第3話「チュートリアルでこんな敵倒せないことある!?」
昼。
怜奈と愛は木造の宿舎の食卓に座っていた。
老人Aから出されたのは牛乳と硬そうな黒パンだけ。皿は欠けていて、木のスプーンは妙にざらついていた。
怜奈はパンをかじりながら眉をひそめる。
「……固っ。なんだよこのパン。歯いかれる」
愛は小さくちぎって、しぶい顔のまま口に入れた。
牛乳をすすりながら、愛がふいに口を開いた。
「…スタバ行きたくね?」
玲奈は一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく頷いた。
「それはわかる」
怜奈は身を乗り出す。
「先週さ、パンプキン味出てたよな」
「やっば。飲みたかった」
「ないかな、この辺」
「……あるわけねえじゃん」
二人は無言でパンをかじる。
やけにリアルな現実逃避が、もやの中の異世界とまるで釣り合わなかった。
***
食後、老人Aに連れられて村の外れへ。
畑を抜けると、湿った草むらにぷるぷる震える緑色の塊が現れた。
「スライムじゃ」
老人は胸を張った。
「チュートリアルでまずはこやつを倒すのじゃ」
「これから大事なことを説明……」
老人Aがそう言おうとしたところ、怜奈は腰の剣を抜いた。鎧ががちゃりと鳴る。
「よし、さっさと終わらせよ」
勢いよく斬りつけた。だが剣はぷにっと沈んだだけで、スライムは何事もなかったように揺れ続ける。
「……は?」
「ぷぷっ、よっわ。しょっぼ。こんなん倒せないとか。イカついのに見掛け倒しもいいとこじゃん」
「は? じゃあお前がやれ。一発でな」
イラついた玲奈が煽ると、愛はため息をついて仕方なくステッキを握りしめ、小声で呪文を唱える。
紫色の火花がほとばしり、スライムに直撃した。
だが弾けた後も、スライムは無傷で震えていた。
「え?…全然効かない」
「いやいや、チュートリアルでこんな倒せないことある!?」
怜奈が老人Aに掴みかかる。
二人が困惑する中、老人Aは杖を地面に突いた。
その音が、やけに響いた。
「そなたら、聞くのじゃ。
この世界のすべてのモンスターには“百合豚属性”がある」
「……は?」怜奈が眉をひそめる。
「なにそれ」愛は無表情でつぶやく。
「百合カプによる愛を見せつけ、モンスターに心理的ダメージを与えるのじゃ。
"尊死"させることでしか討伐はできぬ」
怜奈と愛は顔を見合わせた。
「…なあ、あーしジジイの言ってる意味が全然わかんねえんだけど」
「百合とか愛とか…何言ってんの?」
老人Aはまるで気にせず二人の背中を押す。
「ささ、ほれ、まずは手を繋ぐのじゃ」
怜奈が後ずさりする。
「は? 絶対嫌なんだけど」
愛は眉ひとつ動かさず、淡々と。
「汚い。無理」
「やらねば進まぬぞ」
老人は真顔で言う。
二人は舌打ちをしながら仕方なく指先を伸ばした。
空気がひやりと張りつめる。
怜奈の指に、愛の細い指が触れた。
思ったより小さく、柔らかい。
その瞬間、玲奈の胸の奥が一拍だけズキンと跳ねる。
「……っ」
怜奈は一瞬言葉を詰まらせた。
「うわ、なに、あんた手汗やば」
愛が淡々と刺してくる。
「……っ、いやお前の手、冷たすぎて死体かと思ったわ」
怜奈が必死にごまかす。
だがそのまま、恋人繋ぎでぎゅっと握り合ってしまった。
静止の一瞬。
スライムがぶるぶる震え出す。
「ぷぎゃぁぁぁぁぁ……! てぇてぇ……!!」
奇妙な悲鳴を上げ、泡を吹くように弾け飛んで消滅した。
老人Aは杖を突きながら感嘆する。
「ほれ見よ、これが尊死じゃ!」
怜奈と愛は慌てて手を振り払い、同時に叫んだ。
「うわああ! 倒した!」
「なんで!?気持ち悪っ」
「つかお前いつまで繋いでんだよ!」
「いや、あんたが強く握ってるからなんだけど」
二人がパッと手を離して睨み合う中、老人だけがにこにこと頷いていた。
「やはり素晴らしい。これが、そなたらの力じゃ」
***
夜。
村の宿舎は静まり返り、窓の外では虫の声が単調に続いていた。
部屋の中には、古びた木のベッドが一つ。シングルサイズの布団が一組だけ敷かれている。
怜奈と愛は並んで横になっていた。
二人の体格に対して、布団はあまりに狭い。わずかに動くだけで肩や腕、足先がぶつかる。
怜奈がため息をつき、寝返りを打つ。
「……おい、狭いんだけど。もっとそっち行けよ」
背を向けたままの愛が、冷たく返す。
「は? もうこっちも限界」
怜奈は肘でぐいっと押す。
「もうお前床で寝ろよ」
愛は押されながらも動かず、低い声で。
「は?……あんたが床で寝たら?」
「なんであーしが。……てか、肩ずっとくっついてるし最悪なんだけど」
「いや、それこっちのセリフ」
二人の押し合いが続くたび、古いベッドはぎしぎしと音を立てる。
怜奈の腕が愛の髪に触れ、愛の膝が怜奈の足に当たる。
布団の端を必死に奪い合っても、どうやっても身体のどこかが触れ合ったままになった。
「足どけろ!」
「どけたいけど、置く場所ない」
「肘あたってんだよ!」
「そっちこそでかいケツどけろよ」
きりがなく、やがて二人とも疲れて黙った。
息遣いだけが重なり、狭い空気にこもる。
怜奈は天井を見上げながら、不意に口を開いた。
「……なあ、なんかこれ懐かしくない?」
愛がわずかに顔を横に動かす。前髪の隙間から、半分眠そうな瞳。
「……ん。小五ぶりかな」
「だよな。あんときもお前んちのベッド狭いとかで喧嘩しながら寝た気する」
「……あたしたち、なんかずっとこうだね」
二人は小さく吹き出した。
布団の中で肩がわずかに震え、触れ合った腕がぬくもりを伝える。
寝る時は背中を合わせ、互いに顔は向けないまま。
やがて、虫の声と混ざるように、静かな呼吸だけが重なっていった。




