第1章-第1話 魔王召喚
エルディアなどという神に魔王として転生するように言われてかからどれほど経ったのだろうか。途切れていた意識が覚醒し、第一に真緒はそう思う。
どうして硬い地面に跪いて俯いた体勢を保っているのだろうかと不思議に感じながら、真緒はゆっくりと目を開ける。
すると、自分の足元に赤い絨毯が広がっていた。敷かれた絨毯の上には自分を中心として大きな円形の模様があった。
(これは……陣か?)
まるで魔法陣を思わせるそれは絨毯よりも赤く濃いインクのようなもので描かれている。
すっと人差し指でなぞって親指とこすり合わせると、僅かに粘り気があった。匂いを嗅いでみると、鉄のような匂いが鼻を掠める。どうやら血のようだ。
ふと視線を横に向ければ黄土色のレンガ造りの壁に嵌めこまれたガラス窓があり、その上から絨毯と同じような色の赤いカーテンかかっていた。
またしても知らない場所に来てしまった……。いや、異世界転生されたのだからそうなるのは当然か。それにしても身体がやけに重い。何がどうなってるんだ。
改めて自身の状況を理解しようとしたその時、上の方から足音が聞こえてきた。顔を上げてみれば、長身の美麗な男が階段を降り、こっちに向かって歩いてくる。
彼は腰までの長い深紫の髪を緩く毛先で括り、色白の肌に長く先の尖った耳をしていた。極めつけには中世の貴族風の黒と紫を基調とした衣装を身に纏っている。
そんなところを見るに、異世界へ来たというのは本当のようだ。長身の男は陣の前まで来ると足を止め、その黄緑の切れ長の瞳を真緒へと向けた。
「おや……これはまた珍しい」
開口一番呟きながら、彼は興味深そうに目を細める。
「何が珍しいじゃ、アホかっ! ファウスト貴様、どれだけヤバいもんを呼び寄せたのか分かっとるんか!」
いつの間に来ていたのか、老人口調ではあるが美形の若い見た目をした男が怒りを露わにしながら、ファウストと呼ばれた長身の男の隣に並び立つ。
遅れてやって来た彼はセミロングの黒髪を1つ括りにして横に流し、ファウストと同じく色白の肌に先の尖った耳、そして黒と青を基調とした気品のある風貌をしている。
彼はその蒼い瞳でこれでもかとファウストを睨む。
「と言われましても、一度来てしまったものを今更追い返すことなどできませんよ。それは召喚陣を敷いたバラム様が一番よく分かっておいででは?」
「じゃからってこれは無かろう!? 流石の我でも今、暴れられたら対処できんぞ」
げんなりとした顔をしながら肩を竦めたファウストに、バラムと呼ばれた男は大声を上げながら反発する。
話を聞いている限り、どうやら自分はこの者たちによって召喚されたらしい。
血を媒介にした魔法陣で喚び出すとはまた趣味の悪い話ではあるが、魔王を呼び出すのならそれぐらいしなければならないのだろう。それにしてもだ。
(何だよこいつらさっきからヤバいだ、暴れられたら困るだなんだと人を化け物扱いしやがって……)
召喚されてから今までじっと静観していたが、かなりの言われように沸々と湧き立っていた怒りが限界を迎えていた。
「なぁ、あんたら……」
真緒が我慢ならずに、召喚陣の前で言い争う2人に向かって話し出そうとしたその時。
宙から何やら1枚の羊皮紙が降ってきた。真緒はもちろん、言い争っていた2人も降ってくる紙へと視線を向ける。
宙を舞っていた羊皮紙がやがて真緒の傍に落ちた。さっそく拾い上げて中身を見てみる。
称号名:「笑いの魔王(虹)」
称号の所有者が笑ったり、その状況や言動などを面白いと認知すれば、その分だけ全てのステータスが上昇する。
ただし、暇・退屈・つまらないなどと口にした瞬間、冥界への転送陣が現れ、一分以内に肉体が消滅する。
解除方法は、1分以内に所有者が3回ボケるかツッコむこと。また転送陣を他者が破壊することでも解除可能。
(笑いの魔王だぁ? エルディアのやつ絶対ふざけてつけただろっ!)
