プロローグ 輪廻の間
瞼を開けると、そこは周りが闇に包まれた真っ暗な空間だった。
太陽は疎か、月や星すらない。自分以外の人はおらず、周囲は静まり返っていた。ただ分かることは1つ。
足元にチェス盤のようなモノクロのタイルの床が広がっており、そこに置かれた質のいい赤い椅子に座っているということだけだった。
「やあ、目が覚めたかい?」
ふと少年のような澄んだ声が聞こえ、少女は顔を上げる。その拍子に彼女のショート丈の茶髪が微かに揺れた。
赤い目でまっすぐ見据えた先には、小柄な少年が同じく椅子に腰かけていた。紫のメッシュが入った短い白髪をした少年は、その紫の瞳を細めて微笑んでいる。
(さっきまで誰もいなかったはずなのにどうして……)
不思議に思いながらも、少女は目の前の少年へ問いかける。
「なぁ、ここはどこだ……。あたしは――」
――誰だ。
ここに来る前までに何があったのかまるっきり思い出せない。
自分が誰でさっきまでどこで何をしていたのか、記憶を辿ろうとしても頭の中で霧がかかるみたいに邪魔が入るのだ。
「川島真緒、君はついさっき死んだよ。車に轢かれてね」
少年はそう言うと同時に指を鳴らした。辺りに乾いた音が響き、少女――真緒は途端に手で頭を押さえて顔を歪ませる。
頭が割れるような痛みと共に一気に真緒の中に何かが流れ込んでくる。
突如として襲ってきた強烈な頭痛にしばらく耐えていると、次第にここに来るまでに何があったのか記憶が蘇ってきた。
そう、確かあれは高校3年の夏休み。8つ離れた姉と一緒に東京で開催されたコミックマーケットに出店していたのだ。
年明けから半年間、必死に作り上げて完成した漫画を同人誌として売り出し、イベントが終わる30分前にお客さんが駆け込んできてラスト1冊が完売。
無事に全て売り切ったことに高揚しながら、会場で買った漫画が入った紙袋を両手に、姉とともに会場から駅までの帰り道を歩いていた。
だが、信号を渡ろうとしたその時、暴走した車が交差点に突っ込んできた。そこで真緒はちょうど横断歩道を歩いていた小さい子供がその場で立ちすくんでいるのを発見する。
このままでは轢かれてしまう。
そう思った真緒は持っていた紙袋を姉に預けてその子の元まで走った。
地面を蹴り上げ、なんとか子供の背中を突き飛ばして歩道まで逃がしたはいいものの、そのまま猛スピードで突っ込んできた車に衝突。
十数メートル先まで吹っ飛ばされて全身を強打し、死んでしまったのだ。
(自分で言うのもなんだけど、こりゃまた飛んだ最期だったな……)
自嘲気味に小さく笑っていると、少年が口を開いた。
「その様子だと無事に思い出せたようだね。良かった良かった」
真緒を見た少年は明るい声色で話しながら微笑んだ。
何が良かっただ。何も良くねぇよ! とツッコみたくなるが、ここは我慢だ。
何よりも確認しなければならないことがある。
「聞きたいんだけど、つまりここはあの世ってことか?」
「お、大体ではあるけど合ってるよ」
少年は感心したような笑みを浮かべつつ、同意する。そして彼は続けて口にした。
「君とボクが今いる場所は輪廻の間と言ってね。厳密にはあの世とこの世の狭間に位置する」
輪廻の間というものが何なのかはあまりよく分からないが、つまり自分が死んだことには変わりないらしい。
1人残していった姉には申し訳ないことをしてしまった。自分がいなくなってもきちんとやっていけてると良いけど……。
内心で心配しながらも、真緒は次に気になっていたことを尋ねる。
「というか、さっきから当たり前のごとくべらべら喋ってるけどよ、誰だあんた。少なくとも日本人……いや普通の人間ってわけじゃなさそうだが」
人間離れした白い髪に少年の見た目をしているくせしてやけに達観した態度をとっている。
それに加えて少年が指を鳴らした途端に頭痛と伴って流れ込んで来た生前の記憶。どう考えても並みの人間が成せる業ではない。
大方、予想はついてはいるが本人の口から聞くのが妥当だろう。
「ボクはエルディア。端的に言えば、この世界を創った神さ」
「神、ねぇ……」
エルディアの答えを聞いた真緒は赤い瞳を細める。
やっぱりその類だったか。
そう納得しつつ、おおよそ神には見えない出で立ちと威厳の感じられない声だなと感じる。
「で、またその神様があたしに何の用だ? さっきあたしは死んだって言ってたよな。それに輪廻の間なんて名前がついてんだ。まさか異世界に転生させるとかじゃあるまいし……」
「そのまさかだよ。流石、前世はひたすら漫画を描いていただけはあるね」
