございますか」
「あぁ。けど、どうにも振りにくいんだよな……。それだったら自分に合った武器を作った方が早いと思ってるんだが……」
ヴェラはそう溢して、細剣を『宝物庫』に仕舞う。
刀を造ることができたらそれが1番早いのだが、武器を作る道具もない以上は無理だろう。
諦めかけていると、ヴェラの話を聞いて思考を巡らせていたファウストが切り出す。
「それでしたら金属生成魔術はいかがでしょう? 金属を生成・操作できる魔術です。これならば自分好みの武器を造ることができるのではないでしょうか」
「おぉ! それだ!」
ファウストの提案にヴェラは嬉々とした表情で声を上げる。
すぐに魔術書を取り出して、金属生成魔術の書かれたページを開ける。どうやらその魔術は、頭の中で思い浮かべた金属製のものを魔力を元とした金属で造り出すことができるようだ。
幸いにもまだ系統の枠数は2つ残っている。ここで使わずしていつ使う。
刀を生み出せるかもしれないと分かり張りきっていると、ファウストから「今まで習得した魔術の使用も兼ねてグランデール大森林で実戦してはどうか」と勧められた。
というわけで実戦も兼ねて大森林に移動することとなった。
◇◆◇◆
魔王城を出て十数分。結界の張られた城壁を抜け、ヴェラとファウストは城の裏手にある大森林にやってきた。
「ここが前に言ってたグランデール大森林か」
「えぇ。魔王認定試験の舞台にもなります」
背の高い木々に囲まれたそこは魔王城や修練場と同じく森林を囲うようにして結界が貼られている。
恐らく、侵入者を検知する感知結界といったところか。部外者である自分が入ってしまっても良かったのだろうかと不安が募りそうになるが、そんなことを気にしていてはキリがない。
追い払われそうになった時は、潔く逃げればいいのだ。
「ちなみにここの森にいる魔物たちは一度倒してしまっても一定時間が経過すると戻るようになっております。ですので思う存分やっていただいてかまいません」
ファウストはにっこりと笑みを浮かべて言った。
(えぇ……。でもそれはちょっとな……)
足場の悪い腐葉土の地面を進みながら、ヴェラは困惑したように眉を下げる。
敵意のある魔物や魔族を相手にするならまだしも、一方的に攻撃してしまうのは、虐殺と何ら変わらないのでできればやりたくないのだが……。
「ちょーっと待ったぁ!」
どこからか制止を促す声が聞こえ、ヴェラとファウストはピタッと足を止めた。その直後、黒い影が木々を猛スピードですり抜けてこちらに迫ってくる。
警戒したヴェラはいつでも迎え撃てるように構える。と、黒い影は横にいるファウストの目の前で立ち止まった。
「何です! 今の発言はっ!? まるで我ら森の者たちを消耗品扱いしているようではありませんか!」
黒い影――もとい、白い鹿の角の生えた有翼の長身男性は、現れて早々、ファウストにぐいっと顔を近づけて怒鳴る。
「おや、これはこれは。フリューゲルではないですか。最近、見ないうちにまた更に暑苦しくなって。いい加減声量ぐらい抑えたらどうです? 近所迷惑ですよ」
ファウストが貼りつけた笑みを浮かべながら落ち着いた声色で話すと、フリューゲルと呼ばれた男は一瞬、ムッとしたように顔を歪ませる。
「これぐらい声量が大きくないと、広大な森の王はやっていけないんですよ!」
「あー、はいはい。分かりましたから、ひとまず自己紹介をお願いします」
フリューゲルが大きな声で言い放つと、ファウストは面倒臭そうに返事をして、ヴェラに名乗るよう促した。
フリューゲルは隣にいるヴェラへ向き直り、誇らしげにこう告げる。
「私はフリューゲル! このグランデール大森林の統治者・森の王にございます! どうぞお見知りおきを」
「ヴェラだ。よろしく頼む」
フリューゲルの音圧に圧倒的されながらも、ヴェラは自分の名前を口にした。と、フリューゲルは斜め上へ視線をやって首を傾げる。
「ヴェラというと、もしや次なる魔王になられるという?」
「あぁ、そうだ。魔王認定試験でここを使わせてもらうことになっていてな。今日来たのもその試験の訓練をするためだ」
「なるほど。そういうことでしたか」
フリューゲルは納得したように頷いた。
分かってもらえたようで何よりだ。それで、先ほどフリューゲルはファウストの発言に対して意を唱えていた。そういうことならばとヴェラは口を開く。
「けど、こっちとしても一方的に倒すってのは納得がいかない。そこで付き合ってもらう礼として、怪我してる魔物や魔族たちの治療をさせてくれ。それとは別に何か要望があれば3つまで聞こう」
ヴェラの言葉にフリューゲルは意外そうに目を見開く。遠くからヴェラの様子を窺っていた魔物や魔族たちも不思議がっている。
