第1章-第5話 魔術書契約
その後のファウストの話で分かったのだが、ヴェラが今手にしている魔術書は生前、自分の父であった魔王・アヴァンが1から作ったものらしい。
魔術は自分の魔術書を持っていないと使えないとはしがきに書かれていたので、ファウストに余りが無いか訊いてみたところ、城の書庫にまだ1冊写本が残っていると言われ、取りに行くこととなった。
「それで、ファウストって親父――いや、アヴァンとはどういう関係なんだ?」
城の回廊を歩きながら、ヴェラは隣にいるファウストへ問いかける。
「あの方とは主従関係を結んでおりまして、もう1000年前からのお付き合いになりますね。バラム様とメフィスも私と同様にアヴァン様の従者として仕えております」
「あの終始ふんぞり返ってそうなバラムが従者になるって相当だな……」
メフィスはまだ分かるが、バラムが誰かに仕えるなど想像もできない。
だが生前、自分や姉をこれでもかと散々振り回してきた父親ならば有り得る。あれは自由奔放な面が9割を占めていると言って良いが、その実、面倒見がいいし何より人の懐に入るのが上手い。
頭も回る分、バラムが手駒にされてしまうのも何となく分かる気がする。
「本人は至って協力者の立場を貫いていますが、1000年もなんやかんやで付き添っているのですから従者と言って差し支えないでしょう」
「それもそうだな」
1000年という月日がどれぐらいかは皆目見当もつかないが、とてつもない長い間ともに過ごしてきたのだろう。
と同時に、1000歳越えにもかかわらず、ファウストもバラムもメフィスも悪魔族という人外要素を抜いても人間離れした美貌を保ち続けているのは如何なものか。
顔の良さに内心ムカつきつつ、書庫に繋がる道を進んでいたヴェラは城内の清潔さに目が留まる。
「浴室や時計といった魔動器もそうだけど、この城やけに綺麗だよな。これもアヴァンが造ったのか?」
「えぇ。この城を建設するにあたり、魔動器を始めとした生活に必要な設備や整備には全てアヴァン様が関わっておられます」
彼の話を聞いて『快適な生活を送るには生活の基盤を整えることが重要だ』とよく父が言っていたことを思い出す。
城の中を見て回る限り、異世界に来てもその精神は変わっていないらしい。
そうして歩くうちに書庫へ着いたようで、中に入ったファウストが奥にある本棚へと向かった。彼が魔術書を探している間、特にすることもないのでヴェラはぐるっと書庫の中を観察する。
書庫の中にある本棚にはびっしりと余すところなくさまざまな書物が並べられていた。
比較的目新しいものからいつの時代からあったのか分からないほど古びたものまで、歩いて回っただけでも1万冊はあることだろう。
そのどれも値が張りそうな革の装丁や装飾が凝られたものばかりで、よくこれだけ集めたなと感心する。
と、ファウストが1冊の書物を持ってやってきた。どうやら彼が手にしているのが城に残っていた魔術書であり、アヴァンが3番目に作ったものらしい。
ファウストから魔術書を受け取る。やはりかなりの大きさがあって分厚い分、ずっしりと手に重みがくる。
これは長いこと持つと疲れるタイプのやつだと察したヴェラは、傍にあった書見台へ乗せた。
基本的な装飾は彼の持っている魔術書と変わりないが、ヴェラが持っているものは色が赤みがかった黒となっている。
「魔術を扱うためにはまずこの魔術書と契約を結ばなければなりません。この表紙に描かれた魔法陣へ手を翳し、52ページ目に書かれた契約魔術の詠唱を唱えてください」
ファウストに借りた時にも表紙に白いインクで魔法陣が描かれていたが、それが重要になってくるとは思わなかった。
ヴェラは言われた通りに羊皮紙を捲って該当ページを開く。そこには黒いインクで魔術書契約時の詠唱が記載されていた。
ざっと目を通して使用する文言を覚える。
しっかりと頭に入れたところで、ヴェラは本を閉じて表紙に描かれた魔法陣へ右手を翳す。と、赤の魔法陣が表紙と手の間に展開した。
「『|第三の魔術書よ、我と契約せよ《シュリーセ・アイネン・フェアトラーク》』」
直後、魔法陣が発光し、辺りが赤い光に照らされる。魔法陣へ翳した手のひらから魔力が吸われていくような感覚がした。
と、光が治まり、浮かび上がった魔法陣が消滅する。それを見たヴェラはそっと翳していた手を降ろす。
「これにて契約締結となりました。ヴェラ様、おめでとうございます」
「あぁ」
頷いたヴェラは、魔術書へ目線を落とす。
契約できたということは、これからは魔術が使えるということだろう。手始めに1番初めのページを開いてみる。
1ページ目にはファウストの魔術書でも見たはしがきが書かれていた。ふとその隣にある表紙の裏面を見ると、何やら大きく12を示す数字が描かれている。
「この数字はなんだ?」
数字の部分を指差して訊いてみれば、隣にいたファウストが顔を向けて覗き込む。
「これはヴェラ様が保有できる魔術系統の上限となります。魔術には現在、100以上の系統がございまして、使い手ごとに使用できる系統の枠数が定められております」
魔術系統には魔法と同じく十三属性に分かれた属性攻撃魔術や属性補助魔術がある他、変身魔術や回復魔術、防御魔術などがあるらしい。
