第八話 生命力を喰らう者
朝露に煙る村の外れで、私は既設の電気設備を点検していた。
異世界に転移してから約一年。
村人たちとの距離も縮まり、発電設備の維持管理も日課のひとつになっていた。
発電機で灯る夜の明かりは、今や村の誇りのひとつになり、夜間の作業や警戒にも役立っている。
でも、この穏やかな日常が揺らぐとは、その時はまだ思ってもいなかった。
ある朝、発電機のベアリングを交換していると、西門の方から慌ただしい声が聞こえた。
見ると、数人の村人が一人の男を担いで運んでいるのが見えた。
何かあったのかと気にはなったが、私は作業を続けることにした。
夕方、仕事を終えて家に戻ると、たまたま訪ねてきていた若い村人とばったり出くわした。
彼の顔には、わずかに焦りが見えていた。
藤野「お疲れ様です。何かご用ですか?」
村人1「ああ、藤野さん、お疲れっす……実はさ、今朝、西門の外で夜警やってた男が倒れてたんだ。それでちょっと騒ぎになっててさ。一応、伝えとこうと思って」
藤野「それは大変ですね! 容態の方は?」
村人1「一応、生きてはいるけど、まるで干からびたみたいでさ。力が抜けきってて、声かけても目ぇ開けないんだよ」
話を聞いて、胸に不安が広がった。
警報も鳴っていなかったのに、いったい何があったんだろうか。
気になりながらも、私はひとまず家に入った。
翌日、私は診療所に向かい、倒れていた男の様子を見に行った。
彼は西門の夜警を担当していた男で、普段は健康そのものだったと聞いている。
しかし、顔色は土のようにくすみ、呼吸もか細く、頼りなかった。
藤野「これって、毒か何かにやられたって感じですか?」
医者「いや、毒ならもっと激しく痙攣とか起こすはずだ。これはまるで、体の中から力が抜けちまったみたいに見えるな」
村人2「……もしかしたら、魔族の仕業かもしれないな」
その言葉で場の空気が一気に変わった。皆が互いに顔を見合わせる。
魔族……またしてもゲームや物語で聞くような単語が出てきた。
藤野「魔族って、どんな存在なんですか?」
村人3「魔族っつーのはさ、異形の種族なんだが……えっと…村長の方が詳しいな。村長も様子を見に来てたから、聞いてみるといい」
騒ぎを聞きつけて診療所に来ていた村長に話を聞いてみた。
エルド「藤野殿は、この世界の“魔族”と“魔獣”の違いは知ってますかな?」
藤野「いえ……はっきりとは分かりません」
エルド「魔族は知性を持ち、人の言葉を解する者たちじゃ。時には取引や共存もできる。一方、魔獣はただの獣。力で奪い、生きるだけの存在じゃ。たとえば、ゴブリンなどがそうじゃな」
藤野「なるほど……つまり、今回の犯人が魔族だった場合、話し合いの余地もあるってことですね」
エルド「可能性はあるが、“話せる”ことと“味方である”ことは違う。もし話し合う機会があったとしても、気をつけるんじゃ」
村人1「まだこれが魔族の仕業と確定したわけじゃないが、警戒するに越したことはないな」
エルド「左様。他に考えられる原因があるかもしれんが、ここは医者に詳しく診てもらった方が良いじゃろう」
結局のところ、原因は分からずじまいだった。
その場は一旦、患者は診療所に任せて解散となった。
その二日後の夜、再び診療所が騒がしくなった。
二人目の被害者が出たというのだ。
夜に倉庫の整理をしていた大工の男が、全身から力を抜かれたように倒れているのが見つかったらしい。
村人1「もう偶然なんかじゃねえ。誰かが力を吸ってるんだよ」
村人2「血じゃなくて、生命力を奪われてるんだ!」
若い村人たちは、恐れと怒りをないまぜにしながら騒ぎ立てていた。
すると、大工の男の祖母にあたる老婆が口を開いた。
老婆「昔話で聞いたことがあるよ。男の夢に忍び寄って、その力を吸い取る女の魔族がいたってね……夜のうちにそっと近づいて、力を奪うってさ。確か“サキュバス”って呼ばれてた」
その名前を聞いて、内心どきりとした。
藤野(サキュバス……そういえば、ゲームやアニメで見たことがある。男性の精を吸う淫魔……)
夜に襲われた被害者の状況と、あまりにも符合している。
医者「今まで見たことない症例だが、状況を見るに、可能性としてはあり得るな……」
村人3「昔話だと思いたいけど、現実に男たちが次々やられてるんだ。偶然とは思えねえよ」
藤野「でも、目的が分かりませんね。ただ徒に危害を加えているのか……それとも、何か意図があるのか」
医者「力を奪い取ることが目的なら、意図的に狙っている可能性もある。だが、命までは取っていない――それが余計に気味が悪い」
老婆「命を奪わないのは、逆に狙いがあるってことさね……力だけ吸って、生かしておく。まるで、何度も搾り取るつもりみたいにね……」
村人1「じゃあ……また来るってことか? 同じやつが、今度は誰か別の男を狙って……」
議論は紛糾したが、結論は出なかった。
藤野(夜警が襲われた時、警報は鳴らなかった……。こっそり静かに襲ってくる相手に対して、どうやって対策したものか……)
この世界にはそこそこ馴染んできたつもりだったが、私にはまだ知らないことが多すぎる。
こうして、知性ある魔族の存在が現実問題として浮上し始めた。
これが後に、厄介で予想外な事態の始まりになるとは、その時はまだ気づいていなかった。