何か変なことでも言っただろうか。
周囲の反応に眉を顰めていると、表情を元に戻したフリューゲルが話し出す。
「では3つ。こちらから条件を言い渡します」
フリューゲルはそこで一旦言葉を区切り、再度続ける。
「まず1つ目。我ら森の者たちが強くなるために、修練に付き合っていただきたい」
「理由を聞いても?」
「もちろん」
意外な条件を提示されて疑問に思ったヴェラが尋ねれば、彼は首を縦に振って語り出した。
「今から10年前に、私を含めこの森に住む多くの魔物や魔族たちが勇者やヒト族たちに倒されてしまいましてね。このままではまた次に来られた時に太刀打ちできないでしょう? ですから次の魔王となられる貴方と戦って強くなりたいのです」
「なるほどな。だったら一緒に強くなろうぜ」
フリューゲルたちが強さを求める理由を知ったヴェラは歯を見せて笑いかける。
ヒト族に対抗できるように、自分たちが倒されないために強くなる。そういうことならばこちらとしても快く相手ができる。どうせやるなら互いに本気の方が良いだろうしな。
そう思うと同時に、そういえば魔王城が勇者に壊されたのも10年前だったことを思い出す。
恐らく何か関係があるのだろう。気になるところではあるが、今は良い。
「次に2つ目。週に一度この森へ来ていただき、我らの生命源となる魔力を授けて欲しいのです」
「……どういうことだ?」
「それが、これまで地下洞窟から溢れてくる魔力を糧に大森林や我ら森の者たちが養われていたのですが、2週間ほど前に地下洞窟で封印されていた邪竜・ヴェルトゥスが突如として消えましてね。そのおかげで魔力の供給が3分の1にまで減少してしまったのです」
(それって全部あたしらのせいじゃねぇか……!)
フリューゲルの話を聞いたヴェラは焦ったように冷や汗を垂らし始める。
ヴェラたちのせいと言っても具体的にその罪はヴェラを召喚したファウストとバラムにある。
自分は召喚されただけで何も悪いことはしていない……はずだ。
「確かに、ヴェラ様の魔力は量もさることながら、魔物から見ても上質なものですので、微かな量でも十分な栄養になり得ます」
ヴェラを召喚した本人だというのに、ファウストは何を平然とした顔で言っているのだろう。
(というかこちらに責任を取るように仕向けてくるのはどうなんだ……。本来、ここはファウストとバラムが取るべきだろうに)
ヴェラはファウストの巧妙さに思わず頬を引き攣らせる。
いずれにしてもこれは解決しないといけない問題であることには変わらない。
「も、もちろん良いぜ。それで森の奴らが助かるんならな」
「ありがとうございます」
帰ったらいの一番にバラムへ言い付けてやる。
何も悪くないというのに責任を取らされ、怒りの矛先をすべての元凶に等しいバラムへ向けていると、フリューゲルが3つ目の条件を述べ始めた。
「最後に3つ目です。ずっとここにいるというのも案外暇なものでしてね。せっかくですから我らと戦うついでに話をいたしましょう。噂によれば貴方は星の者らしいではありませんか。きっとさまざまなことを知っているでしょうから、それを我らも知りたいのです」
まだこの世界に来て2週間しか経っておらず、今日ここに来るまで魔王城から一歩も出ていないというのに、自分が星の者だと噂が広がっていることに驚く。
ともあれ、こちらとしてもこの世界については、まだまだ知らないことばかりだ。たった17年と半年生きていただけだが、そこで吸収した知識が対価となるのならそれも良い。
「了解だ。こちとら20年も生きずに死んじまったから、それでもいいんならだけどな」
「えぇ。かまいません」
ヴェラの返答にフリューゲルは満足そうに口元を緩めて頷いた。
「では条件も吞んでいただいたことですし、さっそく始めましょうか。審判はお願いしますね。ファウスト殿」
フリューゲルはファウストに向けて視線を送る。対するファウストは嫌そうに顔を歪ませるが、観念したのか溜息を吐いた。
「分かりました。あまり長くやっても無駄に体力を消耗するだけですので、制限時間は5分とさせていただきますがよろしいですね?」
「承知しました」
「あぁ」
フリューゲルとヴェラは互いに返事をした後、準備に入る。
ヴェラが今使える魔術を確認する一方で、フリューゲルは木々に潜んで行く末を見守っていた魔物や魔族たちに事情を説明をし出した。
そうして両者の準備が整ったところで、ファウストは懐中時計を手に地面を蹴って空へと浮かび上がった。
ヴェラは大きな牙をもつ猪や角の生えた羊の魔物たちを前にして金属生成魔術で生成した刀を構える。
「それでは始めっ!」
ファウストの合図が森林に響いた直後、ヴェラに向かって地面を蹴り上げた魔物たちが襲い掛かって来るのだった。