というより、どうして書いてある文字が読めるのだろうか。普通こんな図形みたいな文字読めるわけがないというのに。
「失礼、その紙見せて貰ってもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、良いけど」
傍までやってきたファウストに言われ、真緒は羊皮紙を手渡す。
ファウストは紙を受け取ると、バラムの元まで戻って書かれた文字を読み始める。
「何か分かったのか?」
「えぇ。ですがこれは……」
バラムの問いかけに答えつつ、ファウストは窓の外へ目を向ける。
何かあるのかと同じように窓の外を見てみるが、一見、青空以外何もないように思える。だが、そんなこと今はどうでもいい。
「おい、あんたら。さっきからなんか喋ってるが、誰なんだ?」
「……お主、長年の眠りについて我らのことを忘れたのか?」
真緒が投げかけると、バラムは一瞬、顔を強張らせてから答えた。
「いや、忘れたのかって言われても……」
そもそもこちらは召喚されたばかりでここが何処なのか、この2人が誰なのかすら知らないのだ。
前にどこかで会った覚えもなく、もし仮にどこかでこんな人間離れした美貌を持つ2人と会っていたとしたら絶対に忘れるはずがない。
「あぁ、なるほど。そういうことでしたか」
窓から羊皮紙に視線を戻し、顎に手を当てながら考え込んでいたファウストが呟く。
「申し遅れました。私はファウスト・フェレス。この魔王・バラムの側近を務めております。よろしければ、お名前をお伺いしても?」
「川島真緒だけど……それがどうかしたか?」
ファウストに親指で指されたバラムが彼を睨む中、真緒は自分の名前を名乗りながら怪訝そうに眉を寄せる。
と、ファウストはバラム睨んでくるバラムを気にも留めずに「やはり……」と声を漏らす。
「もしや真緒様は、この世界ではない別の……そう、例えば異世界からやってきた星の者ではございませんか?」
「あぁ、そうだけど……」
星の者というのは、恐らく転生者のことを指していると思って良いだろう。
だが何故、自分が転生者だと分かったのだ。さっき窓の外を見ていたのと何か関係があるのか。
訝しんでいると、ファウストが話を切り出す。
「今の貴方は簡単に説明すると、外見と中身が伴っておりません。こちらをご覧になれば一目瞭然でしょう」
ファウストはどこから取り出したのか蓋のついた横長の板を開けた。蓋の中はどうやら鏡のようで、自分の姿が映る。
「なっ……」
目の前の鏡には身体から竜の尻尾と翼、そして額から黒い2本の竜の角が生え、横の毛先が赤くなった黒髪ショートの少女の姿が映っていた。
念の為、一度立ち上がって自身を見てみると、更に裸足の状態で少々汚れの目立つ白い貫頭衣を身に纏っていた。
転生したのだから容姿が変わるのは当然だ。竜人となっていてもおかしくはないし、百歩譲ってそこはいい。
しかし、ファウストは自分の外見と中身が伴っていないと言った。言い換えれば、魂と肉体が分離しているということ。つまり――。
「――あたしはこいつに憑依してるってことか?」
「えぇ、恐らくは」
ファウストは首を縦に振った。
ということは、さっき羊皮紙に書かれた文字が読めたのはこの依代の中に憑依したおかげという可能性があるな。
そう納得するとともに、先ほどバラムが真緒に対して「我のことを忘れたのか」と口にしていた。となるとだ。
「さっきの様子から考えるに、この依代になってるやつとあんたらは知り合いなのか?」
「まぁな。お主は今から約1000年前にこの土地にて悪逆の限りをつくした邪竜・ヴェルトゥスの化身であるヴェラに憑依しておる。ヴェラは凶暴なあまり、魔王城の真下にある地下洞窟で長らく封印されておった。もっとも、今はその頃よりだいぶ落ち着いておるようじゃがな」
