第1章-第3話 初めての魔法
「ここが修練場か……」
ファウストに案内されてヴェラは修練場にやってきた。
天井部分が開放された大きな正方形の空間には、石畳の地面が広がっており、四方が武器庫などが収容された建物で囲まれている。
ふと上を見上げてみると、開放された天井部分に何やら透明な膜のようなものが貼られていた。
ファウストによればあれは結界らしく、攻撃の余波が外までいかないように建物を囲うようにして貼られているらしい。
「普段はあまり使われておりませんが、剣や魔法の修練が思う存分できるように設備が整えられています。今後はご自由に使っていただいてかまいません」
「おぉ、ホントか! それは助かるぜ」
練習し放題と聞いて、ヴェラの表情が明るくなる。
ただでさえ時間が限られているのだ。こうなったら試験までの1か月はひたすら入り浸って、思う存分色々試してみよう。
「それで魔法にはどんなものがあるんだ?」
「そうですね。主には炎や水、風に土と言った属性魔法が挙げられます。種族ごとに得意な属性があるので、そこから習得するのがよろしいでしょう。私やバラム様、メフィスと言った悪魔族は闇、ヴェラ様を含めた竜族は炎と風が該当します」
今出てきた五属性の他には、草、氷、光、日、月、無、そして聖職者や巫女、神などを筆頭とした者たちが使う神属性があるらしい。
合計十三属性の中でも無属性は特に魔法の数が多いようだ。
魔法の属性は聞いた感じ限りではまさしく王道と言ったところか。竜族は炎と風が扱えるということはかなり攻撃に特化した立ち回りができそうだ。
それにしても……。
「お前というかお前ら3人、悪魔だったのか? 全然そうには見えねぇんだが……」
「我ら上級悪魔は普段から角や尻尾、翼などは変身魔法で見えないように仕舞ってありますからね。そう思うのも無理ないでしょう」
その後ファウストは笑みをたたえながら、魔族においてそのような不埒ものを出しっぱなしにするのは論外と口にした。
未だに竜の角や尻尾、翼が出しっぱなしの状態のヴェラは内心、ヒヤリとする。
これは早めに変身魔法を覚えた方がよさそうだ。
「ちなみに種族というのは大きくヒト族と魔族に分かれ、どちらになるかは邪気を纏っているか否かで決まります」
ファウストによると、ヒト族は邪気を保有しないが、魔族は邪気を纏っているらしい。
魔族を統べる魔王というだけあってバラムはもちろん、魔王の称号を付与されているヴェラや魔族の代表格とされている悪魔族のファウストにメフィスも魔族に該当するとのことだ。
ファンタジーでよく登場する魔物もいるようで、それらも魔族の一部だが、魔族がヒト型を保っているのに対し、魔物は動物や植物と言った形状をしているようだ。
「それではこれをお持ちください」
「これは……杖か?」
身の丈ほどの大きさがある木製の杖を差し出され、手に取ったヴェラはじっと眺める。
「はい、魔法を扱うときには刻型文字が刻まれた魔法専用の魔動器を用います。魔動器には下級、中級、上級、特級とレベルがございますが、ヴェラ様は初めてですので、下級で問題ないでしょう」
説明を聞きながらを杖見ていると、ファウストの言う通り文字が刻まれているのが分かった。
浴室のシャワータイプの魔動器に刻まれていた角張ったものとは別物で、こっちはルーン文字に似ている気がするが、この違いはなんなのだろう。
そう思考を巡らせるが、今は魔法を扱えるようになるのが先だ。
「ちなみに発動するときに使う呪文とか詠唱とかはないのか?」
「いえ、そのような類のものは基本、魔法では用いません。物好きな人はやるぐらいで、基本的にはイメージが重要になります」
ファウストにきっぱりと告げられ、ヴェラは呆然と立ち尽くす。
(マジかよ! あたしの魔法に対するロマンが消えたっ!)
