第五話 小鬼を照らす知恵の灯
夜の静寂を破る、不吉な咆哮――。
遠くからだが、確かに聞こえた。草むらをかき分ける音、そして複数の足音。
あの耳障りな叫び声。間違いない、奴らだ。
村人1「ゴブリン! 来やがったか!」
その声に呼応するように、他の村人たちが持ち場へと駆け出す。
まだ柵は未完成、堀も深さが不十分な箇所がある。
ほどなくして闇の中から現れたのは、あの緑の小鬼――ゴブリンだ。
ざっと見て、前回の倍以上。少なくとも三十体はいる。
戦いは混沌としていた。村人の一人が腕を切られ、もう一人は足を負傷。
私もスコップを手に応戦した。だが今回は、罠と戦法が功を奏した。
誘導してゴブリンを堀に落とし、槍で突き、火を使って混乱させる。
やがて夜明けが近づく頃、ゴブリンたちは撤退を始めた。
倒した数は十二体。残りは森へと逃げていった。
少年「こっちにもう一体、堀に落ちてる! 動いてる!」
十三体目のゴブリンだった。足を負傷し、動けない。
躊躇する村人もいたが、ある男が無言で槍を突き立てた。
誰も何も言わなかった。
被害状況を確認すると、中程度の損害が出ていた。
原因は、ゴブリンに別動隊がいたことだった。
畑が荒らされ、家畜が数匹失われ、食料倉庫には侵入を試みたような形跡がある。
本隊が南門を襲撃し、別動隊が西門から侵入していたようだ。
戦いの後、私は急いで研究小屋に戻り、試作中の装置に向き合った。
あの夜、もし光や音で村を守る力があれば、もっと被害は抑えられたはずだ。
発電機、モーター、電線、スイッチ、蓄電池、電灯、電動ベル。
まずは、これらを完成させなければならない。
問題は材料だった。金属、絶縁体、発光体――
私は材料探しに奔走していた。
しばらく研究を続けるうちに、代用できそうなものがいくつか見つかってきた。
まずは絶縁体。
村の近くに生える植物の中に、薄く樹脂質の皮を持つものがあった。
それを乾燥させると、しなやかで絶縁テープのような性質を示した。
粘着性のある樹液を塗って粘着テープ状にし、電線にらせん状に巻きつけると、
絶縁被覆として十分に機能した。
次に照明。
琥珀に似た外見の「ゴロッタ石」は、強い圧力を加えると静電気のような反応を示し、
微量の電流を流すと淡く発光した。原理は不明だが、使える。
酸性の植物汁に金属板を浸して作ったバッテリーは、何度も暴発しかけた。
ある時は酸が漏れて木の机が焦げ、またある時は私自身が絶縁不良の電線に触れて感電した。
藤野「……はぁ、死ぬかと思った」
そのたびに構造を見直し、配線を改良し、絶縁処理を厳重にした。
少年「ねえ、何してるの?」
ある日、小屋の扉をノックもせずに開けたのは、茶髪の少年――キースだった。
藤野「やあ、いらっしゃい。
おっと、それに触らないで。感電するよ」
私が注意すると、
キース「かんでん?」
キースが首をかしげる。
藤野「電気に触るとビリビリくるんだ。命に関わることもある」
私はキースを小屋の隅に座らせ、安全な道具だけを見せながら説明を始めた。
藤野「これは発電機。人力で回すと電気が生まれる。これはバッテリー、電気を貯める容器。
そしてこれが光る石、電球代わりになる」
キース「すげー……」
キースが目を輝かせる。
私は簡単な概念――プラスとマイナス、電流の流れる道(回路)、
そして流れに逆らう抵抗――について図を描いて説明した。
キース「――ふーん……。僕も手伝っていい?」
藤野「今はまだ見てるだけ。危険だからね」
そう言うと、キースは少し残念そうにうなずいた。
それから約一ヶ月。私は改良と試作を繰り返し、ついに夜を照らす装置を完成させた。
村の各入口に、ゴロッタ石を用いた電灯を設置。
