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異世界タービン  作者: SD2
本編
4/17

第三話 労働と開発と、時々腹痛

 翌朝、目を覚ました私は、これからのことについて考えていた。

一晩だけ泊めてもらうとのことだったが、この村を出て単独でサバイバル……

……なんてのは現実的ではない。

となると、この村の一員となる以外に方法はないだろう。


 私は身体を起こし、着替えを済ませると、村長――エルドの家を訪ねた。


 藤野「おはようございます、村長さん。少し、お話ししたいことがありまして」


 エルド「……おお、藤野殿か。おはようございます。入りなされ」


私は正面から向き合い、しっかりと告げた。


 藤野「昨日も申し上げた通り、私はこの世界に身寄りがなく、帰る術も分かりません。

この村に住まわせてもらえませんか?できることは何でも手伝います」


 エルドは一度目を閉じ、しばし沈黙した。沈黙の背後から、茶を運ぶリアの小さな足音が聞こえる。


 エルド「……ふむ。確かに、追い出して野垂れ死ねというのも酷な話だ。いいだろう。

だが、我が村は余裕のある場所ではない。手は動かしてもらうぞ」


 藤野「もちろんです。感謝します」


 そうして私は、名実ともにこの村の一人となった。

空き家があったので、そこを寝床とさせてくれるらしい。

……衣食住の問題はこれで解決した。


 朝食は村長の家で黒いパンや野菜スープをいただいた。

そして、その日の午前から村人たちに混じって農作業に参加することになった。

畑では男性たちが”スキ”で地面を起こし、女性たちは種を蒔いていた。

シーズン的に種まきの時期のようだ。


 私は慣れぬ手つきで木製のスキを持ち、指示通り土を掘る。


 藤野(スコップじゃなくてスキかぁ……。見たところクワもシャベルも無い……)


 木製の農具は、まるで石器時代を思わせる。

一部に金属や釘が使われているようだが、現代の道具と比べると形状が悪い。

井戸はあるが滑車は無いので、桶のついたロープを手で引き上げなければいけない。

さらにはトロッコや台車のようなものも無い。


 藤野(これは……見ていて歯がゆくなるな)


 だが、それを口にするのはまだ早い。私は観察に徹し、静かに村の作業を手伝った。


 ――三日目の朝。


 藤野「……ぐ……っ、腹が……っ!」


 激痛に目を覚ました私は、全身の汗と冷えた肌でぐっしょりと濡れていた。

布団の上でのたうち回る私を見つけた村人が、医者を呼んでくれた。


 医者「はっきりと原因がわかりませんな……。腹痛、下痢、嘔吐に効く薬草を調合したので、これを飲んで安静にして様子を見てください」


 薬は苦かったが、確かに症状は楽になった。

私の方でも原因を推測した。

“水あたり”――海外旅行とかでよく聞くアレではないか?


 藤野(衛生環境が全く違うってことか……。思えば確かに、この世界では手洗いも徹底されていないし、水も濾過していない)


 今後、水は煮沸し、食事はよく火を通すなど、細心の注意を払うことを決意した。


 腹痛を起こしてから2日後、体調が回復した私は農作業に復帰した。

そして、道具の改良を構想した私は、この世界の金属事情を知るために鍛冶工房へ向かった。


 鍛冶屋「―――そうさな……銀と真鍮は山ほど採れる。

鉄も多く採れる。大量って程じゃないがな。

銅? 金? 亜鉛? 聞いたこともない。

鉄にくっつく石もあるな。

あと、“ベーズ鋼”と“ロロプロ鉱石”ってのがあって―――」


 藤野(……よくわからない金属もあったが、鉄が利用できそうなのは非常に好都合だ)


私はメモ帳に現代風のスコップと、先端がフォークのような形状のクワのイラストを描く。


 藤野「じゃあ、この絵のような道具は作れそうですか?」


鍛冶師はメモ帳とボールペンの存在に驚きと困惑の表情を見せながら答えてくれた。


 鍛冶屋「ああ、難しくない形だし。これならできるよ」


 その後、いくつか思いついた道具のイラストを描いていき、鍛冶師と製作について打ち合わせる。

数日間は鍛冶工房に通い詰め、設計・試作・試行を繰り返した。


 ―――そしてさらに数日後、完成したいくつかの道具の試作品を農夫たちに見せた。


 藤野「これがスコップという道具で、地面を掘る道具。

そしてこのクワは土を掘り起こしてウネを作るのに適してて――」


 村人「おお……土が軽く持ち上がる! こりゃあ楽だ!」


 藤野「で、これがハサミ。布や革を片手で簡単に切断できるもので――」


 鎌、ツルハシ、レーキ……次々と道具を紹介していく。どれもウケはとても良かった。


 道具の開発と併せて、ボールベアリング軸受けとタイヤも開発した。

ベアリングはまだ精度が低いので高負荷なものや回転の速いものには使えないが、

台車やトロッコに利用できる。

タイヤは竹のような植物を編んでドーナツの形に組み、中に藁を詰めて丈夫な動物の革で覆ったものだ。

この世界にゴムが存在しなかったので耐久性は低いが、木製の車輪を使うよりははるかにマシだった。


 これらを合わせて、猫車(手押し車)やリヤカーを製作したところ、農夫や大工、鍛冶師に大好評だった。

また、井戸に滑車を設置したことで、水汲みの仕事をしていた女性たちに感謝された。


 農夫「おおっ!? 一人で三人分以上の荷が運べる! まるで魔法だな!」


 主婦「水汲みがこんなに楽になるなんて嘘みたい!」


 次々と上がる感嘆や感謝の声に照れくささを感じながらも、アーゼ村の村人たちと打ち解けていった。


 転移から約一か月半後。

時々腹を壊しながらもこの世界の食事にも慣れてきた頃の昼下がり、

私は作業の合間に休憩を取っていた。


 藤野(はぁ…コーヒーが飲みたい…)


井戸端に腰を下ろし、水をすすっていると、水を汲みに来たリアが話しかけてきた。


 リア「お疲れさまです。藤野さん」


 藤野「ああ、リアさん。お疲れ様です」


 リア「……ふふっ、あなたってすごい人ですね。いろんな道具を作ったり、手先も器用だし。

……最初に出会ったときは、ちょっと変に見えましたけど……」


 藤野「変って……まあ、確かにこの格好じゃあなぁ……」


 リアが笑うと、私もつられて笑った。

確かに、工具ベルトは普段使わない上に重いので外しているとはいえ、

この世界でも私は相変わらずグレーの作業着にヘルメット、安全靴で作業していた。

これらの服装は農作業や大工仕事では動きやすく、よく耐えている。


その後もしばらくリアと他愛のない会話を交わし、休憩を切り上げて作業に戻った。



 そして一日の作業が終わった夜。私は空を見上げた。


 藤野(三つの月に、満天の星か……)


空はどこか懐かしいのに、どこまでも違っていた。


元の世界――


 藤野(元の世界の方がはるかに便利だった。戻れるなら戻りたい。

……けど、母親とはもう長く話していない。友人とも、会社の同僚とも、ただ淡々と会っていただけ。

戻っても……あの“忙殺される日々”があるだけだ)


 帰る方法は全く分からない。

だが――不思議と、焦りは無かった。

意外と元の世界に執着してなかったのかもしれない。

もしくは、心のどこかで諦めている自分がいたのかもしれない。


 藤野「……くよくよしても仕方ないな。せっかく来たんだ、この世界で出来ることをやっていこう」


そう自分に言い聞かせるように、私はもう一度、夜空を見上げた。

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