だが、実際のところ戦いの最中に詠唱してる暇はないだろう。詠唱が長いと、敵に狙われるリスクが高まる。
夢を打ち砕かれ、見事に肩を落として撃沈していると、少し離れたところに移動したファウストが声をかけてきた。
「それでは手始めに炎を噴射して、あそこにある木の的へ当ててみてください」
「了解だ」
ヴェラは的に向かって杖を構える。シャワーを扱ったときと同じように指先へ意識を向けて魔動器へ魔力を通す。
と、杖の先端に赤い魔法陣が現れた。
そのまま魔力で生成した炎を杖の先から放つイメージを脳裏に浮かべて……。浮かべて……。
「……って、あれ?」
一向に魔法陣から炎が出ず、ヴェラは首を傾げる。
「イメージが足りないのでしょうか。ヴェラ様もう一度試してみましょう」
ファウストに促され、また同じようにして炎が的に向かって放たれるイメージをしながら魔力を通す。
が、杖の先に魔法陣が現れるだけで何も起きない。
「いや、出ないんだけど!?」
「あれ? おかしいですね……。故障しているのでしょうか。少し貸していただけませんか?」
「あぁ」
的の傍から歩いてきたファウストに杖を渡す。
想像力にかけては生前、ひたすら漫画を描いてきただけあって人並み以上にあるはずだというのにどうして出ないのだ。
そう不満げな表情を浮かべながら、ファウストの方を見る。
と、杖の先から魔法陣が展開され、猛スピードで的に向けて炎が噴射された。放たれた炎は的を直撃どころか一瞬にして破片1つ残さずに燃やし尽くす。
「えげつねぇな、おい」
消し炭になった的を見て、本当に今、撃ったって下級魔法なのか? とファウストの技量に驚かされる。
「どうやら故障しているようではないようですね。それではもう1つの風魔法を試してみましょう」
魔法を撃ち終えたファウストに再度杖を渡される。
故障ではないのなら一体、何なんなのだろう。イメージ力が足りないという訳でもなさそうだ。
何が原因かは分からないが、ヴェラは的へ身体を向けて、杖の先に魔力を集中させる。しかし、魔法陣が出るだけでつむじ風の1つも出やしない。
「何でだ……」
眉を寄せながらヴェラは降ろした杖を凝視する。
恐らく魔動器に問題があるわけではない。やはり自分自身に何か魔法が発動できない何かがあるのだろう。
「おーい、そんなんで大丈夫かのうー? 魔法すら撃てんようでは我には到底勝てぬぞー!」
ちょうど修練場の前を通りかかったのかの入口にいたバラムがちょっかいを掛けてくる。
「うるせぇー! この野郎!」
ニヤケ面で煽られ、ヴェラはこめかみに青筋を立てて反発する。と、聞こえていないかのようにバラムは何処かへ行ってしまった。
(マジで何しに来たんだあの野郎……)
腹を立てながら去っていくバラムを睨みつける。
「ふむ。ここは少し鑑定魔法で視てみましょうか」
ファウストはヴェラに向けて一言断りを入れ、鑑定魔法を発動させると、彼の黄緑の瞳が淡く光った。彼はそのままヴェラに視線を向ける。
「魔力炉心は正常に機能していますね……。それに魔力量と質は人並み以上。正直私やバラムより上ですので、問題はそこではないでしょう」
と、顎に手を当てながら話していたファウストの目が元に戻った。
魔力炉心というのは、大気中に含まれるマナを取り込んで自身の魔力であるオドに変換する器官のことで、種族にかかわらずこの世界に生きる全ての生き物に備わっているらしい。
そして魔力量と質は魔法を扱う上で重要な要素となり、魔力量が多ければ多いほどたくさんの魔法が撃て、質が高ければ高いほどより精度の高い魔法が撃てるのだそう。
魔力炉心に問題はなく、さっき炎を撃って的を消し飛ばしたファウストより量も質も上となれば、本格的に何が問題なのか分からなくなってきた。
「もしかしたら得意魔法が違うのやもしれません。こうなったら全属性の下級魔法を試してみましょうか」
「お、おう」
というわけでひたすら残る十一属性の魔法を的に向けて撃つことになった。
水属性なら水の塊を、土属性なら岩を、光属性ならビームを頭に思い浮かべ、杖の先に現れた魔法陣から発射する意識でひたすらやってみる。
が、結果的にどれも上手くいかなかった。
「どの属性も駄目とは……。いやはや困りましたね……」
「ここまで魔法の適正がないとはな……」
もはやここまで来ると後はもう体質的に魔法が撃てないとしか考える他ないだろう。
気づけば日もだいぶ落ちており、月の光が暗くなっていく夜空を照らし始めている。
(こうなったら剣1本であのムカつく魔王を倒すしかねぇか……)
幸いにも、生前はバトル漫画を描くのに役に立つかもと幼い頃から一通り剣術を習っていた。扱うのは西洋剣にはなるだろうが、その時に培った技術も多少は活かせることだろう。
諦めるのは非常に癪に障るが、今日1日で魔法が使えないと分かっただけでもかなりの収穫だ。ここはポジティブに捉えて次に……。
そう切り替えようとしたところで、ファウストから声がかかる。
「ヴェラ様、つかぬことをお伺いしますが……入浴の際、魔動器は使われましたか?」
「ん? あぁ、使ったけど……」
「なるほど」
ヴェラが頷くと、ファウストは宙を見ながら考え込む。
その質問と魔法に何の関係があるのだろうと首を傾げていれば、ファウストが何もないところから一冊の分厚い書物を取り出し、こう告げる。
「では、魔法が駄目なら魔術はどうでしょう?」




