第1話「もしかして、あたしたち、異世界転生してる!?」
神崎怜奈と紫月愛は、小学校からの腐れ縁だった。
腐れ縁という言葉は便利だ。仲が良くも悪くもない関係をまとめて表現できる。だがこの二人の場合は、悪い方にしか働いていない。
好きになった男子が被れば放課後に本気で殴り合う。
購買で同じ菓子パンを「あたしが先に狙ってた」と譲らず、購買で5時間目になってからも言い合いが止まらないこともあった。
何をしても気が合わない。というかむしろ趣味や嗜好が不思議なぐらい被りすぎて全て喧嘩になる。
そして家はすぐ近所。なぜかずっと同じクラスになっている。運命の悪戯にしては胃もたれするぐらいにしつこすぎる。
高二になった今もクラスは同じで席は隣だ。
怜奈は金髪にメッシュを入れたギャル。爪はきらきら光り、制服のスカートは短い。明るく見えるが、口を開けば短い毒が飛ぶ。
愛は黒髪ロングで、分厚い前髪に隠れた目元が暗い。黒いフリルやリボンを好み、地雷系の雰囲気を漂わせる。声は小さいが、吐く言葉には毒があり容赦がない。
その日の放課後、二人はまたまた偶然にも日直当番で残っていた。
早くも口喧嘩が始まる。
「てか、なんでまたお前と一緒なんだよ」
「……こっちのセリフなんだけど」
「きんもーー」
「は?黙ってやれや」
雑巾を投げつけ合いながら、最低限の作業を済ませる。
並んでいるだけで苛立つらしく、互いに顔を合わせようともしない。
掃除が終わり、カーテンが揺れる教室を後にして二人は下校した。
日が沈みかけた歩道を、仕方なく同じ方向へ歩く。歩幅すら合わない。
「てかなんで一緒に帰ってんの。あんたが寄り道してよ」
「は?あーし早く帰ってタコゲーム観たいから。お前がどっか行けよ」
目も合わせずそう言いながらスタスタ歩く。同じ歩調で。
「お前さー歩き方パッカパッカうるせーな。馬かよ」
「は?あんたの声の方がでかくて迷惑なんだけど。ほんとガサツな女嫌い〜」
二人はスタスタと歩き続ける。同じ歩調で。
「てか、歩く時近寄ってくんな」
「近寄ってねえし。お前が寄ってきてんだろ」
こんなやり取りは小学生の頃から変わっていなかった。
口喧嘩に夢中になり、信号の変わった横断歩道に足を踏み出す。近づいてくるトラックに二人とも全く気が付かない。
耳をつんざくクラクションが響いた。
光が迫り、轟音と衝撃。
二人の体は同時に宙に浮き、意識はそのまま闇に飲み込まれた。
***
「……ん…」
怜奈が目を開けると、白いもやの中にいた。
上下の感覚もなく、無音。立っているのか浮いているのかもわからない。呼吸はできている。だが肌にまとわりつくもやが気味悪い。
ふと、手に温かさを感じた。
指が誰かと絡まっている。強く、逃げ場なく握られている。
視線を向けると、そこに愛がいた。
黒い髪がもやに溶け、薄暗い影のように揺れている。閉じた瞼、白い頬。まるで眠っている人形のようだった。
「……うえっ」
怜奈は反射的に手を振り払った。
ぱしんと音を立てて指が離れる。冷たい感触だけが残る。
その拍子に、愛がゆっくりと目を開けた。
黒目がちの瞳が、ぼんやりと怜奈を映す。
「……は、何これ」
「知らねーよ」
「てかお前、手繋いでくんなよ気持ち悪」
「はあ?繋いでねぇし。あんたが怖くて繋いだんじゃないの?昔から怖がりだもんねぇ」
愛が右だけ口角を上げ、横目で冷笑する。
「……てかさ、ここどこなの?絶対日本じゃなくね?」
「うん……なんか全然周り見えない」
状況はわからない。苛立ちと不安だけが募る。二人は立ち尽くしたまま、もやの中を見回した。
すると、靴音のような音がどこからか響いた。
もやが裂け、腰の曲がった白髭の老人が現れる。
「ここは、アルデ村じゃ」
老人Aは、杖を突きながら胸を張った。
怜奈と愛は顔を見合わせた。
「……は?」
「なんて?」
老人Aは気にせず続ける。
「ここはフィオルド大陸の東の果て。北には氷雪の山脈、南には灼熱の砂漠が広がっておる。村の外にはフィールドがあり、そこにはスライムやゴブリン、オークにワイバーン、あらゆる魔獣が徘徊しておるのじゃ」
二人には老人Aの言っていることが全く理解できない。
だが一つ、気がついたことがあった。
怜奈と愛は顔を見合わせた。
「……もしかして…」
「……あたしたち…」
「「……異世界転生してる?」」
一寸の狂いもなく、声がピッタリと揃った。
「いやきんも、ソプラノでハモッてくんな」
「は?あんたがこっち見てタイミング合わせてきたんでしょ」
「ほぉ〜。なんと息ぴったりな。伝説の"ユリガミ様"を思い出すのぅ」
老人Aは盛大に拍手をしながら讃えてくる。
そんな称賛など耳にも入らず、二人は喧嘩を続ける。
「バーカ!」
「は?あんたよりこの前期末の数学2点上だったから。あたしのほうが賢いし」
「は?日本史はあーしが3点上だったから。」
「は?黙れ金髪ゴリラ」
「うっせメンヘラクソ女」
二人の声は白いもやに反響し、やけに広く乾いた空間に響いた。
怜奈は腰に手を当て、勝ち誇ったように顎を突き出す。
愛は腕を組み、前髪の奥から冷たい視線を投げ返す。
互いに一歩も引かず、火花を散らすように睨み合った。
その横で、老人Aは小さく咳払いをした。
「……あっちの木造建ての家で待っとるからの」
気まずそうに目を泳がせ、杖を突きながらそそくさと背を向ける。丸い背中がゆらゆらと遠ざかっていった。
残された二人の間には、まだ罵倒の余韻が漂っている。
沈黙が訪れたかと思えば、白いもやが再び大きく揺れ、視界を覆った。
足元も頭上も、光にかき消されていく。
――二人の物語は、始まったばかりである。




