第1章-第6話 魔術修練
魔王城に来てから早3日。ヴェラは魔術の習得をするべく修練場に来ていた。
炎属性の下級攻撃魔術を粗方扱えるようになり、少し休憩しようと修練場の階段に腰掛ける。
「……邪魔だ」
膝に肘を乗せて頬杖をついたヴェラは、不満そうに顔を歪める。
ここ3日間魔王城で生活していたのだが、ずっと頭の中で渦巻いていることがあった。
そう、黒い竜の尻尾と角、そして何よりも黒い竜の翼が生活するにあたってとてつもなく邪魔なのだ。
犬の尻尾に耳とかならばいざ知らず、竜のそれらはとにかく大きく、何をしようにも壁や物や人に当たったり、座るのに邪魔でろくに椅子の背もたれに背中を預けることもできない。
要するにめちゃくちゃ不便なのだ。どうにかできないかとヴェラは思考を巡らせる。
と、初日に修練場でファウストが、普段は変身魔法を使って姿を変えていると言っていたことを思い出す。
ヴェラはさっそく魔術書を取り出そうと詠唱を口にする。
「『出でよ』」
唱えた直後、彼女の手元に赤黒い革表紙の魔術書が出てきた。
今使ったのは下級収納・放出魔術というもので、異空間である宝物庫から物を取り出すことができる。
先日、爆発で部屋を破壊した際にファウストと2人で修復していた際に教えて貰ったのだが、これがまた便利で、大きい物でもこうして取り出すことができるし、何よりもわざわざ持ち運ばなくて済むのだ。
そうして出した魔術書を開けたヴェラは、ペラペラとページを捲り出す。
「えーっと、確かこの辺に……お、あった」
変身魔術の詠唱と解説の書かれた欄を見つける。
どうやら魔法にあるものは魔術にもあるとのことで、初日の段階で夜通し魔術書を捲ってざっとどんなものがあるのか見ていたのだ。
書かれた文言を暗記したヴェラはその場で立ち上がる。
「『角と尻尾よ、消えろ』」
すると、ヴェラの身体に生えていた角と尻尾が姿を消した。
前に比べて断然、身体が軽くなったのを感じ、成功したことが分かったヴェラは拳を握りしめて嬉々とする。
まだ翼が生えていることのでそれも消そうとするが、翼が生えているのなら飛行できるのではと思いとどまる。
「せっかくだし、試しに飛んでみるか」
魔術書を仕舞い、翼に意識を向けて地面を蹴る。
と、背中から生えた翼がはためいて身体が宙に浮いた。そのまましばらく宙に浮いた状態で体勢を維持できたところで大きく翼を動かしてみれば、一気に空に向かって飛び上がった。
一定の高さまで到達した後、一度留まって膝を曲げて水平に飛行してみる。
「うおっ!?」
空を飛べたことに感動して気が緩み、体勢が崩れる。が、咄嗟に手を横に広げてバランスを意識してみると、比較的安定して飛べるようになった。
「ふぅ……危ない危ない」
落ちないようにしばらくの間、飛行するときは気を散らさないようにしなければ。
ふと視線を降ろしてみると、真下に修練場の赤いレンガの屋根が見えた。ヴェラがさっきまでいた石畳のフィールドを正方形みたく囲うようにして建てられている。
そして魔王城のある方へ目を向けてみたら、想像以上に大きいことが分かると同時に、ファウストから聞いた通り、城の半分以上が破壊されて無くなっているのが分かる。
これは修復するのが大変そうだな……。
なんて他人事のように思いながら前を見ると、黒い鳥の群れが修練場に貼られた結界を通過してこっちに向かってきた。
当然、避ける暇もなく、ヴェラは鳥の群れに突っ込む。鳥たちが割って入って来たヴェラを突いて攻撃する。その拍子に何とか保っていたバランスを崩してしまい、そのまま下へ真っ逆さまに落ちていく。
「どわああああっ!?」
このままじゃぶつかる……!
