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第1章-第4話 魔術への一歩

「では、魔法が駄目なら魔術はどうでしょう?」


 そう言ってファウストは1冊の分厚い書物を手にした。黒紫の革表紙には魔法陣とタイトルらしきものが白いインクで文字が書かれている。

 

「……魔術? この世界にはそんなのもあるのか」

「はい。ですが現在、魔術は私やバラム、メフィスを含めたごく一部の上級種族しか扱う者がおらず、その存在自体が禁忌とされています」

「でも、禁忌ってことは使っちゃまずいんじゃねぇのか?」


 そんな危険な代物を魔法すら扱えない自分にどうこうできるとは思えないし、仮に使えるとしても怖さがある。


 ヴェラの中に魔術に対する不安が渦巻き始めるが、彼女の問いを耳にしたファウストは首を振って否定した。

 

「いえ、それがそうとも限りません。元々魔術の起源は3000年前まで遡り、その多くが神々によって生み出されたものです。確かに常人ならば使った時点で下手したら死に至る可能性があります。ですが上級悪魔やそれこそかつて邪竜と呼ばれ、神に近しい存在であったヴェラ様ならば話は別でしょう。むしろ魔法よりも適性があるのではないかと私は推察します」

「おいおい、それホントかよ……」

 

 ヴェラはにっこりと笑みを浮かべながら話すファウストを怪訝な目で見つめる。

 

「ま、物は試しです。私ので申し訳ありませんが、ここは1つ魔術書を手に取って見てみてはいかがでしょうか」

「えぇ……」

 

 げんなりとした顔を歪めつつ、渋々ファウストから魔術書を受け取る。


 だが、いくら今の自分が神に等しい邪竜の化身に憑依しているとはいえ、どうにも抵抗がある。

 

 (まぁでも、何もしないよりはいいか)

 

 試しに見るだけだしな。


 そう自分に言い聞かせる。表紙を触った感じかなり上質な素材が使われているのが分かる。中身はどうなっているのだろうか。


 開いた瞬間に魔術が発動して爆散……なんてことにならなければいいが……。


 ヴェラは息を呑みながら、慎重にページを捲る。

 

「ですが、そもそもこの魔術書を読解するにはかなりの時間が掛かりまして――」

「――何々、『本書は魔術を扱うためには必須のものであり、魔術書を所有していないものはまず扱えません』」


 『読む分には構いませんが、扱うとなると魔術書を所有しなければならないので注意してください』


 と、そこまで書かれていた文字を読み上げたところでファウストが読んでいる最中に何かを喋っていたことに気づき、顔を上げる。


 すると、驚いたようにしてこちらをガン見している彼と目が合う。


 全身氷漬けにされたかのようにして、ピシッと固まって動かないファウストを不審に思い、ヴェラは声をかける。


「ん? どうしたんだよ? 何か問題でもあったのか?」

「いえ、問題といいますか……何故こうもすらすらと読めるんです?」


 困惑したように眉を寄せたファウストに尋ねられ、ヴェラは小首を傾げた後にこう言い放つ。

 

「何言ってんだよ。そんなの読めるからに決まって――」


 ヴェラはさも当然といったふうに口にした後、開けている本に視線を落として、気づく。


 (――あれ? 何で読めるんだ……)


 ここに書かれているのは、アルファベットに似た羅列ではあるが、生前に漫画を描くのに役に立つかもと一通り読めるようになった英語でもなければ、興味本位で習っていたイタリア語でもドイツ語でもない。

 

 「色んな言語を学んでおけば損することないぞ」と幼い頃に語学習得を趣味として、副業で多言語の翻訳を務めていた自分の父から言われたことがきっかけで、大抵の言語はある程度習得済みなのだが、そのどれにも値しない。


 となれば何だ……。


 そう思い、生前の記憶を遡ってみる。


 自分の世界にあった既存の言語に当てはまらないとなれば、残る可能性は人工言語――つまるところ造語だ。

 

「ちょっと待て、ここに書かれてる文字……まさか……」

「ヴェラ様……?」


 様子がおかしいことに気づいたのか、ファウストが呼びかけてくるがそれどころではない。

 

 あれはまだ真緒が中学に入ったばかりの頃。


 父親から遊びで人工言語を造ったから創作にも使って良いぞと言われて、興味を持った真緒は造語を漫画に取り入れるため、文字を全て覚えて至る所にその意味を既存の言語に変換して使っていた。

 

 その人工言語の名はルードゥム語と言って、簡単に説明すると造った文字をアルファベット26文字に当てはめたもので、その文字自体に意味はなく、対応するアルファベットの羅列を既存の言語に変換することで意味が生まれるというものだ。

 

 この魔術書はそのルードゥム語で書かれている。とてもじゃないが偶然の一致とは思えない。

 

 よく考えると、シャワーの蛇口に刻まれた魔動器にもその文字が刻まれていたような気がする。

 

「なぁ、ファウスト。この本書いたやつの名前って……」

「アヴァン様ですが、それが何か?」

 

 アヴァン。確かメフィスが原初の魔王と言っていた人物だ。


 そういえばファウストが、自分が転生者だと分かった3つ目の理由を話していた際、前に星の者と会っていたと語っていたのを思い出す。

 

 自分の名前と雰囲気が似ているとかどうとかって話だったが……。

 

「そのアヴァンって、もしかして星の者だったりしねぇか?」

「えぇ、そうです」

「ならそいつがこっちに来る前の名前は知ってるか?」

 

 慎重な声色でヴェラが尋ねると、不思議そうな顔をしたファウストは少し間を空けてこう答えた。

 

「確か前にお聞きしたとき、川島(かわしま)進介(しんすけ)と言っておられましたが……」


 ファウストがそう口にした瞬間、ヴェラは目を見開いて頬を強張らせた。


(名前の雰囲気が似てるどころの話じゃねぇ……!)

 

「……ヴェラ様?」

 

 顔を下げ、一点を見つめて固まるヴェラを心配してか、ファウストが声をかけてくる。

 

「それあたしの親父……」

 

 わなわなと唇を震わせながらヴェラは呟く。


 と、ファウストは思い返すようにして宙を見上げる。

 

「そういえば、姓が同じですね。アヴァン様が近いうちに『こっちへ娘が来るかもしれない』と仰っていましたが……。まさかその娘ってヴェラ様のことですか⁉ というか絶対そうですよね!?」

「あぁ……。マジ異世界に来てまで何やってんだよ親父……」

 

 ファウストに問い詰められて頷くと同時に、ヴェラは自分の父親の所業に心底呆れるのだった。

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