バラムに見透かすような目で見られ、一瞬、ヒヤリとする。
顔が整っている人からそのような視線を向けられると何もしていなくても来るものがある。
それはそれとして今の話を聞いて気になることが1つあった。
「じゃあなんであたし……いや、ヴェラが今、こうしてここにいるんだよ?」
地下洞窟に封印されていた状態から喚び出されたというのは分かるとして、問題はどうしてファウストとバラムが喚び出したのかだ。
「それが、この老いぼれジジイが魔王になってからもう1000年は経つので、そろそろ隠居したいとか言い出しましてね」
ファウストは呆れたような口調で話しながら、隣にいるバラムへ蔑んだ視線を向ける。
「誰が老いぼれジジイじゃ! 貴様、喧嘩売っとるんか!? というかさっきから我の扱い雑じゃない!?」
バラムは怒ったかと思えば、途端に慌てふためき不満を露わにする。そんな彼を無視してファウストは淡々と話を続ける。
「仕方なく次なる魔王を迎え入れようということになったのですが、生憎と魔王に相応しい人材がおりませんでした。そこで比較的善良な魂と魔王となるに相応しい器を喚び出すために、バラム様が召喚陣を敷き、同時に私の方で器に魂を降ろしたのです。しかし、予想外にも邪竜として恐れられたヴェラを依代とした真緒様が来たというわけでございます」
途中、気に食わないとバラムがファウストに向かって拳を振りかざしたり足で蹴ったりしたが、ファウストはその全てを颯爽と避け、無事に最後まで話しきった。
その様子にこれだけ仲が悪い魔王とその側近っているのかと真緒は呆れ返る。
「なるほどな。ひとまずは把握した」
「理解が早くて助かります」
しかし、喚び出す理由も現魔王が隠居したいからという浅はかな理由で、喚び出されたと思ったらこれはまた凶暴な邪竜が器になっていたなどど終始、滅茶苦茶である。
こちらとしては喚び出されて早々、(主にバラムから)化け物扱いされて文句の1つや2つ言いたいところだが、今考えてみると、かつて大暴れして封印されていたはずの邪竜ヴェルトゥスの化身であるヴェラが何の前触れもなく召喚されたのだ。
バラムとファウストが騒ぐのも無理はないか。
いや、魔王とその側近がヴェラを召喚だけで騒ぐのもどうなのかと思うが、そうなるぐらいだからかなり危ない存在なのだろう。
これから先が思いやられるが、起こってしまったものは仕方ない。こうなったら今、自分にやれることをやるだけだ。
「のう、ファウスト。結局、此奴のことはどう呼ぶんじゃ?」
腰に手を当てたバラムがそう尋ねる。
「流石に真緒様と呼ぶのは危険でしょう。せっかく降ろした善良な魂が悪い輩に取られかねません。もうここはヴェラ様でよいのでは?」
「それもそうじゃな。お主はそれでかまわんか?」
「あぁ」
今、ファウストがさらっとかなり物騒なことを言った気がするが、真緒と呼ばれるよりはヴェラと呼ばれた方が異世界に転生した感がある。
何より、真緒という名前はこの世界だとかなり目立ってしまうだろう。
「それであたしはこれからどうすりゃいいんだ?」
「無論、決まっておろう。次なる魔王をこうして召喚できたのじゃ。さっそく役目を果たしてもらう! ……と言いたいところじゃが、次の魔王に任命するにも実力が伴っていなければ話にならん」
さっきまでファウストに突っかかっては文句を垂れてばかりいたバラムは案外しっかりしているようで、至極全うなことを口にした。
「というわけで、これより1か月後に魔王認定試験を開催する!」
バラムはニヤリとした笑みを浮かべた後、高らかにそう宣言した。
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