その言葉に真緒の身体が急激に凍ったかのように固まった。と、次の瞬間、真緒はその場で小さく噴き出す。
「ふははははっ! おいおい、マジかよ」
空間全体に響くほどの高笑いを上げて、真緒は爆笑する。
半ば冗談で言ったことが本当だとは思わず、目尻に涙が溜まるほど腹を抱えて笑い転げる。
その後、ひとしきり笑った真緒は落ち着きを取り戻すかのように深く息を吐いた。
「君は最期に子供を庇って死んだ。本来、あの時点で死ぬはずはなかったんだけど……命を這って善行を積んだというのに、神であるボクが何もしないのは無慈悲というものだろう? だからここは1つ、転生させてあげることにしたんだ」
そう言うことであれば、転生させる理由としては妥当だろう。
それに小さい頃からアニメや漫画の原作となった異世界ファンタジー小説をよく読んでいた真緒にとって、この展開はなんだかんだで受け入れやすい。
「ちなみに助けた子供は? 無事なのか?」
「あぁ、無事だとも。まぁ、君が突き飛ばしたおかげで膝にかすり傷は負ってしまったけどね」
ちゃんと元気に生きているのならかすり傷程度、些細な問題だ。
せっかく死んでまで助けたのに子供まで死んでしまったとあれば、目の前の自称・神を自らの手で殴りに行くところだったがそうはならず安心した。
「でも具体的にどこに転生させるとか、どんな人生を歩ませるとかはまだ決まってないんだよね~」
(そこは決まってないんかい。異世界転生と言えば、そこが一番重要なまであるだろうに)
内心でツッコみながら、それならばと真緒は口を開く。
「こっちに決定権は?」
「あるわけがないだろう?」
「だよな……」
駄目元で言ってみたは良いが、あえなく却下された。自分の人生を自分で決められる良いチャンスだったのだが、流石に無理か。
でも、そうなると決めるのに時間がかかりそうな気がするが、そこはどうなのだろう。
ずっと何もないここに居座るのはさぞかし退屈だろう。せめて紙とペンさえあればイラストでも漫画でも描けるんだけど……。
そう思っていると、あれでもないこれでもないと考えこんでいたエルディアが何か思いついたようで「あっ」と声を上げながら真緒を見た。
「ちょうどいい席が1つ余ってたんだった。それも君にぴったりのね」
「なんだよ? そりゃ」
何故か上機嫌に話すエルに、真緒は眉をひそめて小首を傾げる。
自分にぴったりのって言うと、それこそイラストや漫画が描き放題な世界だろうか。それなら何も文句はないな。あわよくばそこで今度こそプロになって……。
まだ見ぬ転生先に胸を膨らませていると、エルディアが切り出す。
「魔族を統べる王、すなわち魔王さ。君の半生と経験、実力を照らし合わせても問題ないだろう。それにさっきの魔王じみた笑い声に真緒って名前。如何にも魔王となるに相応しいじゃないか」
エルディアはそう言って目元を緩ませる。
魔王か……笑い声が魔王ってのとあたしの名前と掛けてそうなところはちと気に食わねぇが……。
「いいね、面白い」
「だろう? 称号も与えるから早々死にはしないよ」
称号ってなんだ……。
疑問に思い問いかけようと口を開いた瞬間、今まで座っていた椅子が忽然と姿を消し、床に落ちた。
直後、自身を中心として大きな陣が現れて、真緒は思わずぎょっとする。
「これで君の歩む道も決まったことだ。はい、それじゃあいってらっしゃーいっ!」
エルディアが手を振ると同時に陣が光り、何か強大な力に吸い込まれる感覚を覚える。
突然のことに理解が追い付いていない真緒は顔を上げて満面の笑みを浮かべたエルディアを見た。
「うぇっ!? ちょっ! おい! まだお前に聞きたいことが――」
必死に吸い込まれないよう踏ん張りつつ、エルディアに向かって声を上げる。
だが、それも虚しく真緒は問答無用で陣の中へと吸い込まれ、輪廻の間から姿を消すのだった。
どうも、作者の桜月零歌です。
この度ネトコン14に応募するに際しまして、初めての中世を舞台とした異世界転生に挑戦することになりました。普段は現代和風ファンタジーを書いているので、多少おかしいところがあっても目を瞑っていただけると幸いです。
まだプロローグにはなりますが、面白いと思った方は是非ともブックマーク・評価をよろしくお願いいたします。
また、下記の作品も同じくネット小説大賞14に応募しています。もしよろしければ覗いてあげてください。
・「幽現界の番人~死後の世界に迷い込んだ祓術師は、そこでも怪異を退治する~」
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