それらの系統をその日ごとに選択して、数字の下にある欄へ書き込むことによって使用が可能となる。が、可能になるだけで上手く使いこなすには修練が必要なのだそう。
「私ですら10系統が上限だというのに、ヴェラ様はその更に2つ上の12系統とは流石でございます」
「お、おう。ありがとな」
つまるところ、保有できる系統の枠数が多ければ多いほど、使用できる魔術が増えるという認識で良いだろう。
系統の数はその人の魔力の量や質といった素質はもちろん、どれだけ神に近い血統なのかが関係してくるようで、ファウストに考えでは、恐らく邪竜の化身というのが大きく影響しているのではないかとのことだ。
何にせよ、使える系統が多いに越したことは無い。
「契約が済んだところで、さっそくやってみましょう」
流石に書庫で魔術を扱うのは危険なので、城内にある空き部屋へと移動する。近くにあった椅子を寄せて座り、魔術書を膝に乗せる。
魔術にも魔法同様に下級、中級、上級、特級とランクがあるらしい。始めたてということを考えてまずは下級から。竜族の得意属性は炎と風なので、下級の炎魔術からやってみることに。
属性攻撃魔術(炎)の欄を開いて良さげな魔術がないか探すヴェラ。と、ちょうどいいのを見つけた。
ファウストによれば、魔術の使用にもイメージと集中力が欠かせないようだ。
初めての魔術。一体、どんなものだろうか。
竜の尻尾をゆらゆらさせて上機嫌になりながら、手のひらで炎を爆発させるイメージを頭の中で保つ。そして魔力を手のひらに向けて流す。
「『炎よ、爆ぜろ』」
次の瞬間、手のひらから炎が現れ、その場で小さく爆発。するかと思いきや、出現した炎が大きく膨れ上がり、とてつもない破裂音と共に爆発した。
その衝撃で辺りが黒煙に包まれ、ヴェラは涙目になりながら咳き込む。
「ご無事ですか、ヴェラ様」
「あぁ、なんともな――あ、やっべ……」
ファウストが咄嗟に自身とヴェラに結界を貼ったおかげで身体には傷1つついていない。
だが、爆発の影響は凄まじく、窓ガラスと壁が破壊され、部屋全体が黒ずんで見事に荒れていた。その光景を目の当たりにしてさーっと全身の血の気が引いていき、ヴェラは肝を冷やす。
すると、遠くから廊下を走る音が聞こえて来た。全速力で走ってきたバラムは、ヴェラとファウストがいる部屋の前で急ブレーキをかけて停止する。
「貴様ら、そこで一体何をしておる!」
「おや、バラム様。お早いお着きで」
怒鳴り声を上げたバラムはズカズカと魔術書を持って呆然としているヴェラへ歩み寄り、鬼の形相で彼女を睨んだ。
「ただでさえ勇者との戦闘で魔王城が全壊しておるというのに、更に壊してどうする気じゃ!」
「す、すまん……」
ぐいっと詰め寄られ、冷や汗を垂らしたヴェラは頬を引き攣らせながら謝罪する。
(って、この世界には勇者もいるのか。というか城が全壊してるなんて初めて知ったぞ……)
そう思っていると、ファウストが耳打ちしてきた。どうやらこれまでヴェラが見てきたものは急ごしらえで直した部分で、その他の部分は未だに壊れたままの状態らしい。
(城を壊せるぐらいの力を有する勇者って一体……)
勇者がどんな人物なのか気にはなるが、今は置いておこう。
「全く、来てまだ1日も経っておらんというのに壁を壊しよって……。良いか? ちゃんと元通りに直しておくのじゃぞ」
怒りを鎮めたバラムは溜息を吐きながら、言うだけ言ってその場を去ろうと歩き出す。
「あぁ、バラム様。出て行かれる前に1つ、貴方に申し上げておきたいことが」
「何じゃ?」
ファウストが声をかけると、バラムは不機嫌そうに眉を寄せて彼の方を振り向いた。
「私め、これからはヴェラ様の傍につくことに致しますのでよろしくお願いします」
にこやかな笑みを浮かべてファウストは言った。ファウストの話を耳にしたバラムは、愕然として身を強張らせたかと思うと、彼に近寄って大きく口を開けた。
「はぁ⁉ どういうことじゃ貴様! さては視たな!?」
「はて、なんのことでしょう。私はただ、ヴェラ様ならば次の魔王に相応しいと判断までですが」
火に油を注ぐような発言を涼しい顔をして言ってのけるファウストに、ヴェラは容赦ないな……と苦笑する。
その一方で、いつファウストが味方に付くようなことしたのだろうか、それに視たってどういうことだ? と思う。
「ほう、裏切る気か」
バラムは目を細め、極めて冷たい声でファウストへ言い放つ。
「裏切るも何も元々、私はあなたの従者ではなく同僚です。こうして付き従っているのは主たるアヴァンさまの命であるからして、本来そのようなことをする恩も義理もございません」
微笑みながら口にしたファウストへ、バラムは拳を握りしめて憤り、恨めしそうに彼を睨みつけた。その後、舌打ちを溢したバラムは観念したように息を吐く。
「あぁ、もうよい! とにかく我が次に見に来るまでにこの部屋を何とかしておくのじゃぞ!」
そう言ってバラムは踵を返して部屋を後にする。怒るだけ怒って嵐のように去っていったバラムに、ヴェラは呆然とする。
何にしても魔術が禁忌と言われる理由が、1つ分かったような気がする。
(これは加減を覚えないとな……)
反省しながら、ヴェラは手元の魔術書へ視線を移すのだった。