受け身を取ろうにも慣れない空中では、そう上手くはいかない。
万事休す。
そう諦めて目を瞑った直後、ひょいっと上から首根っこを掴まれて引っ張られる感覚がした。恐る恐る目を開けて見上げてみると、メフィスが黒い悪魔の翼を広げて飛んでいた。
「大丈夫ですか? ヴェラ様」
「た、助かった……」
安堵したヴェラは一気に全身を脱力させる。
そのままメフィスに運ばれて、ヴェラは無事に地面に降り立った。同じく地面に着地したメフィスは翼を折り畳んで消すと、こちらに歩み寄ってくる。
「それで何をなされていたのです?」
「変身魔術の習得のついでに飛行できるよう練習してたんだよ」
単に空を飛んでみたいという気持ちもあったが、バラムが悪魔である以上は空中戦になることも考慮しなければならない。
ヴェラが落ちていくのを見つけたメフィスが慌てて駆け付けなければ、今頃、頭から地面に突っ込んでいたことだろう。
「でも、さっきみたいに撃ち落とされたりすると厄介だしな……。翼を使わない形でも飛べたりしねぇかな」
バラムのことだから飛んでいる自分に向けて容赦なく攻撃を撃ってくるかもしれない。竜族ということを加味しても流石に翼無しで空を飛べるわけ――。
「――できますわよ」
「え、本当か?」
「はい。下級変身魔術で翼を消しても飛行能力があることには変わりませんので。ですが、常時発動させるとなれば、魔力をなるべく消費しないよう、最低限の出力で済ませる必要があります」
「なるほどな」
再び魔術書を出して、先ほど見ていたページを開く。
それによると前半の詠唱は変わらず、後半の部分を翼に置き換えればいいらしい。ならばと思い、魔術書を地面に置いてやってみる。
「『翼よ、消えろ』」
そう口にした瞬間、ヴェラの背中に生えていた竜の翼が消えた。
ヴェラは魔力の出力を最小限に抑えるべく、全身に回していた魔力を薄く延ばすようにする意識を向ける。
と、修練場にバラムが入ってくるのが見えた。
「おーい、魔術の習得は順調かの――ふべしっ!?」
バラムがヴェラの背後まで来た途端、消えていた背中の翼が出現し、彼の額に直撃する。不意打ちを喰らったバラムは当たった衝撃で姿勢を崩し、背中から地面へ倒れた。
「あー……すまん」
身を起こしたバラムが赤くなった額に手を当てて擦っているのを目にして、ヴェラは頭を掻きながら謝る。
立ち上がったバラムは不服そうな目で彼女を睨む。
「お主がまだまだだということが分かったわい。ではのう」
文句を言うだけ言ってバラムは修練場を後にする。
(魔王のくせして暇かよ……)
結局何をしに来たのか分からないまま去っていくバラムを見届けたヴェラは、気を取り直して置いてあった魔術書へ手を伸ばす。
「えっと、他には……」
座って胡坐を掻きながら、ページを捲って使えそうな魔術がないか見ていく。
その中には防御魔術や感知魔術といった戦闘時に使えそうなものから念話魔術や複製魔術などの特殊なものまであった。
興味深そうな表情で魔術書を見ていると、ある箇所に目が留まった。
「へぇ、転移魔術もあるのか」
「えぇ、ございますわ。しかし転移魔術というのは数ある系統魔術の中でも難しく、兄様でも習得に丸5年、バラム様は丸7年掛かっておられました」
そう話すメフィスはどうやら使えないようだ。何でもそつなくこなしそうなファウストでも5年となると、相当難易度が高いらしい。
(でも、使えたら間違いなく切り札級の武器になるよな)
尻込みしていても仕方がない。ここは1つやってみようではないか。
『宝物庫』から何となくで拾っていた手のひらサイズの大きさの石ころを出して目の前の地面に置く。そして、魔術書に書かれた詠唱を読み上げる。
「『転移せよ』」
十数メートル先の離れた地点に落とすイメージで唱えると、石ころの下に赤い魔法陣が出現した。魔法陣全体に光が伴ったと思えば目の前から石ころが消える。
数秒経ち、そろそろ転移される頃かと思うも、一行に魔法陣の現れる気配がない。
「って、あれ? どこ行った?」
「んー、見当たりませんわね……」
ヴェラはもちろん、傍で成功するのを見守っていたメフィスもきょとんと首を傾げながら周囲を見回す。
と、修練場の前にある城壁の道を歩いていたバラムの上に魔法陣が展開した。魔法陣から出てきた石ころは重力に従って落ちていき、彼の頭に直撃する。
「痛っ! 何じゃ……」
頭を押さえたバラムはどこからともなく落ちてきた石ころに視線を落とす。眉を顰めた彼が顔を上げてキョロキョロ辺りを向けたかと思えば、不意に目が合った。
「ちょっ! メフィス逃げるぞ!」
「か、かしこまりました」
間違いなくバラムがこっちに迫ってくる。
そう感じたヴェラは魔術書を仕舞い、メフィスと共に修練場を出ようと出入り口に向かって走り出そうとする。刹那、ヴェラの目の前に突如として怒りに満ちた表情のバラムが現れた。
「ヒィッ!? てめぇ、どっから出てきやがった!」
ヴェラはビビりながら、何の前触れもなく姿を見せたバラムに向かってツッコむ。
「さっきは翼をぶつけてきたかと思えば、今度は石ころとは何のつもりじゃ?」
「いや~、そのー……」
ぐいっと顔を寄せて地を這うような低い声で言ってくるバラムに、思わずヴェラは視線を横に逸らす。
(転移魔術を習得してましたなんて言えねぇ……)
転移魔術は対バラム戦において切り札となる。何としてでもここで口を滑らせるわけにはいかない。
どう取り繕おうか必死に考えを巡らせていると、ヴェラから距離を取ったバラムは口角を上げる。
「ほほーん。さてはお主、転移魔術を習得しようとしておるな」
「なんで分かったっ!?」
「状況を鑑みれば自ずと分かるわそんなもの。それに我も今使ったしのう」
ヴェラの問いに、腰に手を当てたバラムは我を侮るなとでも言うように彼女を見下ろしながら口にした。
どうやら突然バラムが現れたのは、転移魔術を使用したからのようだ。
「じゃが、そう簡単にできるとは思わぬことよ。この我でも7年かかったのじゃ。たった1か月足らずで小娘ごときにできるわけなかろうて。ふははははっ!」
高笑いしながら出て行くバラムに対し、完全に頭にきたヴェラは歯を食いしばり、鋭い目つきで彼を見る。
「ヴェラ様、あまり気になさらない方が……」
「いーや、やってやる! あのいけ好かねぇ魔王に絶対、目にもの見せてやる!」
メフィスが宥めようと声をかけたのも束の間、ヴェラは声を上げて宣言する。
(今に見てろよ、この野郎……)
そう闘志に燃えるヴェラは、開かれた魔術書を凝視するのだった。