バッテリーは人力発電機で日中に充電しておく。
夜警が紐スイッチを引けば鳴る電動ベルも導入。
このベルは各入口ごとに音色を変え、どこから警報が鳴ったかを判別できる。
――夜、私は照明とベルのデモンストレーションを行うべく、村人たちを集めて言った。
藤野「今から、光を灯します」
バッテリーにつながった電灯のスイッチを入れる。
――パッ。
柔らかな橙色の光が闇を切り裂き、村の入口が昼のように明るくなる。
村人たちは驚き、感嘆の声を上げた。
村人1「おお!なんだこの明るさは!かがり火とは比べものにならんぞ!」
村人2「こりゃあゴブリンが来てもすぐに見つけられる!」
子供「……すごい! 太陽みたいだ!」
藤野「ベルも鳴らせます。敵が来たら、これを鳴らして知らせてください」
私は警報ベルの紐を引いた。
ジリリリと金属的な音が村中に響き渡る。
東門夜警「こりゃあすごい! 夜の見張りにこれほど心強いものはない!」
南門夜警「このベルとやらもすごいな!遠くまで聞こえるぞ!」
エルド「ありがとうございます、藤野殿。これでこの村はゴブリンに怯えることなく眠れるでしょう」
藤野「いえいえ、お礼はまだ早いですよ。これがゴブリンに効いてくれればいいのですが…」
リア「もう、『まだ早い』なんて言わせませんよ?十分すごいです、藤野さんは!」
拍手が起こる。村人たちの瞳が、希望に満ちていた。
――二週間後。
柵と堀の整備が進み、完全ではないにしろ、村への侵入口はかなり狭まっていた。
そんなある晩。またしても、あの咆哮が聞こえた。
東門夜警「東門! ゴブリンだ!」
夜警がベルの紐スイッチを引く。
カンカンカンと甲高いベルの音が鳴り響いた。
私を含めた村人たちが東門へと駆けていく。
対峙したゴブリンはざっと三十体。前回よりもさらに多い。
だが、今回は違った。
柵が奴らの進行を妨げ、電灯の光が彼らの姿を浮かび上がらせる。
これまでは暗闇にうごめく影に翻弄されていたが、
今は光に照らされている。
そんなゴブリンを、村人たちは次々と倒していく。
そのとき、別の方角――西門から、
ゴーンゴーンゴーンと異なる音色のベルが鳴った。
藤野「……この音は……西門か!」
私は西門へ走った。そこでは村人たちが必死に応戦していた。
別部隊、二十体のゴブリンが襲撃してきたのだ。
藤野「数が違う……完全に分かれてる。連携してるのか?」
だが、西門にも光があった。
早期発見と警報のおかげで、被害は最小限に抑えられた。
戦いの最中、一人の村人が倒れ、複数のゴブリンに囲まれる。
もう一人がそれに気づき、囲みを突破して救助に向かった。
――もし照明がなければ、発見が遅れ、致命傷となっていたかもしれない。
日の出が近くなり、戦いは一時間ほどで終結した。
撃破数は本体、別動隊併せて三十二体、残りは撤退した。
こちらの被害は、重傷者二名。いずれも命に別状はなし。
軽傷者七名、物的被害はなかった。
西門夜警「……終わった…ようだな」
村人「奴らは引いてったようだ…もう大丈夫だ」
藤野「はぁ…はぁ…。……良かった」
戦いが終わり、村人たちが武器を下ろし、肩の力を抜く。
私も膝に手をつき、安堵していた。
何人かの村人が私に近づき、言った。
西門夜警「藤野、お前がいなければ、俺たちは……」
村人1「助かった……ありがとう……!」
感謝の言葉が続々と発せられる。
藤野「いや、良かったです…。お役に立てて…」
夜の闇の中、電気の光がまだ灯っていた。
私の知識が、人の命を守った。胸が熱くなる。
夜が明ける。朝日が空を染めていった。
私は朝日に向かい、これからも私にできることを見つけていこうと決意した。