表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

第3話「チュートリアルでこんな敵倒せないことある!?」

 昼。


 怜奈と愛は木造の宿舎の食卓に座っていた。

 老人Aから出されたのは牛乳と硬そうな黒パンだけ。皿は欠けていて、木のスプーンは妙にざらついていた。


 怜奈はパンをかじりながら眉をひそめる。


「……固っ。なんだよこのパン。歯いかれる」


 愛は小さくちぎって、しぶい顔のまま口に入れた。

 牛乳をすすりながら、愛がふいに口を開いた。


「…スタバ行きたくね?」


 玲奈は一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく頷いた。


「それはわかる」


 怜奈は身を乗り出す。


「先週さ、パンプキン味出てたよな」

「やっば。飲みたかった」

「ないかな、この辺」

「……あるわけねえじゃん」 


 二人は無言でパンをかじる。

 やけにリアルな現実逃避が、もやの中の異世界とまるで釣り合わなかった。


***

 食後、老人Aに連れられて村の外れへ。

 畑を抜けると、湿った草むらにぷるぷる震える緑色の塊が現れた。


「スライムじゃ」


 老人は胸を張った。


「チュートリアルでまずはこやつを倒すのじゃ」

「これから大事なことを説明……」


 老人Aがそう言おうとしたところ、怜奈は腰の剣を抜いた。鎧ががちゃりと鳴る。


「よし、さっさと終わらせよ」


 勢いよく斬りつけた。だが剣はぷにっと沈んだだけで、スライムは何事もなかったように揺れ続ける。


「……は?」

「ぷぷっ、よっわ。しょっぼ。こんなん倒せないとか。イカついのに見掛け倒しもいいとこじゃん」

「は? じゃあお前がやれ。一発でな」


 イラついた玲奈が煽ると、愛はため息をついて仕方なくステッキを握りしめ、小声で呪文を唱える。

 紫色の火花がほとばしり、スライムに直撃した。


 だが弾けた後も、スライムは無傷で震えていた。


「え?…全然効かない」

「いやいや、チュートリアルでこんな倒せないことある!?」


 怜奈が老人Aに掴みかかる。

 二人が困惑する中、老人Aは杖を地面に突いた。

 その音が、やけに響いた。


「そなたら、聞くのじゃ。

 この世界のすべてのモンスターには“百合豚属性”がある」


「……は?」怜奈が眉をひそめる。

「なにそれ」愛は無表情でつぶやく。


「百合カプによる愛を見せつけ、モンスターに心理的ダメージを与えるのじゃ。

"尊死"させることでしか討伐はできぬ」


 怜奈と愛は顔を見合わせた。


「…なあ、あーしジジイの言ってる意味が全然わかんねえんだけど」

「百合とか愛とか…何言ってんの?」


 老人Aはまるで気にせず二人の背中を押す。


「ささ、ほれ、まずは手を繋ぐのじゃ」


 怜奈が後ずさりする。


「は? 絶対嫌なんだけど」


 愛は眉ひとつ動かさず、淡々と。


「汚い。無理」


「やらねば進まぬぞ」


 老人は真顔で言う。

 二人は舌打ちをしながら仕方なく指先を伸ばした。

 空気がひやりと張りつめる。


 怜奈の指に、愛の細い指が触れた。

 思ったより小さく、柔らかい。

 その瞬間、玲奈の胸の奥が一拍だけズキンと跳ねる。


「……っ」


 怜奈は一瞬言葉を詰まらせた。


「うわ、なに、あんた手汗やば」


 愛が淡々と刺してくる。


「……っ、いやお前の手、冷たすぎて死体かと思ったわ」


 怜奈が必死にごまかす。

 だがそのまま、恋人繋ぎでぎゅっと握り合ってしまった。

 静止の一瞬。


 スライムがぶるぶる震え出す。


「ぷぎゃぁぁぁぁぁ……! てぇてぇ……!!」


 奇妙な悲鳴を上げ、泡を吹くように弾け飛んで消滅した。

 老人Aは杖を突きながら感嘆する。


「ほれ見よ、これが尊死じゃ!」 


 怜奈と愛は慌てて手を振り払い、同時に叫んだ。


「うわああ! 倒した!」

「なんで!?気持ち悪っ」


「つかお前いつまで繋いでんだよ!」

「いや、あんたが強く握ってるからなんだけど」


 二人がパッと手を離して睨み合う中、老人だけがにこにこと頷いていた。


「やはり素晴らしい。これが、そなたらの力じゃ」


***


 夜。


 村の宿舎は静まり返り、窓の外では虫の声が単調に続いていた。

 部屋の中には、古びた木のベッドが一つ。シングルサイズの布団が一組だけ敷かれている。


 怜奈と愛は並んで横になっていた。

 二人の体格に対して、布団はあまりに狭い。わずかに動くだけで肩や腕、足先がぶつかる。

 怜奈がため息をつき、寝返りを打つ。


「……おい、狭いんだけど。もっとそっち行けよ」


 背を向けたままの愛が、冷たく返す。


「は? もうこっちも限界」


 怜奈は肘でぐいっと押す。


「もうお前床で寝ろよ」


 愛は押されながらも動かず、低い声で。


「は?……あんたが床で寝たら?」

「なんであーしが。……てか、肩ずっとくっついてるし最悪なんだけど」

「いや、それこっちのセリフ」


 二人の押し合いが続くたび、古いベッドはぎしぎしと音を立てる。

 怜奈の腕が愛の髪に触れ、愛の膝が怜奈の足に当たる。

 布団の端を必死に奪い合っても、どうやっても身体のどこかが触れ合ったままになった。 


「足どけろ!」

「どけたいけど、置く場所ない」

「肘あたってんだよ!」

「そっちこそでかいケツどけろよ」


 きりがなく、やがて二人とも疲れて黙った。

 息遣いだけが重なり、狭い空気にこもる。


 怜奈は天井を見上げながら、不意に口を開いた。


「……なあ、なんかこれ懐かしくない?」


 愛がわずかに顔を横に動かす。前髪の隙間から、半分眠そうな瞳。


「……ん。小五ぶりかな」

「だよな。あんときもお前んちのベッド狭いとかで喧嘩しながら寝た気する」

「……あたしたち、なんかずっとこうだね」


 二人は小さく吹き出した。


 布団の中で肩がわずかに震え、触れ合った腕がぬくもりを伝える。

 寝る時は背中を合わせ、互いに顔は向けないまま。

 やがて、虫の声と混ざるように、静かな呼吸だけが重なっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