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異世界タービン  作者: SD2
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第六話 技術は語り、村は応える

 村に初めての街灯が灯ったのは、ある穏やかな夕暮れだった。


木製の柱に、小型の電球とバッテリーを内蔵した簡易照明器具が取り付けられ、村の中央広場をぼんやりと照らしていた。


 藤野「これで夜の作業や移動も、少しは安全になるはずです」


 老婆「まさに天から来た人の仕事じゃ……あんたは神の使いかい?」


 藤野「そんな大層なもんじゃないですよ。ただの電気技師です」


街灯の導入により、村の夜に安全と安心をもたらし始めていた。


 並行して、石と金属製のパイプを組み合わせた簡易ボイラーの設置を進めていた。

これを発展させて、ゆくゆくは火力発電を実現させるという狙いもある。


 リア「見て! ちゃんとお湯が出るよ!」


 藤野「温度は……うん、これなら風呂に使える!」


 リア「……こんなに簡単にお湯が出るなんて。これも電気の力なんですか?」


 藤野「いや、これについては火を使ってるんですけどね。

でも燃料効率がいいし、やけどの心配も減りますよ」


 その技術を活かし、仮設の浴場も作られた。

木造の小屋に男女の仕切りを設け、簡易な脱衣所と浴槽を備えた構造だ。


 村人1「身体が温まると、こんなに気持ちがいいとはな……」


 村人2「なんだか体が軽くなったみたいだ」


 清潔さへの意識が高まると、村人たちは口々に「風呂に入りたい」と言うようになった。

それはまさしく、衛生観念が生活に根ざした何よりの証だった。


 一方で、私は新たな発電方法を模索していた。


現在は発電機を何基か作り、村人たちに手伝ってもらいながら人力で回しているが、

夜警時の照明と警報ベル、数本の街灯程度であれば、数時間の稼働で賄えている。


しかし、人力に頼らない発電設備が欲しい。


 そこで私は、村から600メートル離れたところに流れている大きな川を利用して、

水力発電の導入を画策したが、大きな問題にぶつかってしまった。


 藤野「理論上はできる。ただ……この距離じゃ、送電ロスが大きすぎる……」


 水車で発電機を回して発電することはできる。

しかし、発電地点から村まで送電するとなると、とても効率が悪い。


現代の長距離送電では、直流と交流を切り替える装置が使われるが、

その装置を作るための、いわゆる“半導体”の代替材料がどうしても見つからなかった。


 水力発電は断念し、代わりに風力発電へと舵を切った。


 村の丘の上に、小さな風車が設置される。

簡素な羽根が風を受けて回るたび、バッテリーに電気が溜まっていく。


 藤野「これで、今まで人力で回してた発電機を一部補えるな」


 その効率は完璧とはいえなかったが、村人たちの目を輝かせるには十分だった。

それを見た一部の村人から、弟子入りの申し出が出てきた。


 村人1「なあ、俺を弟子にしてくれよ!」


 村人2「知恵を身につけて、家族を楽にさせたいんだ」


 キース「ねえ! 電気についてもっと教えて!」


 藤野(……まずは、四則演算から教えるべきか?

いや、それ以前に“電気”って言葉の意味から説明しないとだよな……)


農民の娘や鍛冶屋の娘からも声を掛けられた。


 農民の娘「ねえ、今度わたしにも電気のこと、教えてくれない?」


 鍛冶屋の娘「これ、どういう仕組みなの? 面白そう……」


 藤野「えっと……うーん……いざ教えるってなると、難しいですね……」


 しばらく、若い女性たちに囲まれて話し込んでしまった。

元の世界では女性とあまり接点がなかったこともあり、少しデレデレしてしまったかもしれない……


 しかし確かに、私のいない時では設備の保守ができないのが現状だ。

電気というインフラを維持させるのであれば、技術者がいなければ話にならない。


ただ、この村の人たちのほとんどは簡単な読み書き計算しかできない。

そんな状況では、いきなり電気について教えても理解してくれるかどうか怪しい。


 技術者を増やす――


それが、私の一つの課題として浮かび上がった。


私一人の力では、いつか限界が来る。


この村に電気を根づかせるには、技術そのものを“人”に託していかなければならない。

それは時間のかかることだが、だからこそ今のうちから種をまいておくべきだ。


 何にせよ、技術の力が、確かに人々の心を動かし始めていた。


発電機や照明といった「結果」だけでなく、そこに至る過程や考え方、工夫に対しても、

村の人々が関心を寄せるようになった。それは、小さくても確かな変化だ。

技術とは、ただ便利なだけのものじゃない。それに触れた人の“意識”を変える力を持っている。


 もう一つ変化があった。


いつの間にか、時折村に訪れていた行商人たちの噂話になっていたらしく、

変わり始めたアーゼ村の姿がちらつくようになっていた。


 行商人「最近、西の山岳村で噂になってやしたぜ。アーゼ村に『光の魔術師』が居るってさ」


 藤野(魔法じゃないんだけどな……まあ、この世界じゃ魔法みたいなもんか)


外の世界にも少しずつ村の変化が囁かれ始め、私の存在もじわじわと知れ渡りつつあった。

有名になりすぎても困ってしまうが、悪い気はしない。



 ――ある夜、広場で小さな宴が開かれた。


 エルド「藤野殿、乾杯の音頭をお願いできんか?」


 藤野「え、私が?」


 戸惑いながらも杯を掲げる。


 藤野「じゃあ……この村に、明るい未来を」


 一斉に杯が上がる。

笑い声、語らい、光に包まれた広場。


 エルド「この村もかなり活気付いてきましたな。藤野殿のおかげです」


その呟きは、誰よりも重みを持って響いた。


 藤野「それは何よりです」


率直な感謝の言葉。それだけなのに、不思議と胸がざわついた。


私はただ、目の前の課題に応じて知っていることを試したにすぎない。

けれどそれが、誰かの生活を変えたと言われると――やはり、嬉しいものだ。


 藤野「私がこの世界に来る前は、電気にかかわる仕事をしてました。

それをこの世界でやってみただけのことですよ」


 エルド「……いや、ただの技ではありませんな。

村を変える“知恵”とは、そうそう持ち込めるものではない。

あなたは風と火と光を、すべて味方につけた。我々の常識ごと変えたのですぞ」 


その言葉には、誇張ではない実感と、年長者としての敬意がにじんでいた。 


 私の胸の奥で、何かがじんと熱くなる。

それはたぶん、技術者としての誇りだ。


自分のやってきたことが、たとえ世界が違っても、誰かの役に立つ――。

その実感が、自分がここにいる理由を教えてくれるようだった。



 宴の後、私はまた一人、夜の村を歩く。


風力発電のプロペラが、静かに音を立てて回る。

その先には、仮設浴場から立ち上る湯気。そして街灯の光。


 藤野「ここの空も、少しだけ日本に似てきたかもなぁ」


夜空を見上げたその瞬間、私はこの世界に少しずつ馴染んでいる自分を実感していた。

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